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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
五章
134/200

【134】煉獄の楔


 一


 場所は魔大陸。


 煉獄の魔王エーマトンと戦いを繰り広げていた鹿羽達だったが、エーマトンの圧倒的な実力の前に攻め切れないでいた。


(いや、普通に強過ぎだろ……。三対一だぞ……)


「――――“真空斬”!!」

「――――<超風球/びゅんびゅんボール>!!」

「効かねえ効かねえ効かねえぞぉ!! 魔王舐めてんじゃねぇ!!」

「ぐ――――っ」

「わあああああ!?」


 エーマトンが薙ぎ払うように腕を振るうと、アイカとテルニア・レ・ストロベリの二人は為す術も無く吹き飛ばされてしまった。


「――――<黒の断罪/ダークスパイク>!」

「効かねえっつってんだろぉ!」


 エーマトンの僅かな隙を突くように、鹿羽は魔法を繰り出したが、それがエーマトンに通用することはなかった。


 このままでは“ジリ貧”になると判断した鹿羽は、状況を改善する為に通信を飛ばした。


『――――C・クリエイター。聞こえるか? アイカとアールグレイの妹の三人でエーマトンと戦っているんだが、戦力が足りないみたいだ。追加の増援を頼めるか?』

『――――現在、マリー様がそちらに向かっております。まもなく到着するかと』

『ありがたい』


 麻理亜が応援に来てくれるなら、エーマトンが相手でも何とかなるだろうと鹿羽は判断した。


 そして、後方で指揮を執っている筈の麻理亜が前線に出ていることに、鹿羽は遅れて気が付いた。


『――――待て。今、誰が向かってるって言った?』

『はい。現在、マリー様が敵地上戦力を殲滅しながら、そちらに向かっている筈です』

『ま、麻理亜――――?』


 鹿羽は思わず、その名前を呟いた。


 瞬間、何かが鹿羽とエーマトンの間に立ち塞がるように飛び出した。


「――――はいはーい。麻理亜ちゃんだよー? 鹿羽君だいじょーぶー?」


 その正体は言うまでもなく、鹿羽の幼馴染である麻理亜だった。


「……参戦しているなら知らせてくれ。後方で指揮を執ってた筈だろ」

「そうだっけー? でも、作戦の統括もシャーちゃん一人で何とかなりそうだったしー、鹿羽君的にも私が居た方が嬉しいでしょー?」

「そりゃあ、否定はしないけどな……」


 鹿羽は少し呆れた様子でそう言った。


 麻理亜の言う通り、嬉しいか嬉しくないかで訊かれれば、確かに嬉しい鹿羽であったが、まるでピクニックに出かけるような雰囲気で戦場に姿を見せた麻理亜に対し、何とも言えない危機感のようなものを鹿羽は抱いていた。


(――――とは言っても、麻理亜が失敗することはないからな……。無用な心配になるのかもしれないが……)


