【125】強くなる為に
一
場所は統一国家ユーエス、首都ルエーミュ・サイ。
公式行事”フェスティバル”の闘技大会で見事優勝を飾った騎士ジョルジュ・グレースは、かつて王族達の住まいとして使用されていた議会に姿を見せていた。
誰も居ない部屋で一人待機していたジョルジュ・グレースだったが、何かに気が付いた様子で部屋の出入り口に視線を向けた。
「貴女は……」
「お、おっはー……? ちょ、戦わないからね!? アンタのこと迎えに来ただけだから!」
ジョルジュ・グレースの視線の先には、長身の女性が立っていた。
女性の名はブレートラート・リュードミラ。
ジョルジュ・グレースが統一国家ユーエス現最高指導者グラッツェル・フォン・ユリアーナの護衛任務に就いた時に出会った、統一国家ユーエスの工作員だった。
「……この国の人間だということは本当だったみたいですね」
「もー勘弁してよー。あの時だって私は王女サマの護衛してただけなんだから。――――ま、結局失敗扱いになっちゃって、ボコボコに怒られたんだけど」
「それで、私のことを指導して下さる方というのは誰なんでしょうか? 自分で言うのも何ですが、かなり限られてくると思うのですが……」
ジョルジュ・グレースは自身の実力を誇らしく思っている訳ではなかったが、自分に的確な指導出来るほどの実力者の数は少ないと思っていた。
「…………マジのマジで失礼の無いようにしてね? 連帯責任で私も余裕で死ねるから」
「その方は一体何者なんでしょうか」
「聞かされてないから知りませーん。でもアンタが失礼なことしたら二人とも処刑するって言ってたから、多分めっちゃくちゃ偉い人なんじゃね? 心当たりある?」
「……どうでしょうか」
ブレートラート・リュードミラの言葉に、ジョルジュ・グレースは自信なさげにそう答えた。
(――――随分と物騒な言葉が飛び出しましたが……。高貴な方で、かつ相当な実力の持ち主……。もしかしたら、闘技大会に参加していた可能性もありますね)
ジョルジュ・グレースは記憶の限り、自分よりも強いであろう人物を思い浮かべたが、結局誰が指導してくれるのかなんて見当もつかなかった。
「まあ、死ぬ時は一緒だからよろしくね。自己紹介してたかもしんないけど、一応念の為。私の名前はブレートラート・リュードミラ。アンタ名前何だっけ」
「ジョルジュ・グレースです。こちらこそよろしくお願いします」
「そーだそーだ。グレースだった。大会見てたけどヤバくね? 何でそんなに強いの? 死ぬの?」
「私の経験則では、日頃から戦いのことを意識していると、いざという時に身体が良い方向に動いてくれるような気がします。試してみたらいかがでしょうか?」
「うっわ。ガチじゃん。引くわー」
「……失礼のないようにとおっしゃってましたが、貴女も気を付けて下さいね」
「あっはっは! ダイジョーブダイジョーブ! まだ誰も居ないし!」
ジョルジュ・グレースは若干皮肉を込めてそう言ったが、対するブレートラート・リュードミラは気にする様子もなく、能天気にそう言った。
「それじゃ、案内するから。付いて来てね」
「――――――――”他に”誰も居ないんですよね?」
「え、なに。誰か居んの? それとも私に対する殺害予告的な?」
冗談めいた様子でそう言うブレートラート・リュードミラをよそに、ジョルジュ・グレースは真剣な表情で辺りを見渡した。
しかしながら、ジョルジュ・グレースの視界に不自然なものが映ることはなかった。
(誰か居る……っ! いや、”居る気がするだけ”……っ! 気配が全く感じられない……っ!)
