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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
五章
122/200

【122】悲劇の公演


 一


 城塞都市イオミューキャの街並みが火に包まれ、聞くに堪えない悲鳴が絶えず響き渡る中、ミズモチ騎士団団長ダイス・グラムソンは、謎の剣士アポリーヌと激しく剣をぶつけ合っていた。


「……っ」

「さっきの威勢が噓のようね。うふ」


 ダイス・グラムソンは表情を歪ませながら必死に剣を振るっていたが、対照的にアポリーヌの表情は涼しいものだった。


 決してダイス・グラムソンが弱い訳ではなかった。

 実際に剣士が束になってかかってきても負けないほどの実力を、ダイス・グラムソンは確かに有していた。


 しかしながら、ダイス・グラムソンの目の前にいた謎の剣士は、それでも届かないほどの圧倒的な剣技を有していた。


「名を……っ。名を名乗れ……っ!」

「……? まあ、冥土の土産には丁度良いかもしれないわね。私の名はアポリーヌ。私を奴隷として売り払った両親がつけてくれたそうだわ。うふ。素敵な名前でしょう?」


 アポリーヌの名前を聞いた瞬間、ダイス・グラムソンの表情が驚愕のものへと変化した。

 しかしながら、すぐに真剣な表情に切り替わると、ダイス・グラムソンは目の前の相手を殺す為に剣を振るった。


「…………貴様の両親はそんな人ではない」

「どうしてそんなことを貴方が言うのかしら? もう何十年も前の話。貴方だってせいぜい子供だった頃の話でしょ?」

「いずれにせよ貴様の非行を見逃すつもりはない! 剣を捨てぬというのなら斬り伏せるまで!」

「まあいいわ。少しずつ、少しずつ追いつめて、最高の絶望を味わわせてあげる」


 アポリーヌは楽しそうに笑いながらそう言った。


(――――――――我が盟友、アンドレよ……。遂に見つけたぞ……。お前の……、お前の姉を……っ)


 ダイス・グラムソンは遠い昔のことを思い出していた。


 それはまだ、ダイス・グラムソンが剣を持ち上げることすら出来ないほどに小さな子供だった頃。

 更に言えば、後に生涯の付き合いとなる親友と出会って、少しだけ時間が経った頃のことだった。


 その親友の姉が、まだ小さな子供だった自分達を守る為に囮になって、そのまま帰ってこなかったことを、ダイス・グラムソンは思い出していた。


(これだけの力……。そしてあの頃からは想像もつかないほどに残忍な性格……。あまり歳を取っていないことも含め、もはや人間をやめているのかもしれぬな……)


 ダイス・グラムソンは目の前の相手が親友の実姉であることを信じたくはなかったが、楽しそうに薄ら笑いを浮かべるアポリーヌの表情が、ダイス・グラムソンの遠い記憶の中で笑う少女と一致していた。


「うふ。剣に迷いが出ているわよ? 女性の相手は苦手?」

「はあああああああ!!!!」

「あら。つれないのね」


 訓練された騎士でさえ受け止めるほどが困難な筈の斬撃を、アポリーヌは片手で持った剣で易々と受け流していた。


「何だか飽きてきちゃったわ。そろそろ終わりにしても良いかしら?」

「ぐ……っ。ここは死んでも通さんぞ……っ!」

「あら、死ぬことは分かってるのね。それじゃあ貴方の言う通り、貴方をキチンと殺してから、街のみんなを殺してあげる」

「……っ!」

「――――――――じゃあね。騎士のお爺さん」


 さっきとは比べ物にならないほどの速度で、アポリーヌの剣がダイス・グラムソンに迫った。


 アポリーヌはまだ、本気を出していなかった。


(もはや、ここまでか……っ)