「――――相手はあのエーマトンだ。 下手すれば、ローグデリカ並みに強いかもしれない。気を引き締めていこう」

「はーい♡」


 麻理亜は気楽な様子でそう返事をすると、手に持った銀色の剣をくるくると回した。


 その時だった。


「え、エシャ、デリカ……?」


 増援として麻理亜が新たに加わり、改めてエーマトンを打倒しようと気を取り直した鹿羽だったが、対するエーマトンは驚愕の表情を浮かべていた。


「……? 私はエシャデリカって名前じゃないよー? 人違いじゃなーい?」

「――――テメーは何もんだぁ。どうしてその男と一緒に居やがる」

「どうしてって、幼馴染だからだもーん。貴方こそどういうつもり? 私と貴方は初対面の筈でしょう?」

「そいつはリフルデリカの手先だろぉ。お前がエシャデリカの何なのかは知らねえが、そいつと組むのだけは話が違うんじゃねえかぁ?」


 エーマトンは苛立った様子で吐き捨てるようにそう言った。


 急にエシャデリカの名前が飛び出したことで、鹿羽は一瞬だけ驚きの表情を浮かべていた。


「貴方が何を言っているのかサッパリ分かんないけどー」


 そんな鹿羽の態度とは対照的に、麻理亜は特に驚いた様子を見せることなく続けた。


「要するにー、貴方達は裏切られたってことなんじゃない?」


 挑発しているかのような口調で、麻理亜はそう言い放った。


「……黙りやがれ」


 エーマトンは拒絶するようにそう言った。

 そして、エーマトンの殺人的な拳が麻理亜へと迫った。


「麻理亜!!」


 暴風が吹き荒れた。

 常人であれば欠片すら残らず消し飛ばされるであろうエーマトンの一撃が容赦なく麻理亜へと叩きつけられた。


 しかしながら。


「ふふ。だいじょーぶだよ鹿羽君。私こう見えて、鹿羽君より強い自信あるからー」


 麻理亜は冗談めいた様子でそう言った。

 麻理亜は手に持った剣で、エーマトンの強烈な一撃を受け止めていた。


「ち……っ」


 攻撃を防がれたエーマトンは一旦距離を取ろうと後ろに下がった。

 その様子を見ていた麻理亜は、何も無い筈の空間へ手を伸ばすと、既に手にしている剣とはまた違った長剣を取り出した。


「はい。そこ。隙ありー」


 麻理亜は新たに取り出した剣をエーマトン目掛けて振るうと、刃の部分がワイヤーで繋がれた鞭のような形状に変化し、後ろへ下がろうとしたエーマトンの脚に絡み付いた。


「えい」

「――――っ」


 そして麻理亜は、そのままエーマトンを地面へと叩きつけた。


「ありゃ。外れちゃった」

「くそがぁ!!――――<大地の怒り/ヴォルクエイク>!!」

「きゃあこわい」


 エーマトンが叫ぶように詠唱を完了させると、麻理亜の足元の地面がまるで噴火するように爆発した。

 麻理亜は素早く跳躍することによって回避すると、そのまま愉快なステップで鹿羽の元へと降り立った。


「ふう。ちょっとは“やる”みたいねー」

「相変わらず器用だな……。――――勝てそうか?」

「んー。どうだろ。鹿羽君が裏切ったら負けちゃうかもね」

「……そうか」


 鹿羽は呆れた様子でそう言うと、麻理亜が新たに取り出した長剣に目を向けた。


(――――“蛇王剣【弐式】”、だったか? ネタみたいな武器をよく扱えるな……)


 麻理亜が手にしていた長剣は、いわゆる蛇腹剣と呼ばれる、鞭のように変形出来る特殊な剣だった。

 現実においては主に耐久性の面で実用的ではない武器であったが、麻理亜はそれをまるで使い慣れた武器のように扱っていた。


「……練習したのか? それ」

「うーん? 試しに使ってみただけだよ? だって面白そうじゃない」

「一応戦争なんだが」

「駄目だったら捨てればよくなーい? 本当に危ない場面だったらキチンとすればいい訳だしー」

「はあ……。勝手にしてくれ」

「はい♡ 勝手にしまーす♡」


 麻理亜は手に持った二本の剣をくるくると回しながら、気楽な様子でそう言った。


「――――っ」


 再び、エーマトンは麻理亜に向かって飛び出していた。

 麻理亜は二本の剣を交差させた形でそれを受け止めると、そのまま斬り払うように剣を振るった。


「ち……っ」

「うんうん。悪くないねー」


 拳と剣による激しい攻防が始まった。

 受け止めては斬り返し、巧みに回避したと思った瞬間には火花が散っていた。


 鹿羽やアイカ、そしてテルニア・レ・ストロベリの三人は、いつでもエーマトンを攻撃出来るように準備を整えていたが、二人の苛烈を極める攻防を前に、攻撃するタイミングを完全に見失ってしまっていた。


「ちょっと甘いんじゃない?――――<獄炎/ヘルフレイム>」

「……っ」


 麻理亜の斬撃を前に、エーマトンが堪らず距離を取った瞬間、爆炎がエーマトンの身体を包み込んだ。

 エーマトンは間髪置かずに炎を吹き飛ばしたが、流石に多少のダメージが入った様子だった。


(麻理亜もやっぱり天才的な戦闘センスがある、か……。いや、麻理亜が強いっていうより……)


