【124】若き魔王の集い
一
ルエーミュ王国が統一国家ユーエスへと生まれ変わり、日に日に豊かになっていく生活の中で、統一国家ユーエスの国民は確かな幸福を感じていた。
そして、統一国家ユーエス現最高指導者グラッツェル・フォン・ユリアーナの計らいによって開催された公式行事”フェスティバル”は、その繁栄を誇るように、史上類を見ないほどの大きな賑わいを見せた。
その一方で、悲劇も起きていた。
国内有数の主要都市で知られるミズモチ県イオミューキャが、正体不明の集団による襲撃を受けていた。
その被害は凄まじく、城塞都市イオミューキャに住む多くの者が家族や友人を亡くし、確かな練度で知られていたミズモチ騎士団は活動の見通しが立たないほどに損害を被っていた。
そのニュースは瞬く間に統一国家ユーエス国内に広まり、正体不明の悲劇は国民の不安を大きく煽っていた。
しかしながら、現最高指導者グラッツェル・フォン・ユリアーナの行動は早かった。
襲撃の翌日に設置された調査委員会は、当襲撃事件は海を越えた先の魔大陸にあるアルヴァトラン騎士王国によるものだと結論付け、グラッツェル・フォン・ユリアーナは報復の為に魔大陸に正式に軍を派遣することを発表していた。
そして、”イオミューキャの悲劇”と呼ばれるようになった一連の出来事は、鹿羽の耳にも入ることとなっていた。
「――――ということになるわねー。鹿羽君分かったー?」
「あ、ああ」
麻理亜の説明に、鹿羽はそう応じた。
「大丈夫ー? 嫌なら全然やんなくても良いんだよー?」
「いや、確かに戦争の結果を左右する大事な仕事だが、やってやるさ。――――必ず同盟交渉を成功させて見せる」
統一国家ユーエス現最高指導者グラッツェル・フォン・ユリアーナが正式に発表した内容は、結論から言えば、アルヴァトラン騎士王国に対する宣戦布告だった。
鹿羽が麻理亜より説明されたのは、アルヴァトラン騎士王国と敵対関係にあるレ・ウェールズ魔王国と巨大民族組織グランクランとの間に同盟を結ぶことによって、戦争を優位に進めようという内容だった。
そしてその同盟を締結させる為の大使として、魔王の称号を持つ鹿羽は再び魔大陸に行くことになっていた。
「気を付けてねー? 向こうだって色々考えているだろうしー、現地でいきなり襲撃されてもおかしくはないわ。――――危なくなったら、ちゃんと逃げるんだよ?」
「勿論さ。俺だって痛いのは嫌だからな」
「そうなのー?」
「いや、普通そうだろ……」
「ふふ。冗談だよー」
呆れた様子を見せた鹿羽に対し、麻理亜はクスクス笑いながらそう言った。
二
場所は魔大陸。
巨大民族組織グランクランの領地として”認識”されている熱帯雨林にて。
真剣な面持ちの鹿羽と、舌打ちしながらツタを斬り裂くテルニア・レ・アールグレイの二人が、険しい原生林を徒歩で進んでいた。
「しっかしまあ、新たな魔王が誕生したことで何も起きない筈がないことは分かってたが……。お前さんの国だけじゃなく、かのグランクランとも手を組むことになるとはな」
「そのグランクランと手を組む為にこれからアイカに会いに行くんだろ。まだ決まった訳じゃない」
「へいへい。つっても、暴虐の魔王はお前さんのこと気に入っているみたいだし、会えば何とかなるだろ。――――会えればな」
「魔力を覚えておけば良かったな……。煉獄の魔王や濃霧の魔王は覚えたんだが……」
「逆に覚えれば会えるもんなのかよ」
「一応な」
「はっ! 魔術師ってのは便利なもんで」
テルニア・レ・アールグレイは吐き捨てるようにそう言った。
「――――さてさて。俺達はあと何回戦わなくちゃいけないんだ?」
「相手が誰であろうと戦いを挑んでくるっていうのは本当なんだな……。戦って死にたい奴なんて居ないだろうに」
「身体の半分が吹っ飛んでも再生する奴は時々居るぜ」
「……嘘だろ?」
「本当なんだなそれが。暴虐の魔王も確か何回か手足吹っ飛ばしてるぞ。アイツの場合は戦闘中に再生するからヤバいけどな」
「やっぱり化け物じみてるんだな……」
「お互い様だぜ」
ふと立ち止まった鹿羽達の周りには、いつの間にか複数の人影があった。
彼ら彼女らはそれぞれ得物を握り締め、鋭い目つきで鹿羽達を見据えていた。
魔大陸のならず者集団――グランクラン。
奪い奪われるだけで成立する、弱肉強食の世界。
戦うことが当たり前だと刷り込まれている魔大陸の住民さえも、グランクランの人々の異常性を理解し、嫌悪し、そして関わらないように努めていた。
「――――はっ!」
