【145】Puella flēbat.
一
鹿羽とリフルデリカの戦いから、およそ一週間が経とうとしていた。
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点の、地下牢にて。
「やあやあ。ローグデリカ。元気にしていたかい?」
「……食事の運搬係にわざわざ私を指名するとは、貴様も良い度胸をしているな」
「――――そうだ。カバネ氏は元気かい? いくら魔術師と言えど、小さな傷がたたることだってあるからね。僕は明日まで彼の傍に居てあげられない訳だから、代わりに君が彼の経過を見てあげたりとかすると良いと思うんだけれど」
リフルデリカの両脚は鎖に繋がれていたが、当の本人はリラックスした様子だった。
「――――さっさと用件を言え。まさか私に嫌がらせをする為だけに呼んだ訳ではないのだろう?」
「ん? 僕は単純に“かれーらいす”を食べたかっただけだよ? 君に嫌がらせをする意図なんて無いさ」
「首と腹、好きな方を選べ。一瞬で断ち切ってやる」
「あはは。冗談だよ。“かれーらいす”を食べたかったのは本当だけどね?」
「ち……っ」
楓によく似た少女――ローグデリカは、苛立った様子で舌打ちをした。
戦いの後、リフルデリカは裏切った罰として、一週間の謹慎処分を受けていた。
金属製の檻に囲まれ、両足を鎖に繋がれたリフルデリカだったが、どれもリフルデリカがやろうと思えば破壊出来るものばかりで、物理的な収監というよりかは、形式的な意味合いの方が強かった。
「――――カバネ氏の内側に、エシャデリカの魂の欠片が埋め込まれている可能性が高い。それを一応、君にも伝えておきたくてね」
「それを何故私に伝える必要がある。私にローグデリカだった頃の記憶は無い。そのエシャデリカという奴の存在も、おおよそ皆が知っている程度にしか把握していない訳だが」
「うん。それは勿論理解しているさ。大切なのは、いざという時に君が迷いなく行動出来るかどうかなんだよ」
リフルデリカは淡々とした様子でそう言った。
「……話が抽象的過ぎる。もう少し詳しく説明しろ」
「はいはい。――――想定される状況を具体的に説明するとだね、カバネ氏の肉体がエシャデリカに乗っ取られる可能性があるんだよ。もしカバネ氏が突然、普段からは想像もつかない行動に出た時、カバネ氏本人が狂ったのか、それとも第三者によって操られているのかでは、然るべき対応は変わってくるだろう? 君がこの情報を知っておくというのは、十分意義のあることなのさ」
「用件は理解したが、この話は鹿羽も知っているのか?」
「勿論さ。しかしながら、どうやらカバネ氏には自覚は無いようだね。僕と戦っている時に、彼はエシャデリカの魔法を使用したのだけれど、本人は自分で思い付いた魔法だと勘違いしているようだったし……」
リフルデリカはそう言うと、鹿羽と戦った時の記憶を振り返った。
(――――もし、一時的にカバネ氏を乗っ取ったあの人格が本当にエシャデリカだったとすれば、カバネ氏の身に何が起きても不思議じゃない。そしてあの時、鹿羽氏を乗っ取ったあの人格は酷く取り乱していた……。カバネ氏が僕に殺されるのを懸念していたのか……? エシャデリカにとって、カバネ氏が特別な存在とでも言うのか……?)
エシャデリカは、誰に聞いても間違いなく歴史上の人物だった。
そして鹿羽達はこの世界にやって来たばかりであり、時系列から考えても、エシャデリカとの関わりなんて無い筈だった。
「――――今、エシャデリカは何処で何をしているんだ。そもそも生きているのか?」
「残念ながら、それは分からない。彼女が不慮の事故によって命を落とすだなんて想像もつかないけれど、ここ何百年、エシャデリカに関する情報は一切確認されていないようだね」
「……薄気味悪い奴だな。まるで麻理亜だ」
「はは。それは僕も同意するよ。マリア氏から他人に対する興味関心を削ぎ落としたら、丁度エシャデリカみたいな性格になるからね」
リフルデリカはそう言うと、もう一度クスクスと笑った。
「――――話は終わりなら、帰らせてもらうぞ」
「……あれ? “ふくじんづけ”は無いのかい? 確か君達の故郷では、“かれーらいす”を食べる時は“ふくじんづけ”も必要なのだろう?」
「知るか!!」




