【106】海を越えし傭兵
一
場所は魔大陸。
レ・ウェールズ魔王国とアルヴァトラン騎士王国の境界線近くにて。
鹿羽とE・イーター・エラエノーラ、そしてテルニア・レ・ストロベリの三人は、高台から、何処までも続いているように見える平地を見下ろしていた。
そして、平地の何処を見ても戦士と戦士がぶつかり合っているという光景を前に、鹿羽は静かに息を呑んでいた。
「凄い光景だな……」
「ふわ……。楽しそう……」
(楽しそう……?)
E・イーター・エラエノーラがふと呟いた言葉に、鹿羽は一瞬違和感を抱いたが、口に出すことの程ではないと判断し、特に何も言わなかった。
「――――そちらの大陸では滅多なことがない限り、このように争わないと聞く。それは本当か?」
「いや、戦争は普通にあるみたいだぞ。ただまあ、何十年も何百年も同じ場所で同じように戦い続けるってことは流石に無いな……。――――兵が居なくなるってことはないのか?」
「……? 子が生まれ、ある程度育てば、兵士にはなるだろう」
「…………そうなのかもな」
鹿羽は、テルニア・レ・ストロベリとの価値観の大きな違いに気付くと、曖昧にそう呟いた。
話を聞く限り、魔大陸に暮らす者にとって戦いというものは身近なものらしかった。
反戦主義が浸透した社会の中で育った鹿羽には、にわかに信じ難い話であったが、地域や文化が違えば、そういった考え方もあるのかもしれないと何となく思っていた。
そして鹿羽は、その価値観に賛同することが出来ないでいた。
「――――それで、どうすればいい? 何処をどう守ったほうが良いとか無いのか?」
「領土に侵入した敵は我々の方で片付ける。お前達にはとにかくここにいる敵の数を減らして欲しい」
「随分とざっくりとしているな……。――――青いスカーフを巻いているのが味方か?」
「ああ。その通りだ。流石に分かるか」
テルニア・レ・ストロベリはそう言うと、腰に付いたポーチから青いスカーフを二つ取り出し、鹿羽達に差し出した。
鹿羽とE・イーター・エラエノーラの二人は、受け取ったスカーフを首に巻いた。
「E・イーター。召喚系の魔法で様子を見よう。わざわざ近くで戦う必要はない」
「はい……。分かり、ました」
「それじゃあ始めるか」
鹿羽はそう言うと、魔力を集中させた。
そしてE・イーター・エラエノーラもまた、魔力を集中させた。
「――――<骸兵行進曲/アンデッドマーチ>」
「ふわ……。――――<召喚:深淵の暴食鬼/サモンズ・ゲレフリキ>」
鹿羽は巨大な魔法陣と共に詠唱を口にした。
その瞬間、鹿羽の魔法陣からは、おびただしい数の骸骨が出現した。
一方、E・イーター・エラエノーラは地面に槍を突き刺すと、これもまた巨大な魔法陣と共に詠唱を口にした。
そして、E・イーター・エラエノーラの魔法陣からは、二つの頭部を持つ巨大な狼が姿を見せた。
「――――青いスカーフを身に着けた者”以外”を倒せ」
「カバネ様と、同じ命令を、遂行して」
そして、それぞれの主君の命令を聞き届けると、骸骨達と巨大な狼は戦場へと駆けた。
「――――傭兵だというのに自分達は戦わないのか?」
「戦い方は人それぞれだろ。――――それに、これで十分かもしれないからな」
「……どうだかな」
テルニア・レ・ストロベリの口調は、どこか否定的だった。
二
かつて、二つの大国が戦争を始めた。
その大国の名は、統一国家ユーエスとリフルデリカ教皇国。
両国の兵力は強大かつ均衡しており、戦争ともなれば双方に甚大な被害をもたらす総力戦になる筈だった。
その筈だった。
統一国家ユーエス側に突如として現れた、謎の魔術師二人。
その二人の正体を知る者は、リフルデリカ教皇国はおろか統一国家ユーエスにも殆ど居なかったが、その二人が放った魔法は言葉では表現し切れないほどに凄まじいものだった。
”骸兵行進曲/アンデッドマーチ”。