どうして人から物を奪うのか、という質問は、グランクランの人々からすれば無粋もいいところだった。
奪うのが当たり前だから。
ライオンがウサギを仕留めることに何の間違いがあるのか、と。
グランクランの人々は自然の摂理を生き、それを全うしていた。
たとえ、魔王が相手だったとしても、それは変わらない信念であった。
「――――<大いなる冬/フィンブル>」
「よっと。――――二閃」
獰猛な獣の攻撃が、二人の魔王に届くことはなかった。
熱帯雨林に吹き荒れた吹雪が、七人の身体を完全に氷漬けにしていた。
一方、知覚するのが困難なほどに鋭い二つの剣閃が、残る五人を完璧に捉えていた。
そしてそのまま、再び彼ら彼女らが動くことはなかった。
「……なあ。その魔法ならまとめて全員仕留められただろ。何で俺の周りだけ綺麗に残しやがった」
「巻き込んだら悪いと思ったからな」
「ぬかせ。――――そういや忘れてたが、孤高の魔王はどうしたんだ? 確か一緒に居た筈だよな?」
「ウチの国で大人しくしてるぞ。今まで昼夜問わず命を狙われて大変だったみたいだな」
「アイツの場合は全員が敵みたいなもんか……。なるほどね」
「……悪い顔しているように見えるのは気のせいか?」
「いや、これで暴虐の魔王とも仲良く出来りゃ、晴れて魔王四人が協力関係になる。これは格段にやりやすくなるぜ? まあ、戦争するって言うんだから、割れるのは当たり前なんだがな」
「協力関係って言ったって、俺達の場合は利害が一致しただけだろ」
「そんな冷たいこと言うなって。俺達友達だろ?」
「そういうこと言う奴って大体利害関係が絡んでいる気がするんだが……」
鹿羽は呆れた様子でそう言った。
「――――しかし、見つからないな……」
「暴虐の魔王もそっちの大陸に行ってたんだろ? アイツがいつも通り戦場を引っ掻き回してたら、流石に俺の耳にも情報が入る筈だ。居ない可能性の方が高いんじゃねえか?」
「いや、聞いた話だと魔大陸に戻っている筈なんだが……。――――嫌な予感がするな」
「おいおい。何だよ」
「こういうのって大体敵に先回りされていたりしないか? 相手も戦争になることぐらい十分分かっていただろうし、アルヴァトラン騎士王国とグランクランが既に手を結んでるってことも……」
鹿羽は眉間にしわを寄せながらそう言ったが、対するテルニア・レ・アールグレイの表情は微妙なものだった。
「そんなことあるか……? 言っちゃ何だが、あのアイカだぞ……」
「騙されていたり、何なら本人の意思に反して操られてしまう可能性も無くはない。――――ま、まあ、どうなんだろうな……」
「やっぱりお前も自信ねえのかよ……。――――まあ、俺も他の魔王の力を完全に把握してる訳じゃねえからな。何が起きても不思議じゃないのは確かだが……」
「ん? そこのケンシキの魔王はともかく、どうしてカバネがここに居るのだ?」
聞き覚えのある少女の声に、鹿羽とテルニア・レ・アールグレイの二人は口を閉ざした。
(――――噂をすれば何とやら、か)
「この辺の果物は美味しいから食べると良いぞ! でも果物はみんなのものだからな! 独り占めは駄目だからな!」
「んなことしねえから安心しやがれ。――――ちょ、待て待て。俺達はお前に用があってわざわざ来たんだよ」
「……? アタシに何の用だ?」
「アイカにお願いがあって来たんだ。それをグランクランのみんなにも伝えて欲しくてな」
「分かった!」
「ホントに分かってんのかよ……」
テルニア・レ・アールグレイは呆れた様子でそう言った。
鹿羽は先回りや罠を心配したが、目の前の少女が変わりなく元気にしている様子を見て、それが杞憂であることを悟った。
「――――みんなで協力しないと倒せない相手がいるんだ。アルヴァトラン騎士王国の奴らは中々手強いからな」
「あ、あるば……?」
「騎士の魔王アルヴァトラン・ジェノベーゼのことだよ。ていうか魔大陸に住んでんだから、魔大陸の地理と国名ぐらい覚えやがれ」
「ああ! キシの魔王か! キシの魔王は強いぞ! 七回戦って全部負けたからな!」
(七回戦って死ななかったのも凄い話だよな……)
「要は騎士の魔王をぶっ飛ばす為に、俺達で潰し合うのをやめようぜって話だ。俺達の仲間もお前の仲間も、みんな協力した方が良いだろ?」
「そうだな! その通りだ!」
「アイカ。協力してくれるか?」
「勿論だ!――――あ、でも……」
「……?」
とんとん拍子に話が進んだように見えたが、アイカは何かを思い出したかのように言葉を濁した。
(――――やはりアルヴァトラン騎士王国が先に動いていたのか……?)
