【172】馴れ合い
一
場所はエシャデリカ竜王国。
日が傾き、薄暗くなった森の中にて。
「な、何だって言うんだよ……っ。どうしちまったんだよ……っ」
全身に鎧をまとった男――黄金竜王プラームは、まるで信じられないといった様子でそう呟いた。
プラームの目の前で、二人の男が地に伏していた。
二人はいずれも首や腹に致命傷を負っており、既に事切れていた。
二人は、プラームがよく知る竜騎士だった。
更に言えば、二人はプラームが直接指導したことのある、弟子のような二人だった。
そんな二人は、誰も居ない森の中で死んでしまっていた。
「……っ」
正確には、プラームが二人を殺めていた。
プラームがのんびり森の中を歩いていると、突然、仲間である筈のこの二人に襲撃されていた。
プラームは直ぐに二人が何者であるかを理解し、止めるよう叫んだが、二人が止まることはなかった。
「ち……っ」
二人は、プラームが殺すまで止まることはなかった。
二
場所は統一国家ユーエス。
エシャデリカ竜王国との国境付近に伸びる樹海――ホウズイ大樹海にて。
黄金竜王プラームは、同じく竜王であるダンパインと情報共有を行っていた。
「――――信ジラレナイ。本当ナノカ?」
「ルドロスとビリーがこんなことするなんて絶対にありえねえ。――――黒幕は相当なクソ野郎だ」
プラームは吐き捨てるようにそう言った。
「……早ク竜王国ニ戻リ、伝エルベキダ」
「いや、止めとけ。誰が仲間で誰が敵なのか分からない状況で動くのは危険だ。――――お前も気を付けろ。下手すりゃ親友に殺されるぞ」
「……」
いつもふざけているプラームの真剣な口調に、ダンパインは状況が深刻であることを悟った。
「……っ!! 誰ダ!!」
瞬間、何者かの気配を察知したダンパインは、叫ぶようにそう言い放った。
すると、プラームは何かに気付いた様子で乾いた笑いを漏らした。
「――――出て来いよ。マークス。何で隠れてんだよ」
プラームは、まるで親友に何気なく問い掛けるようにそう言った。
すると、茂みの向こうから、全身に鎧を纏った一人の男が姿を見せていた。
「よお。マークス。久しぶりじゃねえか。少し目つきが悪くなったか?」
プラームは、冗談めいた様子でそう言った。
しかしながら、対する男は返事をする様子はなかった。
「――――それ以上近付いてみろ。止まりやがれ。マークス」
男の手には鈍く煌めく長剣が握られていた。
そして男の眼は、まるで狂気に支配されたように光が失われていた。
「くそったれ……っ」
プラームは心の底から悔しそうにそう吐き捨てると、腰に差した剣を静かに引き抜いた。
三
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイにある、高級ホテルにて。
「いきなり皇帝陛下が遊びに来るとは思わなかったわー。ふふ」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアとの戦いを終えた鹿羽達は、無事にラルオペグガ帝国から帰還していた。
しかしながら、帰還した親善使節団の中には、居ない筈のラルオペグガ・ポートシア・フロスティアの姿があった。
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアが付いてきたせいで、鹿羽は直接ギルド拠点に帰還することが出来ず、首都ルエーミュ・サイにある高級ホテルに移動する羽目になっていた。
そして、鹿羽と麻理亜とラルオペグガ・ポートシア・フロスティアの三人は、高級ホテルの応接室にて互いに向き合っていた。
「――――それでー、皇帝様は協力してくれるのー?」
「貴様らの国と手を結ぶつもりは無い。馴れ合いは嫌いなのでな」
「あら。残念」
麻理亜は特に気にする様子もなく、何てことないようにそう言った。
「……カバネ。奴はお前の女か?」
「いや、良き友人ですが……」
「一つ忠告しておく。ああいう女だけはやめておけ。あれは地の果てまで追いかけて来て、共に死のうだとか抜かす類いの輩だ。関わらない方がいい」
「本人の前でそれ言っちゃう?」
