【161】貧乏くじ
一
とある場所にて。
C・クリエイター・シャーロットクララに“ミユキ”と名付けられた少女は、目の前に表示された画面を楽しそうに眺めていた。
「キャハハ!! ねーねー凄い数だね!! みんなお兄ちゃんを取り返しに来たのかな!?」
画面には、各地にある迷宮へと歩みを進めるリフルデリカ達の姿が投影されていた。
リフルデリカ達の動向は、ミユキによって完全に監視されていた。
「もしかしてヤケになってるのかなー? お姉ちゃんが居ないと私を殺せないのにね」
ミユキはやれやれと言わんばかりにそう呟いた。
しかしながら、ミユキの傍に控えていたC・クリエイター・シャーロットクララは、何も言わず、静かに黙っていた。
「――――ねえ。無視しないでよ」
何の反応も見せないC・クリエイター・シャーロットクララに対し、ミユキが不満げにそう言った瞬間。
「――――?」
C・クリエイター・シャーロットクララの右腕が、ミユキの心臓を後ろから貫いていた。
「は……?」
「……遊びは終わりです。貴女はもう、その力を使えません」
「な、なんで……っ? なんで裏切ったの……っ?」
貫かれたミユキの胸からは、赤い液体がとめどなく溢れ出していた。
生暖かい感覚が手から伝わる一方で、C・クリエイター・シャーロットクララの瞳はひどく冷たいものになっていた。
「初めから裏切ってなどいません」
C・クリエイター・シャーロットクララは、ハッキリとした声でそう言った。
C・クリエイター・シャーロットクララは乱暴に手を引き抜くと、再び大量の鮮血が溢れ出した。
「か、は……っ」
ミユキはそのまま、地面に倒れ込んだ。
「――――相変わらず……、やることがえげつないですね……」
「ここまでするのは流石に勇気が必要だったわ。御方を傷付けるなんて、とても出来ないもの」
「は……。やっておいて良く言いますね……」
ミユキとC・クリエイター・シャーロットクララの二人の前には、G・ゲーマー・グローリーグラディスが姿を見せていた。
ミユキは直ぐに、自分が嵌められたことを悟った。
「……初めからこうするつもりだったんだね」
「貴女を脅威だと判断したからこそ、ここまで大掛かりな作戦を取りました。主君を倒し、親友を殺せば、流石に信用してくれると……」
C・クリエイター・シャーロットクララは、淡々とした様子でそう言った。
C・クリエイター・シャーロットクララが主君と仲間を裏切ったのは、自分の方が優れた存在だからだとミユキは考えていた。
しかしながら、それは浅はかな論理だった。
C・クリエイター・シャーロットクララはミユキを脅威だと判断したからこそ、敢えて主君と仲間を裏切り、スパイとしてミユキの味方を演じていた。
そして、ミユキの傍に居たC・クリエイター・シャーロットクララは、ミユキの分身能力と再生能力を封じ込める術式を完成させていた。
「は……っ! 無様なものですね……。もう貴女は分身も再生も出来ない……。死にたくなかったら、大人しくカバネ様の居場所を吐きなさい……」
「はは……っ。言う訳ないじゃん……っ。それに……っ。私の分身が居なくなった訳じゃない……っ。この術式も直ぐに解除して……っ。絶対に復讐してやるんだから……っ」
ミユキは吐き捨てるようにそう言った。
そしてミユキは複雑な感情を滲ませた様子で、C・クリエイター・シャーロットクララへと視線を移した。
「――――ねえ。私の名前を付けたのも演技の為?」
「……」
C・クリエイター・シャーロットクララは何も答えなかった。
ただ、C・クリエイター・シャーロットクララは静かに目を閉じると、ミユキは大量の血液を吐き出して、そのまま絶命した。
「――――呆気ないですね……。やはり貴女の策に掛かれば、何人も太刀打ち出来ないということですか……」
「そんなことないわ。カバネ様がやられたのは私の計算外……。脅威的な相手よ」
