【136】血を分けた者達②
一
時は、魔大陸にてレ・ウェールズ魔王国、統一国家ユーエス、グランクラン三国の連合軍が侵攻作戦を開始する直前までさかのぼっていた。
場所は統一国家ユーエス、某所。
楓とローグデリカの下で鍛錬を行っていたジョルジュ・グレースは、頬を伝う汗をタオルで拭いながら、ローグデリカの話に耳を傾けていた。
「――――“勇者の血族/ブレイブヒーロー”、ですか?」
「どうやらお前には特別な力が宿っているようだ。効果は全ステータス向上に加え、あらゆる耐性がレベル一まで付与される。……怯み耐性はレベル二だったか? あとどれだけの効果があったか……」
「あ、あの。それって、私が勇者の血を引いているということなのでしょうか……?」
「そんなの知ったことか。あくまでお前が所有している全スキルを調べたに過ぎん。――――“勇者の血族/ブレイブヒーロー”は強力なスキルだが、使いどころの判断が非常に難しい。それらを踏まえ、今後の鍛錬の計画を詰めていくぞ」
ローグデリカは淡々とした様子でそう言った。
「――――そろそろ休憩するであるか?」
「はい!! します!! マジ疲れました!!」
ジョルジュ・グレース達の傍らで鍛錬を行っていたブレートラート・リュードミラは大きな声でそう言うと、訓練場の隅に用意されたベンチに倒れ込んだ。
「昨日とは見違えるほどの上達であるな! やはりリュードミラも中々の器の持ち主である!」
「カエデ先生マジ天使だよ……っ。師匠なんて絶対褒めてくれないもん……っ」
「――――メイプル様。差し入れデス」
「ぎゃあああああああ!!?? し、師匠!!?? ナンデ居るの!!??」
「御方々に仕えるのが私達の使命デス。――――メイプル様にご指導を賜っている者にしては、随分とくつろいでいるようデスネ」
「いやいやいやいやいや。カエデ先生のことはマジ尊敬してます。マジです。“ぱない”です」
「……ハア。今後も失礼のないように。メイプル様もご遠慮なさらず、後で適当に蘇生させる気持ちでお願いしマス」
「う、うむ」
L・ラバー・ラウラリーネットの言葉に、楓は少し戸惑った様子でそう頷いた。
ジョルジュ・グレースが何とも言えない表情でL・ラバー・ラウラリーネットのことを見つめる中、ローグデリカは無表情のまま口を開いた。
「――――L・ラバーのことは苦手か?」
「い、いえ……。決してそういう訳ではないのですが……」
「ならばもう少し感情を隠す努力をすることだな。所詮、上辺だけ取り繕ったところで、本質を偽る技術が無ければ無意味だ」
「別にそういう訳では……。それに、感情を無理に隠す必要はないのでは?」
「お前の剣は素直過ぎると言っているんだ。本人の性格がその剣筋に宿ると思え」
まるで説教するかのようなローグデリカの物言いに、ジョルジュ・グレースはつまらなさそうな表情を浮かべた。
(――――ローグデリカ様の教えは抽象的過ぎます……)
ジョルジュ・グレースはあまりローグデリカの指導が好きではなかった。
今まで具体的な課題を解決する為に鍛錬を続けてきたジョルジュ・グレースにとって、メンタリティーを重視するローグデリカの指導方針は、どうにも肌に合うものではなかった。
(――――でも、私はここに来て、確実に強くなった。“上”は途方もなく遠くて、自分はまだまだ未熟であることも……)
しかしながら、ローグデリカや楓との鍛錬の日々は、ジョルジュ・グレースを次なる領域へと進化させていた。
どれだけ強いのかも分からないローグデリカのことを理解出来ないのは仕方の無いことなのかもしれない、と。
ジョルジュ・グレースは何となくそう思った。
「――――ローグデリカ様はどうして強くなったんですか?」
「強さに理由など必要ない。この世界に来た時には、既に私は強大な力を手に入れていた。才能という奴だな」
「……鍛錬の動機などは無かったのですか?」
「モチベーションの話か。勿論あったとも。――――欲しいものを手に入れる為に、私は剣を振るっていた。欲しいものを手に入れる為には他人を蹴落とす“力”が必要だ。単純な話だろう?」