「ぬかせ。そう遠くない内に化けの皮が剝がれるぞ」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは吐き捨てるようにそう言った。
「ま、麻理亜……。言葉遣い……」
「皇帝陛下は敬語がお嫌いみたいだよー? ですよねー?」
「よく知っているな。――――正確に言えば、強さこそが上下関係を決定付ける唯一の要素だと私は考えている。貴様も下卑た笑顔を浮かべる割には、中々やるようだな」
「ふふ。どーも」
「――――カバネ。お前もいい加減その言葉遣いを止めろ。虫唾が走る」
「……畏まりまし、いや、分かった。――――これで良いのか?」
「ああ。私とお前は対等だからな」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアはそう言うと、満足そうに笑顔を浮かべた。
不意に見せられた笑顔に、鹿羽は少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
「マリア、だったか? 単刀直入に聞こう。何が目的だ。今更、我らが帝国と手を結びたい訳でもあるまい」
「仲良く出来るなら、仲良くしても良いと思うけどねー。――――最近、怪しい人達がやって来たでしょー? ちょっと面倒なことになりそうだからー、頼れる仲間は多ければ多いほど良いかなーって」
麻理亜は気楽な様子でそう言った。
「……仲間、か。随分と興味深い言葉だ」
「正直言えばー、ラルオペグガ帝国“も”敵の手に落ちると思ってんだよねー。――――強いのはありがたいことだわ」
「あたかも私が貴様に協力するかのような口ぶりだな」
「違うの?」
「馴れ合いは嫌いだと言った筈だ」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアはやれやれとばかりにそう言った。
「――――麻理亜。怪しい人達って何の話だ」
「何だか、良くないことを企んでいる人達が居るみたいなんだよねー。――――国家の要人を洗脳させて、国を乗っ取ろうと画策しているそうよ。私達の国は問題無いけど、把握している限り、ローグデリカ帝国とエシャデリカ竜王国はもう敵の手に落ちているみたい」
「……ちょっと待て。どっちも隣にある大国じゃないか」
「困ったよねー。このままじゃまた戦争だよー?」
麻理亜は何てことない様子でそう言ったが、対する鹿羽は、麻理亜の言葉を理解するのに時間が掛かった。
(――――また、戦わなくちゃいけないのか……?)
魔大陸での戦争を最後に、しばらくはゆっくり出来ると考えていた鹿羽は、再び戦火が近付いている事実に驚きを隠せなかった。
「楽しそうだな。戦争は好きか?」
「うん? 戦争なんて嫌いだよー? だって殺し合う必要なんてないじゃない。資源の無駄だし」
「……どうだかな」
「――――もうすぐ各国の首脳陣を集めた国際会議が行われる予定なんだけどー、多分、そこで宣戦布告されると思うのよねー。私としては是非、皇帝陛下にも出席して頂きたいかなーって」
「はっ! 血の晩餐会に招待されるとは……。――――私に一体何の利益がある。言ってみろ」
「お互い利益なんて無いよ? どうせこの国が潰されちゃったら、次は貴女のところへ来るだろうしー、共通の敵が居るなら協力した方が良くない?」
「貴様らがサッサと終わらせれば済む話だろう。勝手に巻き込むな」
「えー。ひどーい」
麻理亜は気楽な様子でそう言った。
「麻理亜。何とか戦争を回避することは出来ないのか?」
「うーん。残念だけど、今までと一緒だね。敵は私達を殺したがっている訳で、戦わなきゃ一方的にやられるだけになっちゃうわ。勿論、私も関係無い人達を巻き込みたくは無いけれど、これは仕方の無いことなの。分かるでしょう?」
「……そうか」
鹿羽は何とも言えない表情を浮かべながら、少し残念そうにそう言った。
そんな鹿羽を見て、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは大きな溜め息をついた。
「――――等価交換だ。少しは力を貸してやる。その代わり、この男は頂くぞ」
「あら、そう? 出来る限り早く返してね」
「……ちょっと待て」




