【102】パブリックガーディアン④
一
場所はリフルデリカ教皇国。
とある場所にて。
L・ラバー・ラウラリーネットとT・ティーチャー・テレントリスタンの二人は、ある任務の為にこの場所を訪れていた。
「――――芸術すなわち偉大。やはり歴史ある建物は趣があって大変良いものですね。心が洗われます」
「それは任務に関係あることデスカ? T・ティーチャー・テレントリスタン」
「……やれやれ。この感情を共有出来ないのは実に口惜しい。使命に対して忠実かつ誠実な貴女の態度は大変素晴らしいものですが、少しくらいは肩の力を抜かないと」
「だから仕事が出来ないのではないデスカ?」
「結論すなわち辛辣。これは手厳しい」
L・ラバー・ラウラリーネットの叩きつけるような言葉に、T・ティーチャー・テレントリスタンは肩をすくめた。
二人の周りを見渡すと、幾つもの遺体が地に伏していた。
遺体はまだ新しく、温かかった。
そして、確実に息の根を止められていた。
「……一つ疑問なのですが、我々の力をもってすれば黒の教会の残党など容易く対処出来た筈では? 戦後、早急に殲滅した方が良かったと私は思うのですが……」
「理由は膨大にありマス。知りたいのであれば、どうぞ勝手にC・クリエイター・シャーロットクララに尋ねて下サイ。――――私から一つ、あえて挙げるとすれば、黒の教会など取るに足らないということだけデス」
「ふむ……。状況すなわち複雑。C・クリエイター・シャーロットクララの判断は実に驚異的な成果を上げますが、その中身を理解するのにいつも苦労させられます。――――彼女が裏切らなければいいのですがね」
「有能な敵と無能な味方、果たしてどちらの方が厄介なんでしょうカ?」
「……もしかして私のことでしょうか?」
「自覚があるのにもかかわらず、改善の兆しが見られないというのは実に残念なことデスネ」
「これは手厳しい」
T・ティーチャー・テレントリスタンは再び肩をすくめた。
そんなT・ティーチャー・テレントリスタンを一切気にかけることなくL・ラバー・ラウラリーネットはタブレットのような携帯端末を取り出すと、表情を歪めて舌打ちをした。
「どうかしましたか?」
「――――元王女が誘拐されたようデス。流石に残党如きに後れは取らないだろうと最低限の期待はしていたのデスガ……、やはり使い物になりませんネ」
「詳しくお聞かせ願っても?」
「訓練の一環として、誰にも悟られぬ形で護衛任務をこなすよう命じていたのデスガ、正規の護衛に見つかって牢屋行きという結果となったようデス。そして誰一人元王女を守れなかったということデスネ」
L・ラバー・ラウラリーネットは淡々とした口調で言ったが、T・ティーチャー・テレントリスタンにはL・ラバー・ラウラリーネットがどこか苛立っているように見えた。
「ふむ……。我々が助けに行かなくて良いのですかね? ただの小娘とはいえ、いまや国家の象徴的存在でしょう。誘拐され、仮に殺されてしまっては不味いのでは?」
「……? 蘇生すれば良いだけの話デショウ?」
「不死すなわち驚嘆。死んだ筈の彼女が生き返るというのは、民衆から見ても不味いのでは?」
「それは問題ありマセン。せいぜい神の奇跡を彼女に重ねるだけデショウ」
「――――というのは、貴女自身の考えでしょうか?」
「私はデータと理論から結論を出しているに過ぎマセン。それを私の意見かどうかは勝手に解釈して下サイ。――――他人の粗探しをする暇があったら、お願いですから仕事をして下サイ」
「……おっと。それは申し訳ございません」
T・ティーチャー・テレントリスタンは再び肩をすくめた。
二
場所はリフルデリカ教皇国。
ヨークという都市の郊外にある洞窟にて。
「――――よう。良い仕事するじゃねえか。本当に王女様を攫ってくるなんてよ」
「黙れ……。貴様らのような卑しい存在と手を組んだのは……、作戦の成功率を少しでも上げる為だ……」
「はっ! 国家権力にたてつくような真似をしといて俺達を見下すとは……、同族嫌悪って奴か? ウケるな」
「……」
一人の男は笑っていたが、もう一人の男は決して笑う様子はなかった。
「――――こんなことをしても、何の解決にもなりませんよ」
「おっと。目が覚めたか。――――俺達としちゃあ金がもらえれば満足なんだわ。悪いな」
「……報酬とは然るべき段階を踏んでこそ支払われるものです。このような行為は決して許されません」
「随分と活きが良いな。自分の状況分かってんのか?」
「生き残りたい訳ではありません。今すぐ開放すれば処刑は免れるでしょう。私はあなた方を心配して――」
両手両足を縛られ、まともに動けないグラッツェル・フォン・ユリアーナが言い終えようとした瞬間。
「――――ならば望み通り殺してやろう! この死神が!」
一人の男を見下すような発言をしていた男は短剣を取り出すと、豹変したように叫んだ。
「待てよ。まさか殺す為だけに誘拐したとか言うんじゃねえだろうな?」
「いずれ殺す……っ。必ず殺す……っ。早いか遅いかの違いだ……っ!」
「はあ……。依頼主は頭がおかしくなってるわ、被害者もお花畑だわ、ロクな仕事じゃなかったみてえだな。こりゃあ失敗したか?」
