【168】混沌への予定調和
一
場所は統一国家ユーエス。
クラッケル県にて。
風が吹きつける平原で、騎士達が“生き死体/リビングデッド”を相手に剣を振るっていた。
「うおおおおおお!!」
騎士の勇敢な雄叫びが、風が吹き荒れる草原に響き渡った。
瞬間、幾つもの剣が“生き死体/リビングデッド”の頭を砕いていた。
“生き死体/リビングデッド”を次々と葬る騎士の中には、統一国家ユーエスの闘技大会で優勝した実力者――ジョルジュ・グレースの姿もあった。
ジョルジュ・グレースは目にも留まらぬ速さで周りに居た“生き死体/リビングデッド”達を斬り捨てていくと、やがて一体の“生き死体/リビングデッド”の前へと躍り出た。
「――――私が相手します。皆さんには下がるように、と……」
「りょ、了解です!」
ジョルジュ・グレースは、周りに居た騎士に素早く指示を飛ばしていた。
ジョルジュ・グレースは幾つもの任務を経て、相手の力量を正確に把握出来るようになっていた。
それは魔物相手でも例外ではなく、ひいては味方の力量も正確に把握することによって、状況に応じて流動的に作戦の指揮を執れるようになっていた。
「はああああああああああ!!!!」
ジョルジュ・グレースは剣を握り締めると、地面を力強く蹴飛ばした。
そして次の瞬間には、ジョルジュ・グレースは目の前に居た“生き死体/リビングデッド”を真っ二つに斬り裂いていた。
「す、すげえ……」
「あれがユーエス最強の実力か……。災厄の象徴である“骸王/デスキング”を、ああも易々と倒すなんてな……」
戦場に居る何人もの騎士が、ジョルジュ・グレースの剣技に見惚れていた。
ジョルジュ・グレースは自身に視線が集まっていることに気が付くと、静かに息を吐いた。
「戦いはまだ終わっていません! 敵に集中して下さい!」
ジョルジュ・グレースの叱咤するような掛け声に、見惚れていた騎士達はハッとした様子で目の前の敵に視線を戻した。
(やはり皆をまとめ上げるのは難しい……。分かっていたことではありますが、私はまだまだ上に立つ者としての覚悟が足りませんね……)
ジョルジュ・グレースは辺りを見渡すと、次の標的を見定めた。
(私が倒した“骸王/デスキング”……。自然発生の“生き死体/リビングデッド”にしては強過ぎますね……。――――このまま、何も起きなければ良いのですが……)
次の瞬間には、ジョルジュ・グレースの剣は“生き死体/リビングデッド”の首を捉えていた。
二
場所は統一国家ユーエス、ミズモチ県。
任務を終えたジョルジュ・グレースは、故郷である城塞都市イオミューキャに戻って来ていた。
「――――あら。グレース。戻ってたのね」
「はい。今回も無事に任務を遂行出来て良かったです。私が居ない間に何かありましたか?」
「特に何も無かった筈よ。――――ただやっぱり、最近魔物の活動が活発になっていることが気になるわよね。まだ何も起きていないとはいえ、危険な個体も確認されているみたいだし」
「私がクラッケルに向かったのも、危険な魔物を討伐する為ですからね。この辺りは大丈夫ですか?」
「問題無いわよ。流石にユーエス議会も心配しているみたいでね。優秀な近衛兵が派遣されているわ」
「……そう、ですか」
ジョルジュ・グレースはそう言うと、一瞬だけ複雑な表情を浮かべた。
「どうしたの? 国中あっちこっち飛び回るのってやっぱり大変?」
「いえ……。ただ、私はミズモチ騎士団に所属しているのに、何も貢献出来ていないような気がして……」
ジョルジュ・グレースは魔大陸での戦争の後、全国から寄せられた援軍要請に応じていた。
ジョルジュ・グレースの実力はもはや大規模な騎士団に匹敵するほどであり、危険な魔物が発生した時には必ずと言っていいほどジョルジュ・グレースが招集されていた。
もはや国家の顔となりつつあるジョルジュ・グレースは、自身が所属する騎士団の活動に参加出来ないほどに忙しい日々を送っていた。
「――――はあ。貴女がそんなこと言ったら、私達なんて“カス”みたいなものじゃない」
「……!? そ、そういう意味ではありません!」