「…………聞いた私が馬鹿でした」
「はっ! お前も決して例外ではあるまい。どんなに崇高な目的を掲げたところで、目的の達成の為に力が必要ならば、それは他人を屈服させる力に決まっている。――――失望したか?」
「い、いえ……」
しかしながら、ローグデリカの考えはやはり自分には合わないとジョルジュ・グレースは考えていた。
「お前はとにかく、がむしゃらに剣を振っておけ。繊細な性格という訳でもないだろう」
「……自分では理解していますが、他人から言われるとモヤっとします」
「はっ! ならば自他共に認める真実という訳だ」
ローグデリカは意地悪な表情を浮かべながら、吐き捨てるようにそう言った。
二
場所は魔大陸。
鹿羽達が率いる連合軍が侵攻を続ける、アルヴァトラン騎士王国領内にて。
ジョルジュ・グレースは、謎の剣士アポリーヌと対峙していた。
「私は、騎士ジョルジュ・グレース。貴女に一騎打ちを申し込みます」
「勿論いいわよ。楽しませて頂戴?」
アポリーヌは微笑みながらそう言った。
(――――これほどの威圧感……。相手に不足はありません。全力を尽くしましょう)
ジョルジュ・グレースは自身の愛剣を鞘から引き抜くと、静かにそれを構えた。
特に合図があった訳ではなかったが、ジョルジュ・グレースとアポリーヌは合わせたように飛び出した。
そして、剣が交錯した。
「――――うふ。惚れ惚れするほど綺麗な太刀筋ね。これは私も本気を出さざるを得ないかしら?」
「是非そうして下さい。私は負けません」
「うふふ。自信があるのは良いことだわ」
アポリーヌの穏やかな口調とは対照的に、繰り出される斬撃の数々は鋭く、急所を的確に狙ったものだった。
しかしながら、ジョルジュ・グレースはそれらを完璧に見切ると、反撃とばかりに強烈な一撃を防御の上から叩き込んだ。
「痛いわ」
アポリーヌは軽い口調でそう言うと、すかさずに斬り返したが、その時にはジョルジュ・グレースは既に間合いから離れていた。
(――――おそらく、実力は僅かに向こうが上。でも、絶対に勝てない相手ではありません。如何に有効な作戦を組み立てられるかが勝敗を分けますね……)
「考え事? 随分と余裕そうね」
「貴女をどう倒すかを考えていただけです」
「うふふ。見た目通り、真面目そうな子ね。殺すのが惜しいくらい」
「……全力で掛かって来て下さい」
ジョルジュ・グレースが再び剣を構えた瞬間、激しい金属音と共に、火花が飛び散った。
ジョルジュ・グレースがアポリーヌと苛烈な斬り合いを繰り広げる中、褐色の厳つい男――ウォーレンスは、座り込んだまま動かないアンドレの傍へと駆け寄っていた。
「おい!! じいさん!! じいさん!!」
「ウォーレンス……、か……」
「何してんだよじいさん!! その力は使ったら死ぬって言われてたろ!! 馬鹿かよじいさん!!」
「早、く……、早く離れろ……。あの女は英雄を遥かに超え……、逸脱者の領域へと到達している……。とても敵う相手ではない……」
「そんなん見りゃ分かるわ!!――――ち……っ。急いで拠点まで運ぶからな!! 絶対に死ぬんじゃねえぞ!!」
ウォーレンスは強い口調でそう言うと、アンドレを担ぎ上げ、この場から離れようとした。
しかしながら。
「――――そちらのご老人は私の家族なの。勝手に連れて行かないで下さる?」
「んな……っ」
「貴女の相手は私です! これ以上他人を傷つけることはさせません!」
一瞬でウォーレンスの前へ回り込んだアポリーヌだったが、その追撃を阻むように、ジョルジュ・グレースも一瞬にして移動していた。
そしてジョルジュ・グレースは、薙ぎ払うように剣を振るった。
「彼女は私が食い止めます! 貴方は早く野戦病院へ!」
「……っ! 助かるぜ英雄!」
ジョルジュ・グレースの支援により、ウォーレンスは遂に戦線からの離脱に成功していた。
「――――あら。行っちゃった。残念だわ」
アポリーヌは小さくなっていくウォーレンスの後ろ姿を見送りながら、特に残念そうな様子も見せずに淡々とそう言った。
