【101】パブリックガーディアン③
一
「すまない……っ。ユリアーナ様が攫われた……っ」
グラッツェル・フォン・ユリアーナの側近――ミュヘーゼは悔しさを滲ませながらそう言った。
しかしながら、ジョルジュ・グレースは間髪置かずに口を開いた。
「そんなことしている暇があったら探しましょうよ! まだ近くにいるかもしれないじゃないですか!?」
「出来ることは全部やった! ユリアーナ様の位置が全く把握出来ないんだ! これほどの死霊魔術を扱える相手なんだぞ!? 闇雲に探したって見つかる訳ないだろう!?」
ミュヘーゼは感情を露わにしながら、吐き捨てるようにそう言い放った。
しかしながら、ミュヘーゼはすぐにハッとしたような表情を浮かべると、申し訳なさそうに口を開いた。
「――――すまない。私の責任なのにもかかわらず……」
「……責任なら私にもあります。――――ですが、それを今ここで話し合ったところで、どうしようもありません。それに見つかる可能性が低いからと言って、ここで大人しくしていい理由にはならない筈です。ミュヘーゼ様」
「君の言う通りだ。私としたことが、少し動揺してしまったらしい。――――だが具体的にどうすればいい? 相手側に私以上の魔術師が居ることぐらいしか分かっていないぞ」
「……相手に心当たりはないのですか? ミュヘーゼ様に匹敵する魔術師となれば無名なんてことはないでしょうし、それに一国の代表者を狙うほどの危険を冒す者なんてそうは居ない筈です。例えば……、ユリアーナ様に恨みを持つ人物とか……」
ジョルジュ・グレースの言葉に、ミュヘーゼは顎に手を当てて考え込むような素振りを見せた。
「――――心当たりが無い訳ではない。だが……」
「教えて下さい。もしかしたら手掛かりに繋がるかもしれません」
ジョルジュ・グレースの言葉に、ミュヘーゼは気が進まない様子で口を開いた。
「……かつてリフルデリカ教皇国に黒の教会という組織があった。戦後交わされた協定によってその組織は解体されたのだが……。もしかしたらその残党かもしれない」
「黒の教会、ですか……」
「だがそれだけだ。仮に黒の教会の者だったとして、今何処でどのように活動しているかなんて見当も付かない。せいぜい相手側に優れた魔術師がいるということに多少の説得力が生まれるだけだ」
ミュヘーゼは少し残念そうに言った。
黒の教会は、統一国家ユーエスとリフルデリカ教皇国との戦争によって、事実上解体されていた。
仮に黒の教会の存続と繁栄、或いは復活を望む者が今も存在しているとすれば、そういった者達が先の戦争を主導したと“されている”グラッツェル・フォン・ユリアーナを恨むというのは決して不自然な話ではなかった。
しかしながら、黒の教会はもう何処にも無かった。
グラッツェル・フォン・ユリアーナの誘拐が、かつての黒の教会メンバーによる犯行だったとして、今のミュヘーゼ達が出来ることなど一つも存在していなかった。
「――――――――あ、あのー。真面目に話してるとこ悪いんだけどさ、ちょっと話聞いてくれない?」
もう打つ手が無いのではないかという暗い雰囲気がミュヘーゼ達を包み込もうとしていた時、牢屋に入れられた筈のリュードミラ達が遠慮がちに声を掛けていた。
「あ、貴女達は……っ!」
「ちょ、ちょ、ちょい待ってって! 私達アンタ達の味方だから! マジマジ!」
ジョルジュ・グレースが剣を構えながらそう言うと、リュードミラは慌てた様子で両手をブンブンと振りながら釈明した。
「……ここにわざわざ顔を出してきたということは、何か言いたいことがあるんだろう。早く言ってくれ」
「おお! 話が分かる人がいて良かったー!――――えっとね、私達はこういうことに関しては大得意だから任せて欲しいって話なんダケド……。えっとね、協力しながらお互い邪魔せず仲良くやろーって話なんダケド……」
「リュードミラ様。めっちゃ話分かりにくいっス。びっくりっス」
「ならアンタが説明しろよー! 文句ばっか言ってたって何にもならないんだぞー!」
