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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
一章
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【015】睨み合いの交流


 一


 場所はギルド拠点内部、地下。

 小さな炎が僅かな範囲を照らすのみで、この場所の視界は悪かった。

 上の階にあるような暖かい雰囲気は、この冷たい石造りの空間の何処にも存在しなかった。


「――――ッ!?」

「覚醒すなわち良好。お目覚めですか? ご気分は宜しいですかな?」


 丁寧な口調だった。

 気遣いすら感じられる言葉を向けられながら、鎖に繋がれた老人は檻の中で目覚めた。


「ここは……何処だ……?」

「疑問すなわち不可。質問にお答えしたいところですが、残念ながらそれは出来ません。ご理解を」

「待て……っ。あの魔術師は何処行った! 儂は死んだ筈だっ! この老骨が生きて恥を晒すことなどっ! ありえんっ!」

「供述すなわち理解。ふむ。質問にはお答えしかねますが……。貴方様は確かに命を落とした筈なのにもかかわらず、生きている。その謎を解き明かすぐらいの知恵は、お有りなのではないでしょうか」

「……っ!? 貴様……っ! まさか……っ!」


 老人は見開き、わなわなと体を震わせた。

 そして、絶望したように項垂れた。


「――――“蘇生魔法”……っ。何という……っ、何という業の深さよ……っ!」

「慟哭すなわち理解。いずれにせよ、抵抗は双方にとっても無意味。大人しく口を開いて頂ければ、貴方様が必要以上に苦しむことは無い筈です」

「……儂が素直に口を開くと思うか?」

「抵抗すなわち不可。人の意思など、生理的な現象に過ぎません。心は痛みますが……、抵抗するというならば、貴方様の脳味噌を掻き回すまで、でしょうかね」

「卑劣……っ! 何たる蛮行……っ!」

「非難すなわち受忍。そのように言われてしまうと、いくら私でも傷付いてしまうのですがね。まあ、良いでしょう。仕方の無いことです。早く終わらせましょう」


 老人の悲鳴を聞く者は、ただ一人しかいなかった。


 二


「……敵対の意思はない。分かってくれるか?」

「そうは言われてもな。――――おっと。それ以上近付かないでくれよ?」


 赤毛の男――ライナスを先頭に、薄汚れた革の服を纏った男達が剣を構えていた。


 対するは、仮面を付けた三人組。

 素顔を隠し、ライナス達の救出を試みた鹿羽、S・サバイバー・シルヴェスター、そしてB・ブレイカー・ブラックバレットの三人だった。


「……その剣を下ろせ。これ以上我々を愚弄するならば、それ相応の対価を支払ってもらうぞ」


 B・ブレイカー・ブラックバレットは冷たい声で、威圧するように目の前のライナス達に告げた。


「相手は命の危機に晒されていたんだ。抑えてくれ」

「……畏まりました」


 鹿羽に宥められ、B・ブレイカー・ブラックバレットは申し訳なさそうな声で了承した。


 ライナス達には、鹿羽とB・ブレイカー・ブラックバレットの二人が主従関係、或いはそれに近い関係であるように見えた。


「――――悪かった。繰り返しになるが、こちらに敵対の意思はない。少し話を聞かせて欲しいだけだ」

「ほう? 命を救ってくれた割には随分と安い要求だな。あの忌々しい“屍食鬼/グール”も、お前らの差し金なんじゃないのか?」

「貴様……っ! 言わせておけば……っ!」


 B・ブレイカー・ブラックバレットは怒りを露わにした様子で、手に持ったトマホークに力を込めた。

 瞬間、空気が震え、隠しようもない闘気と威圧感が、ライナス達に少なくない圧迫感を与えた。


 鹿羽は溜め息をつきながら、B・ブレイカー・ブラックバレットを手で制した。


「……“屍食鬼/グール”は俺達の仕業じゃない。君達が襲われているのを偶然見かけただけだ。人の善意には不慣れか?」

「はっ! 殊勝なものだな!」


 ライナスは、吐き捨てるようにそう言った。

 あまり友好的な態度ではないライナスに対し、鹿羽達は何も言うことが出来なかった。


 そんな中、ライナスは提案するかのように沈黙を破った。


「――――聞きたいことが二つある。正直に答えてくれるんなら、お前らのことを信頼してやらんこともない」


(質問、か。地雷が何処にあるのが分からない以上、下手に応じたくはないが……)


