【126】同盟への歩み
一
場所は魔大陸。
暴虐の魔王アイカが支配するグランクランの領地にて。
「くそ! だから俺はコイツのことが嫌いなんだ! ロクなことになりゃしねえ!」
「ふははは!! 凄い威力だな! これならキシの魔王も倒せるぞ!」
鬱蒼としていた原生林はアイカの魔法によって跡形もなく吹き飛び、その中心地にいた鹿羽達は土を被る羽目になっていた。
(――――防御が間に合ってなかったら普通に死んでたな……。暴虐の魔王アイカ……。実力のみならず、潜在能力もずば抜けてる、か……)
鹿羽からすれば、アイカの魔法はまだまだ未熟で、改善の余地が感じられるものだった。
しかしながら、それでもなお、その威力は凄まじく、それは間違いなくアイカが更に成長出来ることの表れであり、その驚異的なポテンシャルに鹿羽は末恐ろしさを感じていた。
(――――気配。敵意は無いみたいだが、知らない魔力だな)
苛立った様子で文句を言うテルニア・レ・アールグレイと、楽しそうに笑うアイカをよそに、鹿羽は近付いてくる一つの気配に視線を向けた。
「ふぉっふぉっふぉ。アイカ。お友達かの?」
「じいじ! 来てたのか!?」
「何だか来た方が良いような気がしてのう」
気配の正体は、背丈の低い老人の男だった。
「カバネ。気を付けろ。アイツはグランクランの中で二番目に強い」
「強いことぐらいは分かるさ」
「それでも気を付けておけ。――――アイツは元魔王、だ」
テルニア・レ・アールグレイから飛び出したワードに、鹿羽は思わず乾いた笑いを漏らした。
「……魔王はやめることも出来るのか?」
「自分の意志でやめたのはアイツだけだ。大体はその前に死ぬ」
「ふぉっふぉっふぉ。お主は見識の魔王で……。――――もしかしてお主は、意志の魔王かの?」
「…………ああ」
「強大な力の持ち主だのう。やはり引退して正解だったわい」
老人はそう言うと、納得した様子で何度も頷いた。
「それはそうと……、アールグレイも大きくなったのう」
「てめえは俺の何なんだよ」
「妹は元気かの?」
「話聞けよ!」
「じいじ! 何しに来たんだ!? カバネと戦いに来たのか!?」
「それも魅力的だがのう……。――――むしろ、意志の魔王の方がワシに会いたかったのではないかの?」
老人は鹿羽に視線を向けながら、意味深にそう言った。
対する鹿羽は特に緊張した様子を見せることなく、淡々と事情の説明を始めた。
「……俺は統一国家ユーエスの親善大使としてここに来た。レ・ウェールズ魔王国とグランクラン、そして統一国家ユーエスの三国間で同盟を結びたい」
「三国間、のう。グランクランを国として認めた魔王はお主が初めてじゃろうて」
「じいさんよ。どうせグランクランを仕切ってんのはまだアンタなんだろ? グランクランに統制も秩序もないとはいえ、この馬鹿が上に立って指示を出せるとは思えねえ」
「別にやりたくてやっている訳じゃないんだがのう。――――アイカ。どうするかの?」
「……? 良く分からん!」
「話ぐらい聞いとけ。同盟を組むかどうかだよ」
「ドウ、メイ……?」
「……騎士の魔王アルヴァトラン・ジェノベーゼを一緒に倒そうって話だ」
「ああ! それか! 勿論一緒に倒すぞ!」
「――――だそうだ。彼女は賛成してくれている。同盟の話は受けてもらえるか?」
「……………………そうじゃのう」
鹿羽の問いかけに、老人は歯切れが悪そうにそう言った。
そしてその要領を得ない態度に、鹿羽は一つの可能性を予測していた。
(――――目の前の彼が敵である可能性は否定出来ない、か)
鹿羽は何となく、この同盟交渉が一筋縄ではいかない気がしていた。
少なくとも鹿羽は目的の為なら何だってやる訳で、おそらくそれは相手にとっても同じことだった。
(魔大陸に住む者同士の古いコネクションもあるだろうからな。出来れば、アイカと敵対する形だけは何とか回避したいんだが……)
「――――ま、ぶっちゃけどっちでも良いからの。アイカが良いって言ってるなら、ワシも良いよ」
