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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
五章
130/200

【130】古の賢者


 一


(目的が分からない……。一体何を考えているんだ……?)


 鹿羽が訝しげな表情を浮かべる中、ポタージュはただ、穏やかな表情を浮かべていた。


「――――では、もう少しだけお時間を頂けますか?」

「……早くしてくれ」

「むふふ。そうですね。では、急ぐと致しましょう」


 ポタージュはクスクスと笑いながらそう言うと、鹿羽の胸に手を置いた。


「……」

「ふむ……。なるほど……」


 ポタージュは確かめるように鹿羽の胸を撫でると、そのまま腹、そして腰へと手を滑らせた。


(くすぐったいな……)


 急に身体を触られたことに鹿羽は複雑な表情を浮かべたが、真剣な表情を浮かべるポタージュを前に拒絶するような真似はしなかった。


「一体何をしているんだ……?」

「……そう、ですね」

「……っ!? ば……っ! やめろ!」

「あ……」


 そして、ポタージュの手が鹿羽の股間に触れた瞬間、鹿羽はぎょっとした様子でポタージュの手を振り払った。


「――――せめて事情を説明しろ」

「……怒りませんか?」

「それは内容によるとしか言えないな」

「じ、実は、殿方を見るのが久しぶりで……。つい、手が出てしまいました……」

「……は?」

「も、申し訳ございません。急にこんなこと言われても困りますよね」


 ポタージュはそう言うと、バツが悪そうに苦笑した。


「……もう少しだけ宜しいでしょうか?」

「駄目に決まってるだろ……」

「左様、ですか……。残念です……」


 呆れた様子で拒否した鹿羽に対し、ポタージュは名残惜しそうな様子でそう言った。


(――――麻理亜とは全く違うベクトルで行動が読めない奴だな……。本当に何がしたいんだ……?)


 呆れた表情を浮かべる鹿羽に対し、ポタージュは気を取り直した様子で軽く咳払いをした。


「――――ごほん。これからカバネ様には、“記憶”を見て頂きます。私のものだけではありません。この“箱舟”が刻み続けた、最古の歴史ともいえる哀しい“記憶”を……」

「……今度は冗談じゃないだろうな」

「はい。先程は少しはしゃぎ過ぎましたが、今度はちゃんと致します。――――あまり、見ていて気持ちの良いものではございませんが……」

「その“記憶”とやらを見終わったら、ちゃんと解放してくれるんだろうな?」

「はい。勿論です」

「なら早くしてくれ。俺は早くみんなの元に戻らなくちゃいけないんだ」

「……分かりました。では、お見せ致しますね」


 ポタージュは穏やかな口調でそう言った。


 その瞬間、世界が光に包まれた。


 二


 冷たい雨が降り注ぐ、平野だった。

 そこでみんなが、殺し合っていた。


 鹿羽はそれを、黙って見ていた。


 熱風が吹き荒れる、砂漠だった。

 そこでみんなが、殺し合っていた。


 鹿羽はそれを、黙って見ていた。


 湿気が嫌になる、樹海だった。

 そこでみんなが、殺し合っていた。


 鹿羽はそれを、黙って見ていた。


 雪が降り積もる、高地だった。

 そこでみんなが、殺し合っていた。


 鹿羽はそれを、黙って見ていた。


 そこでみんなが、殺し合っていた。

 そこでみんなが、殺し合っていた。

 そこでみんなが、殺し合っていた。

 そこでみんなが、殺し合っていた。

 そこでみんなが、殺し合っていた。


 鹿羽はそれを、黙って見ていた。


「……」


 鹿羽はそれを、黙って見ていた。


「――――幾億と繰り返された、人類の存亡の歴史ですね。どんなに優れた技術が生み出されようとも、どんなに平和を願い、祈りを捧げたとしても、最後はこのような結末を辿っていきました」

「……俺にこんなものを見せてどういうつもりだ。博愛主義者にでもなれって言うのか?」

「そうですね。誰かを傷つけることに喜びを見出すよりかは、誰かを愛する喜びを知った方が良いと思いますよ」


 ポタージュは穏やかな表情を浮かべながらも、ハッキリとした口調でそう言った。


「――――そろそろリフルデリカ様の記憶になりますね」


 ポタージュはそう言うと、再び世界は光に包まれ、次の景色へと切り替わった。


 一人の少女がいた。

 一人の少女は、平和の為に剣を取った。

 一人の少女は、平和の為に多くの人を殺した。


 結局、そこでみんなが殺し合っていた。


「リフルデリカ様もまた、民の幸せを願う聖女でした。世界意思によって認識を歪められ、エシャデリカ様の殺害こそが唯一の解決策だと……。守りたいものの為に、守りたいものを殺め続けたリフルデリカ様の苦しみは、どれ程のものなのでしょうか……」


