【127】狂気の呪縛
一
場所は魔大陸。
鹿羽は転移魔法により、グランクランが支配している地域からレ・ウェールズ魔王国領へと移動していた。
そして鹿羽は、今まで居なかった筈の誰かが自分を尾行していることに気が付いていた。
「――――――――<超把握/ウルトラパシーブ>」
瞬間、鹿羽は探知系の魔法を発動した。
そして、自分を尾行していたと思われる人物の特定に成功していた。
「やはり魔法は便利だね。ギリギリまで様子を見ようと思っていたんだが、それが仇になったようだ」
「恐怖の魔王ダイヤモードだったか? 別に俺の為に来てくれた訳じゃないんだろう?」
「残念ながらね。君を殺す為だけに来たんだ」
優しそうな男――ダイヤモードは、何てことないようにそう言い放った。
「……あの時賛成してくれたのも計画だったのか?」
「それは違うさ。あれは私なりの恩返しみたいなものだよ。そんなこと言われても君にはさっぱり話が分からないだろうし、分かったところで大して意味は無いんだけれども」
ダイヤモードの言う通り、鹿羽にはダイヤモードの真意を測れないでいた。
「――――”リフルデリカ”という名前に覚えはあるかい?」
ダイヤモードは、淡々とした様子でそう問い掛けた。
「……国の名前だろ」
「はは。模範解答だね。確かにリフルデリカ教皇国という国は存在する。君がリフルデリカについて何処まで知っているのかは分からないが、簡単に言えば歴史上の人物だね」
「……」
「リフルデリカは本当に凄い人物なのさ。今や歴史の闇に葬られているが、歴史上に存在した最も偉大な魔術師の一人といえる。現に名立たる大国が束になって彼女を殺そうと躍起になったけれど、容易く滅ぼされてしまったね」
「……何の話だ」
「――――私はリフルデリカの弟子なんだ。そして君は信じられないほどに彼女に似ている。君は彼女の何なんだ? 末裔なのか? それとも先祖なのか? 兄弟なのか? ただの他人なのか? それとも……、彼女自身なのか?」
ダイヤモードの口調は真剣なものだった。
鹿羽は、自分がリフルデリカに似ていることを知っていた。
見た目だけでなく、魔力の性質に至るまで、兄妹と間違われてもおかしくないまでに鹿羽とリフルデリカはよく似ていた。
しかしながら、鹿羽とリフルデリカはあくまで他人だった。
「俺は男だ。そしてリフルデリカの末裔でも何でもない」
「……そうか。いずれにせよ、私はリフルデリカを裏切ったからね。君が何者であろうと、関係なかったかもしれないね」
「……」
「そうだ。良いものを見せよう。きっと君が私と戦う気になる、とても良い代物をね」
ダイヤモードはそう言うと、サッカーボールぐらいの大きさの”何か”を取り出した。
そして鹿羽は“それ”を見た瞬間、不快な感情が沸き上がるのを感じた。
「屑が」
鹿羽は心の底から感情を滲ませるように、そう吐き捨てた。
ダイヤモードが取り出したのは、男の生首だった。
そしてそれは、さっきまで楽しそうにアイカ達と会話を交わしていた筈の、老人の生首だった。
「…………悪趣味と言わせてもらう。お前も、人の痛みが分からない奴みたいだな」
「裏切ったのは彼の方だ。彼と私が協力し、君を確実に殺す計画だった。彼は血迷うような性格じゃない。ずっと昔から私達を裏切るつもりでいたんだよ」
「こうなることが分かっていたからじゃないか? どうせ目的の為なら何だってやるんだろ。誰であろうと殺すんだろ」
鹿羽は、自分自身がそんなことを言う資格なんて無いと思っていた。
楓や麻理亜を守る為なら、鹿羽はどんなに残酷なことにだって手を染める覚悟は出来ていた。
それでも、かつての仲間の生首を持ち歩き、堂々と見せつけるような人間のことを好きになることなんて出来なかった。
「……殺したくて殺した訳じゃない。殺すしかなかった」
「そして俺も殺すのか?」
「ああ。殺すしかないからね」
「話は終わりだ」
鹿羽は吐き捨てるようにそう言った。
(おそらく戦闘は必至。そして、勝てる見込みは全く不明……)
鹿羽は、目の前の相手を有無を言わさずに排除したい衝動に駆られていた。
しかしながら、鹿羽は状況を冷静に分析出来ていた。
(――――”逃げ”一択だな。ムカつくからといって、ここで戦うべきじゃない)
