【149】孤高の恋煩い②
一
場所は魔大陸。
孤高の魔王フット・マルティアスの故郷である、小さな集落にて。
「……大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「…………ああ。問題……、無い」
フット・マルティアスは、幼馴染であり想い人でもあるミクリアに帰省したことを報告しようとしていたが、中々その一歩を踏み出せないでいた。
(本当に大丈夫かよ……)
緊張した様子で深呼吸を繰り返すフット・マルティアスの姿に、鹿羽は溜め息をついた。
「ほら。行くぞ」
「…………あ、ああ」
鹿羽は半ば無理矢理引っ張っていく形で、フット・マルティアスをミクリアの元へ連れていった。
「――――もしかして、マルティアス? いつの間に帰ってたの?」
「…………き、昨日、戻って来た」
「えっと……。貴方は……?」
髪を後ろに束ねた女性―――ミクリアは、フット・マルティアスの隣に居た鹿羽に視線を投げ掛けた。
「俺の名は鹿羽。ただの友人だ」
「……カバネって、もしかして」
「ああ。マルティアスと同じ、魔王ということになってる。あまり自覚は無いが……」
「それじゃあ、マルティアスもやっぱり魔王なんだね。凄いなぁ」
「…………あ、ああ」
フット・マルティアスは、少し照れ臭そうにそう言った。
「――――マルティアスはこれからどうするの? また直ぐ出発しちゃう?」
「…………いや、しばらくはここに居るつもりだ」
「そう」
「…………」
互いに見つめ合うフット・マルティアスとミクリアの間に、気まずいような沈黙が舞い降りた。
(あまり仲が悪そうには見えないが……。うーん)
「それじゃ、まだ仕事が残ってるから。またね」
「…………ああ」
ミクリアはそう言うと、あっという間に居なくなってしまった。
二
鹿羽達はミクリアと別れた後、集落を一望出来る丘の上に来ていた。
「…………カバネ。俺は、彼女に嫌われていないだろうか?」
「見た限りじゃ問題無いように思うけどな。ただ、恋愛感情があるかどうかまでは微妙なところだな……」
「…………そうか」
フット・マルティアスは、何とも言えない表情を浮かべながらそう言った。
(――――まあ、知り合って間もないって訳でもないし、何とかなりそうではあるが……)
「…………俺は彼女の為に、何が出来るだろうか」
「……あまり張り切らない方が良いと思うぞ。温度差があるとキツイらしいからな」
「…………そ、そうなのか」
「でも、意識してもらわないことには始まらないんだよな……。――――そうだ。軽い贈り物なんてどうだ?」
鹿羽は閃いた様子でそう言った。
「…………?」
「軽いってのはあくまで比喩的な表現だよ。いきなり高価なものをもらっても困るだろ? 相手が変に気を遣わなくていいくらいのもので、それでいて、もらってそこそこ嬉しいものが良いんじゃないか?」
「…………なるほどな」
フット・マルティアスは一瞬納得がいったような表情を浮かべたものの、直ぐに表情を曇らせた。
「…………だ、だが、具体的に何が良いんだろうか」
「そこなんだよな……。彼女の好きなもので心当たりとかは無いのか?」
「…………ミクリアの好きなもの、か」
フット・マルティアスは記憶を掘り起こすように、静かに空を見上げた。
「…………彼女は花が好きだった、と思う」
「花、か」
フット・マルティアスから飛び出したキーワードに、鹿羽はふと昔のことを思い出した。
(――――そういえば小学校低学年ぐらいの時、麻理亜に花をプレゼントしたことがあったか?)
