【139】大戦の終結
一
場所は魔大陸。
アルヴァトラン騎士王国、王都バーデンにて。
鹿羽達率いる連合軍は、敵対した魔王を含めたアルヴァトラン騎士王国軍を退け、ここ王都バーデンの占領に成功していた。
そして、鹿羽と見識の魔王テルニア・レ・アールグレイの二人は、自国の兵士達が王都バーデンに続々と到着していくのを占領した王城から眺めていた。
「――――アールグレイ。この後はどうなるんだ?」
「どうなるも何も、このままだろ。確かに騎士の魔王アルヴァトラン・ジェノベーゼは死んだ。だが、この騎士王国の中身が変わった訳じゃねえ。俺らレ・ウェールズ魔王国が無理矢理支配しようたって反発しやがるだろうし、今回の戦争の旨味はそんなにねえよ。せいぜい国境の小競り合いが無くなって、多少気が楽になった程度だな。――――つうか、お前魔王なのに何も聞いてないのかよ」
「政治に関してはちょっとな……」
「……お前騙されてねえか? 大丈夫かよ」
「大丈夫だ。――――多分」
「おいおい」
鹿羽の自信無さげな返答に、テルニア・レ・アールグレイは呆れた様子でそう言った。
「――――鹿羽。ここに居たのか」
「おっと。騎士の魔王を一人で倒した化け物の登場か」
「……ローグデリカか。どうかしたか?」
「諸々の面倒な手続きが終わったそうだ。もう私達がここに居る必要はない。帰るぞ」
「あ、ああ。――――でも、麻理亜はどうした。一緒に居たんじゃないのか?」
「奴のことなど知ったことか。勝ったことを良いことに、どうせタチの悪い書類をサインさせて回っているんだろう」
ローグデリカは吐き捨てるようにそう言った。
「麻理亜はもう少しここに残る感じか……。アールグレイも残るのか?」
「まあな。面倒くせえ話だが、形としては俺が統治しなきゃならん。そんで、お前らのお仲間さんのことも、変な真似しねえか見張らなくちゃいけねえしな」
「……そうか。頑張ってくれ」
「言ってくれるぜ。――――あと、お前さんに聞きたいことがある。別に良いよな?」
テルニア・レ・アールグレイは、ローグデリカの方を向いてそう言った。
対するローグデリカは素っ気無い様子のまま、目を細めていた。
「……何だ。早く言え」
「はいはい、と。――――聞きてえのは騎士の魔王のことだ。俺としちゃあ、奴が死んで万歳な訳だが……。一応は奴の死に様を聞いておきたくてな」
「はっ! 随分と性格の悪い質問だな。――――何てことはない。奴は戦いに負け、そのまま死んだ。そこらの雑魚と同様にな」
「……成程な。騎士の魔王も特別って訳じゃなかった訳だ」
「貴様よりかは強かったと思うがな。何なら鹿羽、お前よりも強かったといえる」
「そうかよ」
鹿羽は吐き捨てるようにそう言った。
二
魔大陸を支配する多くの魔王達が二つの陣営に分かれ、戦った魔大陸大戦は、終わってみれば、統一国家ユーエス及び連合軍の圧倒的な勝利という結果となっていた。
鹿羽はこの大戦にどれだけの兵士が参加し、どれだけの人が死傷したのかは知らなかったが、少なくとも騎士の魔王アルヴァトラン・ジェノベーゼと恐怖の魔王ダイヤモードの二人の魔王が死んだという報告を受け、少なくない衝撃を受けていた。
(――――ローグデリカが騎士の魔王を倒したっていうのはともかく、L・ラバーが一人でダイヤモードを倒したっていうのはビックリだよな……。L・ラバーは支援系のNPCで、あまり戦闘は得意じゃなかった筈なんだが……。要するに、俺よりL・ラバーの方が圧倒的に強いことになるのか……)
鹿羽はダイヤモードに襲撃され、為す術も無くやられた過去があった。
そんな鹿羽を一方的に葬ったダイヤモードをL・ラバー・ラウラリーネットが捻じ伏せたという事実は、間違いなくL・ラバー・ラウラリーネットが鹿羽より強いことを意味していた。
(まあ、俺が弱いことを嘆いたってしょうがないか……。別に弱くなりたくて弱い訳じゃないしな……)
鹿羽はこれ以上考えてもしょうがないことに気付くと、思考を掻き消すかのように首を左右に振った。
(それより……)
