【100】パブリックガーディアン②
一
場所はリフルデリカ教皇国、ヨークという都市にて。
リフルデリカ教皇国との首脳会談を終えたグラッツェル・フォン・ユリアーナは、護衛と共に徒歩にて宿泊施設へと移動していた。
「――――ユリアーナ様。お疲れ様でした」
「ミュヘーゼ。本当にそう思っていますか?」
「はは。そうですね。やはり同盟国同士、そして関係も良好となると、首脳会談も実に順調なものになるようです。無論、ユリアーナ様が直々にお越しになったというのも大きいのかもしれませんが」
「……ユーエス国民のみならず、リフルデリカ教皇国の民の期待にも応えられるよう一層精進する必要があるかもしれませんね」
「ユリアーナ様は大変頑張っております。ご自愛下さい」
ミュヘーゼは心の底から気遣うようにそう言った。
しかしながら、そのミュヘーゼの言葉に対して、グラッツェル・フォン・ユリアーナは更に表情を引き締めて答えた。
「――――私には、私が選んだ選択によって道を断たれた人々に報いる義務があります。一瞬たりとも気を緩めてはなりません」
「……」
「それに、貴女が私を守ってくれるのでしょう? ミュヘーゼ」
「……当然です。ユリアーナ様」
「それに、貴女も。――――ジョルジュ・グレース様」
「そ、それは勿論ですが……」
ジョルジュ・グレースは少し躊躇うような様子を見せると、恥ずかしそうに口を開いた。
「ミュヘーゼ様とユリアーナ様は仲がとても宜しいのですね……。見ている私が恥ずかしくなってくると言いますか……」
「勿論ですよ。私とミュヘーゼは主従関係である以前に、幼馴染であり、良き友人なのですから」
「ユリアーナ様。公務が終わった訳ではございません。私語は程々にお願い致します」
「少し恥ずかしがり屋の、とても可愛い人なんですよ?」
「ユリアーナ様!」
ミュヘーゼは若干恥ずかしそうに叫んだ。
二
日が沈み、月明かりだけが地上を照らしていた。
場所はリフルデリカ教皇国。
宿泊施設内の、グラッツェル・フォン・ユリアーナが寝泊まりしている部屋の入り口にて。
ミュヘーゼとジョルジュ・グレースの二人は夜間にもかかわらず、護衛の仕事を全うしていた。
「――――ジョルジュ・グレース殿。君は夜間の護衛の経験はあるか?」
「いえ、恐れながら……。ですが、不思議と目が冴えていますので問題はありません。それに夜更かしはあまり経験が無いもので、少しだけワクワクしています。ミュヘーゼ様は慣れたものですか?」
「まあ、慣れている方だろうな。魔術師の性質上、睡眠を調節しやすいというのもあるだろうが、私の場合、やはり任務において夜間に活動するというのが多かったような気がするな」
「やはり、ユリアーナ様の護衛でしょうか?」
「意外かもしれないが、そういう訳ではない。今のユリアーナ様はユーエス議会の最高指導者として極めて重要な地位におられる訳だから、最近は常にユリアーナ様の傍に控えてはいるが……」
「別の仕事で、ということですか」
「……そうだな。まあ、私の過去などどうでも良かろう」
ミュヘーゼは、かつてルエーミュ王国の秘密組織――白の教会のメンバーとして活動していた日々のことを思い出しながら、懐かしむようにそう言った。
「私は興味ありますけどね。ユリアーナ様の腹心として、そして近衛騎士団副団長として活躍しているお姿は多くの騎士にとっても憧れるものではないのでしょうか?」
「……私は騎士などという高貴なものではないよ。主君の為に生きてきた自信はあっても、人として間違った行いも沢山してきた」
「あまり、そんなことをするような方に見えませんが……」
「人は見かけによらないということだ。……私も最近知ったよ」
「……?」
「すまない。変なことを言ったな」
ミュヘーゼの言葉は、とある少女――麻理亜のことを思い浮かべながらのものだったが、何も知らないジョルジュ・グレースには何のことだかサッパリ分からなかった。
「そ、そうです。よろしければユリアーナ様のお話を聞かせてもらえませんか?」
「ユリアーナ様、か……。私があまり不用意なことを言うのは……、いや、仕返しには良い機会か。良いだろう。――――とは言っても、王城を出入りしていた者なら誰でも知っているようなことしか知らないんだがな」
「気になります。私は王城に出入りなんて出来ませんでしたから」
「はは。そうだな。――――昔のユリアーナ様は良い意味でも悪い意味でも王女という扱いだった。無論、王族として然るべき立場ではあったが、王位継承権の上位者という訳でもなく、何処かの有力貴族へと嫁ぐものだと多くの人に思われていた筈だ。要するに、誰にも注目されていなかったんだよ」
「……」