 剣先が眼前へと迫り、ダイス・グラムソンが死の運命を悟った瞬間。


「――――お待ち下さい。彼の出番は、まだ終わっていませんよ」


 青年の声だった。

 瞬間、アポリーヌはダイス・グラムソンから瞬時に距離を取った。


「……誰かしら? 随分とお強いみたいだけど」

「はは。ご冗談を。わたくしは戦闘がからきし苦手なのですよ。せいぜい出来ることといえば、舞台の上で無様に踊ることぐらいでしょうかね」

「あら? もしかして劇場の俳優さんなのかしら?――――――――ふふ。私のお仲間がいつまで経っても動かないのは貴方のおかげ?」

「さあ。どうでしょうね」


 青年――A・アクター・アダムマンは白々しい様子でそう言った。


「まあいいわ。彼、何だか私のことが嫌いみたいだったし。私は貴方のこと嫌いじゃないわよ? だって強そうですもの」

「これはこれは……。お世辞といえど、照れてしまいますね」


 ダイス・グラムソンは、突然現れたA・アクター・アダムマンのことを知らなかったが、とりあえず自分が助かったことを悟った。


「ぐぬ……。何者だか知らないが……、助かった。――――だが気を付けろ……。奴は本当に強い」

「そうでしょうか? わたくしには綺麗な女性にしか見えないのですが……」

「うふ。ありがとね? お世辞でも嬉しいわ。――――それじゃ、始めましょうか」

「おや。それではお手柔らかにお願いします」


 アポリーヌとA・アクター・アダムマンが互いに笑い合った瞬間、互いの剣が交錯した。


「貴方も剣を使うのね。素敵な俳優さん?」

「器用貧乏なだけですよ。――――ここはわたくしが食い止めますから。貴方は市民の皆様を助けてあげて下さい」

「ぬ……。分かった。感謝する」

「彼、弱いけど、居ないよりはマシなんじゃない?」

「適材適所というものではないでしょうか? 無論、わたくしでは貴女のような美しい御方の相手など務まらないのかもしれませんが」


 アポリーヌが次々と繰り出した鋭い斬撃をさばきながら、A・アクター・アダムマンは丁寧な口調でそう言った。


「うふ。うふふふ。貴方と居ると楽しいわ」

「それは良かった。最近自分に自信が持てなかったのですよ。主君に報いるような目立った活躍が出来ませんでしたからね」

「素敵な貴方のことだから、きっと貴方の主君も素敵な方なんでしょうね」


 次の瞬間、A・アクター・アダムマンは乾いた笑いを漏らした。


「よくぞ言ってくれました! わたくしはその話がしたかったのです!」

「あら」


 落ち着いた様子で振舞っていたA・アクター・アダムマンだったが、アポリーヌがA・アクター・アダムマンの主君に言及した瞬間、興奮した様子で語り始めた。


「あの幼気な表情! その奥に潜むはもどかしいほどに不器用な優しさと正義感! 演じることも破壊することも創造することも喰らうことも弄ぶことも愛することも生き延びることも教えることも出来ないほどに! わたくしの心はあの御方に支配されてしまった! ああ、早くお会いしたい……」

「き、聞くだけ野暮だったかしらね……」

「ごほん。という訳で、わたくしには失敗が許さないのですよ。主君が悲しむお顔は見たくありませんからね」

「……貴方が死んだら、その主君は悲しんでくれるのかしら?」

「はは。言った筈ですよ。わたくしの主君は心優しい御方であると。――――無論、悲しませるような真似は致しませんがね」

「うふ。今のは少し危なかったかしら? 本当にお強いのね」


 アポリーヌは感心した様子でそう言った。


 そしてアポリーヌは、自分達が何人もの騎士に遠くから囲まれていることに気が付いた。


「――――あら。もしかして、もう私しか残っていないのかしら?」

「そのようですね。貴女方も訓練された素晴らしい兵士達だったようですが、ここにいる騎士の皆様も実に素晴らしいですからね。後は高嶺の花を一輪残すのみかもしれません」

「うふ。ここに居る全員の首を斬り落としても良いけれど、これ以上は危険かもしれないわね」

「逃げるおつもりですか?」

「はい。その通りよ。――――さようなら。素敵な俳優さん?」

「……」


 アポリーヌはA・アクター・アダムマンから距離を取ると、近くの建物の屋根に飛び移り、そのまま姿を消してしまった。


「絶対に逃がすな! 追え!」

「お待ち下さい。追ったところで、戦える実力がなければ、無駄に命を散らすだけになるかと」

「く……っ! みすみす見逃せというのか!?」

「わたくし達にそれだけの力が無いだけではないでしょうか? 無論、わたくしには口出しをする義理も権限もありませんが」

「……っ!」


 A・アクター・アダムマンは淡々とそう言ったが、アポリーヌを追いかけようとした騎士は怒りを滲ませるようにA・アクター・アダムマンを睨み付けた。


 すると、先程この場から立ち去っていたダイス・グラムソンが駆け足で戻って来て、怒りを滲ませる騎士に声を掛けた。


「デスタス。落ち着け。彼の言う通りだ。今、奴を追ったところで、返り討ちにされるだけだろう」

「騎士団長殿……」

「――――すまなかったな。私はここ城塞都市イオミューキャに拠点をおくミズモチ騎士団の団長を務めている、ダイス・グラムソンという。さっきは本当に助かった」

「いえ。間に合って良かったです」

「それで申し訳ないが、君の話を聞かせて欲しい。良いかね?」


 ダイス・グラムソンは穏やかな口調でそう言ったが、対照的に、その視線は鋭いものであった。


「……それはわたくしも容疑者の一人として疑われている、ということでしょうか?」

「悪いな。これだけの被害なのだ。民を救ってくれたことは感謝しているが、我々は君のことも調べなければならない」

「わたくしも一応、この国の人間なのですが……。良いでしょう。わたくしに話せることであれば」

「協力、感謝する」

「いえいえ」


 A・アクター・アダムマンは丁寧な口調でそう言った。


(――――事情聴取、ですか。さて、どう答えたものですかね)


 A・アクター・アダムマンは静かにため息をつくと、市民の悲鳴はもう聞こえなくなっていた。


 城塞都市イオミューキャを襲った未曽有の悲劇は、市民のおよそ一割、そして剣を取り果敢に戦った騎士団団員のおよそ四割が犠牲になった形で幕を閉じた。


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