 鹿羽の隣に立っていた女性――ポタージュは、悲しそうにそう言った。


 しかしながら、そんなポタージュとは対照的に、鹿羽の表情は感情を感じさせないものだった。


「――――話は終わりだ。早く帰らせろ」

「……カバネ様は、これからどうされるのですか?」

「お前には関係ないだろ。俺がどうしようと俺の勝手だ」

「――――無関係ではございません。貴方様も見た筈です。幾度となく繰り返された悲劇の歴史……。“世界意思”さえ破壊すれば、この許されざる因果もようやく終わる……。この好機を……、私は見過ごす訳にはいきません」

「だから何だ。もう終わったことだろ。“世界意思”が本当に存在していて、そのせいで多くの命が奪われたことは事実かもしれない。――――でも、しょうがないだろ。戦争で死にたい奴なんて居ない。でも戦争は起きる。それは人間に備わったどうしようもない運命なんじゃないのか?」


 鹿羽の口調はまるで、他人事のような物言いだった。


「……それでは、カバネ様はこれらの出来事を容認するということでしょうか?」

「そんなことは言ってない。でも、俺は大切なものを守る為に、奪う側に回った人間だ。“世界意思”が俺から大切なものを奪うって言うなら欠片も残さず叩き潰してやるし、そうじゃないなら知ったことか」

「……」


 ポタージュは無表情になると、何処からか剣を取り出した。

 対する鹿羽は大きく溜め息をつくと、魔力を集中させた。


 ポタージュは距離を測るように、鹿羽とその向こう側を見据えた。


(――――“冥神/ハ・デス”を食らっても動じない相手だからな……。さて、どう逃げ切るか……)


 瞬間、ポタージュは神速ともいえる速度で剣を投擲した。


 そして、その剣は鹿羽の脇を通り抜け、見事に鹿羽の後ろに居た女性を心臓を貫いた。


「――――?」


 鹿羽は一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 鹿羽はゆっくりと振り向くと、そこには麻理亜によく似た女性が血を流して立っていた。


「招かれざる客、でしょうか。出来れば、このようなお出迎えなど、したくはなかったのですが……」


 ポタージュは淡々とした様子でそう言った。


 血を流し、苦悶の表情を浮かべる女性は、鹿羽がポタージュと会う直前まで一緒にいた女性だった。

 しかしながら、その女性には先程のような友好的な雰囲気は一切なく、禍々しいオーラを身に纏い、その瞳はとても暗かった。


「――――彼女の狙いはカバネ様です。お逃げ下さい」

「……っ」

「しかし……。まさかこのような形で再会してしまうとは……。やはり運命というものは残酷なものなのかもしれませんね……」

「あいつは一体何者なんだ。おおよそ予想はついているが……」


 鹿羽は、ポタージュの敵意が自分ではなく、この女性に注がれていることを理解すると、素早く女性から距離を取った。


「――――彼女の名はエシャデリカ。厭世の魔女と呼ばれた、驚くべき魔術師ですね」

「……」


 ポタージュが口にしたその名前は、鹿羽の予想と同じものだった。


(――――俺はリフルデリカに似ていて、楓はローグデリカに似ていて、そして麻理亜はエシャデリカに似ている、か……。冗談で片付けるには、あまりにも出来過ぎている……)


 そして鹿羽は、信じ難い状況に頭を抱えた。


「……どうしてエシャデリカは俺のことを狙っているんだ? コイツもお前と同じ、“世界意思”関係で俺に用があるのか?」

「エシャデリカ様の“世界意思”は既に破壊されている筈……。そしてエシャデリカ様は他の“世界意思”にも興味があった訳ではございませんので、その可能性は低いと思われます。――――そもそも、今、目の前におられるエシャデリカ様が正気なのかどうか……」

「じゃあ、尚更なんで俺のことを狙っているんだよ」

「いずれにせよ、エシャデリカ様が纏っている負の力は凄まじいものです。このままでは、私達は運命を共にしてしまうかもしれませんね」

「冗談でもやめてくれ。何でこんな得体の知れない場所で死ななきゃいけないんだ」

「おや。私はやぶさかではございませんよ? 世界の果てで美少年と運命を共にする……。むふ、むふふ」

「ふざけんな」


 こんな状況でも飄々と笑うポタージュの姿に、鹿羽は吐き捨てるようにそう言った。


「――――、――」


 瞬間、女性は鹿羽とポタージュの二人を暗い瞳で捉えると、静かに手を振るった。

 そして、その手の動きと呼応するように、魔力の塊と思われる触手のような何かが二人に向かって飛び出した。


「ち……っ。――――<黒の断罪/ダークスパイク>!」

「はあ!! おりゃあ!! せいや!!――――駄目みたいですね。お互い覚悟を決めることになりそうです」


 応戦しながら距離を取ろうとした鹿羽達だったが、迫り来る触手の勢いが衰える様子はなかった。


「頼むから頑張ってくれ! 俺はそんなに強い訳じゃないんだ!」

「左様ですか。では、幼気な少年を助ける為に頑張ると致します」


 ポタージュはそう言うと、再び、何処からか取り出した剣を構えた。


「――――世界を分かつは光と闇。世界を創るは偉大なる四柱の神々。失われた賢者の名の下に、我に力を与えたまえ」


 瞬間、鹿羽は自分の心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。

 それは言うまでもなく、ポタージュが発した途轍もない威圧感によるものであり、たとえそれが自分に向けられたものでなかったとしても、一瞬、鹿羽はその場から動けなくなった。


