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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
五章
119/200

【119】闘技大会⑦


 一


 統一国家ユーエスにて開催されている闘技大会の決勝トーナメント。

 厳しい試合を勝ち進み、準決勝まで駒を進めた面子が顔を揃えていた。


 騎士、ジョルジュ・グレース。

 黄金竜王、プラーム。

 暴虐の魔王、アイカ。

 槍術士、E・イーター・エラエノーラ。


 誰一人として、まぐれで片付けられる程度の実力ではなかった。


「よう嬢ちゃん。結構若そうだが、大人びてんなー。この後お茶とかどう?」

「え、えっと。遠慮させて頂きます」

「ひゅー。そりゃ残念だ」


 困惑した様子のジョルジュ・グレースに対し、プラームは大袈裟にそう言った。


「やっぱりお前も居たのか!」

「ふわ……。また、会ったね」

「おう! 戦うのが楽しみだな!」

「ふふ。そう、だね。楽しみ」


 数日ぶりの再会を果たしたアイカとE・イーター・エラエノーラは、楽しそうに笑い合った。


 二


 場所は統一国家ユーエス。

 首都ルエーミュ・サイにある闘技場の、関係者しか立ち入ることの出来ない特別な観客席にて。


「――――それで実験の結果なんだけれども、これが仮説に反して四つもの魔術回路が出来上がってしまったんだ。一応これでも動くだろうけど、無駄な魔力消費は魔術として美しくないからね。色々組み替えてやってみたんだ。そして再び起動させてみたら、思いの外良い数値が出たんだよね。しかしながら君も今感じている通り、もう少し改善出来るような気がするんだよ。出来ることなら現状最も理想的な魔術回路構築機関として扱っている”レフトデリカ”の基礎回路を弄りたくはないんだけれども、どうやらそこを何とか最適化するしかないようだ。――――カバネ氏はその辺りどう思っているんだい?」


「ああ。そうだな」


 リフルデリカのまくし立てるような説明に、鹿羽はいい加減にそう返した。


「はあ。全く君という人は……。いいかい? もう一回初めから説明するよ? 昨日から実験段階に移っている弐型攻撃魔法だけれども、どうにも魔術回路がスッキリしないんだよね。君には是非客観的な立場から、どのような方針で改善させていくべきかという――――」

「悪い。別の話題にしないか?」


 鹿羽は懇願するようにそう言った。


「そうかい? なら先日ラルオペグガ帝国から取り寄せた香辛料の話でもしようか。正式名称は失念してしまったのだけれど、寒冷な地域にのみ分布しているある植物の根っこをすり潰したものらしいね。早速調理してみたら、殆ど風味が飛んでしまったんだ。どうやら熱を加え過ぎると良くないみたいだね。ああ、そうそう。カバネ氏がこの前紹介してくれた香辛料なんだけれど、似たようなものをローグデリカ帝国でも見かけたんだよね。あの鼻に抜けていく独特の香りは癖になるよ。君の言ってた通り、これも綺麗な川上でしか採集出来ないそうだ。実に興味深い共通点だよね。きっと進化の過程において無視出来ない何かしらの要素が――――」


「……別の話題にしないか?」

「そんなこと言われても困るよ。僕が喋れることといえばこれくらいだ」

「魔法と香辛料だけかよ……」


 鹿羽は呆れた様子で呟いた。


「リフルデリカ殿は饒舌であるな……」

「リフルデリカちゃんには雑用を沢山押し付けちゃったからー、ストレスが溜まってるのかも。鹿羽君には悪いけどー、しばらく話し相手になってもらいましょ」

「はっ! 奴の話し相手とは気の毒なことだ」


 ローグデリカは吐き捨てるようにそう言うと、鹿羽は遂に観念したのか、リフルデリカの話に耳を傾けていた。


 そしてその鹿羽の傍らで、孤高の魔王フット・マルティアスは独り果実酒をあおっていた。


(…………強者の試合が見られるのはありがたいが、俺はここにいても良いのだろうか?)


