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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
六章
162/200

【162】犠牲の覚悟


 一


「――――キャハハ!! 流石にもう勝てないでしょ?」


 迷宮を埋め尽くすほどに増殖したミユキの分身達は、一斉に笑った。

 その数はもはや“軍団”と呼べるほどのものであり、それを相手に勝利するなど不可能に思われた。


 しかしながら。


「――――うおおおおおお!! やってやんよ!! 工作員の意地ってもんを見せてやる!!」


 ブレートラート・リュードミラは指を立てながら、燃えた様子でそう叫んだ。


(師匠と比べたら全然怖くない!! パッと見て強そうでも、実際は大して強くないって相場が決まってんダヨ!!)


 ブレートラート・リュードミラは、本物の強者というものを知っていた。

 そして、いざという時に恐怖に足が竦まなかったブレートラート・リュードミラもまた、強者の一人なのかもしれなかった。


「――――おらぁ!! 食らいやがれぇ!!」


 ブレートラート・リュードミラは一瞬で幾つものナイフを構えると、間髪置かずに投擲し、ミユキの分身達の脳天に命中させた。


「そうやって一人一人倒していくつもりなの? もしかしてバカ?」

「うるせーバーカ!! んな訳ねーだろバーカ!!」


 ブレートラート・リュードミラはそう叫ぶと、ミユキの分身達から距離を取った。


「――――“爆”!!」


 瞬間、ブレートラート・リュードミラが放ったナイフが大爆発を起こし、周りに居たミユキの分身達を吹き飛ばしていった。


「……あは。やるじゃん」

「ち……っ。多過ぎだっつーの……っ」

「その爆弾はあとどれくらいあるのかなー? キャハハ!!」

「うるせー!! こんにゃろー!!」


 爆発によって数十体のミユキの分身を葬ったブレートラート・リュードミラだったが、その数はまだまだ多いのが現状だった。

 ブレートラート・リュードミラは再びナイフを取り出すと、果敢に飛び出した。


「――――距離を詰めちゃって良いの? 集団でボコボコにしちゃうよ?」


 ミユキの分身はケラケラと笑いながら、ブレートラート・リュードミラを包囲した。

 そして、ミユキの分身達は息を合わせ、一斉にブレートラート・リュードミラに向かって飛び出した。


「……っ!」


 ブレートラート・リュードミラは大きく息を吐くと、分身の一人の顎を肘で砕いた。

 そして間髪置かずにナイフを喉に突き刺すと、他の分身が居る方へと蹴り飛ばした。


 しかしながら、その間に三人もの分身がブレートラート・リュードミラの背中に迫っていた。


「はあああああああ!!」


 ブレートラート・リュードミラは力を振り絞るように叫ぶと、振り向きざまに回し蹴りを三人に食らわせ、そのまま薙ぎ払った。


「しゃああああああ!!!! 思い知ったかコンチクショー!!」


 一瞬で周りに居たミユキの分身達を蹴散らしたブレートラート・リュードミラは、興奮した様子でそう叫んだ。


「おい。まさか」

「……どうやら再生していないみたいだね。原因は分からないけど、絶好の好機だ」


 アポロの指摘に対し、エルメイは同意したようにそう言った。


 アポロ達は当初、ミユキは分身する能力と再生する能力の二つを持っていることを聞かされていたが、それが両方とも封じされている事実に気付いていた。


(――――にしても、あの女……。この前よりも格段に強くなっているな……。何もしてこなかった訳ではない、か……)


