【153】強襲
一
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点にて。
「……?」
図書室で一人、本を読んでいたリフルデリカは、何かに気付いたように宙を見上げていた。
(――――カバネ氏との魔力の繋がりが途切れた……?)
鹿羽とリフルデリカの間には、容易に断ち切ることの出来ない魔力の繋がりが存在した。
それは双方共に意図的に遮断することは出来ず、互いの位置は勿論のこと、互いが抱く感情さえも、本人達の意図しない形でしばしば共有されていた。
人間が意識せずとも呼吸するのと同じように、鹿羽と魔力で繋がっているというのは、もはやリフルデリカにとって当たり前のことであった。
しかしながら、それが突然、途切れてしまっていた。
リフルデリカは怪訝な表情を浮かべると、少し急いだ様子で図書室を後にした。
二
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点の、訓練場にて。
そこでは二人の少女――楓とローグデリカが、いつも通り鍛錬を行っていた。
「――――カエデ氏。カバネ氏を見なかったかな?」
「む。リフルデリカ殿であるか。――――鹿羽殿は、昨日、悠久の眠りにつくと言っていた故、禁忌が眠る最果ての神殿に居ると思われるが……」
「いや、彼の部屋を訪ねたんだけれども、居なかったんだよね。何処かへ行くとかは聞いていないかい?」
「む。我のあずかり知らぬところであるな」
楓は首を左右に振りながら、淡々とした様子でそう言った。
「――――何かあったのか? そもそもお前は何処に居ようとも、奴の位置を把握出来た筈だろう」
「その通りさ。けれども、突然カバネ氏の位置が掴めなくなったんだよね。まあ、僕自身、カバネ氏ほどの魔力を持たない訳だから、物理的に離れてしまえば把握出来なくなるのは致し方ないことではあるんだけれども……」
魔力探知は自身の消費魔力に応じて範囲が広まっていく性質があり、あまりにも遠くに離れてしまえば、相手の位置を把握することは出来なかった。
そして、鹿羽は莫大な魔力を有していた為に、リフルデリカが何処に居ようとも見つけ出すことが出来たものの、逆にリフルデリカはそういう訳ではなかった。
しかしながら、鹿羽ほどではないにしろ、リフルデリカ自身もかなりの魔力を有する為、両者とも統一国家ユーエス領内に居るなら、リフルデリカは鹿羽のことを見つけ出すことが出来る筈だった。
「――――嫌な予感がする。鍛錬はやめだ」
「……悪いね。とりあえずマリア氏のところへ行ってみよう。何か知っているかもしれない」
楓とローグデリカ、そしてリフルデリカの三人が、麻理亜の自室に向かおうとした瞬間、楓に魔法の通信が届いた。
『――――メイプル様……。突然のご連絡で大変恐縮でございますが……』
「む。この声はグローリーグラディスであるか?」
『はい……。至急、マリー様のお部屋へと来て頂けますか……?』
通信の相手はG・ゲーマー・グローリーグラディスだった。
「――――通信に割り込む形で失礼するよ。丁度マリア氏を訪ねようと思っていたんだ。何が起きたんだい?」
リフルデリカは躊躇いなく術式に干渉し、通信のチャンネルを無理矢理自分にも繋げると、淡々とした様子でそう言った。
G・ゲーマー・グローリーグラディスは一瞬何かを躊躇うように押し黙ったが、意を決した様子で再び口を開いた。
『――――マリー様が、何者かに襲撃されたようです……。命に別状はございませんが……、目覚める気配もなく……』
「な……っ!? そ、それはまことであるか!?」
『も、申し訳ございません……』
「……分かった。マリア氏の自室だね。直ぐに向かうよ」
リフルデリカはそう言うと、通信魔法を遮断した。
「――――麻理亜がどうかしたのか?」
「正直信じられない話だけれど、あのマリア氏がやられたみたいだ。カバネ氏の件といい、何か良くないことが起きている。行こう」
リフルデリカは、楓とローグデリカの肩に手を乗せると、転移魔法を発動させた。
三
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点の、麻理亜の自室にて。
「――――麻理亜殿!!」
「め、メイプル様……」
そこにはG・ゲーマー・グローリーグラディスの他に、E・イーター・エラエノーラの姿もあった。
そして、急いで用意されたであろう簡易ベッドの上には、静かに眠る麻理亜の姿があった。
