【117】闘技大会⑤
一
「強く在るのが拙者の義務でござる。――――手加減は無用」
「おう! 正々堂々勝負だ!」
S・サバイバー・シルヴェスターは静かにそう言うと、暴虐の魔王アイカはニヤリと笑った。
「両者! 構え!」
そして審判の掛け声と共に、S・サバイバー・シルヴェスターは自身が持つ盾と剣を構えた。
(――――ローグデリカ様を相手にした時、拙者は何も出来なかった。あの速さに、あの攻撃に、拙者は為す術も無く敗れた……)
お互いの実力を推し量るように睨み合う中、S・サバイバー・シルヴェスターはローグデリカと対峙した時のことを思い出していた。
(拙者の弱点は間違いなく”遅い”ことでござる。しかしながら、それは容易に克服出来るものではござらん)
S・サバイバー・シルヴェスターは堅牢な防御力を持つ反面、速さのある戦いを苦手としていた。
そして、圧倒的な速さと攻撃力を持つローグデリカを相手に、S・サバイバー・シルヴェスターは全く歯が立たなかった。
S・サバイバー・シルヴェスターを創造した楓からすれば、S・サバイバー・シルヴェスターは巨大な敵との戦闘や集団戦を想定したNPCなのであって、一対一の戦いが苦手なのは仕方の無いことだった。
しかしながら、それはS・サバイバー・シルヴェスターからすれば関係の無いことだった。
自分は弱い。
弱くては何も守れない。
その事実は、S・サバイバー・シルヴェスターにとって許容出来るものではなかった。
「始め!」
「もう戦っていいんだな! よし! いくぞ!」
審判の掛け声と共に、アイカは真っ向から飛び出した。
その軌道は真っ直ぐで、あまりにも素直なものだったが、超高速で飛び出したアイカは暴風を身に纏い、そして爆音を轟かせていた。
(――――”攻防一体”の型、今こそ発揮する時でござるな)
そして、アイカの飛び蹴りがS・サバイバー・シルヴェスターに届きそうになった瞬間。
S・サバイバー・シルヴェスターは盾を構えると同時に、剣を振るった。
「――――っ!?」
そして、風を切る音が響いた。
「……感付かれたでござるか?」
「危なかったぞ! 中々やるな!」
しかしながら、アイカとS・サバイバー・シルヴェスター双方が傷つくことはなかった。
アイカの飛び蹴りがS・サバイバー・シルヴェスターに届きそうになった瞬間、危険を察知したアイカが無理矢理飛び蹴りの軌道をずらすことでS・サバイバー・シルヴェスターのカウンター攻撃を間一髪で回避していた。
(出来ることなら、一撃で仕留めたかったところでござるな……)
S・サバイバー・シルヴェスターが悩み抜いた末に辿り着いた戦い方は、とても単純なものだった。
防御してから攻撃するのでは間に合わない。
ならば、防御と同時に攻撃をすればいい、と。
S・サバイバー・シルヴェスターが新たに編み出した戦法は、まさに”攻防一体”というに相応しいものだった。
「むむむ……」
「来ないのでござるか?」
「よし! 分かったぞ! バァーンでズバーンされるなら! こっちがズバーンしてドカーンすればいい話だな!」
「……」
アイカは自信満々にそう言い放ったが、S・サバイバー・シルヴェスターには全く理解出来なかった。
「――――いくぞ!」
そして次の瞬間には、アイカの拳がS・サバイバー・シルヴェスターの眼前に迫っていた。
(甘いでござる。これなら先と変わらぬ)
アイカの攻撃は常人の目では認識すら出来ないほどに速かったが、S・サバイバー・シルヴェスターの目は確かにアイカの攻撃を見切っていた。
そして先と同様に、S・サバイバー・シルヴェスターは盾で防御すると同時に斬撃を繰り出した。
しかしながら。
「ふはははははは!! 引っかかったな!!」
アイカはS・サバイバー・シルヴェスター本体ではなく、S・サバイバー・シルヴェスターが繰り出した斬撃を弾いていた。
防御と同時に繰り出された”攻撃”を、アイカは防いでいた。
(――――っ)
「吹き飛べ!――――風神脚!」