 そして、前衛として十分に役割を果たしているブレートラート・リュードミラの姿に、アポロは感心した様子で頷いていた。


「隙を見て加勢するぞ。――――<氷竜の息吹/アイスブレス>」

「誰に命令しているんだい?――――<黒の断罪/ダークスパイク>」


 アポロとエルメイの二人は一斉に詠唱を完了させると、ブレートラート・リュードミラの周りに居たミユキの分身達を吹き飛ばしていった。


「うおおおおおお!! 今日は行ける気がする!! 今日は行ける気がするよ!! うははははは!!」

「うー。頭がおかしな人って嫌なんだよなー」


 分身の一人がボヤくようにそう言った瞬間、ブレートラート・リュードミラのナイフがその分身の喉を斬り裂いていた。


 アポロ達による支援も相まって、ブレートラート・リュードミラは、ミユキの分身達を相手に奮闘しているように見えた。


 しかしながら、アポロは表現し難い違和感を抱くと、半ば本能的に叫んだ。


「――――ッ! 下がれ!!」

「うぇ?」


 アポロの叫び声に、ブレートラート・リュードミラは慌てて距離を取った瞬間、ミユキの腕がブレートラート・リュードミラの喉を掠め、僅かな鮮血が飛び散った。


「……っ」

「あーあ。残念」


 ミユキの分身は、気楽な様子でそう言った。


「ま、マジ助かりました……。アリガトウゴザイマス……」

「途中から不自然に相手の動きが硬くなっていたからな。致命傷にならなくて良かった。――――<治癒/ライブ>」


 アポロは慣れた様子で詠唱を完了させると、ブレートラート・リュードミラの傷を治療した。


「――――ねえ。何で分かったの? 普通分かんなくない?」

「……経験の差だ。簡単に分かってたまるか」

「そういうのってヤダなー。色んな意味で」


 ミユキは吐き捨てるようにそう言うと、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。


「ど、どうすんの……? 動きが見切られたってことはさ……、私が前に出てもあんまり意味が無いってことだよね……」

「もう迂闊に動くなよ。相手の動きを把握している辺り、どうやら頭は悪くないらしい」


 アポロは釘をさすようにそう言った。


 すると突然、エルメイは身に付けていたネックレスを外すと、アポロの方に差し出した。


「……なんだこれは」

「グローリーグラディス様から預かっている代物さ。それはあらゆる探知を阻害する効果がある。君の“影渡り”を活用すれば、簡単に敵を撒くことが出来る筈さ」

「……っ」

「それでどうやって倒すの……? 全然分かんないんダケド……」


 ブレートラート・リュードミラは理解しかねた様子でそう言った。


「――――ここは僕とコイツで食い止める。その間にアポロは奥に行って、カバネ様が居るかどうか確かめて来てくれ。それが最善だ」

「ちょ、ま、それ私達が死ぬ奴じゃ」

「……私も反対だ。そんなことをするくらいなら、大人しく撤退するべきだ」


 アポロは否定的な口調でそう言った。


 しかしながら。


「うるさいな。初めから拒否権なんて無いんだよ。――――<強制転移/ワープフォース>」


 エルメイは苛立った様子で詠唱を完了させると、アポロを迷宮の深部へと飛ばしてしまった。


「うわあああああ!!?? やりたがった!! 何やってんのマジで!!??」

「さあ。死にたくなかったら戦うよ。どうせ逃げるのだって無理な話なんだ。無駄に死ぬくらいなら、有意義に死んだ方がずっと良い」

「殉職……っ。無理心中……っ。最低過ぎる……っ」


 ブレートラート・リュードミラは吐き捨てるようにそう言うと、ナイフを構えた。


 二


 場所は魔大陸。

 レ・ウェールズ魔王国南部にある迷宮の深部にて。


(あ、あいつ……)


 エルメイの魔法によって強制的に転移させられたアポロは、心の中でそう吐き捨てた。


 しかしながら、アポロはエルメイの考えが理解出来ない訳ではなかった。

 アポロ達が対峙した少女――ミユキは強く、このまま戦い続けても勝てるかどうかは不透明だった。

 そして、誰か二人を囮にすれば、僅かな時間ながら一人は鹿羽の救出に動くことが出来るのも事実だった。


(……自分を囮にしたのは作戦を破綻させない為か? それとも合理的な判断によるものなのか? いずれにせよ、命を賭すのは正気の沙汰ではない)


 アポロは、エルメイの作戦が狂気じみていることを悟った。


 今、アポロは、エルメイとブレートラート・リュードミラの二人を置いて逃げることも出来た。


 しかしながら、アポロは逃げるような真似はしなかった。


(――――そして、このまま逃げない私も同類、か)


 アポロは心の中でそう呟くと、静かに苦笑した。


「――――<上位把握/ハイパシーブ>」


 アポロは小さな声で詠唱を完了させると、鮮明な映像がアポロの脳内に流れ込んだ。


(……構造的に怪しいのは三か所。だが、罠の可能性も高いだろう。“何てことないように見えるところ“から探してみるか)


 アポロは魔法によって迷宮の構造を把握すると、静かに走り出した。


(――――死ぬなよ。エルメイ。リュードミラ)


 アポロは音を立てないように、心の中でそう吐き捨てた。


 三


 場所は魔大陸。

 レ・ウェールズ魔王国南部にある迷宮の、更に深部にて。


(一つ目で“当たり”、か……。我ながら豪運だな……)


 アポロはミユキの分身達に見つかることなく、鹿羽と見られる少年が入った巨大な装置を発見していた。


(見張りを付けないことで下手に位置が特定されないようにしたんだろうが、裏目に出たようだな。僅かに漏れ出ている魔力からしても、偽物ということはなかろう)


 アポロは近くに誰も居ないことを確認すると、巨大な装置の方へと近付いていった。


(――――まさかここで再会することになるとはな……)


 アポロは、まるでコンサート会場に設置されたパイプオルガンのような巨大な装置を見上げると、静かに息を吐いた。


(これは無理矢理引き剝がして良いものなのか……? まあ、触ったら爆発するようなことは流石に無いと思うが……)


 そのまま、アポロは安易な気持ちで装置に触れた。


(……っ!? 不味い…っ!!)


 瞬間、アポロの意識は、目の前の装置へと吸い込まれた。


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