「……警告だけはしておきます。こんなことをしても何の解決にもなりません」
「解決にはならなくても影響は与えられるんじゃねえのか? 王女様が死ねば、流石に国が揺れんだろ。違うか?」
一人の男は確信めいた様子でそう言ったが、グラッツェル・フォン・ユリアーナが頷くことは遂に無かった。
「――――訂正しておきます。“何の意味”もありません」
「……? お花畑な上に自己評価が低いと来たか。いよいよ仕事のし過ぎでおかしくなったか? それともおかしいから仕事が出来んのか?」
「事実を話したまでです。――――――――信じて頂けなかったようですが」
グラッツェル・フォン・ユリアーナがそう言った瞬間。
「――――予測すなわち的中。彼女の言う通り、私の方が早かったようですね」
頭部を鎧兜で覆っている大男――T・ティーチャー・テレントリスタンが感心した様子で独り言を呟いた。
「……っ!? おい! 見張りは何をしていた!?」
「貴方達の味方は仕事を全うし、そして無事に殉職致しましたよ。――――ご安心下さい。一切の苦痛が無いように殺しましたし、死体も残しておりません」
慌てふためく男に対し、T・ティーチャー・テレントリスタンは何事もなかったかのようにそう説明した。
「死神の手先め……っ! 貴様も最大の苦痛を与えてから殺してや――――」
「――――殺すのに苦痛は必要ありません。違いますか?」
「か――――っ」
「感じますね。強い強い憎しみが。――――貴方ほどの死霊魔術師……、道を間違えなければ大変素晴らしい人生となっていた筈。やはり憎悪とは……、忌むべきものです」
もう一人の男は強い怒りを露わにしたが、気付いた時には幾つもの長剣が男の腹に突き刺さっていた。
尋常ではない量の鮮血が男の腹から溢れ出したが、それにもかかわらず男には一切の痛みを感じることが出来なかった。
ただ、強烈な冷たさと暗さの中、意識が遠のいていく感覚があるのみだった。
「か、は――――っ」
「実に……、そうですね。残念です」
「き、さま、に、なにが、分かる……っ」
「理由すなわち不明。理解に苦しむからこそ、そう思うのですよ?――――では、おやすみなさい」
「――――」
そして、男は静かに意識を手放した。
「……なあ、聖騎士さんよ。見逃してくれないか? 俺はそいつに騙されただけなんだ」
「騙された……? どのように騙されたのでしょうか? 具体的に言って頂けると幸いです」
「王女様に危害を加えるつもりは無かったって話だよ。殺すのだけは勘弁してくれねえか?」
「……ふふ。これは失礼。私は聖騎士などという大層なものでも、そしてこちらの方に忠誠を誓っている訳でもございません。極端な話、彼女がどうなろうと私にはどうでも良いことです」
「俺らと同じ傭兵って訳か? それも相当深いところをやってそうだな……」
「くく……、ははは! 本当にすみません。真剣な人をからかうのはやはり面白い。――――――――いいですよ。助けてあげます」
T・ティーチャー・テレントリスタンは笑い声を上げると、優しそうな口調でそう言った。
「……悪いな」
「いえいえ。――――――――貴方も救済されるべき対象ですからね」
「――――え?」
瞬間、先ほどと同じように、幾つもの長剣が男の腹を貫いた。
「て、てめ――――っ」
「記憶を消去し、解放させてあげることも出来たのですが……。貴方はいつ、どこでいなくなっても問題にはならない。そしてそもそも、そういったことをする義理も私にはありません。ならば手っ取り早く消し去ってあげた方が世の為人の為になるでしょう」
「うそ、つきやがった、な……っ」
「疑念すなわち否定。貴方は少し罪を重ね過ぎました。それに、“死”が救済というのはありふれた話でしょう。――――嘘ではございませんよ」
「――――」
そしてその男もまた、大量の鮮血をばらまきながら地に伏した。
「――――これで終わりですかね。確かにまあ、取るに足らないからこそ、放置したくなる気持ちも分かりますが……」
「これが貴方の正義なのですか?」
呆れた様子で首を左右に振ったT・ティーチャー・テレントリスタンに対して、グラッツェル・フォン・ユリアーナは問い詰めるように声を掛けた。
「……悪を罰するのが正義なのかどうか。実に難しい命題ですね。そもそも悪とは何なのか、生きる為に犯した罪は悪か、罪という基準を定める法とは何なのか……。ふむ」
「貴方のやったことは一方的な虐殺にしか見えませんでした。それが正しい行いなのですか?」
「私はそう思いますけどね。――――逆に貴女様の場合は、権力に目が眩み、多くの犠牲を容認した野心家にしか見えませんが」
「……っ」
「冗談です。そう傷付かないで下さい。貴女様が役に立っていることは紛れもない事実なのですから、胸を張っても良いのでは?」
「……」
「おや、嫌われてしまいましたか」
T・ティーチャー・テレントリスタンは全く気にする様子を見せずにそう呟いた。
その瞬間、激しい足音と共にミュヘーゼ達が現れ、次々と剣を構えた。
「――――動くな! 武器を捨てて彼女から離れろ!」
「……おや。実にタイミングが悪い。少し長居し過ぎてしまったようですね」
T・ティーチャー・テレントリスタンは再び、気にする様子を見せずにそう呟いた。