「――――――――“天地一閃”」


 瞬間、世界が裂けた。


 あまりにも圧倒的な斬撃は世界を引き裂き、迫り来る触手を斬り裂き、そして膨大な負のオーラに包まれた女性を真っ二つにした。


「――――、――」


 そして致命傷を負った女性は苛立った様子で目を細めると、静かに消失した。


(全く見えなかった……。こいつ、もしかして桁違いに強いんじゃ……)


 ポタージュが放った一撃は、鹿羽が今までに見た、ありとあらゆる攻撃の中でも一線を画すほどに凄まじいものだった。


 しかしながら。


「――――これは……。一本取られましたね……」


 ポタージュは、やや苦しそうな口調でそう呟いた。


 女性を追い払った筈のポタージュの胴部には深い傷が刻み込まれており、そこから大量の血液がとめどなく溢れ出していた。


「――――っ!? おい! 大丈夫か!?」

「これは“道連れの呪い”、ですね……。してやられてしまいました……」


 ポタージュは苦悶の表情を浮かべながらそう言うと、口から血を流しながら、静かに膝を突いた。


「……っ。――――<治癒/ライブ>」

「お優しいのですね……。ですが、エシャデリカ様の呪いは普通の治癒魔法では癒すことは出来ません……。残念ですが……」

「――――“至高の回復術式/マスターゾーン”なら治せるのか?」

「……? あ、いえ……。そうではなく……」


 鹿羽は咄嗟に自身が使用出来る最上級の回復魔法の名前を口にしたが、ポタージュの反応は要領を得ないものだった。


「――――そちらは分身ですので……。そもそも治るも何もないと言いますか……」


 鹿羽は一瞬、ポタージュが何を言ったのか理解出来なかった。


 そして鹿羽は振り向くと、そこには無傷のポタージュが静かに立っており、気付いた時には、傷付き、膝を突いた筈のポタージュはもう何処にも居なかった。


「は――――?」

「心配して下さりありがとうございます。ですが、私の心配は不要ですよ。伊達に長生きしていませんから」

「……もしかして、お前、めちゃくちゃ強いの?」

「むふふ。どうでしょうね。――――先のエシャデリカ様は、本来のお力の百分の一も発揮出来ていない様子でした。もし本気のエシャデリカ様と戦えば、どうなるかは私にも分かりません」


 ポタージュは何てことない様子でそう言った。


(――――その百分の一とやらで焦った俺はまだまだ雑魚ってことか……。いや、こいつらが強過ぎるだけなのか……?)


「――――やはり、カバネ様は優しい心の持ち主でございますね」

「……」

「口ではあのように言っておりましたが、貴方様の瞳は決意と慈愛に満ちております。――――リフルデリカ様のこと。助けるおつもりなのでしょう?」

「どうだろうな。片手間で出来ることをするだけだ。アイツのせいで周りが迷惑するって言うなら、何とかしなくちゃいけないしな」

「……左様ですか」


 ポタージュはそう言うと、静かに微笑みを浮かべた。


 鹿羽はふと自分の足元に目を向けると、自分の身体が淡く光っていることに気が付いた。


「――――っ。何だ……?」

「どうやら時間のようですね。きっと、貴方様を待っている方々がおられるのでしょう」


 ポタージュはそう言っている間にも、鹿羽の身体は少しずつ光の粒子へと変化していた。


 それはこの世界から存在が消滅しているというよりかは、在るべき場所に還っていくような、そんな不思議な感覚だった。


「……ポタージュ、だったか?」

「はい。ポタージュですよ」

「……正直言えば、今もお前の話を信じることは出来ないし、何が何だか俺にはよく分からない。悪いな」

「仕方ありません。若くして何もかも理解することは難しいことです。それに、私の言ったことが正しいとは限りません。カバネ様はカバネ様の正義を貫くのが宜しいかと思います」

「……なんか、大人だな。お前とよく似た奴を二人知っているんだが、どっちも主張が強くてな」

「むふふ。私も昔はお転婆でしたよ? もう気が遠くなるほど昔の話かもしれませんが……」


 ポタージュはそう言うと、遠い記憶を振り返るように、遠い空を見据えた。


「――――じゃあな。また、会うこともあるだろ」

「……そう、かもしれませんね。またお会い出来ることを、心から願っております」


 ポタージュは穏やかな口調でそう言った。


 そして鹿羽は、静かにこの世界から消失した。


「――――願わくば、貴方様の名前をこの船に刻むことにならないことを、心から祈っております」


 何処までも続く墓地の中で、ポタージュは穏やかな口調でそう言った。


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