【014】敵
一
鬱蒼とした森の中で、仮面によって素顔を隠した鹿羽、S・サバイバー・シルヴェスター、B・ブレイカー・ブラックバレットの三人が打ち合わせをしていた。
「B・ブレイカー。確認するが、一人で問題無いんだな?」
「はい。低位の“生き死体/リビングデッド”など、いくら集まろうと敵ではありません」
仮面を付けた女性は自信があるのか、断言するように言い放った。
一方、鹿羽には、その自信が危ういもののように見えた。
「……敵は“屍食鬼/グール”だけとは限らない。不測の事態も想定される。目的は勿論、襲われている人々の救出だが……。B・ブレイカー、君の命も代えがたいものであることを忘れないでくれ」
「も、勿体ないお言葉です……」
仮面を身に着けた女性――B・ブレイカー・ブラックバレットは、胸に手を当てて、感服したように頭を下げた。
「――――私が“生き死体/リビングデッド”の相手をしている間、カバネ様はどうされるのですか?」
「正直、後方で支援に回るつもりだった。だが――――」
鹿羽は、自分に流れている魔力に意識を向けた。
すると、自身の身体を循環している魔力に加え、傍で立っているB・ブレイカー・ブラックバレット、そしてS・サバイバー・シルヴェスターの魔力の流れを認識することに成功した。
(――――向こうで、不自然に繋がっている魔力がある。数の多さからして“屍食鬼/グール”……。それらを操っている黒幕がいる、か)
鹿羽は周辺に留まらず、広範囲の魔力の流れを把握した。
そして、今回の惨劇で起きている大まかな構図も理解した。
「どうやら“屍食鬼/グール”をけしかけている奴が居るみたいだ。俺とS・サバイバーはそいつの相手に回る」
「……カバネ様が後れを取ることなど考えられませんが、どうかお気を付けて」
「お互いな。――――さあ、一刻の猶予も無い。作戦開始だ」
二
「な、何が起きてるんだ……?」
赤毛の男は、目の前で起きていることが理解出来ずにそう言った。
聞き覚えの無い女性の声と共に、嵐が噴出した。
嵐は容易く亡者を飲み込み、無残なまでにバラバラにしていった。
赤毛の男――ライナスが真っ先に考えたのは、仲間の安否だった。
数え切れないほどの“屍食鬼/グール”を一瞬で葬った嵐だった為、冷静に考えれば、地に伏した人間など助かる筈も無かった。
ライナスは、確かめるのが怖かった。
しかしながら、結果を知りたくないという恐怖によって、ライナス自身の足が鈍ることは無かった。
「……う」
「おい! しっかりしろ!」
「ら、ライナスさん……」
結論から言えば、仲間は生きていた。
すぐそばで“破壊”を具現化したような嵐が吹き荒れたのにもかかわらず、仲間は五体満足で生きていた。
ライナスは仲間が生きていたことに、安堵の溜め息をついた。
嵐は止まらなかった。
嵐は轟々と吹き荒れ、果敢に戦う人間を巻き込むことなく、忌まわしい亡者だけを文字通り亡き者にしていった。
剣を握るライナスの手には、もう力が込められていなかった。
同様に、ライナスの仲間達も呆然と嵐を眺めていた。
誰も理解出来なかった。
抗い難い絶望は、圧倒的な“破壊”によって吹き飛ばされていった。
三
「――――何が……?」
鬱蒼とした森の中で、老人は呟いた。
老人はローブを身に纏い、深く被ったフードによって、その表情は窺い知れなかった。
「何が何が何がっ!! 一体何が起こっておるのだ!!??」
突然、老人は奇声を上げた。
それは発狂と言っても差し支えないほどで、しわくちゃの顔、そして手入れも行き届いていない髭を一心に掻き毟った。
「何がっ!? いや!“誰が”っ!!?? 誰の仕業だっ!!??」
老人の発狂は止まらなかった。
掻き毟った顔は赤く腫れ上がり、散々に引き抜かれた髭によって、顎からは血が滲んでいた。
老人の怒りは、それだけに留まらなかった。
悔しそうに何度も何度も、近くの木の幹を殴りつけた。
