【133】魔大陸大戦
一
統一国家ユーエスの軍事力を世界に知らしめた大戦――魔大陸大戦は、何百年と続いた国家間の小競り合いに乗じる形で、静かに始まった。
戦場は言うまでもなく、レ・ウェールズ魔王国とアルヴァトラン騎士王国の国境付近となっていたが、お互いに攻めにくく守りやすい地形は戦況を膠着状態に陥れていた。
しかしその拮抗した戦場も、統一国家ユーエスが誇る魔術師部隊が粉々に破壊していた。
空中から一方的に放たれる弾幕の数々に、剣を取って戦うアルヴァトラン騎士王国の兵士達に出来ることなんて無かった。
前線を押し上げる上で難所とされていたアイビス大渓谷は、統一国家ユーエスとレ・ウェールズ魔王国、そしてグランクランの三国同盟軍が占領する結果となっていた。
そして戦場はアルヴァトラン騎士王国領内へと移った。
空を制し、一方的に敵兵力の殲滅を続けるユーエスの魔術師部隊だったが、その快進撃も長くは続かなかった。
空を制するものが戦場を制するというのは、あくまで常識の範囲内での話だった。
常識に囚われない者――魔王の参戦により、戦況は再び拮抗し、混沌の渦へと陥っていた。
(――――やばいやばいやばいやばい!! このままじゃ普通に死ぬ!!)
煉獄の魔王エーマトンにより、空から攻撃を行うユーエスの魔術師連隊は三分の一が撃墜されていた。
そしてその連帯を率いていた魔術師――エルメイは、必死の形相で撤退を試みていた。
「テメーが豆鉄砲軍団の親玉かあぁ……? 普通に雑魚じゃねえかよぉ」
「ひ……っ」
「んじゃ、死ねや」
エーマトンの口調はあまりにも軽いものだった。
しかしながら、魔大陸に住む者であれば誰でも知っている通り、エーマトンにとって他人の死はあまりにも軽いものだった。
エーマトンの殺人的な拳が、全速力で離脱を試みているエルメイに迫った。
その瞬間。
「――――<冥神/ハ・デス>」
全てを飲み込むような“闇”が、エルメイを守るように展開された。
「ち……っ」
「――――か、カバネ様!?」
エーマトンの攻撃からエルメイを守ったのは、単騎で戦場を駆け巡っていた鹿羽だった。
「エルメイ。大丈夫か?」
「はい! 僕は全然平気です!」
エルメイは取り繕った様子でそう言った。
「ゆっくり話をしたいところだが、時間が無い。エルメイは部隊を一旦後退させて、司令部と侵攻経路を確認しておいてくれ」
「か、カバネ様はどうされるのですか?」
「……俺はアイツを倒す。それだけだ」
「そう、ですか……」
エルメイは一瞬、憧れの人と一緒に行動出来るのではないかと期待した。
しかしながら、鹿羽が淡々と告げた回答に、エルメイは落ち込んだ様子でそう言った。
「――――エルメイ。勝敗はどれだけ効率的に敵を殲滅出来るかにかかっている。お前が率いる魔道遊撃部隊が鍵なんだ。簡単に死ぬなよ」
「……っ! は、はい!」
エーマトンに派手にやられたせいで、エルメイは気を落としているのだと勘違いした鹿羽は、励ますようにそう言った。
「――――カバネ様。ご武運を」
「……ああ」
エルメイは格上の相手に負かされることなんて欠片も気にしない性分だったが、いずれにせよ、エルメイは元気が出た様子で前線から離脱していった。
「会いたかったぜ意志の魔王……。テメーは俺がぶち殺す……」
「それはこっちのセリフだ」
鹿羽は煉獄の魔王エーマトンと対峙すると、吐き捨てるようにそう言った。
(一対一、か……。応援が来るまで時間稼ぎってところだな……)
鹿羽を始め三国同盟軍の中で強大な力を持つ者は、どのような事態にも素早く対応出来るよう、戦場に散りばめられるように配置されていた。
無論、各個撃破されるリスクは当然あったが、C・クリエイター・シャーロットクララが独自に構築した同時並行通信システムにより、強敵とぶつかった際には直ぐに戦力を集中出来るようになっていた。
要するに、鹿羽は時間稼ぎさえすれば、頼もしい援軍が来る筈だった。
瞬間、そう遠くない場所から火柱が上がった。
やがて火柱は次々に爆音を轟かせながら巻き上がると、どんどん鹿羽の居る方へと迫った。
(――――C・クリエイターが派遣してくれた増援か? いずれにせよ、ありがたいな)
「わはははは!! ボーギャクの魔王アイカ!! 参上!!」
鹿羽とエーマトンの二人の間に割って入るような形で、暴虐の魔王アイカが姿を見せていた。
「お? カバネも居たのか!」
「ナイスタイミングだ。二人でアイツのことをボコボコにするぞ」
「……? おう! 二人で頑張るぞ!」
「ち……っ。どっちもまとめて潰してやるよぉ!!」
エーマトンは苛立った様子で、吐き捨てるようにそう言った。
(――――地上部隊には悪いが、“骸兵行進曲/アンデッドマーチ”は一旦解除させてもらおう。さて、俺とアイカの二人で勝てるかどうかだな……)
鹿羽から見て、エーマトンは驚異的な実力の持ち主だった。
