【142】雨
一
「それじゃあ、始めようか」
瞬間、剣が交錯した。
鹿羽とリフルデリカ――両者の剣は激しく火花を散らしながら激突すると、その衝撃によって暴風が吹き荒れた。
「……」
鹿羽は、剣を通じて伝わってくる衝撃に表情を歪めた。
対するリフルデリカはすかさず剣を手元へと引き戻すと、鹿羽の顔を目掛けて鋭い突きを繰り出した。
一つ目、二つ目の突きを何とか回避し、鹿羽は三度目の突きをその手に握り締めた剣で弾くと、その勢いのまま横に一回転する形で大きく踏み込み、リフルデリカの首目掛けて剣を振るった。
しかしながら、リフルデリカは巧みに鹿羽の斬撃を受け流すと、鹿羽の胴部に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ち……っ」
鹿羽は蹴りの衝撃をそのまま受け止める形で、リフルデリカから大きく距離を取った。
「――――剣の鍛錬は続けているみたいだね。でも、君に剣の才能は無い。自慢の魔法で戦わないのかい?」
「はっ! お前には魔法が殆ど効かないって聞いたんだが、分かってて言ってるのか?」
「……一応聞いておくけれど、誰から聞いたんだい?」
「お前と戦ったことのある奴さ。今は魔王をしているみたいだな」
「ああ。彼か。エシャデリカの犬から話を聞くだなんて、君もどうかしている」
「犬っていうには少し凶暴過ぎるけどな。――――<黒の断罪/ダークスパイク>!!」
「言ったそばから魔法を使うんだね。やはり君の考えは理解に苦しむ」
鹿羽は詠唱を完了させると、幾つもの漆黒の杭がリフルデリカへと殺到した。
しかしながら、リフルデリカは無表情のまま静かに剣を構えると、その手に握り締めた剣で殺到する漆黒の杭を全て弾いていた。
「全ての魔法が防がれるとは聞いてないからな。試させてもらう」
「へえ。命の奪い合いで相手の能力の検証を始めるだなんて、君も余裕だね」
「言っとけ。――――<雷神/ゼ・ウス>!!」
瞬間、耳を覆いたくなるような轟音と共に、何十億ボルトにも匹敵する巨大な雷が飛び出した。
その雷はあまりにも速く、回避や防御する時間さえ許さずにリフルデリカへと叩き付けられた。
「……随分と便利な代物みたいだな」
「君の方こそ大したものさ。この術式は“軛すなわち剣/ヨーク”と同じ、僕の最高傑作に位置する大魔法なんだけれども、君はその上から僕に火傷を負わせたんだからね」
リフルデリカは感心した様子でそう言ったが、当の鹿羽にはただの嫌味にしか聞こえなかった。
鹿羽が繰り出した魔法は常人であれば問答無用で消し炭になる程の強烈な一撃だったのにもかかわらず、リフルデリカは何事も無かったかのように立っていた。
「――――“虚無の術式/ナシングネス”、とでも名付けようか。これもまたエシャデリカを確実に殺す為に生み出した、最強の防御術式なんだけれどね。まあ、君には通用するみたいで良かったよ」
リフルデリカは淡々とした様子でそう言った。
(“雷神/ゼ・ウス”で軽い火傷程度かよ……。魔法でゴリ押しは無理ってことになると、かなりキツイな……)
鹿羽が繰り出した“雷神/ゼ・ウス”は高い威力と命中率、そして優秀な発生速度を持つ非常に高性能な魔法だったが、その分魔力消費も大きかった。
ゲームプレイヤーの中で屈指の魔力量を持つ鹿羽であっても連発は躊躇われる魔法であり、それさえも通用しないということは、リフルデリカには鹿羽が持つ魔法の殆どが通用しないことを意味していた。
「そうだ。君の魔法は殆ど通用しないけれども、逆も同じとは限らないよね。言っている意味が分かるかい?」
「……分かりたくはないな」
「はは。そうかい。それじゃあ、僕の魔法を存分に味わうといい。――――<未知の断罪/ヒドゥンスパイク>」
「ち――――っ」
リフルデリカは詠唱を完了させると、鹿羽の元に半透明の杭が次々と降り注いだ。
