【169】冷血の魔王
一
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点にて。
「――――ラルオペグガ帝国との同盟交渉、か。これは大仕事になるな」
鹿羽は手元の資料を眺めながら、麻理亜からの説明に耳を傾けていた。
「まあ、鹿羽君なら何とかなると思うけどね」
「そう言われると緊張するな……。ミスったら外交問題だろ?」
「そんなに張り切らなくて大丈夫だよ? 鹿羽君なら何とかなるって」
麻理亜は、気楽な様子でそう言った。
対する鹿羽は何とも言えない表情を浮かべると、静かに息を吐いた。
(――――麻理亜にしては随分と力押しというか、裏があるとしか思えない言い回しだな……。流石に変なことにはならないだろうが……)
「あ、そうそう。危なくなったらキチンと逃げるんだよ? まあ、鹿羽君なら何とかなると思うけど」
「……そうかよ」
鹿羽は間もなく、護衛と共にラルオペグガ帝国へと出発した。
二
鹿羽はローグデリカ帝国を経由する形で、護衛と共にラルオペグガ帝国の国境線に設置されている検問所を訪れていた。
(――――エルメイは門前払いを食らったと聞いていたが……。どうしてこんなに歓迎されているんだろうな……)
ラルオペグガ帝国との同盟交渉に際し、鹿羽は自分なりに情報収集したところ、ラルオペグガ帝国は貿易を除いて、他国との関わり合いを酷く嫌っているとのことだった。
事実、統一国家ユーエスが派遣した親善大使は、検問所にて何度も強制送還されており、鹿羽自身もどうにもならず国に帰されることを覚悟していた。
しかしながら、鹿羽達はとても歓迎されていた。
国境線上にあった検問所では温かい食事が出されると、鹿羽達はあっという間に帝都行きの寝台列車に乗せられていた。
(職員達のあの表情……。心の底から俺達をもてなしているというよりかは、仕方なく何とか仕事を遂行させようって感じだったな……)
鹿羽は鼻を刺すような刺激臭に眉をひそめると、目の前に注がれた飲料が酒類であることに気が付いた。
「要らないなら、もらうぞ」
「……ほどほどにしとけよ」
護衛として共にやって来たローグデリカは、鹿羽に提供された蒸留酒を一気に飲み干した。
鹿羽は、鼻をくすぐるアルコールの臭いに顔をしかめながら、テーブルの上に置いてあったパンの欠片を口に放り込んだ。
(短期間でラルオペグガ帝国の外交方針が変わったのだろうか……。それとも麻理亜が何か根回しをしたのか? 職員達は特に怯えていない訳だから、俺の正体がバレてるってことはないだろうが……)
鹿羽は隅に立つ車掌を一瞥すると、静かに溜め息をついた。
「あ、あのー。採用試験で助けて頂いたブレートラート・リュードミラという者なんですけど……。ちょっとよろしいデショウカ……」
「……? ああ。あの時の……。――――けっこう頑張っているみたいだな」
「うす……。あと、この前の救出作戦に自分も参加していたんデスケド、大丈夫ですか……?」
「……知っているのか。――――悪いな。迷惑掛けたみたいで」
「いや、とんでもないデス……」
ローグデリカと同じく護衛としてやって来たブレートラート・リュードミラは、恐縮した様子で頭を下げた。
「あのー。ぶっちゃけ聞きたいことあって。自分、ラルオペグガ帝国出身なんですけど、なんでこんなに歓迎されてるんですか……? あんまり他国に優しい国じゃないというか何と言うか……」
「俺もどうしてここまで歓迎されているのか分からないな……。罠ってことは流石に無いと思うが……」
小声で話すブレートラート・リュードミラに対し、鹿羽もまた解せないといった様子でそう言った。
瞬間、鹿羽達が乗っていた寝台列車は急激に速度を落とすと、そのまま完全に止まってしまった。
(――――停車した? まだ帝都には到着していないみたいだが……)
鹿羽は辺りを見渡したが、車掌の男性は気まずそうな表情を浮かべるのみで、ローグデリカに至っては静かに眠っていた。
すると突然、列車の外で何かが落下したかのような音が響いた。
そして列車の中でも何かがぶつかったような音が響き渡り、大きな足音が鹿羽達の方へ近付いてきた。
(で、でかい……)
足音の正体は、鋭い目つきの、綺麗な大人の女性だった。
しかしながら、その身長は非常に大きく、鹿羽が立ち上がっても頭が肩に届かないほどであった。
「――――あ、あのー。どちら様でしょうか……?」
「貴様、ラルオペグガの血を引いているな。脱北者か?」
「え、何でバレてるの?――――じゃなくて!! 統一国家ユーエスの親善大使の前だよ!? 態度デカくない!?」
「よせ。下がってろ」
鹿羽はそう言うと、ブレートラート・リュードミラを手で制した。
そして。
「――――お初にお目にかかります。ラルオペグガ・ポートシア・フロスティア皇帝陛下」
鹿羽は直ぐに立ち上がると、胸に手を当てて、丁寧な口調でそう言った。
「え……?」
「何だ貴様。分かっててやったのではないのか?」
「え、ちょ、マジ?」
「部下が失礼しました。皇帝陛下に大変な無礼を……」
「構わん。私の前で堂々と啖呵を切れる者はそう多くはないからな。――――それはお前も同じか?」
高身長の女性――ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは、ローグデリカへ向かってそう言い放ったが、対するローグデリカは鹿羽と同様に立ち上がったまま、静かに頭を下げるのみだった。
「ふん……。まあ良い。ここは狭い列車の中だ。楽にせよ」
「……ありがとうございます」
鹿羽達は一斉に頭を下げると、再び席に着いた。
