【112】祭典の予感
一
場所は魔大陸。
レ・ウェールズ魔王国にて。
鹿羽とE・イーター・エラエノーラ、そしてフット・マルティアスの三人は、テルニア・レ・アールグレイとテルニア・レ・ストロベリの二人と言葉を交わしていた。
「――――しかしまあ孤高の魔王ともあろうものが、誰かと”つるむ”なんてよ。こいつは雪が降るか?」
「見た目に反して、気の良い奴みたいだぞ。な?」
「…………あ、ああ」
鹿羽の言葉に、孤高の魔王フット・マルティアスは遅れながらも頷いた。
「これで魔王三人が同盟関係になった、と……。これは次の魔大陸会議でデカい顔出来そうだな」
「待て。俺はまだ手を組んだつもりはないからな」
「そりゃ無いぜ。なあ? フット・マルティアス」
「…………悪い。あまり巻き込まないでくれ」
「そんなこと言わないで仲良くやろうぜ……。はあ」
テルニア・レ・アールグレイは、頭を抱えながらそう言った。
「――――それじゃあ、またな」
「おう。レ・ウェールズ魔王国に尽くしたくなったら、いつでも来いよ」
「はは。そうだな」
「ふわ……。お茶とお菓子、美味しかった、です」
テルニア・レ・アールグレイと今後の予定について話し合った結果、鹿羽達は一旦、統一国家ユーエスに帰還することになっていた。
「――――<転移門/ゲート>」
鹿羽は詠唱を完了させると、目の前に次元の穴が出現した。
鹿羽達はテルニア・レ・アールグレイ達に手を振ると、そのまま次元の穴の中へ入っていった。
そして、鹿羽、E・イーター・エラエノーラ、フット・マルティアスの三人が次元の穴の中へ消えると、そのまま次元の穴は綺麗サッパリ消失していた。
テルニア・レ・アールグレイは気楽な様子で見送っていたが、対照的にテルニア・レ・ストロベリの表情は硬いものだった。
「――――兄者。これで良かったのか? 契約はまだ有効だっただろう? 戦場でトコトン働いてもらってからでも良かったのではないか?」
「良いんだよ。友好的な魔王が一人、そして孤高の魔王まで味方に付けた。十分だ」
「あまり友好的ではなかった気がするが……」
テルニア・レ・ストロベリは呆れた様子でそう呟いた。
「――――お前がどっちかの魔王とくっ付いてくれれば、もう少し友好的になってくれるかもな」
「黙れ」
「へいへい」
テルニア・レ・アールグレイは飄々とした様子でそう言った。
二
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイにて。
転移魔法によって一瞬で移動を完了させた鹿羽達は、かつて王城であったユーエス議会の上階から、ルエーミュ・サイの街並みを見下ろしていた。
「…………大きな街だな」
「そりゃ、この国で一番大きな都市だからな。首都ルエーミュ・サイ、自慢の先進都市だ」
「…………やはり、カバネはこの国の王様なのか?」
「違うさ。王様の友達の友達ってところだ。俺自身、そんなに力がある訳じゃない」
「…………魔王なのにか?」
「ああ。俺より強い奴、この国だけでも四人ぐらいは知っているな」
鹿羽は何てことない様子でそう言ったが、対するフット・マルティアスは静かに驚愕の表情を浮かべていた。
そしてフット・マルティアスは、言いにくそうに口を開いた。
「…………やはり、帰ってもいいだろうか」
「はは。全員仲間だよ。だから安心してくれ」
「…………」
そう言った鹿羽だったが、フット・マルティアスは複雑そうな表情を浮かべていた。
「――――あらー、新しいお友達ー?」
「…………っ!」
突然、背後から声をかけられ、フット・マルティアスは咄嗟に腰に差した剣に手をかけた。
「マルティアス。彼女は俺の仲間だから大丈夫だ」
「…………そうか」
鹿羽はそう言うと、フット・マルティアスは静かに戦闘態勢を解いた。
「ふわ……。マリー様、こんにちは」
「こんにちはー。エラちゃんは元気? 魔大陸はどうだったー?」
「楽しかった、です。はい」
「ふふ。良かったー」
声をかけた者の正体は、麻理亜だった。
「――――それで、鹿羽君のお友達。何だか頼りなさそうねー。ハムスターみたい」
「…………」
「麻理亜。初対面で失礼だろ」
「ごめんなさーい。――――私、麻理亜っていうの。よろしくねー」
「…………ああ」
麻理亜の表情や振る舞いは非常に親しみを感じるものだったが、フット・マルティアスはどうにも違和感のようなものを感じていた。
表面的。
或いは、得体が知れない。
或いは、親しく接しているようで、拒絶を感じる。
或いは――――。
フット・マルティアスには目の前の少女から感じる違和感の正体が何なのか分からなかったが、少なくとも仲良くなれなさそうな気がした。
「――――そうだ。麻理亜。聞きたいことがあるんだが、街で何かやる予定なのか? 戦争っていう雰囲気でもなさそうだが……」
「あー。鹿羽君、しばらく居なかったから知らなかったかもねー。国が安定してきてー、みんなハッピーだからー、お祭りをやろうってことになったの。今はその為の準備をしてるって感じかなー」
「お祭り、か。それは良い考えかもな」
「うん。結局みんな、エネルギーを発散したいだけなのよねー。革命でそれをやられるよりだったらー、みんなで楽しくお祭りしてもらった方がいいだろうし」
「……そういうことか」
「ふふ。そういうことでーす。それじゃー、麻理亜ちゃんは忙しいのでこの辺にしておくねー」
「ああ。無理はするなよ」