ジョルジュ・グレースは血の滲むような訓練の末に、達人といって差し支えないほどの気配察知能力を獲得していた。
音、魔力、空気の流れ、更には説明し難い”殺気”までも知覚し、ジョルジュ・グレースは周辺の様子を瞬時に感じ取ることが出来た。
何も無い筈だった。
しかしながら、”違和感”は確かにあった。
ジョルジュ・グレースはそのごく僅かな”違和感”に、大きな警戒心を抱いていた。
「ふむ。合格、であるな」
(後ろ……っ!?)
聞いたこともない声が響いた瞬間、ジョルジュ・グレースは慌てた様子で振り向いた。
しかしながら、そこには誰も居なかった。
「うわ!? アンタ誰!?」
「ふははは!! こっちである! 僅かな殺気を感じ取れるとはいえ、フェイントに釣られるとはまだまだであるな!」
ジョルジュ・グレースが感じ取った”違和感”の正体は、なんてことない少女だった。
ただし、大男ですら押し潰してしまいそうな大剣を背負い、度々天才と称されるジョルジュ・グレースの気配察知能力をすり抜けたことを除けばの話だったが。
「あ、あの時助けてくれた人?」
「……? 礼には及ばぬ!」
「――――それは私だ。お前も心当たりがないのに応じるんじゃない」
そしてその少女は、二人いた。
一人の名は、久住楓。
もう一人の名は、ローグデリカ。
接近戦において敵無しといわれる、最強格の二人だった。
「え!? 双子だったの!? めっちゃ似てる!」
「……リュードミラさん。彼女達が私を指導して下さる方々なのではないでしょうか?」
「え? あ、ヤバ」
「おお! 秘められし力を感じるぞ……っ! これはまさか、失われた筈の七大神の力……? 途絶えた筈の血脈……。ここで再び相まみえようとは!」
「初めに言っておこう。こいつは馬鹿だから相手にしなくていい」
「むー! 我とお主の能力は殆ど同じであろう!?」
「その振る舞いが貴様の知能指数を下げていると言ってるんだ。いい加減やめろ。こっちが恥ずかしい」
「むー!」
吐き捨てるように言ったローグデリカに対し、楓は抗議の意を示すように唸った。
しかしながら、ローグデリカは楓を相手にすることはなく、その視線をジョルジュ・グレースへと向けた。
「――――お前がジョルジュ・グレースだな?」
「は、はい」
「強くなりたいんだろう? 違うのか?」
「……強くなりたい、です。大切なものを守る為に」
「はっ! 随分と聞こえが良いセリフだな。正義の味方気取りか?」
ローグデリカは挑発するようにジョルジュ・グレースの顔を覗き込んだ。
対するジョルジュ・グレースは視線を逸らすことなく、ただじっとローグデリカを睨み返していた。
「――――覚悟はある、か……。ならば教えてやる。強さの向こう側の、更に向こう側をな」
「……よろしくお願いします」
ジョルジュ・グレースは真剣な様子でそう言った。
「お主も特訓受けるであるか?」
「えっとですね。その、私、ジョルジュ・グレース様を皆様の元にお連れすることが仕事と言いますか、そのですね」
「ブレートラート・リュードミラ。貴様も一緒だ。一工作員として使い潰されるよりかは、ここで鍛えた方が幾分生き残る可能性が高くなるだろう」
「なんか不穏なことを聞いた気がする! でもまだ死にたくないんでよろしくお願いします!」
ブレートラート・リュードミラは早口でそう叫ぶと、深々と頭を下げた。
そしてジョルジュ・グレースもまた、ブレートラート・リュードミラに続く形で頭を下げた。
(――――――――この二人、強過ぎる……。どれだけ強いのかが全く分からない……っ)
その時、ジョルジュ・グレースは自分がもっともっと強くなれることを確信していた。
そして強くなるということが、目の前の二人のような逸脱した領域を目指すということと同じであることも悟っていた。
ジョルジュ・グレースから見て、楓とローグデリカは化け物だった。
強くなるということは、人間をやめることと同じなのかもしれないとジョルジュ・グレースは思った。
そして、誰かを守る為なら、それでも良いと思った。