鹿羽とローグデリカは机を挟んで向かい合う形で座っていたが、対するラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは立っていたブレートラート・リュードミラを押しのけると、躊躇いなくローグデリカの隣に腰を下ろした。
一瞬、ローグデリカは何とも言えない表情を浮かべたが、皇帝陛下を相手に不満を口にするような真似は流石にしなかった。
「――――名を聞こう。申せ」
「……統一国家ユーエス特別政務官、鹿羽と申します。最高指導者グラッツェル・フォン・ユリアーナより命を受け、貴国と同盟を結びたく、参上致しました」
「カバネ、か。珍しい名前だな」
「よく言われます」
鹿羽はブレートラート・リュードミラの非礼が追及されなかったことに安堵しつつ、笑顔を浮かべてそう言った。
「その特別政務官とは、どのような仕事をするのだ」
「普段は国内における、地域間の業務の統括をしておりますが、このように外交の任務に従事することもあります」
「ほう。なるほどな」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは腕を組んで、少し感心した様子でそう言った。
(まあ、嘘だけどな)
しかしながら、鹿羽が語った内容はあらかじめ準備していたセリフであり、事実とは異なるものであった。
「――――お前は統一国家ユーエスとラルオペグガ帝国、両国の関係をどう捉えている? 聞かせてみろ」
「両国は手と手を取り合える、良き友人になりえると……」
「未来のことなど、どうとでも言えるな。お前の本心を聞かせろ。カバネ」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは、追及するような強い口調でそう言った。
鹿羽としては適当に応じて終わらせたいところだったが、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアの鋭い視線に、綺麗事を語るだけでは不十分であることを悟った。
「――――恐れながら、我が国と貴国は対等であると考えます」
鹿羽は躊躇いながらも、ハッキリとした口調でそう言い放った。
「ふん。対等ならば、なぜ統一国家ユーエスの最高指導者は来なかった? 特別政務官殿は皇帝と同列とでも言うつもりか?」
「打ち合わせも無く、最高指導者を貴国に向かわせる訳にはいきません。それに私は今回の同盟交渉を一任されております。私は統一国家ユーエスの名を背負って来たということを、あらかじめ申し上げておきます」
鹿羽としては、帝国のトップであるラルオペグガ・ポートシア・フロスティアと言い争うなんて全く気が進まなかったが、親善大使として、統一国家ユーエスを軽く見られる訳にもいかなかった。
「くくく……。ははははは!!!! 大した度胸だ。気に入ったぞ」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは、楽しそうに高笑いをした。
(くそ……っ。圧迫面接ってこんな感じなのか……?)
鹿羽は、威圧的に話をするラルオペグガ・ポートシア・フロスティアに辟易したが、流石に文句を口にする訳にはいかなかった。
「――――カバネ。これからお前は、私のことをフロスティアと呼ぶがいい」
「……畏まりました。フロスティア皇帝陛下」
鹿羽がそう言った瞬間、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアの長い腕がテーブルを越え、鹿羽の頭を鷲掴みにした。
「二度も言わせるな。フロスティアと呼べと言った筈だ」
「恐れながら……、陛下を呼び捨てなど……」
「その身に秘める力の割には卑屈な男だな。魔術師はみんなそうなのか?」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは鹿羽に目を合わせ、低い声でそう言った。
ローグデリカは見張るような視線をラルオペグガ・ポートシア・フロスティアに投げ掛けていたが、特に何か行動を起こす様子は無かった。
(魔術師ってことはバレてるのか……)
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアの含みのある物言いに、鹿羽は自身の能力が見抜かれていることを悟った。
「……申し訳ございません。フロスティア」
「それでいい。――――悪いな。直ぐに手が出る性格なのだ。許せ」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアはそう言うと、手を放し、わざとらしく笑顔を浮かべた。
鹿羽は、反射的に攻撃しなかった自分のことを褒めたかった。
(こいつ……。一瞬、洗脳系の術式が発動しようとしたよな……。直ぐに引っ込めたみたいだが……)
そして鹿羽は、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアが相手の精神に干渉する簡単な術式を仕組んでいたことに気が付いていた。
「何か言いたげな顔だな」
「……いえ。とんでもございません」
鹿羽は、丁寧な口調でそう言った。
「――――カバネ。お前は魔大陸に渡ったことはあるか?」
「はい。任務にて派遣されたことはございます」
「ほう。その地では魔王なるものが国を支配するそうなのだが、最近、また新たな魔王が誕生したそうなのだ。知っているか?」
瞬間、鹿羽は少し前の記憶を思い出した。
「その名は確か……。意志の魔王カバネ、だったか?」
ラルオペグガ・ポートシア・フロスティアは、ニヤリと笑いながらそう言った。
(――――思い出した……。冷血の魔王ラルオペグガ・ポートシア・フロスティア……。こいつも魔王かよ……)
鹿羽は、静かに息を呑み込んだ。




