【138】恐怖の魔王
一
「――――強いデスネ」
「――――君も十分強いさ」
ダイヤモードとL・ラバー・ラウラリーネットの二人は、互いに称賛し合うようにそう言った。
「――――デスガ、私の方が強いデス」
「はは。自信があるのは良いことだけど、それは同意しかねるかな」
「――――<召喚:熾天使級駆動騎士/サモンズ・セラフオートマタ>」
L・ラバー・ラウラリーネットは詠唱を完了させると、人がすっぽり入れるほどの大きさの次元の穴が出現した。
そして、その穴からは天使と呼ぶに相応しいほど美しい、中性的な容貌の騎士が姿を見せていた。
(――――魔法も使える、か……)
騎士の名は、“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”。
鹿羽達がプレイしていたゲームに登場するモンスターの一つであり、“天使級駆動騎士/エンジェルオートマタ”の中で最上位の戦闘力を誇る強力な相手だった。
「……天使を模した機械兵か。中々脅威的な存在のようだね」
「――――<召喚:熾天使級駆動騎士/サモンズ・セラフオートマタ>」
「何だと?」
L・ラバー・ラウラリーネットは間髪置かずに詠唱を完了させると、二体目の“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”が姿を見せていた。
ダイヤモードから見ても“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”は相当な量の魔力を保有しており、それを二体も召喚するなんて、どれだけの魔力を必要とするのか想像もつかなかった。
「これで殆どの魔力を使い切ってしまったんじゃないかい? 切り札を出すには随分と気が早いように思えるけれど……」
「――――<地形変更:廃棄都市/アースクリエイト・ラストベルト>」
「……まだ仕掛けるか」
ダイヤモードは呆れるのを通り越し、もはや感心した様子でそう言った。
瞬間、二人が立っていた場所で大きな縦揺れが起きると、コンクリート部分だけが残ったビルの残骸が次々と地面からせり上がった。
そして岩石で埋め尽くされていた筈の地面もボロボロのコンクリートによって覆われると、二人が居た場所はまるでゴーストタウンと化した都市にようになっていた。
(――――随分と複雑な地形にするんだな……。エーマトンであれば、なりふり構わず破壊することも可能なんだろうが……)
地形が著しく変貌したことによって、ダイヤモードはL・ラバー・ラウラリーネットの位置を見失っていた。
瞬間、ダイヤモードは僅かな殺気のようなものを察知した。
そして高速で射出された弾丸の存在に気付くと、それを短刀によって弾いた。
(この障害物だらけの地形から一方的に攻撃するつもりか。この地形はいわば、彼女の独擅場という訳だ)
ダイヤモードは次々と飛来する弾丸を弾きながら、頭の中で対策を練っていた。
(――――だが彼女の攻撃は直線的。攻撃さえ見切れば、その位置を特定するのは容易い)
ダイヤモードは弾丸の軌道を元に、L・ラバー・ラウラリーネットが何処に潜んでいるのかを瞬時に見極めると、そのまま高速で飛び出した。
「悪くない戦術だね。徹底的に準備をする辺り、私と似ている」
「……ならば貴様の負けは決定的デスネ。私は貴様を知っていマスガ、貴様は私を知ラナイ」
「ああ。全く君の言う通りだ。――――でもそれは、長年の知識と経験で補うとするよ」
廃ビルの一つにて、先と同様にうつ伏せでライフルを構えていたL・ラバー・ラウラリーネットを視界に捉えたダイヤモードだったが、二体の“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”がダイヤモードの行く手を阻むように立ち塞がっていた。
(複雑な地形によって発見を遅らせ、距離を詰めても人形が邪魔をする……。そうこうしている間にも彼女は行方をくらまし、また一からやり直しにされる訳か)
ダイヤモードが冷静に状況を分析している間にも、二体の“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”はその手に握り締めた聖剣を振るった。
しかしながら、ダイヤモードは二体の“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”の鋭い斬撃を短刀によって受け止めると、そのまま二体の胴部に蹴りを入れた。
そしてダイヤモードは、視線をL・ラバー・ラウラリーネットが居た場所へと向けたが、ダイヤモードの予想通り、L・ラバー・ラウラリーネットは既に姿を消していた。
(一方的に攻撃される状況は非常に良くないな。魔力は殆ど使い切ったと思うけど、このまま呆気なく体力切れを起こすとは思えない。そして、この状況を打破する為に一帯を更地にするのも非現実的……。妥当な作戦としては、この二体の人形を破壊し、彼女の戦略を崩壊させることぐらいか……)
ダイヤモードはL・ラバー・ラウラリーネットの追跡を諦め、ターゲットを二体の“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”に切り替えた。