「変に間を空けるんじゃねえよジジイ……」
「ふぉっふぉっふぉ。ドキドキしたかの? ドキドキしたかの?」
目の前にいる老人が敵である可能性を本格的に考え始めた鹿羽に対し、老人はふざけた様子でそう言った。
(意外とお茶目な性格みたいだな……)
鹿羽は毒気を抜かれた様子で、大きく息を吐いた。
「――――者共にレ・ウェールズ魔王国と統一国家ユーエスの兵を攻撃しないよう伝えておこう。これで良いかの?」
「ありがたい。本当は作戦を細部まで詰めたかったんだが、無駄な戦闘を避けられるだけでも本当に助かる」
「作戦なんて複雑なもの、ワシらには無理じゃよ。”逃げろ”の指示も通らんからの」
「それ同盟の話も怪しくならねえか……? 本当に大丈夫かよ……」
「ふぉっふぉっふぉ」
「それで、この後どうするのだ? キシの魔王と戦うのか?」
「いや、戦いは三週間後だ。それまでに始める。いや、始まるだろうな」
「グランクランは何とかなったが、統一国家ユーエスも本当に大丈夫なんだろうな? 作戦を立てるだけ立てといて、後ろから刺すような真似だけは絶対にやめろよ」
「多分大丈夫だ。多分な」
「ふざけんな」
「冗談だ」
鹿羽は若干ふざけた様子でそう言った。
「――――意志の魔王殿。少しだけ話を聞いてくれんかの?」
「……何だ?」
「大した話ではない。アイカをよろしく頼むと言いたいだけかの。ワシのような老い先短い身では、いつまでも面倒見れるわけではないからの」
「……出来る限りのことはしよう」
鹿羽は誤魔化すようにそう言った。
「ふぉっふぉっふぉ。頼もしい返事じゃて」
「そうか? いざとなれば、平気で斬り捨てるかもしれないぞ?」
「平気で斬り捨てる者はそんなこと言わん。お主は優しい心の持ち主じゃ。ワシには分かる」
「……随分と買ってくれてるんだな」
「ふぉっふぉっふぉ。――――――――帰り道、気を付けた方が良いの。狙われているかの」
「特に何も感じなかったけどな。魔力探知には自信があるんだが……。お前の仕業か?」
「どうかの」
「まだ信用した訳じゃないからな。下手なことを言わない方が身の為だぞ」
「信用せんでよい。どうせもう長くはないからの」
諦観を感じさせる老人の物言いに対し、鹿羽は何も言うことが出来なかった。
「おい。カバネ。用事は終わりだろ? 先に帰らせてもらうぜ」
「ああ。付き合わせて悪かったな」
「本当だぜ」
「じいじ! アタシはもっと修行して強くなってくるぞ!」
「ふぉっふぉっふぉ。気を付けての」
「おう! カバネ! またな!」
「ああ。またな」
鹿羽がそう言うと、テルニア・レ・アールグレイとアイカの二人はあっと言う間にこの場から居なくなってしまった。
残された鹿羽も、老人に向けて軽く頭を下げると、転移魔法でこの場から立ち去った。
そして独り、老人だけが残されていた。
「――――若い頃を思い出すの」
老人は思い出に浸った様子で、噛み締めるようにそう呟いた。
「――――堂々と裏切っておいて、余裕そうだね」
「思い残すことがあんまり無いからかの? グランクランの皆にはもう伝えておるし、何より素晴らしい友達がアイカに付いているからの」
「エシャデリカ様より、あの小さな子供の方が大事って言うのかい? 君も変わったね」
いつの間にか、老人のすぐそばに一人の男が立っていた。
「変わったのはお主達の方じゃろうて。――――もうそこにエシャデリカ様の意志はない。あるのは妄執ともいえる、哀しい欲望だけだ。お前も分かっているんだろう。ダイヤモード」
「分からないよ。何が正しくて、自分達が何をすべきで、何を信じるべきなのかなんてね」
「それは自分が決めることかの。人生は他人の為にあっても、他人のものではないじゃろうて」
「そうだね。耳が痛い。――――――――とりあえず、”裏切り者”は殺すことにするよ」
男の名はダイヤモード。
またの名を、恐怖の魔王。
魔大陸にその名を轟かせる、穏やかで優しそうな男だった。




