【132】戦争への歩み
一
「――――己の実力を弁えるには良い機会だ。お前も来るといい」
ジョルジュ・グレースの稽古をつけていた少女――ローグデリカは、淡々とした様子でそう言っていた。
場所は魔大陸、レ・ウェールズ魔王国。
いよいよ目前へと迫ったアルヴァトラン騎士王国との戦争に、鹿羽達率いる統一国家ユーエス、レ・ウェールズ魔王国、グランクラン三国の実力者達が顔を合わせていた。
「――――ジョルジュ・グレース。君も居たのか……」
「ミュヘーゼ様……?――――ッ!? ゆ、ユリアーナ様!?」
「貴女も呼ばれていたのですね。この非公式の会談に……」
そしてその場には、肩書きの上では統一国家ユーエスの中で最も大きな権力を持っている指導者――グラッツェル・フォン・ユリアーナの姿もあった。
ローグデリカにただ付いてくるよう言われていたジョルジュ・グレースは、この場に自国のトップが居ることに驚きを隠すことが出来なかった。
「あ、あの。私、何も聞かされていなくて……。何となく、戦争に関することなのは分かっているのですが……」
「ジョルジュ・グレースは誰に呼ばれてきたんだ? 場合によっては、今回の会談に出席することを許可出来ないかもしれない」
「えっと……。ローグデリカ様という方に呼ばれたのですが……」
「――――どうやら貴女も然るべき出席者として認められているようですね。では、共に行きましょう」
「は、はい」
グラッツェル・フォン・ユリアーナの反応を見る限り、どうやらジョルジュ・グレースを招待したローグデリカは、グラッツェル・フォン・ユリアーナにとっても有力な人物らしかった。
ジョルジュ・グレースは、グラッツェル・フォン・ユリアーナとその側近の女性――ミュヘーゼと共に大きな会議室に入ると、その場に居る面々に視線を向けた。
(ローグデリカ様とカエデ様……。あちらにいらっしゃるのは、仮面を外したニームレス様でしょうか……)
ジョルジュ・グレースは、この場が異様な雰囲気に包まれているのを肌で感じていた。
(――――ニームレス様の後ろに立っているのはまさか、“光の天使”を下した戦士……?)
ジョルジュ・グレースがニームレスだと認識している少年――鹿羽の後ろには、圧倒的な実力で以って“光の天使”を封殺した女性――B・ブレイカー・ブラックバレットの姿もあった。
そして、ジョルジュ・グレースがB・ブレイカー・ブラックバレットを見据えた瞬間、B・ブレイカー・ブラックバレットは見るなと言わんばかりにジョルジュ・グレースを睨み付けた。
「……っ」
視線のやり取りだけで威圧されてしまったジョルジュ・グレースは、申し訳なさそうに視線を逸らすことしか出来なかった。
(――――ローグデリカ様がどうして私を呼んだのか分かった気がしますね……。ここに居る殆どの人が、私より強い……)
ここに居る全ての人間が、一般人という枠組みでは到底収まることの出来ない英傑ばかりだった。
ジョルジュ・グレースもまた国内有数の実力者であったが、この場を支配する何とも言えない威圧感に飲み込まれてしまっていた。
そんな中、レ・ウェールズ魔王国の事実上のトップであり、魔大陸を統べる魔王の一人でもあるテルニア・レ・アールグレイは、緊張した様子を一切見せることなく、気楽な雰囲気で口を開いた。
「――――おい。カバネ。これで全員揃ったのか?」
「いや、まだ来ていない人がいる。もう少し待ってくれ」
「おいおい。この面子でこれ以上待てとか勘弁してくれよ。息が詰まるわ」
「――――B・ブレイカー。麻理亜の到着が遅いみたいだが……」
「よ、予定ではもう到着している筈なのですが……」
B・ブレイカー・ブラックバレットに麻理亜の所在を確認した鹿羽だったが、B・ブレイカー・ブラックバレットは申し訳なさそうにそう言った。
その瞬間、会議室の中心で黒炎が吹き上がった。
「――――はいはーい。統一国家ユーエス代表コンサルタントの麻理亜ちゃんでーす。みんなよろしくー」
少女の気楽な声だった。
黒炎が消失したそこには、楽しそうにケタケタと笑う麻理亜と、それに付き従うように立つC・クリエイター・シャーロットクララとL・ラバー・ラウラリーネットの姿があった。
「――――カバネ。これで全員揃ったのか?」
「……ああ」
鹿羽は呆れた様子でそう言った。
「……」
(彼女は……っ。あの時の……っ)
ジョルジュ・グレースは、グラッツェル・フォン・ユリアーナが誘拐された時、最後に自分の意識を刈り取ったL・ラバー・ラウラリーネットがこの場に居ることに、複雑な感情を抱いた。
二
ジョルジュ・グレースが出席した会議には、彼女を含む十四人が姿を見せていた。
統一国家ユーエスからは、鹿羽、麻理亜、楓、ローグデリカ、B・ブレイカー・ブラックバレット、C・クリエイター・シャーロットクララ、L・ラバー・ラウラリーネット、グラッツェル・フォン・ユリアーナ、ミュヘーゼ、ジョルジュ・グレースの計十人。
会議が行われているここレ・ウェールズ魔王国からは、テルニア・レ・アールグレイとその妹であるテルニア・レ・ストロベリの二人。
グランクランからは魔王であるアイカが一人。
そして同じく魔王の肩書きを持ちながらも、会議室の隅で静かにしているフット・マルティアスを加えて、計十四人となっていた。
(――――さて、と。統一国家ユーエスさんの戦力を冷静に分析するとしますかね)