鹿羽自身、どのような成り行きでそんなことをしたのか、あまり正確には覚えていなかったが、花を持って嬉しそうに笑う麻理亜の姿が、鹿羽の記憶の中で強く印象に残っていた。
そして次の日、鹿羽がプレゼントした花が綺麗な押し花の栞になっていたことも、鹿羽はよく覚えていた。
(……本当に器用だったよな。あの後、楓の分も作ってあげたんだっけ)
当時の鹿羽に恋愛感情なんてものは一切無かったが、一応は異性にプレゼントをしたことがあるという事実に、鹿羽は何とも言えない可笑しさのようなものを感じた。
(まあ、知らない相手にいきなり花をプレゼントしたら流石にドン引きされるだろうが、幼馴染で、それでお花が好きってことなら問題は無いだろう)
鹿羽は、花をプレゼントするという案は悪くないと思った。
「――――案外良い線いってるかもしれないぞ。花を贈ってみるのはどうだ?」
「…………確かに花なら、ミクリアも喜んでくれるかもしれない」
「決まりだな」
鹿羽は少し明るい口調でそう言った。
「――――それじゃあ肝心の花はどうする? ウチの国で買っていくか?」
「…………新月草の花はとても綺麗だと聞いたことがある。売っているだろうか?」
「新月草の花、か……。ちょっと分からないな。どういう花なんだ?」
「…………新月草は魔大陸によく生えている薬草の一種だが、ごくまれに花を咲かせることがあるらしい。中々貴重なものだそうだ」
フット・マルティアスは、淡々とした様子でそう説明した。
(――――希少価値が高いのは“重い”プレゼントなような気もするが……。まあ、いいか)
鹿羽は一瞬、貴重な花をプレゼントしたら相手が気後れしないか心配したが、花であればそんなことにはならないだろうという結論に至り、深くは考えないことにした。
「それじゃあ、新月草の花とやらを探しに行くか」
「…………ああ」
フット・マルティアスは深く頷いた。
三
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイにある、街一番の花屋にて。
「――――新月草の花ですか。お客様、よくご存じですねえ」
花屋の店主である男性は、感心した様子でそう言った。
「取り扱ってるか?」
「……申し訳ございません。残念ながら、ウチでは取り扱ってないんですよねえ」
「そ、そうなのか……」
「見た目が素晴らしいのもそうですが、野生でしか手に入らないからこそ、希少価値が高いんですよねえ」
店主である男性は、やれやれとばかりにそう言った。
「ちなみに新月草の花は、花弁の内側から赤から青へと変わっていく独特の色合いが特徴ですねえ。運良く見つけられれば、直ぐに分かると思いますねえ」
「……冷やかしみたいな感じになってしまって悪いな」
「いえいえ。花を愛でる者に悪い人は居ませんねえ。花のことなら気軽に相談しに来て欲しいですねえ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
新月草の花が販売されていなかったことに少し落胆した鹿羽だったが、店主の花に対する深い知識を前に、これから花を買う時はこのお店で買おうと静かに決断したのだった。
「……どうする。マルティアス。どうやらお店で手に入れるのは難しいみたいだぞ」
「…………探そう。中途半端なものでは、きっと後悔する」
「そうか」
鹿羽は、淡々とした様子でそう答えた。
(……本音を言えば少し面倒臭いが、仕方ないか)
別の花をプレゼントしたとしても、きっと相手は喜ぶだろうと鹿羽は思っていた。
しかしながら、フット・マルティアスの妥協したくない気持ちも、鹿羽はよく理解出来ていた。
四
場所は魔大陸。
レ・ウェールズ魔王国領内の、原生林にて。
「――――<超把握/ウルトラパシーブ>」
鹿羽は知覚能力を極限まで高める魔法を発動させると、周辺に生えている植物を捉えた。
(駄目か……。花が何処に生えているかは分かっても、その色までは流石に知覚出来ないみたいだな……。地道に探すしかないってことか……)
鹿羽は“超把握/ウルトラパシーブ”によって、周辺にある物体の形や魔力の性質までは知覚出来ていたものの、残念ながらその色まで把握することは出来なかった。
「…………カバネ」
「ああ。分かってる。――――<大いなる冬/フィンブル>」
鹿羽は静かに詠唱を完了させると、魔法陣からは吹雪が噴出した。
吹雪は猛烈な勢いで辺りを吹き抜けると、いつの間にか鹿羽達を取り囲んでいた植物系のモンスターは綺麗に氷漬けになっていた。
(しかし、モンスターが多いな……。人里離れた原生林じゃ仕方ないか)
鹿羽は、周りに居た全てのモンスターが息絶えたことを確認すると、静かに息を吐いた。
「…………っ」
「見つけたか?」
「…………い、いや、その」
フット・マルティアスは、何かに気付いたような様子を見せながらも、躊躇った様子で詳しく説明しようとはしなかった。
「……?」
そんなフット・マルティアスの要領を得ない態度に、鹿羽はイマイチ理解出来ていない様子で首を捻った。
そして鹿羽は、フット・マルティアスの視線の先に雨宿り出来そうな小さな洞穴があることに気が付くと、近付いて中を覗き込んでみた。
「……そういうことか」
鹿羽は、納得した様子でそう呟いた。
そこには、すやすやと眠る暴虐の魔王アイカの姿があった。
(全然気が付かなかった……。魔力探知に引っかからないって相当だぞ……)
「……むにゃ?――――おお!! カバネにココーの魔王か!! 凄い偶然だな!!」
「戦争以来だな。まさか、こんなところで会うとは思わなかったが……」
「困っている人が居ないか見回りしてたのだ!! アタシはグランクランをまとめるボーギャクの魔王だからな!!」
アイカは胸に手を当てると、誇るようにそう言った。
「カバネ達は何してたのだ?」
「俺達は新月草の花を探しているんだが……。中々見つからなくてな」
「シンゲツソウ? ああ!! あの苦い草か!! 揚げると美味しいぞ!!」
「何処に生えているか知ってるか?」
「シンゲツソウならノッポの塔で沢山採れるぞ!! 案内するか!?」
「…………! 良いのか?」
「ボーギャクの魔王は人助けするからな!! 任せろ!!」
暴虐の魔王アイカは、屈託のない笑顔を浮かべながらそう言った。