 鹿羽ぐらいしか話し相手の居ないフット・マルティアスは、心の中でそう呟いた。


 三


 統一国家ユーエスで開催されている闘技大会決勝トーナメント、その準決勝第一試合が今まさに始まろうとしていた。


「ふはははは!! 今度こそ決着をつける時だな!!」

「そう、だね。負けない」


 対戦カードは、アイカ対E・イーター・エラエノーラ。


 アイカといえば、魔大陸ではその名を知らない者はいないほどの有名人であったが、ここ統一国家ユーエスにおいては無名の戦士だった。

 しかしながら、突然の腹痛によって棄権することになったヘライタに代わる形で現れ、今大会優勝最有力候補であったS・サバイバー・シルヴェスターを下したことによって、首都ルエーミュ・サイは謎の戦士アイカの話題で持ちきりとなった。

 アイカはまさに暴虐の魔王という肩書きに相応しい、嵐のような少女だった。


 対するE・イーター・エラエノーラは、ただただ強かった。

 E・イーター・エラエノーラもまた、アイカと同様に無名であったが、全ての試合を一撃で終わらせるという驚異的な戦いぶりは、もはや不敗神話という言葉を彷彿とさせていた。


 圧倒的強者の相手もまた、圧倒的強者だった。

 そんな次元の異なる実力を持つ二人の戦いが一体どんな結末を迎えるのか、と。

 闘技場を埋め尽くす観客は、戦いに巻き込まれるのではないかという僅かな命の危険を感じつつも、試合が楽しみで仕方がなかった。


「一つ! お前に聞きたいことがある!」

「ふわ……?」

「お前! 名前なんて言うんだ!?」

「あ、知らなかったんだ。えっと、エラエノーラ、だよ?」

「え、えらえらのーら……?」

「ふわ……。エル、でいいよ」

「エルか! 良い名前だな! アタシはアイカっていうんだぞ!」

「アイカ……。ふふ。良い名前、だね」

「おう! 良い名前だ!」


 二人は再び、互いに笑い合った。


 審判の男は気まずそうな表情で咳払いをすると、試合を開始する為に口を開いた。


「両者! 構え!」

「――――アイカ、強いから、本気出すね」

「む!? あの時は本気じゃなかったのか!?」

「本気だった、けど……。あれは、沢山の敵と戦う時のだから……」

「むむむ!? よく分からん!」

「見れば、分かる、かも。――――――――<プロテクションコード・”守護者/ガーディアン”>」


 E・イーター・エラエノーラがそう呟いた瞬間、E・イーター・エラエノーラの肉体は光に包まれた。


「なんだなんだ!?」


 そして次の瞬間には、先ほどの軽装備とは対照的な、漆黒のフルプレートアーマーを身に纏ったE・イーター・エラエノーラがそこに立っていた。


「ふわ……。やっぱり、重い……」


 E・イーター・エラエノーラは若干表情を歪ませながらそう言った。


 E・イーター・エラエノーラの手には巨大な盾と、いわゆる”ランス”と呼ばれる円錐型の槍が握られていた。

 それらはいずれも重厚な金属製であり、自身の鎧も加わってその総重量は計り知れなかった。


「おお! 強そうだな!」

「一対一、なら、こっちの方が強い。多分」

「そうか! 楽しみだぞ!」


 アイカはワクワクした様子でそう言った。


「ふわ……。それじゃあ、始めよ?」

「よし! でも勝つのはアタシだからな!」


 そしてアイカとE・イーター・エラエノーラの二人は一転して、真剣な表情へと変わった。


 審判の男は右腕を堂々と掲げると、タイミングを窺うかのように、アイカとE・イーター・エラエノーラの二人を見計らった。

 そして審判の男は深呼吸をした後、掲げた腕を勢い良く振り下ろした。


「――――始め!」

「行くぞ!」


 審判の男が試合開始を告げた瞬間、アイカは真っ直ぐE・イーター・エラエノーラに向かって飛び出した。

 そして盾を構えたまま動かないE・イーター・エラエノーラに対し、アイカはそのまま盾の上から思い切り殴り付けた。


 瞬間。


「――――”物理反射”」