「分かってるわよ。――――貴女は十分過ぎるほどに良くやってる。グレースの力が本当に凄いからこそ、全国からこうして救援要請が飛んでくる訳でしょ? 貴女はミズモチ県だけじゃない、統一国家ユーエス全体に貢献してるの。貴女は私達の誇りなのよ?」
グレースの同僚である女性は、穏やかな口調でそう言った。
対するジョルジュ・グレースは、静かにうつむいた。
「……すみません。やっぱり私、まだまだみたいですね」
「ほら! そういうとこ! グレースは謙虚過ぎるのよ! もっと周りに厳しくいきなさいな!」
「は、はい!」
女性の叱責するような言葉に、ジョルジュ・グレースは思わずそう答えた。
「……とまあ、偉そうなこと言っちゃったけど、貴女は色々大変なのよね……。――――この本そこそこ面白かったから、息抜きに読んでみたら?」
「……! それ、“古の勇者の伝説”ですね。読んだことありますよ」
「あら。そうなの。――――凄い話よね。竜神との戦いで三つもの山が消し飛んだ……。実話らしいけど、そんなことありえるのかしら」
「まあ、もう何千年も昔のことらしいですから。真偽は分かりませんね」
ジョルジュ・グレースは幼い頃に読んだ冒険譚を手に取ると、見覚えのある表紙を眺めた。
三
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点内部の、麻理亜の自室にて。
麻理亜は、C・クリエイター・シャーロットクララより報告を受けていた。
「――――よって、統一国家ユーエスのみならず、各国で魔物の行動が活発になっていることは事実だと思われます」
「ふーん。本当に問題が次から次へと湧いてくるわねー。あんまり兵士を動かしたくないんだけど。――――ていうか、“駆動騎士/オートマタ”系の魔物ってどうやって生まれるの? あれ、どっからどう見ても人工物じゃない」
「“駆動騎士/オートマタ”系統の魔物に関しましては、精霊系の魔物と同様に、魂を核に地中の成分によって少しずつ形成されていきます。――――自然発生の場合は、少なくとも数百年はかかるとされていますが……」
「自然の神秘ね」
麻理亜は手元にある資料をペラペラとめくりながら、気楽な様子でそう言った。
「――――今後の予定はどう致しましょうか?」
「どうもこうも予定通りだねー。幾つか“駒”を取られたのは悔しいけどー、無傷で相手を“詰ませる”ことなんて出来ないし。――――ラルオペグガ帝国の方はどう? お返事帰って来たー?」
「……残念ながら、期日までの返答はございませんでした」
「あはは! 悪い意味で予定通りねー」
麻理亜はケラケラと笑いながらそう言うと、手元にあった資料を机に立てる形で角を揃えた。
そして、紙の資料は一瞬の内に炎に包まれると、そのまま跡形も無く焼失していた。
「――――最終的には鹿羽君や楓ちゃんに頑張ってもらうことになるのかなー? ふふ。やっぱり持つべきものは友達ね」
麻理亜は楽しそうにそう言った。
四
場所はローグデリカ帝国とラルオペグガ帝国の国境付近にて。
統一国家ユーエスが公式に派遣した親善大使であるエルメイは、ラルオペグガ帝国領内の、雪を被った針葉樹林の中にある寂れた検問所で足止めを食らっていた。
「――――へ、へえ……。あくまで通すつもりはない、と……」
「お、お引き取り願います」
「それが君達、ラルオペグガ帝国の総意って訳だ」
エルメイは表情を引きつらせながら、確かめるようにそう言った。
「――――せ、正確に言えば、ラルオペグガ・ポートシア・フロスティア皇帝陛下のご意思であると……」
検問所の職員と思われる男性は、オドオドしながらも、軍人らしいハッキリとした口調でそう言った。
対するエルメイは、苛立った様子で溜め息をついた。
(絶対に手を出すなってそういう意味ですか……っ。無理って分かってるなら……っ、わざわざ僕をこんなクソ寒いところに派遣しなくたって……っ)
ラルオペグガ帝国は、現在帝位に就いているラルオペグガ・ポートシア・フロスティアが即位して以降、貿易を除く他国との交流を一切遮断していた。