その瞬間、幾つもの弾丸がダイヤモードの腕を掠めた。
(――――人形を破壊しようとすれば本人が邪魔をするか……っ。つくづく穴の無い作戦みたいだね……っ)
ダイヤモードは堪らず二体の“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”から距離を取ると、廃ビルの一つに身を潜めた。
(悔しいが、追い詰められているのは私の方か……)
ダイヤモードは心の中でそう呟くと、静かに息をついた。
しかしながら、その一瞬の隙すらも許すことなく、弾丸が再びダイヤモードへと迫った。
そして。
「――――“影渡り”」
そしてダイヤモードは、一瞬にしてL・ラバー・ラウラリーネットの背後に移動していた。
「チ……ッ」
「奥の手といえば奥の手だからね。あまり使いたくはなかったんだが……」
ダイヤモードは淡々とした様子でそう言った。
ダイヤモードが背後に移動した時には、L・ラバー・ラウラリーネットはうつ伏せでライフルを構えた姿勢で、完全に無防備な状態だった。
ダイヤモードは落ち着いた動作で短刀を構えると、そのままL・ラバー・ラウラリーネットの背中目掛けて振り下ろした。
「……」
L・ラバー・ラウラリーネットは目立った抵抗をしなかった。
振り返ることも、逃げることもしなかった。
L・ラバー・ラウラリーネットはただ、手元にあった小さなスイッチを静かに押した。
そして次の瞬間には、ダイヤモードとL・ラバー・ラウラリーネットが居た廃ビルは轟音と共に火柱を上げ、大爆発を起こしていた。
(――――信じられん……っ。普通、自爆という選択肢を用意するもんじゃないだろう……っ)
廃ビルが崩壊し、辺り一面が砂煙に覆われる中、ダイヤモードは心の中で吐き捨てるようにそう言った。
「……」
「く……っ」
爆発に巻き込まれ、お互いに浅くない傷を負った中でも、L・ラバー・ラウラリーネットはライフルを握り締め、ダイヤモードに向かって発砲していた。
そこに一切の迷いはなく、まるで命令を忠実に遂行する機械のようだった。
「――――驚いたね……。君ほど冷静に戦える者はそう多くはないだろう」
「貴様に語る言葉は無イ。サッサと死ネ」
L・ラバー・ラウラリーネットは吐き捨てるようにそう言うと、ライフルの弾倉の交換を完了させ、再び引き金を引いた。
「――――“影渡り”」
ダイヤモードは再びL・ラバー・ラウラリーネットの背後へと回り込んだが、今度はL・ラバー・ラウラリーネットの背中を守るように“熾天使級駆動騎士/セラフオートマタ”が待ち構えており、ダイヤモードは攻撃を仕掛けることが出来なかった。
(対応が早い……。本当に厄介な相手だね……)
瞬間、ダイヤモードは手足のしびれを感じた。
やがてその感覚は急激に強まると、ダイヤモードは思わず手に持った短刀を落としてしまった。
「――――ようやく、デスカ」
ダイヤモードの異変を前に、L・ラバー・ラウラリーネットはウンザリした様子でそう言った。
「……毒、かい?」
「ハイ。身体の自由を奪う、ありきたりな神経毒デス。無論、一般人には使えばそのまま死に至らしめる強力なモノにはなりマスガ」
「は……っ。全く用意周到だね……っ。まさか全ての攻撃に毒を仕掛けたなんて言うつもりかい……っ?」
「無論、その通りデスケドネ。――――爆弾や召喚した“駆動騎士/オートマタ”の攻撃はその限りではありませンガ」
L・ラバー・ラウラリーネットは何てことない様子でそう言った。
「――――貴様は捕縛対象ではなく、討伐対象デスノデ。――――終わりデス。恐怖の魔王ダイヤモード」
「少しだけ……、待ってくれないか……? 君、に……、頼みたいことがある……」
「そんなことを許すと思っているのデスカ? 自分の立場を理解していないみたいデスネ」
「ぐ……っ」
瞬間、L・ラバー・ラウラリーネットはダイヤモードの左肩を狙って発砲した。
ダイヤモードは衝撃で身体を仰け反らせたが、その痛みに怯むことはなかった。
「――――これは……、戦争のことや……、魔王に関することじゃない……。あくまで……、私個人のお願いだ……」
「チ……ッ。――――二十秒だけ待ちマス。早く言エ」
「はは……。感謝するよ……。――――私には娘がいる……。訳があって共に暮らすことは叶わなかったが……。これを……、娘に渡してくれないか……?」
ダイヤモードはそう言うと、メモ帳をL・ラバー・ラウラリーネットに向かって放り投げた。
しかしながら、L・ラバー・ラウラリーネットはそのメモ帳をキャッチすることなく、放り投げられたメモ帳はそのまま地面へと落下した。
「貴様の家族など知りませン。残念でしたネ」
「娘の名は……、アポロ、だ……。エシャデリカ竜王国の大樹の森にある集落にいる筈だ……。どうか……、頼む……」
L・ラバー・ラウラリーネットはその名を聞いた瞬間、静かに目を細めた。
そしてL・ラバー・ラウラリーネットは大きな溜め息をつくと、メモ帳を静かに拾い上げた。
「遺言は以上デスカ?」
「ああ……。助かる、よ……」
「――――デハ」
L・ラバー・ラウラリーネットは淡々とした様子でライフルの照準をダイヤモードに合わせると、躊躇いなくその引き金を引いた。