 アイカは暴風を身に纏いながら、大地を揺るがすほどの勢いで拳を振るった。

 しかしながら吹っ飛んだのはE・イーター・エラエノーラではなく、アイカの方だった。


 予想外の出来事にアイカは驚きの表情を浮かべたが、すぐに身体をくねらせてバランスを整えると、そのまま華麗に着地した。


「な、何だ今のは!?」

「ふふ。なんだろう、ね」

「もしかして! 攻撃が跳ね返ったのか!?」

「……正解。流石、だね」


 E・イーター・エラエノーラは感心した様子でそう言った。


 ”物理反射”は鹿羽達がプレイしていたゲームに存在した、スキルの一つだった。

 その内容は、受けた物理ダメージの半分を相手にも与えるというものだった。


 体力の少ない物理アタッカーには脅威となるスキルであり、格闘術を得意とするアイカにとってすれば非常に嫌な能力だった。


「うぬぬ……」

「来ないなら、行くよ?」

「ぬ!?」


 E・イーター・エラエノーラの思わぬ能力を前に、中々攻撃に踏み出せないでいたアイカだったが、対するE・イーター・エラエノーラは互いの距離を詰める為に飛び出した。


「――――刺突」


 そして、その重装備では考えられないほどの速度で一気に距離を詰め、その手に握り締めたランスを容赦なく繰り出した。


「うお!? 速いな!」

「ふわ……。小回りは利かない、けど、直線的になら、ね」


 ランスによる突きを何とか回避したアイカは、間髪置かずにE・イーター・エラエノーラに蹴りを入れた。

 しかしながら、その威力は弱々しいものだった。


「ぐ……」

「手加減、してたら、効かないよ?」

「――――っ!」


 E・イーター・エラエノーラの挑発するかのような物言いに、アイカはハッとしたような表情を浮かべると、瞬時に距離を取った。


「――――分かった! エルの言う通りだ! 痛いのを我慢するぞ!」

「ふわ……?」

「いっぱい叩けば絶対勝てるって爺ちゃんが言ってたからな! いくぞ!」

「……我慢比べ、だね。いいよ」


 アイカは暴風を身に纏いながら、再びE・イーター・エラエノーラに向かって一直線に飛び出した。


「うおおおおおおお!!!!」


 そして、魔王の本気の一撃がE・イーター・エラエノーラの盾に叩き付けられた。


「う――――”物理反射”」

「おらおらおらおらおら!!!!」

「……っ!」


 アイカは一切の手加減をすることなく、何度も何度も拳を叩き付けた。


「はああああああああ!!!!!!」


 屈強な戦士だろうと一撃で沈めてしまうような恐るべき攻撃が、E・イーター・エラエノーラに殺到していた。


 そして、攻撃する度に大きく傷ついている筈のアイカの攻撃は、加速するように威力とスピードが増していった。


「ふわ……っ。負けない……っ!」

「はああああああああ!!!!!!」


 獣の咆哮のような叫び声を上げながら、アイカは何度も何度も拳を叩き付けた。


 そしてアイカの身体は赤い蒸気に包まれ、全ての力が込められたかのように右腕が妖しく光った。


 そして。


「――――――――魔天破岩掌!!」


 赤黒く染まったアイカの右腕が瞬いて、E・イーター・エラエノーラの巨大な盾を粉々にした。


「――――」

「は……。お前、強い、な……」


 アイカは笑いながらそう呟くと、静かに地に伏した。


 嵐のような連撃を繰り出したアイカの身体は、信じられないほどに傷付いていた。


「やめ! 試合続行可能か確認に入りま――――」

「――――ふわ」


 そして攻撃を凌ぎ切ったかのように見えたE・イーター・エラエノーラもまた、力尽きたように地に伏した。


「こ、これは……」


 闘技大会決勝トーナメント準決勝第一回戦、アイカ対E・イーター・エラエノーラ。

 両者は同時に先頭不能になった為、引き分けという結果に終わっていた。


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