「クソっ! クソっ! “黒の教会”かっ!? “光の天使”かっ!? 誰がこの無力な老人の邪魔をするのだっ!!??」
生気の無い手の甲が血だらけになって、ようやく老人の怒りが収まった。
「……貴様は、誰だ」
問い詰めるような、そんな口調だった。
「誰だと聞いている。名乗れ。所属は? 出身は? 屍兵を葬ったのは貴様か?」
「――――知りたいなら、先ずは自分から名乗れ。それが礼儀だろう」
老人の問いかけに答えたのは、少年だった。
「儂のことを知らずに来たのか……? 儂のこと……、相手のこと……っ、自分が相手に何をしていることすらも無自覚にっ! 邪魔をしたとでも言うのかああああっ!!!」
「それじゃあ自分の正当性でも訴えてみろ。胸糞悪い死霊魔術を駆使して、人々を一方的に嬲り殺す正当な理由と根拠をな」
少年は淡々としていた。
炎の如く怒る老人に冷や水を被せるように、少年の声は酷く冷たかった。
「話にならん……っ! 奴を殺さねばっ! 国家間の情勢は真の意味で安定せぬっ! 失われた筈の血がのうのうと生き残って良い筈がないっ!」
「……悪いが一片たりとも理解出来ない。要は人殺しか? 殺さなくちゃいけないから殺すって認識で合っているのか?」
「貴様らも同様に彼の世へ送ってやる……。貴様のような若過ぎる正義は災厄の種となろう……」
「正義と分かってるなら話を聞け。変な真似をしたら容赦はしな――――」
少年の話を遮るように、老人は枯れ枝のような腕を掲げて、静かに呟いた。
「――――焼き尽くせ。<業炎/フレイム>」
瞬間、炎が噴出した。
圧倒的な熱量が暗い森を照らし上げ、そして焼き付かせた。
「愚か者よ……。せめて其の身を焼かれて、罪を贖うが良い」
「お下がりください。ここは拙者が」
剣を構え、仮面を身に着けた長身の男が前に出ようとしたが、老人と応対していた少年が長身の男を手で制すると、小さな声で告げた。
「問題ない。俺に任せてくれ」
少年は何てことないように告げた。
対する老人は、少年を鼻で笑った。
「何処までも愚かなものよ……。抱えきれぬ罪を抱いて死ね……」
「……そうだな。少しだけ悪いことをするかもしれない。覚悟をしてくれ」
その瞬間、少年の目の前で黒い魔法陣が展開された。
その魔法陣の色は深く、不気味なものだった。
「何だと……っ?」
老人は、少年の周りに展開された黒い魔法陣を目にすると、驚いたように呟いた。
対する少年は気にする様子を見せずに、腕を振るい、詠唱を口にした。
「――――<黒の断罪/ダークスパイク>」
瞬間、漆黒の杭が老人の脚を貫いた。
「――――――――ぐっ」
鮮血が舞い、老人は膝をついた。
燃え上がる炎は、崩れ落ちる老人と共に消え失せた。
「だ、第六階位魔法だと……っ」
「興味深い発言だな。それも併せて詳しく話を聞きたいところだが……」
「増々貴様らの無責任さに反吐が出るわ……っ! ぐ……っ」
漆黒の杭は老人の左脚を貫通していた。
出血と捻じれた杭の形状が老人の傷の凄惨さを強調していたが、仮面を付けた少年はどこか涼しげだった。
「さあ、無駄な抵抗は諦めて話を聞かせろ」
「ふ、は……っ。甘いな……、甘過ぎるぞ……。いつかその甘さを後悔するが良い……」
老人の魔力の流れが変質したのを、少年は気付いた。
そして、それが一体どんな結果を招くのかも、反射的に理解できた。
「――――ッ!? 待て! 早まるな!」
「目的の為ならば命など惜しくはない。精々目に焼き付けておくことだ」
瞬間、老人の魔力が爆発した。
しかしそれは、魔法としての体を成していなかった。
それは、老人の外側において何の現象ももたらさなかった。
ただ自身の肉体を破壊するだけの、魔術師にとって冒涜的な魔法だった。
老人の軽い身体が、静かに地に伏した。
「……っ」
自ら命を絶った老人を前に、仮面を付けた少年は静かに首を左右に振った。




