【011】最初の晩餐
一
外部の調査を終え、ギルド拠点に戻った鹿羽達は、一先ずNPCを解散させ、それぞれの自室でゆっくり休むよう指示を出した。
そして鹿羽と楓と麻理亜の三人は、再び大部屋に集まっていた。
「もう外は夕方みたいねー。時間の感覚がどうにもズレているような気がするけどー、異世界にも時差ボケってあるのかしら?」
麻理亜の手には、いわゆるタブレット端末が握られていた。
端末はL・ラバー・ラウラリーネットから渡されたもので、画面には調査した洞窟内の様子、そして森への入り口の様子が映し出されていた。
「流石にゲームとか映画鑑賞は出来ないみたいだけどー、“OS/オペレーティングシステム”とかどうなっているんだろうねー。後でラウラちゃんに訊いてみようかなー?」
麻理亜は興味深そうにタップとスライドを繰り返した。
はたから見れば、自宅でのんびりしている女子高校生にしか見えなかった。
「鹿羽殿。この後はどうするのだ? また作戦会議でも開くであるか?」
「正直、調査の続きぐらいしか思いつかないけどな。ああ、でも確かめないといけないことは色々あるのか……」
鹿羽達は、水や食料の問題、NPCの信頼性、そして外の状況に関して、一先ず問題無いことが確認出来ていた。
しかしそれは、あくまで表面上の話に過ぎなかった。
水や食料には限りがあったし、NPCに対しても長期的な意味で人間関係に気を配らなければならなかった。
更には、魔法、アイテムといった鹿羽達の常識では計り知れない概念も存在した。
そう言ったことに関しても、一つ一つ確かめていく必要はあるだろうと鹿羽は考えていた。
やるべきことが一段落したからといって、やるべきことが全て終わった訳ではなかった。
「はいはいはーい! やらなきゃいけないことあるよー?」
タブレットを片手に、麻理亜は元気な声を上げた。
「……麻理亜。なんだ?」
「外はもう夕方なんだからさー。健康で文化的な生活を送る為にー、やらなくちゃいけないことがあるよね?」
麻理亜の問いかけに対し、鹿羽と楓は明確な返答をすることが出来なかった。
「もー。一日が終わろうとしてるんだからー。“夕食の時間”だよね?」
日が傾き、暗くなった外の様子をタブレット端末で見せながら、麻理亜はそう言った。
二
場所はギルド拠点内部、調理室。
少女――麻理亜は鼻歌を奏でながら、ご機嫌な様子で野菜に包丁を入れていた。
「ふんふんふふんふーん。――――あら、ごきげんよう」
何かに気が付いたのか、麻理亜は手を止めて振り返った。
振り返った先には、長い金髪を片側に結んだ可憐な女性が立っていた。
「マリー様。私が調理致します。どうぞ、お部屋で休まれて下さい」
「えー。でもー、もう作り始めちゃったしー。私は料理するの“嫌いじゃない”んだよねー。えっと、シャーちゃんで良いのかな?」
可憐な女性の名は、C・クリエイター・シャーロットクララ。
鹿羽と麻理亜が共同でデザインした、魔術師系のNPCだった。
麻理亜の砕けた様子に態度を改めることなく、C・クリエイター・シャーロットクララは丁寧な姿勢を貫いた。
「私の呼び名に関しましては、ご自由にどうぞ」
「そんなこと言われたら意地悪したくなっちゃうんだけどねー」
麻理亜はそう言うと、再び手を動かし始めた。
沈黙が調理室を支配した。
C・クリエイター・シャーロットクララは後ろから麻理亜を見つめたまま、何も言わなかった。
対する麻理亜も手を動かしながらも、口を開く様子は無かった。
沈黙はしばらく続いた。
この場の雰囲気に耐え切れなくなったのか、麻理亜はようやく口を開いた。
「そうそう。世の中のありとあらゆる事柄ってさー、勿論例外は多々あると思うんだけどー、殆どが一人でやった方が早いと思うんだよねー」
「……そうかも、しれません」
「でもねー、じゃあ早ければ良いのか、効率的でさえあれば良いのかって思うのよねー。無駄を省いて、ぜーんぶ一人でこなして、その先に残るものって一体何なのかしら?」
C・クリエイター・シャーロットクララは返答に困った様子を見せた。
