【120】闘技大会⑧
一
統一国家ユーエスで開催されている闘技大会の決勝トーナメント。
その準決勝第二試合にて。
真剣な表情を浮かべるジョルジュ・グレースに対し、煌びやかな装飾が施された鎧を身に纏う男――プラームは気楽な様子で口を開いた。
「いやー、さっきはすげえ試合だったな。俺達はのんびり仲良くやろうぜ?」
「えっと……、正々堂々戦いましょう」
「……真面目なこった」
ジョルジュ・グレースの言葉に、プラームは頭を掻きながらそう呟いた。
「ああ、そうそう。あの二人、明日の試合出れないってよ。一応決まりでは引き分けは両方負けらしいから、事実上この試合が決勝戦になるらしいぜ。知ってた?」
「そ、そうなのですか?」
「おうよ。だよな? 審判さんよ」
「はい。そうなります」
審判の男は淡々とそう頷いた。
「という訳で、これが頂上決戦だ。嬢ちゃん。覚悟は良いか?」
プラームは何気ない様子でそう言ったが、ジョルジュ・グレースは未熟な自分が闘技大会の最後の試合に出場していることに違和感を抱いた。
(私の相手が決して弱かった訳ではありませんが……。――――さっきの試合、どちらが相手だろうと私は負けていたでしょうね……)
先程行われたアイカとE・イーター・エラエノーラの試合は、ジョルジュ・グレースから見ても凄まじいものだった。
経験したこともないような圧倒的な速度、そして圧倒的な威力。
技術の差、経験の差というよりかは、一生を懸けようとも決して埋まることのないような、そもそもの地力の差のようなものをジョルジュ・グレースは感じていた。
(それらを乗り越えた先に、ようやく彼女が見えてくるのかもしれませんね)
ジョルジュ・グレースは、統一国家ユーエスとリフルデリカ教皇国が戦争していた時、戦場で見た一人の女性のことを思い出していた。
大陸最強と謳われた”光の天使”を一方的に蹂躙し、統一国家ユーエスの勝利に大きく貢献したであろう謎の女性。
ジョルジュ・グレースはその女性――B・ブレイカー・ブラックバレットのことを知らなかったが、いずれはその領域に到達したいと思っていた。
「もしかして緊張してる?」
「大丈夫です。戦う覚悟は、いつでも出来ています」
「……ん。そうか」
プラームは気楽な様子でそう言うと、静かに腰に差した剣を引き抜いた。
そしてジョルジュ・グレースもまた、腰の鞘から剣を引き抜いた。
「両者! 構え!」
「なあ。俺が勝ったら一緒にお茶しない?」
「しつこい男性は嫌われるかと……」
「ぐはっ! こりゃあ、試合前に手痛いものを食らっちまったな……」
「……もし貴方が勝ったら、お茶ぐらいなら良いですよ」
「マジ? 言ったね? 言質取ったからね?」
「念の為に言っておきますが、お茶だけですからね?」
「うっひょー! やったぜ! こいつぁやる気が出てきた!」
予想よりも喜ぶプラームの姿に、ジョルジュ・グレースは自分の軽率な発言を少しだけ後悔した。
(変なこと言わない方が良かったでしょうか……?)
「そんじゃ、切り替えて始めるとしますかね」
プラームは首をパキパキ鳴らすと、一転して真剣な顔つきで剣を構えた。
ジョルジュ・グレースから見て、プラームは掴みどころのない飄々とした男という印象だったが、静かに剣を構える姿は強者のそれだった。
(きっと簡単には勝てないのでしょうね……。あのニームレス様を相手に、競り勝っているのですから……)
ジョルジュ・グレースの前に立ちはだかっている男――プラームは前の試合でニームレスを下していた。
しかしながら、ジョルジュ・グレースの知っているニームレスの正体は鹿羽であり、プラームが対戦したのは実はリフルデリカだったが、その真実をジョルジュ・グレースが知る訳がなかった。
(そういえば戦争の時にいたのもニームレス様に良く似た魔術師でしたね……。リフルデリカ教皇国を飲み込んだあの大魔法……。少しだけでもお話出来る機会があれば良かったのですが……)
魔法を教えてくれた恩師であるG・ゲーマー・グローリーグラディスの件も含め、ジョルジュ・グレースはニームレスと話をしたかったが、その機会には恵まれることはなかった。
ジョルジュ・グレースが過去に思いを巡らせている内に、審判の男は腕を高々と掲げ、今まさに試合が始まろうとしていた。
(――――とにかく、今は目の前の相手に勝利することが大事ですね。集中しなきゃ……)
ジョルジュ・グレースは自身が持つ長剣を強く握り締めた。
そして。
「始め!」
「ほいっと」