鹿羽は、この大戦が終わったら何をするかを事前に決めていた。
そして、鹿羽の脳裏には、一人の少女の姿が浮かんでいた。
(アイツは今頃、何しているんだろうな……)
その少女の名はリフルデリカ。
大戦の前に鹿羽と離別した、一人の魔術師だった。
「――――行くか」
鹿羽はそう呟くと、自室のベッドから飛び起きた。
三
「――――やっぱりそうなるかー」
「悪いな。でも、すぐに戻る。ちょっと様子を見て来るだけだ」
場所は統一国家ユーエス領内、ギルド拠点。
ギルドメンバーであり、古くからの幼馴染である鹿羽、楓、麻理亜の三人は、とある一室にて言葉を交わしていた。
「むー。やっぱり一人は危険である。我らも付いて行った方が……」
「……多分、俺一人じゃないと、アイツは会ってくれないと思うんだよ。勘違いかもしれないけどな」
鹿羽は、一人でリフルデリカを探しに行くつもりだという旨を、楓と麻理亜の二人に伝えていた。
「鹿羽君。リフルデリカちゃんのこと好きなの?」
「馬鹿言うな。自分のことを殺そうとした奴のことをどうして好きになれる。勘弁してくれ」
「ふふ。もー照れちゃってー。冗談だよ♡――――でもー、今度こそ三人でゆっくりできると思ったのにねー。全く鹿羽君ったらー」
「鹿羽殿。ゆめゆめ油断してはならぬ。危険だと思ったらすぐに帰ってくるべきであるぞ」
「ああ。無駄に命を散らすつもりはないさ」
魔王達と激戦を繰り広げた大戦の直前、鹿羽は不思議な夢を見るようになっていた。
無論、鹿羽は生命維持に睡眠を必ずしも必要とはしない為、そもそも夢を見る機会はあまり多くはなかったが、気分転換に眠った時は必ずと言っていいほど“その夢”を見ていた。
(一応、話ぐらいは聞いておかないとな)
その夢の内容は、リフルデリカの記憶ともいえるものだった。
大切なものを奪われた悲しみ、絶望に抗うことなんて叶わないのではないかという恐怖、そして、異常なほどに強い憎悪。
夢を通して流れ込んでくるリフルデリカの感情は、普段のリフルデリカの振る舞いからは想像もつかないほどに暗く、そして複雑なものだった。
鹿羽は、リフルデリカを救い出そうなんて高尚なことは考えていなかったが、それでも自分に出来ることが少しはあるのではないかと考えていた。
「――――それじゃ、行ってくるよ」
鹿羽はそう言うと、そのままギルド拠点を後にした。
「――――あーあ。行っちゃったねー」
「……これで本当に良かったのであるか? 我が見た限り、リフルデリカ殿は本気で鹿羽殿を殺そうとしていたぞ」
楓は気掛かりな様子でそう言った。
「そうねー。私もー、鹿羽君が他の女の子に夢中になっているのは見ていて気分が良いもんじゃないかなー、なんて」
「そういうことじゃないのである」
「ふふ。――――まあ、一応は護衛も付けるつもりだしー、何かあっても何とかなるとは思うんだけど」
「護衛なんか付けても魔力探知ですぐにバレるであろう?」
「それがバレないんだなー。ね? シャーロットクララちゃん?」
麻理亜はそう言うと、誰も居ない場所に視線を投げ掛けた。
すると突然、黒炎が激しく吹き上がり、次の瞬間にはC・クリエイター・シャーロットクララがそこに立っていた。
「……はい。必ずや、カバネ様の護衛任務を完遂させて見せます」
「ほう。確かにシャーロットクララ殿ほどの魔術師となれば、鹿羽殿の魔力探知もある程度は誤魔化せるであるか」
「そーゆーこと。私達が付いていけないのはすこーしだけ寂しいけどー、ここはシャーロットクララちゃんに任せちゃいましょ」
麻理亜は気楽な様子でそう言った。
四
場所は魔大陸。
暴虐の魔王アイカ率いるグランクランの領地にて。
鹿羽は、誰も居ない森林を歩いていた。
(マジかよ……)
そして、自身の不幸を呪うかのように、鹿羽は心の中でそう吐き捨てた。
鹿羽の目の前には、小さな男の子が堂々と立っていた。
彼の名は、エーマトン。
またの名を、煉獄の魔王。
「よぉ。まさか早々にテメーと会うことになるとはなぁ?」
先の大戦でも鹿羽と激突している、恐るべき相手だった。