麻理亜の言っていることが、とりとめのない雑談なのか、調理に関することなのか、それとも遠回しに提案を拒否しているのか、C・クリエイター・シャーロットクララには分かりかねた。
「私から言わせればー、お料理は“無駄”だと思うの。だって必要ないもんね。生命の成り立ち、宇宙という膨大無限の歴史の中で、料理なんて塵芥に等しい、短い歴史だわ。生きていく上で料理なんて要らないと思うの。栄養補給の過程に、さして意味は無いんじゃないかなって」
吐き捨てるような口調だった。
料理をしながら、料理を無駄と称する麻理亜の姿は、表現し難い矛盾のようなものをC・クリエイター・シャーロットクララに感じさせた。
「お言葉ながら、では、どうしてマリー様はお料理を?」
「ふっふっふー。ごめんね? 貴女のような口が堅くて、かつ考えを巡らせてくれそうな人を前にしちゃうと、こうやって暴走しちゃうの」
C・クリエイター・シャーロットクララの質問に、麻理亜が答えることは無かった。
「知ってた? 料理って二人でも出来るのよ?」
三
場所はギルド拠点内部、調理室近くの飲食スペース。
麻理亜に調理室から追い出された鹿羽と楓は、談笑に耽っていた。
「麻理亜の手料理か。最後に食べたのは何年前だ?」
「二年ぐらいになるであろうか……。至上の晩餐であったと記憶している」
「麻理亜は本当に器用だからな。少しは見習ったらどうだ?」
「無理である!」
「はは! 俺も無理だ」
少年少女の楽しそうな笑い声が響いていた。
四
「あら。とっても手際が良いのねー。誰に教わったの?」
「いえ……。書庫に保管されている教本を参考に」
「ふーん」
麻理亜は手を動かしながら、C・クリエイター・シャーロットクララに対して相槌を打った。
そして、切り返すように質問を投げかけた。
「“今まで”も、こうして料理していたのかしら?」
麻理亜がそう言った瞬間、C・クリエイター・シャーロットクララの手がピタッと止まった。
それは一瞬の硬直だった。
「……やっぱり思うところがあるのかしら? シャーちゃんは――――いや、貴女達は、今まで何をして過ごしてきたのかしらね?」
麻理亜は畳み掛けるように言った。
対するC・クリエイター・シャーロットクララは、直ぐに返事を返すことが出来なかった。
「……もし、見当違いの返答でしたら申し訳ございません」
「んー? 聞いてみないと分からないしー、そもそも何のことー?」
麻理亜は意地悪な表情を浮かべながら、そう言った。
C・クリエイター・シャーロットクララは躊躇ったような様子を見せると、意を決した様子で口を開いた。
「私は、私自身の過去に僅かな違和感を抱いています。私がカバネ様とマリー様によって創造されたことは疑いようのない事実……。しかしながら、それ以外の……。魔術師である私が魔法を使ってきたのか、料理をする私が本当に料理をしてきたのか……。自分の認識と記憶のズレに、戸惑う時はあります」
「それっていつからー?」
「お恥ずかしながら、“今日から”、でしょうか」
その表情は、言葉とは裏腹に葛藤を感じさせるものだった。
「今日になって初めて、本当のマリー様、カバネ様、メイプル様にお会いできたような気がするのです。――――すみません。私がこのような、根拠に乏しい戯言を申すべきではないのですが……」
自嘲するように、C・クリエイター・シャーロットクララは笑った。
「どうして謝るの? とっても素敵なことじゃない?」
「……素敵、ですか」
「私がシャーちゃんに会えたのも。そしてシャーちゃんが本当の私達に会えたのも。何なら、ギルドの皆がこうして集まれたのも。きっと、とてもとてもとっても素敵な偶然だわ」
麻理亜の反応が意外なものだったのか、C・クリエイター・シャーロットクララは驚いたような表情を浮かべた。
「私はねー、この素敵な偶然を終わらせたくないの。信じられないくらい長い間――永遠って言っても良いかな。この素敵な世界を、守っていきたいの。シャーちゃんは、分かってくれるかしら? いや、分かってくれるよね?」