各国において最上位の実力を持つ猛者達が集まったこの首脳会議だったが、見識の魔王――テルニア・レ・アールグレイは冷静に統一国家ユーエスの面々を分析していた。
(カバネもまあ優秀な魔術師な訳だが、甘いところもある。取り敢えずカバネと仲良くしてれば悪いことはねえだろう。問題はその後ろに居る黒髪の女だな。普通に俺よりもつええ)
瞬間、B・ブレイカー・ブラックバレットは何かに気付いたようにテルニア・レ・アールグレイを睨み付けたが、その時にはテルニア・レ・アールグレイは飄々とした様子で視線を逸らしていた。
(そんでもって赤髪の……、あれは双子なのか? 片方は快活で無害な印象を受けるが、もう片方は殺し慣れてる奴の顔だ。多分何かあった時、一番早く動くだろうな……)
テルニア・レ・アールグレイはローグデリカに視線を移した瞬間、閉ざされていたローグデリカの目がカッと開き、ローグデリカは苛立った様子でテルニア・レ・アールグレイのことを睨み付けた。
そしてテルニア・レ・アールグレイは先と同様に、一瞬で視線を逸らしていた。
(何で気が付くんだよ……。一応、気付かれないように気配消してたぞ……)
テルニア・レ・アールグレイの行動は並の者では知覚することすら出来ない筈だったが、B・ブレイカー・ブラックバレットとローグデリカの二人にはことごとく気付かれていた。
(――――まあいい。一番恐ろしいのは最後に来た能天気な女だな……。何が恐ろしいって、何が恐ろしいのか全く分からねえところだよな……。可能性として、一番ヤバい奴って線もありえる、か)
テルニア・レ・アールグレイは、会議室にて作戦の説明を行っている麻理亜に視線を移した。
その視線に対して麻理亜が反応することはなく、麻理亜がそれを意図的に無視しているのか、それとも本当に気付いていないのかテルニア・レ・アールグレイには判断が付かなかった。
そして、麻理亜がどれだけの力を持っているのかも、テルニア・レ・アールグレイには分からなかった。
「おい。フット・マルティアス。この中で誰が一番強い?」
「…………近接戦闘だけに限って言えば、カバネの後ろに居る女性と、赤髪の二人が強いと思う」
「大方予想通りか。近接戦闘ならともかくとして、魔法に関して言えば俺とお前も素人だからな……」
テルニア・レ・アールグレイとフット・マルティアスは共に優秀な剣の使い手であったが、同時に魔法はあまり得意ではなく、魔術師としての実力を見極める力はあまり無かった。
「――――という訳でー、作戦の確認は以上かなー? 誰か質問あるー?」
「はい! 質問あるのだ!」
「アイカちゃんだったかしら? 何が気になるのー?」
「マリアはどのくらい強いのだ!?」
「えっと……。カバネ君ぐらい?」
「おお! 強いな! お前も魔王なのか!?」
「うーん。魔王じゃないよ? だって可愛い女の子だもん」
「そうか!」
「ね? 鹿羽君?」
「……そうだな」
急に話を振られた鹿羽は、何とも言えない表情を浮かべながらそう言った。
三
場所は魔大陸、レ・ウェールズ魔王国領内。
「――――もしかして、“鬼人のアンドレ”さんですか?」
統一国家ユーエスが派遣した傭兵団の中に、ギルド連合の元A級冒険者――アンドレの姿があった。
「懐かしい呼び名だな……。引退して久しいというのに、まだ私の名前を憶えている者がいるとは……」
「そんな! アンドレさんは有名人ですよ!――――傭兵業はスッパリやめたと聞いてましたが……」
元一流冒険者として、鹿羽達を含めた多くの新米冒険者を指導してきたアンドレだったが、元々は戦場に生きる傭兵だった。
アンドレはもう二度と傭兵として活動しないと決めていたが、旧友から突然届いた一通の手紙によって、遥々海を越えて、ここ魔大陸へと渡っていた。
「――――死ぬまでに確かめたいことがあってな。間違いなく、これが最後の戦場となるだろう」
旧友からの手紙は、次のような内容だった。
何十年もの昔に死んだ筈の、アンドレの実姉――アポリーヌが生きているかもしれないということ。
そのアポリーヌが、城塞都市イオミューキャにて剣を振るい、多くの市民の命を奪った可能性が高いこと。
そして彼女が、この魔大陸で勃発するという戦争に姿を見せる可能性が高いこと。
静かに人生の終わりを待っていたアンドレだったが、結局、その一通の手紙をどうしても無視することが出来なかった。
アンドレは、その馬鹿げた手紙の内容が明らかな間違いであることをこの目で確かめてから、静かに生涯を終えることに決めていた。
「――――事情とかよく分かりませんけど、死なないで下さいね。なんか、覚悟決めちゃってる顔なので……」
「……っ。――――そうだな。地べたを這いつくばり、泥を啜っても生き残るのが真の傭兵だというのに……。大切なことを忘れていたよ。感謝する」
「い、いえ! そんな!」
アンドレの言葉に、傭兵の男は恐縮した様子でそう言った。
(――――真実を知る為ならここで死んでも構わないと思っていた、か……。誰よりも“生きること”に執着していた私が忘れていたとは……。やはり歳は取るものではない)
「――――じいさん。ここに居たのか」
「ウォーレンス。この戦い。生き残るぞ」
「あん……? 何寝ぼけたこと言ってんだよ。当たり前だろ」
「……それもそうだな」
アンドレは当たり前のことだと再認識し、静かに苦笑した。
戦争が、始まろうとしていた。