エーマトンは見た目こそは可愛らしい男の子のようであったが、実際は凶暴な性格であり、戦いにおいて一切容赦しない手強い相手であった。
鹿羽は地上戦力の支援の為に展開していた“骸兵行進曲/アンデッドマーチ”を解除すると、エーマトンを見据え、魔力を集中させた。
「――――<黒の断罪/ダークスパイク>」
鹿羽がそう呟いた瞬間、無数の漆黒の杭が出現すると、そのままエーマトンの元へと殺到した。
しかしながら、並の者であれば瞬く間に串刺しになる筈の攻撃も、エーマトンが苛立った様子で腕を振るっただけで、あっという間に掻き消されてしまった。
「――――相変わらず温いなぁ! テメーって奴はよぉ!」
エーマトンは吐き捨てるようにそう言った。
(――――効かないか。燃費と発生速度、後隙を考慮したら最強の魔法なんだけどな……)
「アイカ。プランBって言われてピンとくるか?」
「……? 分からん!」
「そうか。――――俺が後ろからアイカを援護する。アイカはエーマトンを引き付けてくれないか?」
「エンゴ……? 戦えばいいのか?」
「まあ、そういうことだな」
「分かった! うおおおおおおお!!――――ぶへっ!?」
アイカは意気揚々と飛び出したが、次の瞬間にはエーマトンに蹴り飛ばされていた。
「――――馬鹿に何言ったって無駄だろうがぁ」
「そうでもないとだけ言っておく」
「あん……?」
鹿羽の思わせぶりな言葉に、エーマトンは怪訝な表情を浮かべながらそう呟いた。
「ふははははは!! レンゴクの魔王!! 百倍強くなったアタシの力!! 見せてやるぞ!!」
エーマトンは視線を向けると、そこには暴風を纏いながら魔力を集約させているアイカの姿があった。
「魔法なんて何処で覚えやがったぁ」
「カバネがキュイーンってしてくれたおかげだぞ! 凄いだろ!」
「ち……っ。あん時、無理矢理でもテメーを殺すべきだったなぁ!!」
「そうかもな」
エーマトンが鹿羽に向かって飛び出そうとした瞬間、アイカはその手に集約した魔力を解き放った。
「――――<超風球/びゅんびゅんボール>!!」
エーマトンを中心に、暴風が炸裂した。
「――――<冥神/ハ・デス>」
そして鹿羽は、間髪置かずに追撃を加えた。
“闇”を纏った暴風が、エーマトンを中心に吹き荒れ、周りの大地を抉っていった。
(――――流石にこれでダメージは入っただろ。問題はどれだけダメージが入ったかなんだが……)
「――――よぉ。やってくれたじゃねえかぁ」
(……何となくそんな気はしてた)
アイカと鹿羽の魔法をもろに受けた筈のエーマトンだったが、殆どダメージを受けた様子はなかった。
それどころか、むしろ全身から漏れ出るように炎が噴き出し、エーマトン自身の魔力が更に高まっているようだった。
「魔王ってのは身体が丈夫なんだな」
「はっ! テメーも同じ目に遭わせてやるよぉ。そこで大人しくしとけぇ」
「――――<軛すなわち剣/ヨーク>」
鹿羽は少し呆れた様子で詠唱を完了させると、その手には光の剣が握り締められていた。
瞬間、鹿羽が持つ光の剣とエーマトンの拳が激突した。
(相変わらず接近戦じゃ無理か……っ)
「あー! カバネとばっかりズルいぞ! アタシとも戦え!」
「うるせえんだよ馬鹿がぁ……。――――<大地の怒り/ヴォルクエイク>」
「んぎゃ!?」
鹿羽を助けようと慌てて動いたアイカだったが、エーマトンの魔法によって地面が勢い良く隆起すると、そのまま呆気なく吹き飛ばされてしまった。
(不味い……っ)
「一瞬でも勝てると思ったかぁ……? 意志の魔王さんよぉ……」
(片腕を差し出す覚悟で逃げるしかないか……。帰還さえ出来れば、死んでも生き返るしな……)
無傷で生き残ることは不可能だと判断した鹿羽は、身体を欠損させても一時撤退することに思考を切り替えた。
その瞬間。
「――――“真空斬”!!」
鹿羽とエーマトンの間を裂くように、空から風の刃が降り注いだ。
「ち……っ。次から次へと湧きやがってよぉ……」
「――――助かった」
「魔王に感謝されるとはな。ふん」
鹿羽を助けた正体は、テルニア・レ・アールグレイの実妹――テルニア・レ・ストロベリだった。
「私が煉獄の魔王を引き付ける。――――奴を確実に仕留めるぞ」
「……ああ」
(――――吹っ飛ばされたアイカが戻ってくれば、三対一になる。だがエーマトンは予想以上に強い……。勝てると良いんだが……)
「一つ気になっているんだが、どうしてココに来た? わざわざエーマトンと戦う必要はないだろ。兄の命令か?」
「否。むしろ煉獄の魔王には近付くなと言われている。これは私の勝手な判断だな」
「……?」
一瞬、鹿羽はテルニア・レ・ストロベリの言っていることが理解出来なかった。
「――――簡単な話だ。奴は両親の仇。これ以上の理由など必要無いだろう」
テルニア・レ・ストロベリはエーマトンを見据えながら、固い決意を感じさせる口調でそう言った。