鹿羽は身をひるがえし、避け切れないものはその手に握り締めた剣で弾くなどして何とか回避しようと努めたが、それでも半透明の杭は鹿羽の身体を掠め、僅かな鮮血が舞っていた。
「僕も居るよ?」
そして、鹿羽が防御に集中している間に、リフルデリカは距離を詰めていた。
鹿羽は苛立った様子で表情を歪めると、次の一手を繰り出す為に魔力を集中させた。
「――――<冥神/ハ・デス>!!」
「……何の躊躇いもなく大魔法を連発出来るのが君の強みではあるよね」
瞬間、鹿羽を中心に“闇”が噴出した。
やがて“闇”はリフルデリカを飲み込もうと四方八方に飛び出したが、リフルデリカは軽いステップでそれを回避すると、いよいよ鹿羽の眼前へと迫った。
「……っ!!――――<雷神/ゼ・ウス>!!」
「効かないよ。君の雷が僕を焼き尽くす前に、僕の剣が君の首をはねる。――――相性が悪かったね」
再び、最高位の雷魔法が飛び出した。
咄嗟に“雷神/ゼ・ウス”をリフルデリカに叩き込んだ鹿羽だったが、リフルデリカの勢いが衰えることはなかった。
リフルデリカは確かに鹿羽を視界に捉えると、その手に握られた光の剣を更に強く握り締めた。
(やば――――)
鹿羽は思わず、心の中でそう呟いた。
鹿羽がピンチを悟った次の瞬間には、リフルデリカの剣が鹿羽の左目を斬り裂いていた。
「……っ!!!!」
焼けるような痛みが鹿羽の全身を駆け巡り、鮮血が宙に舞っていた。
しかしながら、鹿羽は怯むことなく剣を振るうと、リフルデリカの追撃を振り切った。
「――――悲鳴を上げないなんて成長したじゃないか。見ない間に、少しは強くなったんだね」
「やってくれるじゃねえか……っ。“お揃い”ってか……っ?」
「はは。君の言う通り、確かに僕の右目には大きな傷跡がある。でも君のは左だから、お揃いとは言えないね。――――受けた屈辱を忘れたくないのなら、僕のようにその傷を残しておくといい。まあ、そんなこと言ったって、君はここで死ぬんだけどさ」
「は……っ。そっくりそのまま返してやるよ……」
鹿羽は吐き捨てるようにそう言うと、魔力を集中させた。
「――――<穿つ軛の断罪/ヨークスパイク>」
瞬間、光り輝く剣が高速で射出され、リフルデリカの左肩を貫いた。
「……驚いたよ。威力が大幅に落ちるのにもかかわらず、僕の剣をそうやって使おうとするのなんて、せいぜい君ぐらいだろうさ」
「不意打ちには上出来だったろ……っ?」
「そうだね。その通りだ。――――でも、もう同じ手は通用しない。それに魔力消費だって尋常ではない筈さ。この一撃で仕留めきれなかったのが悔やまれるね」
リフルデリカは左肩の損傷を一切気にする様子もなく、冷たい視線を鹿羽に投げ掛けながらそう言った。
「は……っ! 第二ラウンドと行こうじゃねえかリフルデリカ!!」
鹿羽は左目から伝わる激痛を感じながら、叫ぶようにそう言った。
二
場所は統一国家ユーエス。
鹿羽達のギルド拠点の一室にて。
ローグデリカが静かに文庫本を読む中、楓は落ち着きない様子で部屋中を歩き回っていた。
「――――そうやって歩き回るなら、よそへ行け。気が散る」
「むー。もう一人の我は鹿羽殿のことが心配ではないのであるか?」
「奴が一人で行くと言ったのだから、勝手に行かせればいいだけの話だろう。貴様は奴の母親か?」
「もう一人の我は薄情者である。――――やはり無理やりにでも付いて行くべきであったかもしれぬな……」
楓は何とも言えない表情でそう言うと、悩ましい様子で唸り声を上げた。
対するローグデリカは大きな溜め息をつくと、呆れた様子で口を開いた。
「――――本当に危険なら、麻理亜が動く筈だ。違うか?」
「確かにその通りであるが……。心配なものは心配である」
「……はあ。なら追いかければいい。奴も喜ぶだろう」
「――――よし! ならばすぐに出発である!」
「ああ。行って来い」
「……? お主も一緒であるぞ?」
「あ……?」
ローグデリカは思わず、そう問い返した。