 鹿羽はこの世界、ひいてはこの地域における常識を知らなかった。

 それは、相手とのコミュニケーションにおけるタブーを知らないということを意味していた。


「分かった。答えられる範囲でなら、何でも答えよう」


 危ない橋を渡っている自覚はあったが、鹿羽はライナスの質問に応じることにした。


「……先ず、“屍食鬼/グール”を殲滅したのはどいつだ」

「君達を助けたのは彼女だ。感謝するなら、彼女にして欲しい」


 高圧的な態度を崩さないB・ブレイカー・ブラックバレットが命の恩人であったことに驚きなのか、ライナス達の後ろの男達はざわめいた。


「まさかとは思ってたが……、とんでもない女を引き連れてんだな」

「――――誉め言葉と受け取っておこう」


 B・ブレイカー・ブラックバレットは吐き捨てるように、そう言った。


「……二つ目の質問だ。“マークス”という名前に覚えはあるか?」


 “マークス”。

 勿論、鹿羽には覚えなどなかった。

 質問に答えるだけならば、その回答に何の迷いもなかった。


 しかしながら、不用意に答えて良いのだろうか、と。

 大袈裟な想像ではあるが、仮に“マークス”というのが信仰されている神様の名前だとして、その名前を知らない者を異教徒、或いは背信者として迫害するのではないか、と。


 返答に迷い、鹿羽は押し黙った。

 判断を鹿羽に委ねているのか、S・サバイバー・シルヴェスター、B・ブレイカー・ブラックバレットも口を開く様子は無かった。


「だんまりってことは……、心当たりがあるってことか!? 知らないならそう言え! 知ってるなら答えろ!」


 ライナスはただならぬ雰囲気で迫り、その剣幕に鹿羽は思わず圧倒されてしまった。


 しかしながら、ライナスの変貌に驚いているのは鹿羽だけではなかった。

 ライナスの後ろにいる彼の仲間達が同様に驚いた様子を見せているのを、鹿羽は見逃さなかった。


(“マークス”はこの男だけの個人的な要件か……? なら、返答に迷いなんて無いが……)


「答えろっ!」

「……悪いが心当たりはない」

「じゃああの“間”は何だっ!? 知らないなら直ぐに知らないと言えた筈だっ!」

「――――落ち着くと良いでござる。そのように喚いては、知りたいことも分からぬままだ」


 見るに堪えなかったのか、S・サバイバー・シルヴェスターが遮るようにそう言った。

 宥められたライナスは我に返ったように押し黙り、ばつが悪そうに引き下がった。


「……悪い。熱くなった。忘れてくれ」


 心の中で、どこか納得がいかないのか、ライナスは苛ついた様子で自身の赤髪を掻き毟った。

 鹿羽は“マークス”について詳しく尋ねたい欲求に駆られたが、墓穴を掘りたくない故に踏みとどまった。


「質問には答えた。悪いが、こちらにも訊きたいことがある。良いな?」

「……訊くだけなら勝手にしろ」

「先の“屍食鬼/グール”……。君達は奴らに襲われた訳だが……。心当たりはあるか?」

「ああ? あるわけねえだろ。そもそも“屍食鬼/グール”がこんなところに居るのも妙な話だ。誰かが意図的に引き連れて来たんじゃねえのか?」

「……そうか」


 ライナスの推理は的を得ていた。

 鹿羽は、近くにいた老人の死霊魔術師が犯人だと分かっていたが、それをわざわざ口にすることは無かった。


「“生き死体/リビングデッド”を使役する魔法の存在を聞いたことがある。事実だとすりゃあ、随分と悪趣味な魔法だが……。いずれにせよ心当たりはねえよ」

「魔法、か」

「お前らこそ心当たりがあるんじゃねえのか? その女の実力といい、そう考えた方が自然な筈だ」

「それは無いと断言しよう。“距離”からして不自然過ぎる」

「“距離”、ねえ」


 咄嗟に思いついた曖昧な嘘だったが、ライナスの追及をかわす程度の説得力はあったようだった。


「……そうだな。もう一つ訊きたいことがある。この森で何をしていたんだ?」

「何をするも、暮らしてんだよ。俺達は世間の“あぶれ者”さ。村の不作、親子喧嘩、夢破れた馬鹿野郎に至るまでな。そんな不幸で愚かな男達で集まって、何とか暮らしてんだよ」

「危険は無いのか?」

「大有りだよ。だがやっていけないほどじゃない。冬でも食べられるものはあるしな。ただまあ、あんだけの“屍食鬼/グール”がうようよするようじゃあ、移住も考え物かもな」


 そう言うと、ライナスは苦笑した。


(森で暮らす世間の“あぶれ者”、か。この世界の貴重な情報源としては、うってつけかもしれないな……)


 鹿羽個人としては、今の段階で積極的に外部の勢力に関わるのは得策ではないと考えていた。

 しかしながら、知らない世界で生きていく以上、情報収集は必須だった。

 世間のコミュニティーから逸脱したライナス達と情報のやり取りをすることで、目立たない形で情報収集が出来る可能性は十分にあった。


 考え込むような素振りを見せる鹿羽を前に、ライナスは打って変わって、真剣な表情で鹿羽達を見据えた。


「……お前らが敵なのか味方なのかは知らねえ。でも助けてもらったことは事実だ。代表して礼を言う」


 そして、深々と頭を下げた。


「――――助けることが出来て良かったよ。正直、見捨てることも考えていた」

「なら見捨てられても良いように、自分達で何とか出来るようにしておかないとな」

「ふ……。そうかもしれないな」


 仮面によって鹿羽の表情は窺い知れなかった。

 しかしながら、ライナスには仮面を付けた少年が笑ったように思えた。


「――――ライナスだ。こいつらのリーダーをしている」

「ああ。……俺の名は、“ニームレス”だ」


 心の何処かが針で刺されるような痛みを感じながら、鹿羽はライナスの握手に応じた。


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