「それじゃ、続きを始めましょうか」
アポリーヌの言葉を合図に、二人は飛び出した。
今度はジョルジュ・グレースが果敢に攻撃を仕掛けていた。
ジョルジュ・グレースは飛び出した勢いのまま剣を下から振り上げると、そのまま全身を前に一回転させる形でアポリーヌへ斬撃を叩き込んだ。
対するアポリーヌはそれを真正面から受け止めると、ジョルジュ・グレースの剣を薙いだ上で鋭い“突き”を繰り出した。
しかしながら、ジョルジュ・グレースは空中の不安定な体勢のまま“突き”を弾くと、アポリーヌの胴部を踏み付ける形で跳躍し、剣の間合いから離脱していた。
「やってくれるわね。でも、まだまだ本気じゃないのでしょう? もっと楽しませて下さいな」
「――――<二重詠唱/ツインマジック>+<落雷の槍/ライトニングランス>!!」
「あら、魔法も堪能なのね」
ジョルジュ・グレースは詠唱を完了させると、幾つもの雷がアポリーヌへと叩き付けられた。
「――――貴女。かなり慣れてるわね。流石に逃げたくなってきたわ」
「……逃がすとお思いですか?」
「うふふ。そんなこと言われると、悔しくて逃げられないじゃない」
アポリーヌが気楽な様子でそう言った瞬間。
「――――戦闘、お疲れ様でしたね……。あとは私が片付けますので……。どうぞ一介の兵士である貴女は後方で休んで下さい……」
幼い少女の声だった。
しかしながら、その身に纏う魔力と威圧感は尋常ではなく、ジョルジュ・グレースとアポリーヌ――二人の視線を釘付けにしていた。
「子供、かしら?」
「何ですか何なんですか……? 初対面で侮辱とは……、いい度胸をしていますね……」
「冗談よ。――――魔術師らしい魔術師ね。いよいよ追い詰められたかしら」
少女の名はG・ゲーマー・グローリーグラディス。
いわゆるNPCと呼ばれる、鹿羽達の忠実な部下であり、訪れた戦場をことごとく焼け野原にしている恐るべき大魔術師だった。
(――――せ、先生……? どうしてここに……)
そして彼女は、ジョルジュ・グレースに魔法を授けた張本人でもあった。
「では、サッサと終わらせることに致します……。――――<黒の断罪/ダークスパイク>」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは詠唱を完了させると、幾つもの漆黒の杭が彼女の周辺に漂い始めた。
ふわふわと浮かぶ漆黒の杭はアポリーヌへと照準を合わせると、対象を貫く為に一斉に飛び出した。
「――――素晴らしい魔法だけれど、甘いんじゃないかしら?」
「そうですか……? では、バーカ、とだけ言わせてもらいます……」
アポリーヌは殺到した漆黒の杭を全て弾くと、G・ゲーマー・グローリーグラディスの眼前へと迫っていた。
しかしながら、アポリーヌが、G・ゲーマー・グローリーグラディスの目の前の地面を踏み締めた瞬間、強烈な光と共に地面が爆発した。
「……っ」
「罠に引っかかった気分はどうですか……?」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは挑発するような口調でそう言った。
アポリーヌを爆発に巻き込んだのは、“迷彩地雷/ステルスマイン”と呼ばれるG・ゲーマー・グローリーグラディスの魔法だった。
設置型の魔法であることや、実力のある魔術師には見破られてしまうといった、使用には難のある魔法であったが、その威力はかなりのもので、隙を見て飛び出して来たアポリーヌに確実なダメージを与えていた。
「――――<冥神/ハ・デス>」
そしてG・ゲーマー・グローリーグラディスは容赦なく、自身が使える最高位の闇魔法をアポリーヌへと叩き込んだ。
「――――貴女さえ殺せば……、多少は貢献出来たと言えるわね……」
しかしながら、G・ゲーマー・グローリーグラディスの“冥神/ハ・デス”を食らってもなお、アポリーヌは生きていた。
もはやアポリーヌは全身から血を流し、露出した肌は痛々しく焼けただれていたが、それでも強く剣を握り締め、再びG・ゲーマー・グローリーグラディスの目の前へと迫っていた。