麻理亜は手を止めて、けれどもC・クリエイター・シャーロットクララの方を決して見ることなく言い放った。
「私に出来ることであれば、何でも」
「……そう。なら、良いんだけれど、ね」
僅かに疑いの気持ちが込められたような、暗い声だった。
麻理亜の止まった手が、再び動き出した。
一瞬だけ顔を覗かせた暗い表情の麻理亜は、もう何処にもいなかった。
「さ、早く作らなきゃ。鹿羽君達も待ちくたびれているだろうしねー」
五
「鹿羽くーん。楓ちゃーん。ご飯出来たよー」
「思ったより早かったな。取りに行った方が良い感じか?」
「ううん。大丈夫だよー。今から運ばれてくると思うからさー」
麻理亜が言い終えた瞬間、蓋付きの銀皿が浮遊しながら現れ、長テーブルの上に着地していった。
「な、何事か!?」
「随分と魔法を使いこなしてるな。もしかして魔法で料理したのか?」
「練習もしないでそんな無謀なことはしないよー。実は頼もしい助っ人が麻理亜ちゃんをアシストしてくれたのでしたー。シャーちゃーん、入ってこないのー?」
麻理亜はよく通る声で、この部屋の出入り口の向こうにいるであろう“誰か”に呼び掛けた。
すると、申し訳なさそうな表情を浮かべた女性――C・クリエイター・シャーロットクララが、そそくさと鹿羽達の前に現れた。
「いえ、御方々の団欒をお邪魔する訳には……」
「んー? 料理は四人分ある筈よね? 随分と察しが悪いような気がするけどー?」
「もしかして、私の分だったのでしょうか?」
「雇われて仕方なく作っているなら理解出来るけどー、普通、お料理って自分の分も作るのよ?」
「……左様でございましたか」
「はい、分かったらお席に着こうね?」
「……畏まりました」
麻理亜に促されるまま、C・クリエイター・シャーロットクララは席に着いた。
「皆様と同じ席に着くことを、お許し下さいませ」
「こちらこそ、麻理亜が迷惑を掛けたようですまない。何か変なことは言われなかったか?」
「……いえ」
「鹿羽くーん。変なこと言わないでねー」
釘を刺すような発言に、鹿羽は溜め息で応じた。
最後に麻理亜が席に着くと、銀皿に被せられていた蓋が浮遊し、部屋の外へと移動していった。
その非現実的な光景を眺めながら、鹿羽はC・クリエイター・シャーロットクララに声を掛けた。
「魔法、だよな」
「はい。カバネ様には遠く及びませんが、些事はお任せ下さい」
(同じことをやれって言われたら、正直不安があるけどな……)
確かにゲーム上ではC・クリエイター・シャーロットクララより“カバネ”の方が優れた魔術師であったが、鹿羽が魔法を使えたのは今日初めて確認出来たことであり、日常生活において便利に使いこなせるかどうかは別の話だった。
「それじゃー、お手々を合わせてー」
「頂きます」
麻理亜の合図と共に、食事が始まった。
六
「シャーロットクララよ。一つ気になったのだが……。皆、普段の食事はどうしておるのだ?」
「私含め、おそらく食事は取っていないと思います」
「……っ! 食事を取らなくても良い、ということであるか!?」
「はい。活動の為のエネルギーは魔力があればこと足りますので……。皆様にお仕えする者で、生命維持に食事を必須とする者は居ないかと」
(確かに、この世界に来てから喉が渇いただとか、腹が減ったというのは感じなかったな……。確保しなければならないと思って水と食料の確保に奔走した訳だが……、必要なかったのか?)
表情にこそ出さなかったものの、C・クリエイター・シャーロットクララの語ったことは鹿羽にとって衝撃的な内容だった。
「無論、食事から栄養を補給することは出来ます。ただ、ギルドの財産である食料を勝手に頂くことは許されませんので……」
「倉庫にある食材は腐らないのよね?」
「はい。必要に応じて、保存や冷却の術式が発動している筈です。数百年と言われれば話は別ですが、しばらくは問題ないかと」
「数百年なら安心ね」
(その前に俺達が腐り落ちそうな気がするが……)
麻理亜とC・クリエイター・シャーロットクララが作った家庭料理は、鹿羽にとっても、とても美味しいものだった。




