【173】血の会談
一
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点内部の、麻理亜の自室にて。
鹿羽と楓と麻理亜の三人は、ローグデリカ帝国とエシャデリカ竜王国が不穏な動きを見せていることについて、互いに意見を交していた。
「――――戦争、であるか……」
「ミユキちゃんのゴタゴタがあったからねー。もう少し時間が欲しかったかなー?」
「大丈夫なのか? 麻理亜」
「うーん。まあ、これから起きる戦争は、きっと問題無く勝てると思うよ。――――だけど、敵の狙いがちょっと読めないのよねー」
「敵って、戦争を引き起こそうとしている奴らのことか?」
「うん。恨みがあるから復讐する、とか、戦争で物資を売りさばいて一儲けする、とかなら、別に変な話じゃないんだけど」
麻理亜はそう言うと、机に広げた地図を指でなぞった。
「まるでいたずらに世界を引っ掻き回すような……。何かを守りたい訳でもない、何かを壊したい訳でもない。気まぐれで非合理な意志が働いている気がするの」
麻理亜は静かに目を細めると、何とも言えない表情を浮かべた。
(――――気まぐれで非合理な意志、か……。麻理亜にしては、随分と抽象的なコメントだな……)
鹿羽はこれから起きる戦いに思いを馳せると、自分がやるべきことについて、考えを巡らせた。
二
鹿羽と楓が居なくなった、麻理亜の自室にて。
麻理亜とC・クリエイター・シャーロットクララの二人は、静かに会話を交わしていた。
「――――本当のことを教えなくてよろしいのですか?」
「……鹿羽君と楓ちゃんは優しいから。多分、動揺しちゃうと思うんだよねー」
麻理亜は穏やかな口調でそう言うと、机の上の資料に視線を落とした。
「――――敵は、私が容赦なく殺す。それで良いと思うの」
麻理亜は、ハッキリとした口調でそう言った。
それはまるで自分に言い聞かせているようで、絶対にやり遂げて見せるという強い決意が感じられた。
瞬間、麻理亜は何かに気付いた様子で、自室のドアに目を向けた。
「……マリー様?」
C・クリエイター・シャーロットクララもまた同様にドアの方へと視線を投げ掛けたが、そこには何もなく、綺麗に閉じられたドアがあるのみだった。
(気のせい、よね……)
麻理亜は一瞬だけ、ドアの向こうに鹿羽の気配を感じ取っていた。
三
場所はエシャデリカ竜王国。
ここエシャデリカ竜王国では、最近活発化してきている魔物に対して共同で対策を講じる為に、各国の首脳陣を集めた会談が開催される予定となっていた。
しかしながら、それは表向きの話に過ぎなかった。
この首脳会談の少し前、エシャデリカ竜王国を統治する竜王達は何者かによって洗脳され、操り人形にされており、今回出席する予定の現ローグデリカ皇帝サマリア・フォン・デルカダーレもまた既に暗殺されていたことがL・ラバー・ラウラリーネットの調査によって判明していた。
二つの大国はもう既に、ある種のクーデターによってひっくり返っており、国際情勢に少なくない混乱をもたらすであろう大変革が起きているのにもかかわらず、この情報は各国の国民に知れ渡ることなく、予定通り首脳会談が行われる手筈となっていた。
真実を知る者からすれば、この首脳会談で何も起きないというのは絶対にありえない話であった。
「――――そ、そんなことが……」
「危険だと判断した瞬間に……、貴女方を転移魔法で安全な場所へ飛ばしますので……。危険は殆ど無いと思いますが……」
エシャデリカ竜王国の王城にある休憩室には、統一国家ユーエスの最高指導者であるグラッツェル・フォン・ユリアーナとその側近であるミュヘーゼ、そしてG・ゲーマー・グローリーグラディスの三人の姿があった。
G・ゲーマー・グローリーグラディスは部屋に音漏れを防止する魔法を掛けた状態で、グラッツェル・フォン・ユリアーナ達に各国の情勢と今回の首脳会談について説明を行っていた。
「グローリーグラディス殿。襲撃されることが分かっていながら、何故この首脳会談を強行するのだ? 万が一、ユリアーナ様に何かあったら……」
「分かっているからこそ……、迎え撃つんですよ……。罠が仕掛けられているなら……、その上に更に罠を仕掛けてやれば良いだけの話です……。違いますか……?」
「し、しかし……」
常識から考えれば、暗殺や誘拐、そして監禁される恐れのある場所に国家の首脳を連れていくなど、あってはならないことだった。
しかしながら、麻理亜は敢えてこの首脳会談にグラッツェル・フォン・ユリアーナを派遣するという決断を下していた。
それは襲撃されても返り討ちに出来るという自信の表れであり、更には返り討ちにした上で敵の情報を抜き取ってやろうという非常に攻撃的な作戦を実行に移すということでもあった。