「――――グローリーグラディス氏。詳しい状況を教えてもらってもいいかな?」
「マリー様は正体不明の術式によって仮死状態に置かれています……。幸い、周辺の自然エネルギーとの魔力の循環は滞りなく行われていますので……、命の危険は無いと思われますが……」
「要は封印されてしまった、ということか。確かにマリア氏を殺すのは容易ではないし、仮に殺すことに成功したとしても、蘇生出来る手段をマリア氏はいくらでも持ち合わせていただろうからね。行動不能にするなら封印が一番手っ取り早い」
リフルデリカは、淡々とした様子でそう分析した。
そして次の瞬間には、リフルデリカの胸倉を、ローグデリカが掴み上げていた。
「……急にどうしたのかな。ローグデリカ」
「貴様が裏切り者ではない保証が何処にある。貴様なら、鹿羽と麻理亜、両方を手に掛けることぐらい難しくないだろう」
「ああ。僕を疑っているのか。――――確かに僕は容疑者としてこれ以上なく怪しいと言える。動機も無くはないしね」
「……ほう。否定しないなら、二度とその煩わしい軽口を利けないようにしてやろうか?」
ローグデリカはそう言うと、リフルデリカの胸倉を掴み上げたまま、腰に差した剣を引き抜いた。
対するリフルデリカは気にする様子も見せずに、静かに溜め息をついた。
「――――僕はやっていないよ。マリア氏のことはともかく、僕はカバネ氏の最大の理解者である自負がある。それに、マリア氏が僕のことを警戒していない筈が無い。彼女は何かかんだいって、僕のことをいつでも殺せるように準備をしていた筈さ」
「口だけならどうとでも言える」
「そうだね。だからこそ、僕のことは信頼しなくても構わない。なんなら、また地下の牢獄で大人しくしていたって構わないよ」
リフルデリカは、自身の無実が正しいかどうかなんて全く興味が無いと言わんばかりにそう言った。
「――――もう一人の我よ」
「ち……っ。分かっている。釘を刺しただけだ」
「ふう。本気でやっておいて、よく言うよ」
リフルデリカはローグデリカの腕から解放されると、不満そうな表情を浮かべながら胸元をさすった。
「メイプル様……。カバネ様はどうかされたのですか……?」
「鹿羽殿の姿も見えないのだ。そのことで麻理亜殿を訪ねようと考えていたのだが……」
「そ、そんな……」
「グローリーグラディス氏。シャーロットクララ氏は何処に居るんだい? そもそも有事の際は、彼女が一時的に指揮を執る筈だろう?」
「――――残念ながら……、C・クリエイター・シャーロットクララとも連絡が取れておりません……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、複雑な表情を浮かべながらそう言った。
「――――うん。犯人はシャーロットクララ氏だね」
「な……っ。リフルデリカ殿! シャーロットクララが裏切ることなど、あり得るのか!?」
「裏切った、とまで言えるかどうかは分からないさ。同意の上なのか、それとも無理矢理なのかは不明だけれど、マリア氏をこうやって仮死状態に出来るのはシャーロットクララ氏ぐらいだろうしね」
「う、嘘です……。C・クリエイター・シャーロットクララが、こんなこと……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは静かに眠る麻理亜の方へ視線を向けると、小さな声でそう言った。
G・ゲーマー・グローリーグラディスからすれば、C・クリエイター・シャーロットクララは誰よりも勤勉に働き、誰よりも鹿羽達に貢献していた。
C・クリエイター・シャーロットクララのその頭脳は、あらゆる魔導を修めたG・ゲーマー・グローリーグラディスでさえも全く太刀打ちが出来ないほどに優れており、事実、現在の統一国家ユーエスの運営を支えているのは紛れもなく、C・クリエイター・シャーロットクララだった。
C・クリエイター・シャーロットクララと連絡が取れないのは、麻理亜を無力化した敵勢力によるものだと。
決して、C・クリエイター・シャーロットクララ自身が反逆を企み、命を差し出してでも忠誠を尽くすべき主君に刃を向けたわけではないのだと。
G・ゲーマー・グローリーグラディスは、そう信じたかった。
『――――やっほー! みんな見てるー!?』
この場が重苦しい空気に沈む中、突然、能天気な少女の声が響き渡った。
瞬間、ローグデリカの剣閃が瞬き、誰も居ない筈の空間を斬り裂いた。