「中々やりますね……。手加減はしていないのですが……」
「うふふ。光栄ね。それじゃあ、死んで頂戴?」
アポリーヌの刃は、確かにG・ゲーマー・グローリーグラディスの身体を斬り裂いていた。
しかしながら、G・ゲーマー・グローリーグラディスの身体は煙のように掻き消えていた。
「……っ!?」
「――――貴女のような愚物にも……、私は策を重ねます……。残念でしたね……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは淡々とした様子でそう言った。
そしてG・ゲーマー・グローリーグラディスは、アポリーヌの背後を取った形で魔法陣を展開させていた。
「では。――――<冥神/ハ・デス>」
再び、“闇”が噴出した。
そしてその“闇”は、今度こそアポリーヌの意識を完全に刈り取っていた。
(強い……。あんなに強い彼女をここまで一方的に倒すなんて……)
「……何見ているんですか。戦績を主張したいなら……、どうぞ勝手に担当の者へ申告して下さい……」
「あ、あの……。G・ゲーマー・グローリーグラディス様、です、よね……?」
「……? なぜ私の名を知っているんですか……? 私の知る限り……、私の名を知っていい人物の中に貴女が入っていたとは思えません……」
「私です! ジョルジュ・グレースです! イオミューキャが霧に覆われたあの日、魔法を教えてもらったジョルジュ・グレースです!」
「ジョルジュ・グレース……?」
ジョルジュ・グレースの言葉に、G・ゲーマー・グローリーグラディスは怪訝な表情を浮かべながら顎に手を当てた。
「――――は?」
そして、G・ゲーマー・グローリーグラディスは何かに気付いた様子で、驚愕の表情を浮かべた。
「も、もしかして、覚えていませんか……?」
「え、あ、いや、そういう訳ではありませんが……」
悲しそうな表情を浮かべるジョルジュ・グレースに対し、G・ゲーマー・グローリーグラディスは取り乱した様子でそう言った。
結論から言えば、G・ゲーマー・グローリーグラディスはジョルジュ・グレースのことを覚えていた。
しかしながら、G・ゲーマー・グローリーグラディスの記憶にいるジョルジュ・グレースはまだまだ幼気な少女であり、少なくとも目の前に立つ大人びた女性ではなかった。
「あ、貴女はまだ小さな子供だった筈では……?」
「あれから身長が伸びたんです。――――先生はお変わりないみたいですね」
「何ですか何なんですか……? 私が小さいとでも言いたいんですか……?」
「い、いえ!」
ジョルジュ・グレースは慌てた様子でそう言った。
身長が伸び、服装も大きく変わったジョルジュ・グレースだったが、何となく残る幼げな表情は、G・ゲーマー・グローリーグラディスの記憶の中にいた少女のものと一致していた。
G・ゲーマー・グローリーグラディスは目の前に立つ女性がジョルジュ・グレースであることを確信すると、大きな溜め息をついた。
「――――先生。彼女をどうするつもりなんですか?」
「それは私が知ることではありませんし……、仮に知っていたとして、貴女に話すかどうかはまた別の話です……。――――統一国家ユーエスの更なる繁栄の為に……、役立ってもらうだけですよ……」
G・ゲーマー・グローリーグラディスは意識を失っているアポリーヌに魔法を掛けると、アポリーヌの身体は綺麗に消失してしまった。
「安心して下さい……。指定された場所に送っただけです……」
「そうですか……」
そしてG・ゲーマー・グローリーグラディスは、静かにこの場から立ち去ろうとした。
「――――何ですか何なんですか……? まさか付いてくるつもりじゃないでしょうね……?」
「だ、駄目でしょうか……?」
「駄目ということはありませんが……。――――分かりました……。所詮、戦場にいる雑魚を殲滅するだけの簡単なお仕事ですから……。せいぜい私の足を引っ張らないように……」
「……! はい!」
ジョルジュ・グレースは嬉しそうにそう言った。