審判の男が試合開始を告げた瞬間、一瞬で距離を詰めたプラームが鋭い斬撃を放っていた。
「――――っ」
「おうおう。よく見切ったな。流石はウチのフェイルケちゃん……じゃなかった。ダンパインを破っただけのことはある」
「……知り合いの方だったのですか」
「おうよ。そんでもって俺の方が百倍強いから覚悟してくれよな」
「それは強敵ですね……っ。はあ!」
「おっとっと。危ない危ない」
プラームの攻撃を何とか回避したジョルジュ・グレースは反撃とばかりに剣を振るったが、それが命中することはなかった。
「そんじゃ、こいつはどうだ?」
「く……」
「やるじゃん。流石に弱くはねえか」
プラームは立て続けに斬撃を放ったが、ジョルジュ・グレースは全身を巧みにくねらせて何とか回避していた。
そして再び反撃としてジョルジュ・グレースは鋭く斬り返したものの、いつの間にかプラームは丁度剣が届かない絶妙な位置に移動しており、その斬撃がプラームを捉えることはなかった。
(この男、一見特別な感じはしませんが……)
ジョルジュ・グレースは数回に渡って交わされた激しい攻防の中で、ある違和感を抱いていた。
(私の攻撃が全く当たらない……っ。その上、防御をすり抜けて攻撃してくる……っ。)
「全く、若いのに大したもんだぜ」
「く……」
それが魔法によるものなのか、それとも加護といった特別な能力によるものなのかは今のジョルジュ・グレースには分からなかったが、少なくとも自分が劣勢であることぐらいは理解していた。
(攻撃が当たらないというのなら、昨日と同じように全体を攻撃するまで!)
「おっと。変なこと考えてるな?」
「――――破天!」
ジョルジュ・グレースは昨日と同じように、ありったけの力を愛剣に込めて、そのエネルギーを叩き付けるように解き放った。
(位置は分かっています……っ。これで体勢を崩して、攻撃が命中すれば……っ!)
閃光が瞬き、闘技場のフィールドに暴風が吹き荒れた。
砂煙が舞い上がり、視界が薄茶色に染まる中、ジョルジュ・グレースはプラームがいると思われる場所にそのまま剣を繰り出した。
しかしながら、その攻撃も命中することはなかった。
(手応えが無い……。確かにこの目で見えている筈なのに当たらない……っ)
「――――確かに悪くない考えだが、無駄な体力の消耗って奴だぜ? 嬢ちゃんよ」
「く……っ」
プラームは気楽な様子でそう言った。
統一国家ユーエスにおいても有名人となりつつあるジョルジュ・グレースが苦戦する姿は観客にとって信じ難いものであったが、プラームの正体を知る者からすれば当然の光景だった。
黄金竜王プラーム。
またの名は、幻影騎士。
誰一人として刃を届かせることが出来ないといわれている幻影を前に、ジョルジュ・グレースは劣勢を強いられていた。
「まあまあ。ぶっちゃけ言うと、俺って結構強いからさ。自信無くす必要全然ないって」
「――――――――」
「こう見えて? ある王国では有名人だし? 結構良い地位に居たり居なかったり――――あっぶねえええええええええ!!!???」
「――――見えた」
しかしながら、ジョルジュ・グレースもまた常識を逸脱した人間だった。
ジョルジュ・グレースの透き通るような深い紺色の瞳は、確かにプラームの姿を捉えていた。
「は!? え!? ナンデ!? ナンデ見エテルノ!?」
プラームは心の底から驚いたかのように叫んだが、ジョルジュ・グレースは気に留めることなく斬撃を繰り出した。
そしてプラームは防御する為に剣を構え、甲高い金属音と共に、初めて両者の剣がぶつかり合った。
(また一つ、新しい加護が……。――――でも、これで戦える)
ジョルジュ・グレースは昨日に引き続き、また新たな力を獲得していた。
真実を見抜く力が得られるという加護――”心眼”。
神の祝福と度々称される新たな加護が、ジョルジュ・グレースに更なる力を与えていた。
(よりによって”心眼”に目覚めるなんてことあるのかよ……。嬢ちゃんは”竜殺し/ドラゴンスレイヤー”もある訳だし、これはガチのマジで殺しにきてるな……)
「――――いきますよ」
「悪いが、手加減出来なさそうだわ。手加減頼むぜ嬢ちゃんよ」
ジョルジュ・グレースが一瞬にして加護を手に入れたことを見抜いたプラームは、かつてないほどに表情を引き締めていた。
二
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイにある闘技場の、特別な観客席にて。
プラームとジョルジュ・グレースが苛烈な試合を見せる中、麻理亜は魔法による通信で誰かと会話を交わしていた。
