【160】反撃準備
一
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイの、とある施設にて。
そこには、数人の魔王とその従者達の姿があった。
孤高の魔王フット・マルティアスは、相変わらず一人で静かに座っていた。
暴虐の魔王アイカは、連れとみられる数人の男女と共に部屋に置かれた果実を頬張っていた。
そして最後、見識の魔王テルニア・レ・アールグレイの代理で訪れたテルニア・レ・ストロベリとその従者達は、書類を片手に険しい表情を浮かべていた。
「――――魔大陸からお越しの皆様はお揃いかな? 救援要請に応じてくれて、本当に感謝してもし切れないよ。それじゃあ向こうの部屋でゆっくり作戦の確認でも……」
仮面を身に付けたリフルデリカは部屋のドアを勢いよく開け放つと、陽気な様子でそう言った。
しかしながら、気難しそうな表情を浮かべていたテルニア・レ・ストロベリは、そんなリフルデリカに対し、咎めるような物言いで口を開いた。
「――――同盟国とはいえ、素顔を隠した者が応対するのは如何なものか」
「あー。やっぱり気になるかい? 正直、魔大陸出身の君達に僕が同席していいものか迷ったんだけどね。まあ、昔の話だから大丈夫か」
リフルデリカはそう言うと、自身の仮面に手を掛けた。
次の瞬間には、右目に大きな傷を持つ少女がそこに立っていた。
「……カバネに似てるな!!」
「あはは。そうだね」
暴虐の魔王アイカの言葉に、リフルデリカは少し嬉しそうに同意した。
「……どうした。グレンモラン」
「も、申し訳ございませんストロベリ様……。しかし……、彼女はまさか……」
「……やっぱり僕を知る人が居たみたいだね。それじゃあ、自己紹介といこうか」
リフルデリカは、気楽な様子で続けた。
「――――僕の名はリフルデリカ。別に統一国家ユーエスの味方って訳ではないけれど、僕はカバネ氏の良き友人だからね。今回の事態は僕も憂慮しているんだよ。協力してくれるとありがたいかな」
「……随分と有名な名前が飛び出したな。本物か?」
「それは君達でも分かるのではないのかい?」
「はっ! そうだな。この国はまだまだ秘密を隠し持っているらしい」
テルニア・レ・ストロベリは、吐き捨てるようにそう言った。
二
時は僅かにさかのぼり、倒れていたエルメイが目を覚ましてから少し後のことだった。
エルメイは、同僚の魔術師であるアポロに、作戦の概要を説明していた。
「――――成程。要人の救出か。私とお前が動くというのだから、中々の立場の人間なんだろうな」
「あのグローリーグラディス様がやられている。ハッキリ言って、次元が違う相手だよ」
「まさか……。――――本当か?」
「……」
アポロの問いかけに対し、エルメイは何も言わなかった。
エルメイは、ただ真剣な表情を浮かべていた。
(……信じられん)
アポロは、その沈黙が信じ難い“肯定”であることを悟った。
「――――勝算のある戦いなんだろうな? むやみに命を散らすつもりは無いぞ」
「……分からない。でも僕は行く。その人は僕の恩人なんだ」
エルメイは、アポロと鹿羽が知り合いであることを知らなかった為に、その人が鹿羽であることをアポロに説明することはなかった。
真剣な様子で話すエルメイの姿に、アポロはその恩人とやらが何者なのか、少しだけ気になった。
三
統一国家ユーエスの非公式の要請によって首都ルエーミュ・サイを訪れていたテルニア・レ・ストロベリ達は、リフルデリカに案内される形で、大きな会議室に集まっていた。
そこには楓や多くのNPCの姿もあり、各国の主要戦力が一堂に会す光景は、大戦前の会談を彷彿とさせた。
「――――今回の救援要請に応えてくれて感謝する。我の名は楓。今回の作戦の指揮を執らせてもらうのである」
「さっき自己紹介したけれど、一応ね。――――僕の名はリフルデリカ。公の場ではニームレスと名乗っているよ。名目上はカエデ氏が指揮を執ることになっているけれど、実質的には僕がまとめ役だから、そこのところ、よろしくね」
リフルデリカは気楽な様子でそう言った。
「――――意志の魔王がやられたというのは本当なのか」
「連絡した通りさ。カバネ氏は誘拐されて行方知れず。他にも優秀な魔術師が居なくなったりして、けっこう厳しい状況なのさ」
開口一番、情報の真否を確認したテルニア・レ・ストロベリに対し、リフルデリカは否定することなくそう言った。
(カバネ、だと?)
そして、この場にエルメイと共に同席していたアポロは、突然飛び出した鹿羽の名前に反応していた。
「……敵戦力の詳細な説明を求める。勝てない戦いに巻き込むつもりなら、悪いが断らせてもらうからな」
「そんなことはしないよ。――――敵は二人。どちらも僕みたいな金髪で、片方は大人びた女性の魔術師。もう片方はただの女の子さ。魔術師の方と戦うことは多分無いと思うんだけれども、万が一戦うことになったら諦めておくれ。君達じゃ勝てない」
「言ってくれるな。もし戦うことになったらどうしろというんだ」
「どうしようもないよ。彼女に勝てる人となると、けっこう限られてくるしね。それに彼女もむやみに僕らと戦うような真似はしないと思うよ。これはあくまで僕の個人的な見解になるけど、彼女のことは正直、後回しで良いと思うんだよね」
当たり前のことのように話すリフルデリカに、誰も反論することはなかった。
「……続けるね。――――僕達が相手するのは、もう片方の女の子さ。彼女はカバネ氏の魔力を利用する形で、少なくとも数百人規模に分身する能力を持っている。加えて、いくら倒しても復活するから、非常に厄介だね」
「……だからこれだけの戦力を揃えた、ということか」
「そういうこと。――――要するに時間稼ぎをして欲しいんだよ。無限に復活出来ると言ったって、その能力を使うには流石に精神を消耗する筈さ。その隙にカバネ氏を救出し、彼女の能力を弱体化させる。後は、まあ、何とかなるよ」
リフルデリカの説明は根拠に乏しいものだったが、不思議と説得力のあるものに感じられた。
そんな中、ローグデリカは静かに溜め息をつくと、リフルデリカの説明を否定するかのような物言いで口を開いた。
「一応、忠告だけはしておく。こいつは嘘をつくことはないが、他人を平気で見捨てる性格の人間だ。捨て駒にされたくなかったら、各自しっかりと自分の身ぐらい守るんだな」
「……その忠告、ここでするかい? 否定はしないけどさ」
「ふん」
「はあ……。まあいいや。――――という訳で、これがその分身達が居る箇所を記した地図さ。全ての地点を襲撃出来そうで何よりだよ」
「その分身とやらの強さは?」
「ああ。それは安心するといい。一体一体はとても“弱いよ”。所詮、倒せないだけの相手さ。――――それじゃあ、作戦の詳しい内容を説明するよ」
リフルデリカは気楽な様子でそう言うと、説明を続けた。
四
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点の、図書館の深部にて。
そこにはC・クリエイター・シャーロットクララの襲撃に遭い、昏睡状態に陥っていた麻理亜の身体が厳重に安置されていた。
「……うーん」
しかしながら、麻理亜はまるで昼寝から目覚めたかのように、気怠そうに伸びをしていた。
「――――ありゃ、誰も居ないや」
そして、麻理亜は辺りを見渡すと、何てことない様子でそう呟いた。
「……ま、終わり良ければ全て良し、なのかなー? ま、全然終わってないんだけどねー」
麻理亜はそう言うと、軽い足取りで歩き出した。
「それじゃ、反撃開始といきますか」