闇の属性魔法において最上位に位置するとされる、おびただしい数の”生き死体/リビングデッド”を呼び寄せる伝説の召喚魔法だった。
その魔法によって出現した骸骨の軍団は、リフルデリカ教皇国の屈強な兵士達を容易く飲み込んでいった。
そして統一国家ユーエスは一切の犠牲者を出すことなく、戦争に勝利していた。
そんな、国家間情勢を大きく揺るがすほどの大魔法が、ここ魔大陸にて再び猛威を振るっていた。
「――――うおおおおおおお!!!!」
隆々とした筋肉を持つ大男がその手に握りしめた棍棒を振るい、”骸骨戦士/スケルトンウォーリアー”の頭部を砕いた。
「はっ! 骨のねえ奴だな!」
大男は興奮した様子でそう叫んだ。
しかしながら、次の瞬間にはその男の首が消し飛んでいた。
「――――命ヲ捧ゲヨ……」
すぐそばで”骸王/デスキング”が大剣を構えていたことに、その大男が気が付くことは永遠に無かった。
かつての戦争とまではいかなかったものの、死の軍勢は着実に戦場を飲み込もうとしていた。
三
「――――ふわ……? カバネ様。”深淵の暴食鬼/ゲレフリキ”ちゃんが、何か、感じ取っています。何でしょう……?」
「……? 特に何も感じないが……」
「ふん。案外、獣の勘というものは当てになるのかもしれないな」
「……ふわ?」
E・イーター・エラエノーラが召喚した”深淵の暴食鬼/ゲレフリキ”は、その圧倒的な体躯を存分に振るって、戦場にいた戦士達を一方的に喰らっていた。
しかしながら、”深淵の暴食鬼/ゲレフリキ”は何か気になることがあるのか、周辺の様子を窺うように何度も何度も辺りを見渡していた。
瞬間、E・イーター・エラエノーラは何かに気付いた様子で、空の彼方を見据えた。
「――――――――カバネ様。私、戦ってもいいですか?」
「……ああ。無理はするなよ」
「はい。無理、は、しません」
E・イーター・エラエノーラはそう言うと、静かに飛び出した。
次の瞬間、”何か”が驚くべき速度で”深淵の暴食鬼/ゲレフリキ”に飛来すると、そのまま”深淵の暴食鬼/ゲレフリキ”の巨大な体躯を押し潰し、絶命させてしまった。
「ふはははは!! 面白いことが起きてるな! アタシも混ぜろ!」
ハツラツとした少女の声だった。
少女は伸び切った髪を強引に纏め上げ、擦り切れた衣服を身に着けていた。
そんな少女が巨大な狼の死体の上で叫ぶ様子は、非常に野性的に見えた。
そんな少女の前に、E・イーター・エラエノーラは静かに立ち塞がった。
「――――私が、相手。貴女を、倒す」
「お? 中々強そうだなお前!――――アタシも強いけどな! わははははは!!」
「負けないよ? だって、それが役目」
「おう! アタシだって負けないぞ! だってアタシは魔王だからな! ふん!」
「ふわ……? 魔王……?」
E・イーター・エラエノーラは首をかしげながら、そう呟いた。
戦場の真ん中で会話を交わす少女とE・イーター・エラエノーラを遠目に眺めながら、鹿羽はテルニア・レ・ストロベリに対して質問を投げ掛けた。
「――――とんでもない威圧感だな……。知ってるか?」
「知ってるも何も、アイツの為に貴様らはここに来たんだ。――――彼女の名はアイカ。蛮族グランクランを実質的に支配する、知性の欠片も無い暴虐の魔王だ」
テルニア・レ・ストロベリは吐き捨てるようにそう言った。
(蛮族、知性の欠片も無い、暴虐の魔王……。――――要するに”馬鹿”って言いたいのか?)
「――――とにかく、抗い難い嵐のような奴だ。奴による被害を減らしてくれれば、こちらとして言うことは何も無い」
「戦い慣れしている魔大陸の連中の中でも有名人ってことは、相当強いんだろ?」
「馬鹿だろうが何だろうが、魔王として長いこと生き残っている。それが意味することは一つの単純な事実だけだ。――――貴様の部下は死ぬかもな」
「――――俺の目の前では死なせないさ」
鹿羽は固い決意を感じさせながら、そう言った。