「だがユリアーナ様は類い稀な知性と、そして正義の心をお持ちだった。今なら確信を持って言える。ユリアーナ様はこの国の誰よりも国民を愛しておられた」
「だからユリアーナ様は……」
「――――そうだな。君が考えている通り、今ではユリアーナ様が国家の代表者だ。本当に凄い御方だよ。私よりも遥かに……、そうだな、勇気をお持ちだ」
ミュヘーゼはしみじみとそう言った。
「――――あまりこういうことを尋ねるべきではないのかもしれませんが……。あの日、統一国家ユーエスが誕生したあの瞬間、王城では何が起こっていたのですか?」
「……それをむやみに話すことは、禁則事項に当たる。悪いな」
「ゆ、ユリアーナ様が主導して行ったということですよね。あの若さで、他のあらゆる王族貴族を抑え込んで――――」
ジョルジュ・グレースが言い終えようした瞬間、ミュヘーゼは遮るように口を開いた。
「――――どうだろうな。ただ一つ私が伝えられる事実を言えば、あの時、想像を絶する大きな力が働いたということだ。運命と言ってもいい」
「……運命、ですか」
「真実を知りたいか? ジョルジュ・グレース殿」
「そ、それは……、そうなのですが……」
「ならば大きな力を付けることだ。大きな力を持つ者に価値は生まれる。価値ある者に真実は引き寄せられる。――――それに、君が言った通り、守る為には大きな力が必要だ。私としては不用意なことはしない方がいいと思っているが、君が本当に統一国家ユーエスの真実を知りたいというのなら……。そうだな……。たとえ世界を滅ぼし尽くすほどの力をもってしても、不足は無いだろう」
ミュヘーゼは言葉はあまりにも荒唐無稽なものだったが、何処か現実味を感じさせるような凄みがあった。
「…………もしかしてミュヘーゼ様。私のこと、からかってます?」
「すまない。私としたことが、変な話をしてしまったな」
ミュヘーゼは少しだけ後悔するようにそう言った。
「――――君は君のしたいようにすればいい。敢えて私から忠告することがあるとすれば、面倒事は本当に面倒だということだ。正しいことをするのに、面倒なことをする必要は必ずしもある訳ではない。君は、君が騎士を志した理由の為に、自分の道を邁進すればいいと私は思うぞ」
「ミュヘーゼ様」
「ああ、そうだな……」
ジョルジュ・グレースの呼び掛けに、ミュヘーゼは頷いた。
「――――死霊魔術の類だ。それも数が多い」
「ミュヘーゼ様は中でユリアーナ様をお守り下さい。私はここを死守します」
「……そうさせてもらう。破られるなよ騎士殿」
「勿論です」
ミュヘーゼとジョルジュ・グレースが会話を楽しんでいたところに、いつの間にか大量の骸骨が宿泊施設の廊下を埋め尽くしていた。
三
固いものがぶつかり合うような激しい音が響き渡る中、ジョルジュ・グレースは一人でグラッツェル・フォン・ユリアーナが寝泊まりしている部屋の入り口を死守していた。
(――――つ、強い。それに数が多過ぎる……っ。それに部屋の中からも激しい音がしているから、きっと窓からも入ってきているんだ……っ)
「ジョルジュ・グレースさん! 大丈夫ですか!?」
「早くこっちに来て下さい! おそらく部屋の中にも敵が入ってきています! 私は大丈夫ですから! 早くミュヘーゼ様の支援に回って下さい!」
「りょ、了解です!」
騒ぎを聞きつけて駆け付けた他の護衛に対して、ジョルジュ・グレースは目の前の骸骨達を斬り伏せながら素早く指示を飛ばした。
その瞬間。
「きゃあああ!?」
「ユリアーナ様ぁ!」
グラッツェル・フォン・ユリアーナのものと思われる甲高い悲鳴と、ミュヘーゼのものと思われる切羽詰まった叫びが部屋の中から響き渡った。
(今のはユリアーナ様の悲鳴……っ!?――――建物を破壊してでも本気を出すべきでしたか……っ)
「早く! ミュヘーゼ様とユリアーナ様を頼みます!」
「はい!」
「――――教皇国の皆様、すみません」
ジョルジュ・グレースは一瞬申し訳なさそうにそう呟くと、その手に握り締めた長剣が淡く輝き始めた。
そして。
「――――破天」
その瞬間、ジョルジュ・グレースの目の前にあった全てが吹き飛んでいった。
ジョルジュ・グレースが密かに習得していた秘剣は、廊下を埋め尽くす汚い骸骨だろうと宿泊施設の綺麗な装飾だろうと関係なく破壊し尽くした。
「ミュヘーゼ様!」
廊下の壁や床を大きく破壊することと引き換えに、目の前にいた全ての敵を片付けたジョルジュ・グレースは急いでグラッツェル・フォン・ユリアーナがいるはずの部屋のドアを開け放った。
しかしながら、そこには窓際で崩れ落ちたミュヘーゼと、数人の護衛の騎士が呆然と立ち尽くしているのみだった。
「……っ」
「すまない……っ。ユリアーナ様が攫われた……っ」