「――――分かったわー。それじゃ、そういうことでー」
「麻理亜。何かあったのか?」
「んー。ちょっとしたトラブルがあったみたいねー。確認してくるだけだから、気にしないで?」
「……そうか」
麻理亜はそのまま、足早に立ち去った。
三
「はああああああああ!!!!!!」
「うおおおおおおおお!!!!!!――――やべえ!! 死ぬ死ぬ死ぬ!!」
互いに攻撃を躱し合っていたプラームとジョルジュ・グレースだったが、一転して二人は互いに激しく剣をぶつけ合っていた。
(本当に強い……っ。加護で戦えるようになったのに……、それでも届かない……っ)
「待って待って! 死んじゃう! 死んじゃうから!」
「……」
プラームの情けない声に、ジョルジュ・グレースは何とも言えない表情を浮かべた。
しかしながら、ジョルジュ・グレースの刃は未だにプラームを捉え切れないでいた。
「――――あー、マジで死ぬかと思った。嬢ちゃんやべえな。最近会った女性の中で三番目ぐらいに凶暴だぜ」
「まだまだ余裕そうですね」
「へっ! まだまだ余裕のよっちゃんだよ!――――あー、腰痛くなってきた。くそ……」
プラームはそう言うと、一瞬にしてジョルジュ・グレースから距離を取った。
(追撃出来なかった……。ここまでくると思い通りに身体が動いてくれませんね……)
「――――嬢ちゃんは何で強くなろうと思ったん? お金? 名誉? それとも彼氏?」
「……守りたいものを守る力が欲しいだけです」
「ほーん。めっちゃ立派じゃん。やっぱ最近の若い子は真面目なんかね」
「貴方こそ、これだけの力……。一体どうやって……」
ジョルジュ・グレースは、強くなる為には理由が必要だと考えていた。
無論、強さの要素としては、環境、才能、種族といったものも存在することは理解していたが、理由もなく日々の厳しい鍛錬の中で弛まずに努力を続けられる者なんて存在しないと思っていた。
つまり、目の前で飄々とした態度を取り続けるプラームもまた、強くなりたいと願った理由が存在する筈だとジョルジュ・グレースは考えていた。
そしてプラームは、どうして強くなったのかというジョルジュ・グレースの問い掛けに答えた。
「国家機密でーす。残念でしたー」
「この……っ!」
「うお!? キレた!?」
「キレてません!」
ジョルジュ・グレースはそう主張したが、真剣な話を茶化されたことにカチンときたというのは事実だった。
「冗談だぜ冗談。強さなんてものはな、強くなりたいって思いつつ、そんでもって死ななきゃ誰だって強くなるもんだぜ。――――知らんけど」
「……」
「何だか心配なんだよなー。嬢ちゃんみたいに真面目な奴ってさ、ぶっちゃけすぐ死ぬのよ。危なーい、危険だーって言ってるのに自分から進んで飛び込んでよ。――――別に嬢ちゃんが間違ってるとまでは言わねえが、安全な所でぬくぬく生きてても、誰も文句言わないと思うぜ。俺みたいにな」
「…………いざという時に守る力がなければ、何も守れません」
「おっしゃる通りだ。だから強くなるだけでいい。命を張る必要なんて無いって俺は言いたいんだよ。――――あ、ごめん。おじさんの説教キモイよね……。ごめんね……」
「い、いえ……」
急に落ち込んだような様子を見せたプラームに対し、ジョルジュ・グレースはそう言った。
(死ななければ誰でも強くなる、ですか……。――――要するに、強くなることと危険を冒すことは全く違うということでしょうか……? 考えたこともありませんでしたね……)
金の為、家族の為、名誉の為。
それらを理由に強くなりたいと願うのは、ジョルジュ・グレースにも理解出来ることだった。
そして半ば無意識的に、それらを手に入れる為には危険を冒す必要があるとジョルジュ・グレースは思っていた。
しかしながら、プラームが口にした強さの理由は、むしろ危険からとことん逃げるようなものだった。
命あっての物種というように、生きてさえいれば強くなれるというプラームの考え方は、今のジョルジュ・グレースに妙に突き刺さるものがあった。
「という訳で、おらよ」
「――――っ!」
次の瞬間には、一瞬にして距離を詰めたプラームがジョルジュ・グレースに剣を振るっていた。
そして、防御する為に構えられたジョルジュ・グレースの長剣とプラームの剣が激しくぶつかり合い、プラームの剣はその衝撃に耐えらずに真っ二つに折れてしまった。
「……こいつは俺の負けだな。おめでとさん」
折れた剣を手に持ったまま、プラームは肩をすくめてそう言った。