「鹿羽君にだけは言われたくないかなー。――――じゃあねー」
麻理亜はそう言うと、いつの間にか姿を消していた。
「…………何だか、凄まじい人だったな」
「凄い奴だよ。実際、麻理亜がこの国を回しているみたいなものだからな」
「…………それで、”ハムスター”って何だ?」
「……可愛い小動物って意味になるのかもな」
「…………そうか」
フット・マルティアスは、麻理亜という少女に見透かされた気がした。
三
鹿羽達が統一国家ユーエスに帰還して数日が経過していた。
そして、ここ統一国家ユーエス首都ルエーミュ・サイでは前々から企画されていた”フェスティバル”が開催され、大きな賑わいを見せていた。
働くのをやめ、祭りを楽しむよう広く呼びかけられた”フェスティバル”だったが、この賑わいに乗じて一儲けしようという商魂たくましい経営者達によって露店は都市郊外にも立ち並び、”フェスティバル”期間中の経済活動はかえって普段よりも活発になっていた。
「――――しかしまあ、闘技大会か……。確かにローグデリカ帝国のは見ていて面白かったけどな……」
「我も出場したかったのに、麻理亜殿に駄目だって言われたのである。鹿羽殿はおかしいとは思わぬか?」
「いや、色んな意味で駄目だろ……」
鹿羽とフット・マルティアスに加え、楓、更にはローグデリカを加えた四人は、闘技場の特別な観戦席にて、闘技大会の決勝トーナメントの開幕を待っていた。
「いい加減諦めろ。それに私達と対等に渡り合える者など、そうは居ない。仮に居たとして、闘技場で楽しく観戦することなど不可能だろうな。――――おい。これをもう一杯持ってこい」
「畏まりました」
「……なんか酒臭いんだが」
「この国の飲酒は十六歳から認められている。それにこの場所は無法地帯だ。ある意味な」
楓と同じ姿をした少女――ローグデリカは素っ気無い様子でそう言うと、その手に持ったグラスを一気に飲み干した。
「……すみません。これ下さい。マルティアスも何か飲むか?」
「…………水を頼む」
「畏まりました」
鹿羽は、最近、開発に成功したという”ジンジャーエールもどき”を注文していた。
一方、メニュー表に何が書いてあったのか良く分からなかったフット・マルティアスは、とりあえず水を注文することにした。
「――――それで、隣にいる気の小さそうな男は何者だ? 戦士としての実力はありそうだが」
「魔大陸でちょっと助けてもらったんだ。見た目はクールな奴だが、根は優しい奴だぞ」
「…………フット・マルティアスだ。よろしく頼む」
「お主が持つその魔剣……。中々に力を感じる……。いつか手合わせしてみたいものであるな!」
「…………あ、ああ」
「マルティアス。そいつはふざけてるだけだから、そんなに真面目に話を聞かなくていいぞ」
「…………そうなのか」
「酷いであるぞ!? 我はいつだって真面目である!」
「どこがだよ……」
鹿羽は呆れた様子でそう言った。
「――――魔大陸には”魔王”と呼ばれる強者がいると聞く。会ってきたか?」
「……ま、まあな。麻理亜から何か聞いたか?」
「いや、私は聞いていない。――――お前は何か聞いているか?」
「……? 我は知らないぞ? 何かあったのであるか?」
「いや、知らないならいい」
鹿羽の言葉に、楓とローグデリカの二人は訝しげな表情を浮かべたが、特に何かを言うようなことはしなかった。
(目の前にいるフット・マルティアスが実は魔王で、俺も魔王になったとか言ったら、何を言われるか……)
フット・マルティアスがホッとしたような表情を浮かべていることに気付いた鹿羽は、魔王に関する話題を避けて正解だったことを確信した。
「――――闘技大会に鹿羽殿が間に合って良かったぞ。この宴、我らだけではつまらぬからな」
「長い間留守にして悪かったな。俺も今回の遠征で疲れたんで、しばらくはこの国でゆっくりするよ」
「帰ったらゲームであるな! 勝負であるぞ!」
「はは。そうだな」
鹿羽はリラックスした様子でそう言った。
四
場所は統一国家ユーエス。
首都ルエーミュ・サイにある闘技場の、選手控え室にて。
ここルエーミュ・サイでは“フェスティバル”に際し、闘技大会が開催されていた。
そして闘技大会の予選は無事に終了し、これから決勝トーナメントが開幕されるということで、ここ控え室で待機している面々も鋭い眼光を持つ歴戦の戦士ばかりとなっていた。
そんな中、訓練の一環として半ば強制的に出場させられることになった元冒険者――アポロは、過去に冒険者パーティーを組んだかつての戦友に声を掛けていた。
「――――よう。ダンパイン久しぶりだな」
「……アポロ、カ?」
「ああ。お前が予選に出場していて驚いたぞ。言っていた仕事は片付いたのか?」
全身を鎧で包んだ元冒険者――ダンパインはしばらくアポロの全身を眺めると、鎧兜の下でゆっくりと口を開いた。
「仮面ハ、ドウシタ」
「やはりその話になるか。――――やめたんだ。もはや私を知る者も、そして私が何なのかを知る者も居ない。仮面を付ける意味など、もう無いことに気が付いたってところだな」
「……ソウカ」
「相変わらず無口な奴だな。対戦表はもう見たか? お互い勝ち抜けば、次で当たるようだ。この辺で実力の違いをハッキリさせておくのも悪くはあるまい」
「セリリハ元気カ?」
「……ああ。元気だよ。観客席にいる筈だ。暇なら探しに行くといい」
「ナラ、良カッタ」
冒険者だった頃と変わらないダンパインの振る舞いに、アポロは溜め息をついた。