ラルオペグガ帝国は広大な国土を持つ為に、その国境管理は非常にずさんなものであったが、法の上では皇帝の許可無しに国家間の行き来することは禁止されており、公式に大使として派遣されているエルメイはラルオペグガ帝国に足を踏み入れることは出来なかった。
「――――はあ。分かりました。そう言うことであれば、仕方ありませんね……」
エルメイは疲れた様子でそう言うと、検問所の職員と思われる男性はあからさまに安心したような表情を浮かべた。
「……しかし、ここは寒いですね。少しだけ暖を取ってもよろしいでしょうか?」
「……?」
「あー寒い寒い。――――<爆炎旋風/プロミネンス>」
エルメイは詠唱を完了させると、自分達が歩いてきた方向へ爆炎をぶっ放していた。
そしてエルメイはスッキリした様子で、柔らかい笑顔を職員達に向けた。
「ひ……っ」
「これで少しは暖かくなりましたかね? それでは、失礼させて頂きます」
エルメイは、普通にムカついていた。
五
場所はローグデリカ帝国。
帝都ダルストンにある、王城にて。
現ローグデリカ皇帝であるサマリア・フォン・デルカダーレは、少し急いだ様子で王城の廊下を歩いていた。
「――――お父様。今度はどちらに?」
「ああ。タレーツァか。――――今度はエシャデリカ竜王国だよ。最近、魔物が活発になっているみたいでね。各国で情報を共有し、協力し合うことを確認してくるんだ」
「……! それは素晴らしいですね! やはり国家同士、仲良くすべきです!」
「はは。そうだな」
実の娘であるサマリア・フォン・タレーツァの屈託の無い笑顔に、サマリア・フォン・デルカダーレも思わず顔をほころばせた。
その瞬間。
「――――おお。王族と言えど、やはり親子の絆というものは美しいですね」
聞き覚えの無い、男性の声だった。
サマリア・フォン・デルカダーレは無駄の無い動きで娘であるサマリア・フォン・タレーツァを自身の後ろへと移動させると、腰に差した長剣を静かに引き抜いた。
「……貴様は何者だ」
「これはこれは皇帝陛下。お言葉には気を付けた方が良いのでは? 態度を誤れば、陛下の大切なものを失うことになりますよ?」
「……っ」
声の正体は、白いタキシードを身に付けた好青年だった。
しかしながら、サマリア・フォン・デルカダーレはその青年の瞳に邪悪な感情が渦巻いているのを見逃さなかった。
「タレーツァ。逃げるのだ」
「し、しかし、お父様は……」
「私の心配は無用だ。多少歳を取ったとはいえ、まだまだ並の騎士には後れを取らん」
サマリア・フォン・デルカダーレは頼もしい口調でそう言った。
そして娘であるサマリア・フォン・タレーツァは躊躇った様子を見せながらも、逃げるようにこの場から立ち去った。
「くくく……。並の騎士、ですか。随分と矮小な存在と比べられてしまっているようですが……」
青年は笑いながら指をパチンと鳴らすと、いつの間にか、その手にはレイピアのような細剣が握り締められていた。
そして次の瞬間には、二人の剣が交錯し、火花が激しく飛び散っていた。
「く……っ」
「ははは!! 必死ですねえ!? やはり実の娘は可愛いですか!?」
「近衛兵は何をしている……っ。このような品の無い男の侵入を許すとは……っ」
「全く酷い言われようですね。――――近衛兵はもう居ませんよ。みんな夢の中です」
「……っ!」
瞬間、サマリア・フォン・デルカダーレの長剣は青年の頬を掠めた。
「――――素晴らしい太刀筋です。しかしながら、人間の域を超えることはありません」
「自分は神とでも言うつもりか……?」
「はは!! そこまで驕るつもりはありませんよ。――――ただし、神ではないにせよ、私は神の使徒ですがね」
青年は当たり前のことのように、堂々とそう言い放った。
「この美しい王城を血で汚す訳にもいきませんからね。サッサと終わらせるとしましょう。――――<死の宣告/デスジャッジ>」
そして、軽い口調によって唱えられた詠唱によって、皇帝の命は簡単に刈り取られてしまっていた。
「くくく……。未練が残っていそうな顔ですね。――――ご安心下さい。娘さんの命までは頂きませんよ。彼女まで殺してしまっては、王位継承者が居なくなってしまいますから」
青年はそう言うと、再び笑った。