部下の男――テレフォンに対して、リュードミラは怒った様子でそう叫んだ。
テレフォンはリュードミラに対して一切動じる様子も見せず、リュードミラに代わって淡々と説明を始めた。
「――――申し訳ないっスけど、話は聞かせてもらったっス。王女様が攫われたんスよね。実はあっし、魔法の逆探知に関しては自信があるっス。死霊魔術を使った相手なら確実に位置を特定出来ると思うっス。だから任せて欲しいって話っス」
「……だが君達に一体何の利益があるというんだ? どうして私達に協力するのかが理解出来ん」
「その質問はイマイチっスね。王女様ってだけで助ける価値はある筈っス。それに、協力して欲しいだなんて一言も言ってないっス。邪魔して欲しくないだけで、あっしらだけでも王女様を助けに行くっス」
「ま、待って下さい。信用なんて出来ません」
「……信用も何も、お宅らに選択肢なんて無いと思うっスけどね。闇雲に探すぐらいなら、あっしらを頼った方が現実的なんじゃないっスか?」
「……っ」
テレフォンの畳み掛けるような言葉の数々に、ジョルジュ・グレースは反論することが出来なかった。
「――――随分と弁が立つな貴様」
「お宅みたいな美人さんに言われると照れるっス」
「……」
そしてミュヘーゼの言葉に対しても、テレフォンは慣れた様子でそう言った。
「ねえ、まるで私が一番駄目な人みたいな空気になってない? 気のせい?」
「大丈夫っス。問題無いっス」
「私の部下なら否定ぐらいしろよコノヤロー!」
リュードミラは再び怒った様子で叫んだ。
「――――みんな。どうやら我々はこの男達を頼りにするしかないらしい。構わないか?」
「……あまり気は進みませんが」
「別に信用してもらいたい訳じゃないっスよ。そこんとこ、よろしくっス」
「怪しい素振りを見せれば、問答無用で斬り捨てるからな。覚悟しておけ」
「怖いこと言うっスね。でも戦いに関して言えば、あっしらは何にも出来ないっスから安心して欲しいっス。――――あ、斬り捨てるならあっし以外をお願いするっス」
テレフォンは冗談めいた様子でそう言った。
「御託はいいから早くしろ」
「……っス。――――<高度魔法統計解析/アナライズプログラム>」
ミュヘーゼに強く言われたテレフォンは一転集中した様子で詠唱を行った。
「お、魔法っぽい」
「あー、見つけたっス。――――<簡易魔法阻害術式/バグプログラム>――――刺さったっスね。我ながら完璧な仕事ぶりっス」
テレフォンは更に魔法を発動させると、満足そうに頷いた。
しかしながら、周りにいた殆どの人間はテレフォンが何をしたのかさっぱり分からなかった。
「……終わり?」
「これだから素人は困るっス」
「みゅ、ミュヘーゼ様……」
「凄いな……。どうやったんだ?」
「え?」
しかしながら、ミュヘーゼだけは感心した様子で顎に手を当てていた。
「分かる人には分かるっス」
「相手が使用していたと思われるユリアーナ様の位置情報を隠匿する魔法に干渉し、その効果を弱めたようだ。これでユリアーナ様の位置が分かる」
「それならユリアーナ様の救出が出来るじゃないですか!」
「――――それだけじゃないっスけどね。まあ、大体そんなもんっス」
「君は一体何者だ? 戦闘は苦手のようだが、その技術は見過ごせるものではない」
「勘弁して欲しいっス。企業秘密って奴っス」
テレフォンは肩をすくめながらそう言った。
「ミュヘーゼ様。それは後にしましょう。今はユリアーナ様の救出を」
「……そうだな」
ミュヘーゼはテレフォンを睨みつけながらそう言った。
「テレフォンってもしかして凄い人なの?」
「そうっス。その通りっス。崇め奉って尊敬するがいいっス」
「……ぶっちゃけ何歳?」
「今年で三十七っス」
「やっぱりめっちゃ年上だった!」
「歳を取って良いことなんて一つも無いっス。これはまじっス。若い人にはもっと頑張って欲しいっス」
「そしてなんか説教された!」