殺意に駆られる一方で、鹿羽の心は酷く落ち着いていた。
今、自分一人で目の前の相手と戦う必要なんて全く無いことに、鹿羽は気が付いていた。
「落ち着いているね」
「そう思うか?」
「ああ。経験を積むと、何となく相手の感情を読み取れるようになるんだよ」
「……」
「――――君からは覚悟が感じられない。逃げるつもりなんだろう?」
「……っ」
「図星のようだね。状況を客観的に判断できるのは素晴らしいけど、芝居くらいした方が良かったかもね」
(糞野郎だろうが何だろうが、あくまで魔王、か。経験の差はやっぱり大きいみたいだな……)
「分かっているとは思うけど、逃がさないよ。君はここで死ぬ。助けも来ない」
「舐めてもらったら困るな。俺一人は大したことないが、俺の仲間は相当優秀だぞ」
「でも君は無能だ。これ以上に必要な根拠なんてあるのかい?」
「……逃げられないっていうなら、意地でも逃げ切ってやるさ」
鹿羽は冗談めいた様子でそう言った。
(――――初手は発動が早い”黒の断罪/ダークスパイク”で様子見だな。距離を詰められたら”軛すなわち剣/ヨーク”、余裕があるなら”冥神/ハ・デス”でダメージを稼いで、そのまま離脱出来ればいいんだが……)
「――――終わりだ。意志の魔王」
ダイヤモードは、断言するようにそう言った。
「……?」
瞬間、鹿羽の胴部に大きな穴が開いていた。
「か……っ、は……っ!?」
「百年間貯め続けた力を今、この一撃に込めた。あまりにも地味かもしれないが、私が出来る究極の奥義だよ。準備する間、本気で戦えないのが欠点だけどね」
「――――――――っ!」
「実はリフルデリカを殺す為に作ったものなんだ。命中したら最後、魔法は使えない。諦めて楽になった方が良い」
鹿羽は自分の身体に何が起こったのか、全く理解出来なかった。
しかしながら、身体に空いた穴から溢れ出る大量の鮮血に、少なくとも状況が良くないことぐらいは理解出来た。
(最悪だ……っ。油断していた……っ。このままじゃ――――――――)
「……不意打ちみたいな形になって申し訳ない。でも、これが命の奪い合いだ。死ねば終わり。最後に立っていた方が勝者だからね」
「これで……っ、終わると思うなよ……っ」
「確かにこれは始まりに過ぎない。君の仲間は本当に手強いみたいだからね。忠告感謝するよ」
「――――――――」
鹿羽は声にならない叫びを上げると、そのまま前に倒れ込んだ。
そして鹿羽は動く様子もなく、鮮血だけが周辺の地面を赤く染めていた。
「……死んだか」
ダイヤモードはそう呟くと、振り向いてこの場から立ち去ろうとした。
その瞬間。
「――――っ!?」
どす黒い触手のようなものがダイヤモードに殺到し、ダイヤモードはそれを何とか回避した。
(何が起きた……っ!? 奴は確実に死んだ筈……っ!?)
ダイヤモードは慌てた様子で倒れていた筈の鹿羽に視線を向けた。
「……っ」
確かに、鹿羽は倒れたままだった。
しかしながら、その鹿羽を守るように、一人の女性が立っていた。
「…………」
女性の瞳に生気なんてものは感じられなかった。
人形、或いは亡霊といった、人の形をした何かが無機質に動いているようだった。
そしてこの世のものとは思えないほどに禍々しく、どす黒い触手が女性の周りに漂っていた。
「な、なんてことだ。どうして貴女が……っ!?――――ぐっ!?」
どす黒い触手がダイヤモードの腕を掠め、鮮血が舞った。
そして次々とどす黒い触手がダイヤモードの元に殺到したが、ダイヤモードは鋭敏な動きでそれらを何とか回避した。
「…………」
(意識がない? 自動で敵を迎撃する魔法なのか? しかしあれは間違いなく……。――――どういうことなんだ……)
「…………」
(駄目だ。奥義を使ってしまった今、私に戦う術は残っていない。逃げるしかないのか……)
「エシャデリカ様……っ。どうして、貴女が……っ」
「…………」
「く……っ」
ダイヤモードは複雑な表情を浮かべながら女性に目を向けると、意を決したようにこの場から立ち去った。
「…………」
女性はダイヤモードを追うようなことはしなかった。
「…………」
ただ大切なものを護るように、静かに立ち尽くしていた。