「私達も早くカバネ様を探しましょう……。あまり時間はかけられません……」
「……そうね」
C・クリエイター・シャーロットクララは淡々とした様子でそう言った。
C・クリエイター・シャーロットクララは、横たわるミユキの遺体を一瞬で焼失させると、僅かに目を細めた。
(――――マリー様……。本当なら、カバネ様を傷付けることなく、この戦いに勝利することも出来た筈です。そこまでして、御方の中にある“彼女の魂”を排除したかったのでしょうか……)
C・クリエイター・シャーロットクララは主君の姿を思い浮かべると、複雑な表情を浮かべた。
二
場所は魔大陸。
グランクラン西部にある、迷宮にて。
「――――どういうことだ。敵が居ないではないか」
「……通信が遮断されています。一旦、外に出て状況を確認するのが宜しいかと」
「ち……っ。やはりリフルデリカとやらを信用すべきではなかったか……?」
テルニア・レ・ストロベリは吐き捨てるようにそう言った。
三
場所は統一国家ユーエス。
レットレイ県にある、迷宮にて。
(――――今頃、“やはりリフルデリカとやらを信用すべきではなかったか……?”、とか思われてるのかな? シャーロットクララ氏が予定よりも早く動いただけで、僕には何一つ非が無い筈なんだけどね)
標的であるミユキはおろか、魔物一匹すら見当たらない状況を前に、リフルデリカは苦笑していた。
(しかし、分身を全て撤退させるとはね。――――カバネ氏が居る箇所に戦力を集中させたのかな? となると、誰かが貧乏くじを引くことになるのか。通信もやられているみたいだし、ブラックバレット氏やローグデリカ、カエデ氏辺りが居る班とぶつかってくれると良いんだけれど……)
リフルデリカは、ここには誰も居ないことを確認すると、他の迷宮がある場所へと向かった。
四
場所は魔大陸。
エルメイ、アポロ、ブレートラート・リュードミラの三人は、レ・ウェールズ魔王国南部にある迷宮を訪れていた。
「ね、ねえ……。なんか嫌な感じしない……? 聞いてた感じと違うし……」
「……」
「ていうか何で私が前衛なのさ!? 私の武器これだよ!? 刃渡り包丁ぐらいしかないんダケド!?」
ブレートラート・リュードミラは使い慣れたナイフをアポロ達に見せると、不服そうにそう叫んだ。
「……はあ。私とエルメイは魔術師だ。となれば別におかしな話ではあるまい」
「うえ……。死にたくない……。何で前衛職が一人も居ないのさ……」
ブレートラート・リュードミラは先頭でわんわん泣きながら、迷宮の奥へと進んでいった。
「――――待て。何か居る」
三人はしばらく歩いていると、突然、アポロが小さな声でそう言った。
異変に気付いたアポロに対し、ブレートラート・リュードミラが再び口を開こうとした瞬間、エルメイは苛立った様子でブレートラート・リュードミラを殴り付けて黙らせていた。
三人はその場で息を潜めていると、迷宮の奥から一人の少女が姿を見せていた。
「――――ここは危険だよ? あんまりうろつかない方が良いと思うなー」
少女――ミユキは、気楽な様子でそう言った。
「ね、ねえ。あの子って……」
「十中八九そうだろうな」
アポロ達は、直ぐにミユキが標的の少女であることを理解すると、警戒を強めた。
「……貴様こそ、ここで何をしている。ここは魔物が闊歩する指定危険区域だぞ」
「私は強いから大丈夫だよ。――――見たところ、お姉ちゃん達は弱そうだから、やめておいた方が良いと思うな」
ミユキはまるで助言するかのような口調でそう言った。
すると、エルメイは静かに杖をミユキへと向けた。
「……話すことなんて無いよ。――――<黒の断罪/ダークスパイク>」
淡々と吐き出された殺意は、無数の杭となってミユキへと降り注いだ。
「エルメイ!」
「こいつ、ハナから通すつもりなんて無い。仮に通したところで、後ろから殺すつもりでいた筈さ。違うかい?」
エルメイは吐き捨てるようにそう言った。