「ミュヘーゼ。良いのです。これは必要なことなのでしょう」
「ゆ、ユリアーナ様……」
「ここで統一国家ユーエスの象徴的存在である貴女を失うことは……、私達の本意ではありません……。ご安心を……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは穏やかな口調でそう言った。
(――――さて……、敵はC・クリエイター・シャーロットクララの結界の中でどれだけ動けるのか……。これは見ものですね……)
G・ゲーマー・グローリーグラディスは自分が敵の本拠地のど真ん中に居ることを自覚していたが、それ以上に自分達の兵力の方が圧倒的に上だと理解していた。
四
場所はエシャデリカ竜王国。
C・クリエイター・シャーロットクララが生み出した亜空間の中にて。
そこにはC・クリエイター・シャーロットクララの他に、E・イーター・エラエノーラ、S・サバイバー・シルヴェスター、そしてB・ブレイカー・ブラックバレットの姿があった。
「――――C・クリエイター。今度は何も隠し事はしていないだろうな?」
「ええ。事前に伝えた通り、ラルオペグガ帝国の皇帝と無関係の民間人を除いて、王城に居る敵を全員葬ってもらうだけです。私はここから王城に結界を張りますが、適宜、支援攻撃を行います」
「ふわ……。民間人、と、敵……。違いは、何だろう」
「戦時における統一国家ユーエスの法規に従ってくれれば問題ありません」
「ふ、ふわ……。戦時……? ほ、法規……?」
「要するに、敵に戦う意思があるなら斬っても構わないということだろう。違うか?」
「……そうなります」
B・ブレイカー・ブラックバレットの問い掛けに、C・クリエイター・シャーロットクララは静かに頷いた。
四人のNPCは、静かに戦いの時を待っていた。
五
「――――統一国家ユーエスの皆様。さあ、こちらへ……」
グラッツェル・フォン・ユリアーナ、ミュヘーゼ、G・ゲーマー・グローリーグラディスの三人は、巨大な円卓が用意された会議室へと案内されていた。
既にそこには現ラルオペグガ皇帝ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアや、現ローグデリカ皇帝サマリア・フォン・デルカダーレ、リフルデリカ教皇国やエシャデリカ竜王国の代表者の姿があり、どうやら統一国家ユーエスを代表するグラッツェル・フォン・ユリアーナ達が最後に案内されたようだった。
(――――誤魔化しているつもりなのかもしれませんが……。ローグデリカ帝国の皇帝は見事に“生き死体/リビングデッド”にされていますね……)
G・ゲーマー・グローリーグラディスはローグデリカ皇帝であるサマリア・フォン・デルカダーレに目を向けると、事前に知らされた情報通り、そこには自我が存在しない操り人形が静かに座っていた。
(エシャデリカ竜王国の首脳陣は“生き死体/リビングデッド”にされている訳ではなさそうですが……、こちらも洗脳系の魔術で操られている、と……。まあ……、わざわざ全員を助けてあげる義理もありませんから……、適当に数体……、術式の解明の為にサンプルとして回収出来れば問題無いでしょう……)
G・ゲーマー・グローリーグラディスはここに居る人間に付与されている魔法を分析しながら、最後にラルオペグガ・ポートシア・フロスティアに視線を投げ掛けた。
(あれがラルオペグガ帝国の皇帝……。魔術師と言われても違和感が無いほどに大量の魔力を保有している、と……。カバネ様の話によると、巨大な斧を振り回して戦うと聞いていますが……。やはり魔王レベルとなると油断ならないようですね……。立場上、敵対はしていない筈ですが……、一応は警戒しておきましょう……)
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは首脳会談の前に麻理亜と接触しており、そこでは互いに協力し合うことを確認していたが、G・ゲーマー・グローリーグラディスは念の為にラルオペグガ・ポートシア・フロスティアの動向を警戒していた。
(来る……っ!!)
グラッツェル・フォン・ユリアーナが円卓の席に着いた瞬間、部屋の至るところに立っていたエシャデリカ竜王国の兵士達が一斉に腰に差した剣を引き抜いた。
瞬間、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは傍に居た兵士の一人が、一瞬にして地面に叩き付けられていた。
「――――私に刃を向けるとは良い度胸だな」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは冷たい声でそう言うと、地面に叩きつけた兵士の頭に容赦なく斧を振り下ろした。
そして、少なくない量の鮮血が辺りに飛び散った。
(速い……っ!!)