『キャハハ!! これは魔力によって投影された立体映像だからー、攻撃しても無駄だよーだ!』
「……貴様は誰だ。何をしにここへ来た」
『みんなにステキな情報を伝えに来たんだけどー、そんな態度されちゃ困っちゃうよねー! あーあ! 折角みんなが知りたい情報を教えてあげようと思ったのにー! 何だかやる気が無くなっちゃったなー!』
魔力によって投影された少女は、挑発するような口調でそう言った。
「――――やあ。悪いね。彼女はそういう人間なんだ。君は優しい人間だから、僕には教えてくれるよね?」
『あ! お姉ちゃんだ! お姉ちゃん元気ー!?』
「うん。元気だよ。どうして君に姉呼ばわりされるのかは全く理解出来ないけどね。――――それで、僕には何を教えてくれるんだい?」
『えーとね! お兄ちゃんの敵を倒してあげたの! ほら! そこに転がってるでしょ?』
少女はハツラツとした態度でそう言うと、簡易ベッドの上で眠る麻理亜のことを勢いよく指差した。
「……そのお兄ちゃんって、もしかして、僕によく似た少年のことかい?」
『……? お姉ちゃんはお兄ちゃんのお姉ちゃんでもあるんだから、似ているのは当たり前でしょー?』
「はは。そうかい。――――彼は今、何処に居るのかな? 会いたくて堪らないんだよね。教えてくれるかな?」
『お兄ちゃん今、誰とも会いたくないってー。カワイイ妹が居るのに酷いよねー!』
「死にたくなかったら居場所をさっさと吐け。さもなくば殺す」
『キャハハ!! 嫌でーす!!』
少女はローグデリカのことを指差すと、ケラケラと笑った。
『――――次はねー、お姉ちゃんの敵を倒してあげようと思うんだー! エシャデリカっていうの、まだ生きてるんでしょー?』
「……彼女のことは大嫌いだけど、今は少し事情が変わったんだ。――――あともう一つ、君に聞きたいことがある。一体どうやって彼女を倒したんだい?」
『うん? 簡単だよー? 友達のC・クリエイター・シャーロットクララちゃんがやってくれたの! 凄いよね!?』
「……そうかい。やはり、そうだったか」
『聞きたいことはそれだけー?』
「どうせ、お兄ちゃんの居場所は教えてくれないのだろう?」
『うん! 自分で頑張って見つけてねー。――――それじゃー、バイバーイ』
少女はそう言うと、あっという間に消失してしまった。
「――――わざわざ宣戦布告に来るとは、舐めた餓鬼だ」
「目的が僕達を滅ぼすことではないのが唯一の救いかな。まあ、やりようはあると思うよ」
「り、リフルデリカ殿。かの少女は何者であるか? リフルデリカ殿や鹿羽殿と姿形が似ているにとどまらず、二人を兄弟のように慕っていたが……」
楓は、何が何だか分からないといった様子でそう問い掛けた。
対するリフルデリカは顎に手を当てると、少し考え込むような素振りを見せた。
「――――“世界意思”の話はもうしたよね。僕の仮説では、おそらくあの少女は、僕やカバネ氏と同じ“世界意思”の後継者さ。おそらくカバネ氏が選ばれた後、僕らの“世界意思”が破壊されるまでの間にまた選任されていたのだろう。彼女もまた僕と同じ呪縛に囚われていた筈だけれど、“世界意思”が破壊された結果、その目的が僕やカバネ氏の標的だったエシャデリカやマリア氏の撃破にすり替わったんだろうね」
「ちょ、ちょっと待つのである。リフルデリカ殿がエシャデリカを酷く恨んでいたのは周知の事実であるが、どうしてマリア氏が標的になるのだ?」
「……カエデ氏は二人の親友だから、あまり腑に落ちないのかもしれないけれど、“世界意思”におけるカバネ氏の宿敵はマリア氏の筈なんだ。――――最も、カバネ氏は“世界意思”の影響を一切受けていなかったけどね」
リフルデリカはそう言うと、何とも言えない表情を浮かべた。
「――――今すべきことは、そんな話ではないだろう。あの餓鬼を殺し、鹿羽を救出し、麻理亜の封印を解くのが私達の急務なんじゃないのか?」
「うん。ローグデリカの言う通りだ。あの少女の言ったことが本当なら、カバネ氏はきっと生きている。寂しがり屋の彼のことだ。きっとどこかで不安な思いをしているに違いない。早く助けに行かないとね」
リフルデリカは一転、いつも通りの快活な表情へと戻ると、楓に視線を投げ掛けた。
「――――カエデ氏。ギルドの全権は君にある。どうするかい?」
「……無論、麻理亜殿復活の手掛かりを見つけ出し、鹿羽殿を救出する。それだけであるぞ」
「異論はないね。――――さあ。行動開始だ」