そして、アイカによる強烈な蹴りが、体勢を崩したS・サバイバー・シルヴェスターを端の壁まで叩き付けた。
「ふはははははは!! アタシの勝ちだな!!――――あれ? まだまだ戦えそうか?」
「……生憎、身体の丈夫さなら自信があるでござる」
派手に吹き飛ばされたS・サバイバー・シルヴェスターだったが、何事も無かったかのように体勢を立て直していた。
(――――すぐに対応された、か……。まだまだ鍛錬が足りぬということでござろうな)
「お前! 強いな!」
「お主こそ見事。――――故に、負ける訳にはいかぬ」
「おう! だけど勝つのはアタシだぞ! 絶対に負けないからな!」
アイカはS・サバイバー・シルヴェスターのことを指差すと、ハッキリとした口調でそう言い放った。
二
アイカとS・サバイバー・シルヴェスターの試合は、結論から言えば、一方的な展開となっていた。
予測が付かない変幻自在なアイカの攻撃を前に、S・サバイバー・シルヴェスターは反撃の機会を見出せないでいた。
一方的に攻撃されていたS・サバイバー・シルヴェスターだったが、やはり圧倒的な耐久力と回復力の持ち主というべきか、苛烈な攻撃にもダウンすることなく戦闘を継続していた。
そして審判の男が試合開始を告げてから、およそ三十分が経過しようとしていた。
「まだ負けないのか!? お前強過ぎるだろ!」
何度も何度も攻撃を加えても、なお倒れないS・サバイバー・シルヴェスターに、アイカはそう叫んだ。
(――――戦えば戦うほど動きが良くなっているでござるな……。このままでは……)
しかしながら、全く反撃の機会を見出せていないS・サバイバー・シルヴェスターは、少なくない焦りを感じていた。
そして、試合の終わりは唐突に訪れた。
「そこまで! 時間となりましたので! 規定により審判団による判定に入ります!」
「お? なんだなんだ? 終わりなのか?」
膠着状態に陥っていたアイカとS・サバイバー・シルヴェスターの試合は、制限時間内に決着が付かなかった場合に適用される”判定”にまでもつれ込んでいた。
S・サバイバー・シルヴェスターは何となく、その判定結果がどうなるか予想が付いていた。
「――――大変お待たせ致しました! 審議の結果! 勝者エックス!」
「アタシの負けか!? なんでだ!?」
「お主の勝ちでござる。安心されよ」
「おお! アタシの勝ちか! でもアタシの名前はエックスじゃなくてアイカだぞ!?」
「……そうでござるか」
S・サバイバー・シルヴェスターは腕を組み、静かに溜め息をついた。
三
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイを一望出来る公園の丘にて。
暴虐の魔王アイカとの試合に敗れたS・サバイバー・シルヴェスターは、自身の手をじっと見つめながら、考え込むようにベンチに座り込んでいた。
「――――貴様の課題が再び浮き彫りとなったな」
「ローグデリカ様、でござるか」
「偽物で残念だったな。貴様の主君は愛する男に夢中のようだ」
S・サバイバー・シルヴェスターが忠誠を誓っている少女と同じ姿をした少女は、嫌味ったらしい口調で続けた。
「貴様が対人戦に向いていないのは、貴様自身が最も理解しているだろう。――――出来ないことに何故憧れる? 貴様が目指している”在り方”は、与えられた使命から逸脱しているとは思わないのか?」
「……守る為の力が欲しいだけでござる。拙者の使命とは、それに尽きる」
S・サバイバー・シルヴェスターは淡々とそう言った。
対するローグデリカはつまらないことを聞いたかのような様子で顔をしかめた後、それをあざ笑うかのように口を開いた。
「はっ! ならば精々足掻くがいい。現実が見えるまで、とことんな」
「……」
「――――暇な時ぐらい相手してやろう。貴様は要するに、私のような存在を殺せるようになりたいのだからな」
感情が読み取れない表情のまま放たれたローグデリカの言葉に、S・サバイバー・シルヴェスターは何も言うことが出来なかった。