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアの機敏な動きに驚きつつも、直ぐに魔力を集中させ、詠唱を開始した。
「――――<転移門/ゲート>!!」
G・ゲーマー・グローリーグラディスが詠唱を完了させた瞬間、グラッツェル・フォン・ユリアーナ達の背後に次元の穴が出現していた。
すると中からは、E・イーター・エラエノーラ、S・サバイバー・シルヴェスター、そしてB・ブレイカー・ブラックバレットの三人が一斉に飛び出し、周辺に居た兵士達を一瞬で斬り払っていた。
「ほう。中々楽しませてくれそうな者が湧いてきたな。敵ではなく味方というのは口惜しい」
「さあ……。早く“転移門/ゲート”の中へ……。もう貴女方は用済みです……」
「グローリーグラディス殿。ご武運を。――――ユリアーナ様。こちらへ」
ミュヘーゼはグラッツェル・フォン・ユリアーナの手を取ると、急いだ様子で“転移門/ゲート”の中へと消えていった。
「――――G・ゲーマー。奴が皇帝とやらか?」
「一応、ラルオペグガ帝国のトップです……。巻き込まないように注意して下さい……」
「中々丈夫そうに見えるがな。――――まあ良い。この様子なら、楽な仕事になりそうだ」
B・ブレイカー・ブラックバレットは気楽な様子でそう言うと、果敢に斬りかかってきた兵士の頭を一瞬で消し飛ばした。
「E・イーター・エラエノーラ……。貴女はあそこに居るリフルデリカ教皇国の方々の安全の確保をお願いします……」
「ふわ……。分かった」
E・イーター・エラエノーラはそう言うと、リフルデリカ教皇国の首脳陣に襲い掛かろうとしていた兵士達を自身の槍によって斬り払っていた。
(――――自国民すらも始末しようとしている辺り……、この場に居る全員を葬るつもりだったみたいですが……。流石に計画が甘いと言わざるを得ませんね……)
G・ゲーマー・グローリーグラディスはその場で魔法による攻撃を行いながら、周辺の状況の分析を行っていた。
(まあ……、そもそも私達を敵に回した時点で運命は決まっているようなものですから……。あまり関係は無いかもしれませんがね……)
会議室にある二つの出入り口からは、数え切れないほどの兵士がなだれ込んでいた。
しかしながら、冷血の魔王ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアと四人のNPCの圧倒的な実力を前に、兵士達は一方的に駆逐されていた。
はたから見れば、その光景はまさに乱戦であったが、その実情はただの一方的な殺戮であった。
瞬間、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは斧を地面に叩きつけることで巨大な衝撃波を生み出し、B・ブレイカー・ブラックバレットを巻き込む形で兵士達を薙ぎ倒した。
「――――どういうつもりだ。私は統一国家ユーエスの人間だぞ」
「おっと……。悪いな。巻き込んでも問題無いと思ったんだが……。痛かったか?」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは、意地悪な笑顔を浮かべながらそう言った。
すると、B・ブレイカー・ブラックバレットは反撃とばかりに斧を振るい、今度はラルオペグガ・ポートシア・フロスティアを巻き込む形で周りの兵士達を薙ぎ払った。
「問題無い。お互いさまと言う奴だ」
「――――良いな。血がたぎる。戦ってくれるのか?」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアとB・ブレイカー・ブラックバレットの二人は、睨み合いながら互いの距離を詰めた。
瞬間、B・ブレイカー・ブラックバレットの目の前で巨大な火柱が上がると、G・ゲーマー・グローリーグラディスが苛立った様子で口を開いた。
「何ですか何なんですか……っ。B・ブレイカー・ブラックバレット……っ。安い挑発に乗らないで下さい……っ」
G・ゲーマー・グローリーグラディスの強い言葉に、B・ブレイカー・ブラックバレットは苛立った様子で大きく息を吐くと、再びラルオペグガ・ポートシア・フロスティアを強く睨み付けた。
「……忠告しておく。私の方が強いぞ」
「はっ! 自分で言う奴は弱いと聞くが……。どうだかな」
「ち……っ」
B・ブレイカー・ブラックバレットは舌打ちをすると、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアから距離を取った。
(全く……っ。次やったら無条件で報告させて頂きますからね……っ)
G・ゲーマー・グローリーグラディスは心の中でそう吐き捨てた。
すると、S・サバイバー・シルヴェスターが周りの兵士を片付けながら、G・ゲーマー・グローリーグラディスの元へと近付いてきた。
「G・ゲーマー・グローリーグラディス。あの男は元には戻らないのでござるか?」
「……? ローグデリカ皇帝に何か思い入れでもあるんですか……? あれはもう“生き死体/リビングデッド”として改造されていますから、元に戻すなんて無理ですけど……」
「……左様でござるか」
S・サバイバー・シルヴェスターは少し残念そうに言った。
S・サバイバー・シルヴェスターは鹿羽と共にローグデリカ帝国を訪れた時、現ローグデリカ皇帝であるサマリア・フォン・デルカダーレと会話を交わしたことがあった。
血が流れ、多くの兵士達が倒れていく中、何事も無いかのように静かに座り続けるサマリア・フォン・デルカダーレの姿に、S・サバイバー・シルヴェスターは何とも言えない表情を浮かべた。
「ふわ……。私、敵じゃない」
「知っている。邪魔をするな」
「ふわ……。皇帝様。ちょっと、不思議な人」
「貴様が言うか」
(――――思ったよりも早く片付きましたね……。まあ……、これだけの戦力を投入すれば……、当たり前のことですけどね……)
大量の死体が積み上がり、血の臭いが立ち込める中、G・ゲーマー・グローリーグラディス達は淡々とエシャデリカ竜王国の王城を制圧していった。




