【137】強者の戦い
一
場所は魔大陸。
アルヴァトラン騎士王国領内、王都バーデンにて。
アルヴァトラン騎士王国を支配する王――騎士の魔王アルヴァトラン・ジェノベーゼは玉座で静かに座っていた。
(――――数は一つ、か)
男の叫ぶような声が響いていた。
そして、金属同士がぶつかり合うような音も響いていた。
しかしながら、それらはすぐに収まっていた。
不自然なほどに、それこそ何事もなかったかのように、静かになっていた。
「――――驚いた。まさか魔王ではなく、君が来るとは……」
「生憎、私は貴様を知らないがな。ローグデリカの知り合いとでも言うつもりか?」
「……君はローグデリカではないのか?」
アルヴァトラン・ジェノベーゼの目の前には、一人の少女――ローグデリカが立っていた。
そして、ローグデリカが握り締めていた剣からは赤い液体がしたたり落ちていた。
「――――半分正解で半分外れだ。サッサとかかってこい。貴様の首を取り、この無意味な戦争を終わらせてやる」
「君の言っていることはよく分からないが……。――――良いだろう。きっと良い戦いになる」
二人に多くの言葉は必要なかった。
互いに剣があれば、それで十分だった。
「――――」
二人の剣士が、静かに激突した。
二
場所は統一国家ユーエス、首都ルエーミュ・サイ。
かつて王城として使用されていたユーエス議会にて、女性が一人、静かに椅子に座っていた。
「――――グラッツェル・フォン・ユリアーナ、で合っているかの?」
女性の前には、一人の老人が立っていた。
老人の名はムゲンサイ。
濃霧の魔王として魔大陸に君臨する、屈指の魔術師だった。
「――――本当に来るとは思いませんでした。ここは我ら統一国家ユーエスの中心とも言える場所……。自分が置かれている状況を理解しているのですか?」
「ふほほほ。確かに長居は出来ないのう。そういうことなら、早々に仕事を終わらせることにするかの」
ムゲンサイは女性に向かって手を突き出すと、魔力を集中させた。
「――――<永眠隷属/イターナルスレイブ>」
瞬間、先端にナイフが括り付けられた幾つもの鎖が、魔法陣から勢いよく飛び出した。
鎖は女性を囲むようにグルグルと回転すると、そのまま女性を固く縛り付けた。
“永眠隷属/イターナルスレイブ”は、ムゲンサイが生み出した、相手を操り人形にしてしまう恐るべき魔法だった。
しかしながら、飛び出した鎖は何か強い力によって弾かれると、そのまま跡形も無く消失してしまった。
「――――少し、安心致しました。貴方が“この程度”の魔術師であることに」
「……どういうことかの。お主はただの人間に過ぎない筈。なにゆえ、わしの魔法を防げるのかの?」
「簡単な話です。――――私が、貴方より優れた魔術師であるだけですよ」
女性はムゲンサイの魔法を弾いていた。
そして、女性はグラッツェル・フォン・ユリアーナではなかった。
女性の名は、C・クリエイター・シャーロットクララ。
G・ゲーマー・グローリーグラディスが唯一己より優れた魔術師だと認めている、恐るべき賢者だった。
「……八重の結界かの。これは流石に、わしでも破壊するのは困難かの」
「困難というより、無理でしょうね。貴方はここで死にます。いえ、死ぬというより……」
ムゲンサイの周りには、幾重にも重なった魔力の障壁が展開されていた。
それはたった一枚でも破ることは容易ではなく、C・クリエイター・シャーロットクララの膨大な魔力によって構築された“それ”を破壊することは、もはや英雄と呼ばれる者であっても不可能だった。
「――――魂を半分、消滅させられると言った方が適切でしょうか」
C・クリエイター・シャーロットクララは淡々とした様子でそう言った。
「…………どういう意味かの?」
「とぼけても無意味かと。ここで貴方を殺しても、あらかじめ別に用意していた依り代に貴方の魂は移され、真の意味で死ぬことはありません。ならば肉体だけを破壊するより、魂を確実に削り取った方が有効であると思います」
瞬間、ムゲンサイの表情が僅かに歪んだ。
「――――少し侮っていたの。ここまで魔術に理解のある者が居るとは思わなかったの」
「希望的観測で動いた貴方の負けということですね。――――では」
C・クリエイター・シャーロットクララは軽く手を振るうと、ムゲンサイは身体の内側から弾け飛ぶように爆散した。
それはあまりにも一瞬の出来事だった。
(――――全ては予定通り……。このまま順調に進めばいい……)
C・クリエイター・シャーロットクララは誰も居なくなった空間で、静かに天を仰いだ。
三
場所は魔大陸。
乾いた風が吹き荒れる、岩石で覆われた砂漠地帯にて。
(――――エシャデリカ様は何故、あの者を守ろうとしたのか……)
恐怖の魔王ダイヤモードは、考え込むように座っていた。
ダイヤモードはエシャデリカの部下であり、リフルデリカの敵だった。
そのリフルデリカの生き写しであり、新たな魔王として誕生した鹿羽のことを始末しようとするのは、同じ魔王であるダイヤモードの行動としては決して不自然なものではなかった。
しかしながら、鹿羽を守るように現れたのは、エシャデリカだった。
ダイヤモードには、エシャデリカの真意が分からないでいた。
(――――彼がエシャデリカにとって守るべき対象であったことは否定出来ない事実、か。リフルデリカとの戦いとは別に、深い考えがあったのかもしれないな……)
ダイヤモードはこれ以上考えても仕方が無いことを悟ると、その思考を掻き消すように首を左右に振った。
瞬間、弾丸がダイヤモードへと迫り、ダイヤモードはそれを短刀で弾いた。
(――――知覚出来る範囲の外からの攻撃……。相手がどれだけの距離から攻撃出来るのかは不明……。やるしかない、か……)
ダイヤモードは瞬時に攻撃が放たれたであろう方向に飛ぶと、棒状の道具を構えながらうつ伏せになっている少女の姿を発見した。
ダイヤモードは間髪置かずに数本の短刀を少女目掛けて放ったが、少女は腰に差してあったサバイバルナイフを取り出すと、放たれた全ての短刀を弾き落としていた。
「――――アウトレンジからの攻撃に失敗。これより交戦状態に入りマス」
「面白そうな道具だね。それで私を攻撃したのかい?」
「……」
「成程。どうやら君は社交的な性格ではないようだ」
ダイヤモードは一瞬にして距離を詰めると、少女の首を目掛けて短刀を振るった。
対する少女は、サバイバルナイフの峰の部分に付いた“のこ”と呼ばれる凹凸によってその斬撃を受け止めると、すかさず蹴りを入れた。
しかしながら、ダイヤモードはその蹴りを左手で受け止め、右手の短刀をそのまま少女の脚へと振り下ろそうとした。
瞬間、ダイヤモードは、少女の手に奇妙な道具が握られていることに気付くと、跳躍する形で距離を取った。
そして間も無く、少女が持つ奇妙な道具は甲高い音と共に火を噴いた。
(――――“銃”、というものか。まさか魔王に通用するほどの代物が存在するとはね……)
少女の弾丸は、ダイヤモードには命中していなかった。
「――――強いデスネ」
「――――君も十分強いさ」
少女の名はL・ラバー・ラウラリーネット。
麻理亜の懐刀であり、決してターゲットを逃がさない恐るべき暗殺者だった。