エルメイの魔法によって舞い上がった砂煙が晴れると、そこにはミユキが何事もなかったかのように無傷で立っていた。
エルメイは、苛立った様子で舌打ちをした。
「ふふ。どうだろうね。どうしてそう思うの?」
「そこをどけ……っ! ぶっ殺してあげるよ……っ!」
「まあいいや。――――良かった。強そうな人、居ないみたいだし」
静かに怒りを滲ませるエルメイとは対照的に、ミユキの態度は冷ややかなものだった。
「――――ッ!!――――<爆炎旋風/プロミネンス>!!」
「ち……っ! リュードミラ! 畳み掛けるぞ!」
「ひええ!?」
エルメイの魔法によって出現した業火と共に、アポロとブレートラート・リュードミラの二人はミユキに向かって飛び出していた。
対するミユキも迎え撃つように飛び出しており、炎を潜り抜け、その視線はブレートラート・リュードミラへと向けていた。
「うわあああああ!? コッチ来たああああああ!!」
ブレートラート・リュードミラは標的が自分であることを理解すると、瞬時に毒針を数本、ミユキに向かって投擲した。
しかしながら、ミユキは右腕を振るうことによって毒針を全て叩き落とすと、一気に距離を詰めた。
「死んじゃえ」
「死なない!!」
瞬間、ブレートラート・リュードミラのナイフとミユキの腕が交錯し、火花が散った。
(――――何で生身の身体で受け止められるのさ!? マジ意味分かんない!!)
ブレートラート・リュードミラは、ミユキの首を掻き切る為に巧みにナイフを振るったが、ミユキの機敏な動きによって全て避けられてしまっていた。
「うぼぁ!?」
そして、ミユキの左の拳が、ブレートラート・リュードミラの顎を完璧に捉えた。
「――――<二重詠唱/ツインマジック>+<垂氷の槍/アイシクルランス>!!」
「……魔法なんて効かないよ」
瞬間、アポロの詠唱によって、幾つもの氷の槍がミユキに叩き付けられた。
しかしながら、ミユキはそれら全てを素手で叩き落とすと、今度はアポロに視線を向けた。
「――――“影渡り”」
アポロが小さな声で呟いた瞬間、ミユキの視界からアポロが消失していた。
そして、一瞬でミユキの背後に移動したアポロだったが、ミユキは特に驚いた様子を見せずに振り向くと、そのままアポロの胴部へと蹴りを叩き込んだ。
「く……っ!」
「――――<黒の断罪/ダークスパイク>!!」
ミユキはすかさずアポロに追撃を加えようとしたが、エルメイの援護によって、アポロは何とか距離を取ることに成功していた。
「ね、ねえ……。聞いてたより強くない……? それ以上に私達が弱いってコト……?」
「無駄口を叩くな。それに、全く歯が立たない訳ではない。今度こそ、確実に仕留めるぞ」
弱気な態度を見せるブレートラート・リュードミラに対し、アポロは吐き捨てるようにそう言った。
「――――ウザいね。一人で仕留めたかったけど、仕方ないか」
「……来るぞ」
瞬間、ミユキはぶちぶちと肉が裂ける音を響かせながら、ねずみ算式に増えていった。
「うわあああああああああ!!?? キモイキモイキモキモイ!!」
「は……っ!! 生ゴミはまとめて燃やしてあげるよ!!――――<月光/ルナレイ>!!」
エルメイは詠唱を完了させると、まばゆい光がミユキ達に叩き付けられた。
常人であれば数秒もかからずに焼き尽くされる大魔法だったが、何十人、何百人と増えたミユキ達は、前に居た数人が焼き尽くされただけで、殆どが無傷で生き残っていた。
「あんまり効いてなさそうなんダケド!! どうすんの!?」
「うるさいな!! 君こそ前衛なんだから何か考えなよ!! 魔法があまり有効ではないことぐらい見れば分かるだろ!?」
「逆ギレされた!?」
エルメイの怒気が込められた強い言葉に、ブレートラート・リュードミラはそう叫んだ。
「――――キャハハ!! 流石にもう勝てないでしょ?」
迷宮を埋め尽くすほどに増殖したミユキの分身達は、一斉に笑った。