鹿羽は最悪の場合を想定する中、アイカは意を決したかのように口を開いた。
「カバネ! あの日の約束を覚えているか!?」
「え、なに? お前らいつの間にそういう仲だったの?」
「……魔法を教えて欲しいってことなら覚えているが」
「おお! 覚えていてくれて良かったぞ! 魔法を覚えればアタシはもっともっと強くなれる! 強くなったらキシの魔王も倒せるぞ!」
喜んだ様子で飛び跳ねるアイカを前に、鹿羽は大きく息を吐いた。
「おいおい。魔法って結構頭使うだろ。大丈夫なのか?」
「同盟の為なら何だってやる。問題はないさ」
「グオーってやってドーンなら出来るぞ!」
「本当に大丈夫かよ……」
「――――とりあえず、何か魔法を使ってみてくれ。それを見てから判断する」
「おう! 分かった! えっと……、むむむ……」
(とは言っても、俺も魔法について全然分かっていないんだけどな……)
「むむむむむ……っ!」
「お。石っころが浮いたな」
「”念動力”か。かなり強引な感じがするが……」
「むむむむむむむ……っ! ど、どうだ!?」
「普通の奴らならともかく、これじゃ子供騙しにしかならねえだろ。お前の場合は殴った方が早い」
「むむむ……。カバネ! どうすればいい!?」
(アイカの身体を通して魔法を発動させて、その感覚をそのまま習得してもらうのが一番手っ取り早いんだが……)
鹿羽は顎に手を当てて、考え込むような素振りを見せた。
(他人の回路を介して魔術を無理矢理発動させるのはあんまり良くないらしいんだよな……。だからといってリフルデリカみたいにデータだけを頭に叩き込むなんて出来ないし……。どうしたもんか……)
結論から言えば、鹿羽は魔法の教え方を知らなかった。
鹿羽が唯一出来るのは、他人の身体にある魔力をいじることで無理矢理魔法を使えるようにするという、魔法使いが聞いたら卒倒するような方法だけだった。
(まあ、何とかなるだろ。G・ゲーマーの時は大丈夫だったし)
鹿羽は実験でG・ゲーマー・グローリーグラディスに試しており、その結果、G・ゲーマー・グローリーグラディスは新たな魔法を習得していた。
しかしながら、その実験の翌日、G・ゲーマー・グローリーグラディスが熱を出してダウンしたことを鹿羽は知らなかった。
「なんか良い方法はねえのか? 簡単で、馬鹿にも分かって、時間が掛からない方法がよ」
「無くはない、な」
「教えてくれカバネ! アタシはもっともっと強くなりたいのだ!」
「……分かった。でも痛みを伴うから注意して欲しい」
「う、痛いのか……。でもやるぞ!」
「――――別に暴虐の魔王がどうなろうが知ったこっちゃねえが、具体的に何するんだよ」
「アイカの身体を介する形で、俺が魔法を発動させる。かなり危険だし、推奨された方法じゃないんだが、一番早く魔法が上達する方法だ」
「それって俺の国でも出来そうか?」
「……出来る奴はあんまり居ないし、実はかなり精神を消耗するから俺もあまりやりたくない。現実的じゃないと思うぞ」
「はいはい。国家機密って奴ですかね」
「そういう訳でもないんだが……」
鹿羽は何とも言えない表情でそう言った。
「カバネ! 早くやるぞ!」
「そうか。なら両手を出してくれ。直接触れ合ってた方がやりやすいからな」
「おう! どんと来い!」
鹿羽は自身の両手をアイカの両手に重ねると、静かに魔力を集中させた。
「行くぞ?」
「……っ」
そして鹿羽は、アイカの内にある魔力を自分の支配下に置いた。
(――――――――やっぱり魔力量はかなりあるな。魔法を発動させる為に必要な回路が見当たらないってことは、本当に魔法を使ってこなかったってことか)
「ん……っ。ん……」
「おい。カバネ。なんか変なことしてんのか?」
「いや、まだ痛みは殆ど無い筈だが……。大丈夫か?」
「なんか変な感じがするぞ……。ムズムズする……」
「……何かあったらすぐに言ってくれよ」
「ん……」
(火、水、地、風、光、闇……。――――――――風だな)
「……っ! 良く分かんないけど繋がったぞ!」
「終わりなのか? あんまり痛そうには見えなかったんだが」
「珍しい例だと思うぞ。やっぱり元の身体が丈夫なんだろうな」
「まあ、暴虐の魔王に常識は通用しねえか」
「カバネ! 早速やってみてもいいか!」
「勿論だ」
「よし! いくぞ!――――――――<超風球/びゅんびゅんボール>!」
瞬間、黒い風を纏った禍々しい球体がアイカの頭上に出現した。
「これって大丈夫な奴なヤツなんだよな?」
「……………………アイカ。それをこっちに向けないでくれ」
暴虐の魔王アイカは、ありったけの魔力を一つの魔法に込めていた。
そして鹿羽は、それが非常に危険であることを一瞬で理解した。
「か、カバネ……。これどうやったら止められるのだ……?」
「……」
「おい。カバネ。どうすんだよ」
「……頑張って吸収してみるから、そのまま動かさないでくれ」
「分かった!――――あ」
瞬間、黒い風を纏った禍々しい球体が破裂し、大爆発を起こした。
辺り一帯を更地へと変えた爆発は、三人の魔王に少しだけダメージを与えた。