 鹿羽はエーマトンに視線を向けると、いつもの威圧感ある魔王の姿は何処にも無く、代わりに複雑な表情を浮かべる男の子がそこにいた。


 鹿羽の目から見ても、明らかにエーマトンの動きには迷いがあった。


「――――随分と覇気が無くなってるみたいだけど、大丈夫? 煉獄の魔王さんだっけ」

「うるせえよぉ」

「手加減してくれるのは嬉しいけどー。私、貴方のこと本気で殺すからねー? そうなるくらいなら、本気出して死んだ方がまだマシなんじゃなーい?」

「……」


 麻理亜の言葉に対し、エーマトンは押し黙った。


 そんな中、テルニア・レ・ストロベリは麻理亜の方へと近付くと、エーマトンを見据えながら口を開いた。


「――――マリア、だったか? 今が好機だ。同時に攻撃し、奴の首を取るぞ」

「そうねー。サッサと終わらせた方が良いみたい」


 麻理亜は淡々とした様子でそう言うと、再びくるくると剣を回し始めた。


 鹿羽にはエーマトンの迷いの正体が何なのか分からなかったが、今が絶好のチャンスであることぐらいは理解出来た。


 鹿羽、テルニア・レ・ストロベリ、そして麻理亜の三人がエーマトンを討ち滅ぼそうと構えた瞬間。


「――――レンゴクの魔王!! 戦うなら元気出すのだ!!」


 暴虐の魔王アイカはエーマトンを指差すと、不満げな様子で口を開いた。


「……うるせえ馬鹿がぁ」

「このままじゃお前負けるぞ!? それでいいのか!?」

「テメーには関係ねえだろぉ。頭沸いてんのかぁ? あぁん?」

「元気が無いのに戦ったってしょうがないぞ!! 馬鹿はお前だ!! レンゴクの魔王!!」


 アイカの言葉に、エーマトンは少し驚いた表情を浮かべた。

 しかしながら、エーマトンはすぐにいつもの不機嫌な表情へと戻ると、呆れた様子で口を開いた。


「――――俺はこの戦争から降りる。テメーらで勝手にやっとけぇ」


 エーマトンは誰も居ない方向に顔を向けながら、そう言った。


「……そんなこと許すと思うのー? 生き残りたいから言ってるんじゃなくてー?」

「俺のことを殺すってなら相手になるぜぇ。だが、テメーらと戦う理由が今の俺にはねえ。返り討ちで終わるだけだと思うけどなぁ?」


 今のエーマトンに闘志こそは無かったものの、その口調には確かな自信が宿っていた。


「――――奴を見逃すのなんて、私は絶対に反対だ。ここで確実に殺すべきだろう」

「来るなら来いよぉ。テメーらを叩きのめすぐらい余裕だぁ」

「……麻理亜。どうするべきだと思う?」

「もー。鹿羽君がバシって決めればいいのにー。――――そうね。見逃しましょう。後になって恩返ししてくれるかもしれないしー」

「する訳ねえだろぉ。頭沸いてんのかぁ?」

「ふふ。頭がおかしくなってるのはどっちだろうねー?」

「ち……っ」


 麻理亜の挑発するような言葉に、エーマトンは再び舌打ちをした。


「おい。カバネ。正気か? 奴は大将首の一人、煉獄の魔王エーマトンだぞ。この好機を逃したら……」

「殺したい人は勝手に殺せばいいんじゃなーい? 私達統一国家ユーエスは手出ししないってだけでー、レ・ウェールズ魔王国はご自由にすればいいと思うよー。それに私達の国の法律だと、降伏した兵は殺しちゃ駄目だしねー」


 麻理亜は気楽な様子でそう言うと、テルニア・レ・ストロベリは全く理解出来ないといった様子で表情を曇らせた。


 そしてテルニア・レ・ストロベリは、鹿羽に声を掛けた。


「――――カバネ。その女の言うことに従うつもりか」

「悪いな。俺は麻理亜の判断に従う。お前の言うことも理解出来るけどな」

「……っ」


 鹿羽の言葉に、テルニア・レ・ストロベリは更に表情を歪めると、その敵意ある視線をエーマトンへと向けた。


「――――忘れたとは言わせんぞ。必ず……、必ず貴様の首を取ってやる」

「おう。勝手に頑張りやがれぇ。一生無理だと思うがなぁ」


 エーマトンは気にする様子もなく、淡々とそう言った。


「来ねえなら行くぜぇ? 後悔すんなよぉ」

「また会う機会があったらよろしくねー」

「ち……っ」


 エーマトンは再び舌打ちをすると、向こうの丘へと跳躍し、そのまま消えていった。


「――――麻理亜。見逃して正解だったんだよな?」

「うーん。分かんない♡」

「分かんないのかよ……」

「だって未来がどうなるかなんて見当もつかないでしょー? 勿論、おおよその見当はつくけどさー」


 麻理亜は気楽な様子でそう言うと、両手に持った二本の剣を消失させた。


 エーマトンを見逃して正解だったのかどうかは今の鹿羽には分からなかったが、少なくとも自分より遥かに賢い麻理亜がそう判断したのだから、きっと正解なのだろうと鹿羽は思うことにした。


 鹿羽は、エーマトンの魔力がどんどん遠くへ移動するのを感じ取っていた。


 すると、麻理亜は何てことない話題を挙げるように口を開いた。


「――――誰かが悪いことしたとしてー、その人が悪いことしたのは操られてたせいだとしたらー、鹿羽君はどうするー?」

「……急に何だよ。エーマトンが操られてたとでも言いたいのか?」

「仮定の話だよー」

「……どうだろうな。魔法とかで操られたのなら仕方ないと思うし、いわゆるマインドコントロールとかなら、また話は変わってくるんじゃないか? いずれにせよ、証拠が大事になってくるよな」

「ふふ。鹿羽君ってばマジメだねー」


 鹿羽の回答に対し、麻理亜は楽しそうに笑った。


「急に何でそんな話題振ったんだよ」

「んー? 別にー? 深い意味なんて無いよー」

「……そうか」


 鹿羽は特に気に留める様子もなく、そう言った。


(――――ま、あのエーマトンって子が誰かに操られてたことなんてー、どうでもいいことだしねー)


 麻理亜は何てことない様子で、目に掛かった前髪を整えた。


 二


 場所は魔大陸。

 誰も居ない高山のせり出した場所で、煉獄の魔王エーマトンは独り座り込んでいた。


「ち……っ。何なんだよぉ……っ」


 そしてエーマトンは苛立った様子で、吐き捨てるようにそう言った。


(――――アイツはエシャデリカでも何でもねぇ。ただの他人の空似って奴だぁ……。だが、アイツの言ったことは本当かもしれねぇ……)


 エーマトンは在りし日のことを思い出していた。

 それは何百年も昔、自分が魔王になる前の日々だった。


(薄々気づいてただろぉ……。エシャデリカは誰のことも見てなかったってなぁ……)


 そこには、一人の女性が居た。

 かつて厭世の魔女と呼ばれ、当時最強の魔術師とされていた信仰の魔女との戦いを最後に歴史の舞台から姿を消した女性だった。


 エーマトンは、その女性が遠い何かを探し求めていることを知っていた。

 エーマトンは、その女性はそれ以外の何物も興味無いことを知っていた。


 エーマトンは、その女性がたった一つの目的の為に人々を助けていることを知っていた。


 しかしながら、エーマトンはその目的が何なのかは知らなかった。


(――――さて、どうすっかぁ。じいさん達と相談するべきかぁ? いや、じいさん達はあのままだろぉ。むしろ俺の心変わりが異常なのかもなぁ……)


 エーマトンは、心を縛り付けていた何かが剥がれ落ちたのを感じていた。


「ち……っ」


 そしていつも通り、エーマトンは舌打ちをした。


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