【010】アウターワールド
一
麻理亜の考えに妥協した鹿羽は投げやりな態度を取りつつ、口を開いた。
「それじゃあ三人で行こう。いや、待て。楓は一緒に来るのか?」
「無論。――――というかこの流れで拒否するほど、我は大気のマナを読み取れない訳ではないぞ……」
楓は呆れた様子で言った。
「そういうことなら、次はNPCの中で誰を連れていくかだな。多過ぎても目立つし、少ないのも不安が残る」
「鹿羽君的にはー、何人くらいがベストだと思うー?」
「そうだな……。三人ぐらいか?」
「その心はー?」
「いや、一人につきNPC一人で良いかなって。別に深い考えがある訳じゃない。麻理亜はどうなんだ?」
「んー。ゼロ人でも、全員でもー、何人でも良いかなー? でもー、ラウラちゃんとかー、便利な能力を持ってそうなNPCは良いかもねー」
「便利な能力、か」
今のところ、ゲーム上で保持していた能力や技術は、鹿羽達にもNPCにも再現されていた。
魔術師であった鹿羽は多くの魔法が使えるし、楓は多彩な武器を使いこなすことが出来ていた。
同様に、現代兵器を使いこなすL・ラバー・ラウラリーネットは、その能力を存分に発揮することが可能なのだろうと鹿羽は推測していた。
「L・ラバーと、戦闘時の為のB・ブレイカー……、あと誰がいればバランスが良いか……?」
「その面子であれば、敵の憎悪を一身に集める鉄壁の如き戦士が欲しくなるな……」
「“タンク”ってことか? まあ、そう考えたくなる気持ちも分かるけどな」
アタッカーのB・ブレイカー・ブラックバレット、そして、支援系のL・ラバー・ラウラリーネット。
楓の言う通り、敵のヘイト管理を行い、攻撃を凌ぐタンク役がいれば、確かにゲーム上においてはバランスの取れたパーティーになっていた。
ただ、それと今回の選出は全く別物だと鹿羽は考えていた。
強大なモンスターを効率良く倒すゲームと、今の状況とでは、話が全く違うのだから。
「難しく考える必要は無いんじゃなーい? 適当に一人選べばいいと思うよ? それこそ“タンク”役をこなせる人でもねー」
「ならばシルヴェスターであるな! 奴であればどんな猛攻にも耐えられよう!」
「女性だらけだと変に舐められる可能性もあるからな。厳つい男性はいた方が良いかもしれない」
確かに女性ばかりだと、要らないトラブルを呼び寄せる可能性はあるだろうと鹿羽は思った。
いくら中身が柔道や合気道の達人であろうと、見た目が“か弱い”のならば、相手には舐められてしまうだろう、と。
無論、相手を油断させるという意味では効果的だったが、今回の場合、最初から近付いてこないことに越したことは無かった。
「鹿羽君可愛いもんね」
「悪かったな迫力無くて……」
麻理亜の言葉に、鹿羽は恨めしい声でそう言った。
「……よし。じゃあL・ラバー、B・ブレイカー、そしてS・サバイバーだな。その三人を連れて、ギルド拠点外部の調査を進めるぞ」
二
鹿羽達は外部の調査を進める為に、ギルド拠点内部にあるエントランスゲートへと向かっていた。
ゲーム上において普段は開け放しにされている筈の巨大な扉は、外からの来客を拒むかのように固く閉ざされていた。
「閉まっているの初めて見たー。一体誰が閉めたんだろうねー?」
「鹿羽殿。そもそもこの扉は開くのであるか?」
「開かなかったら開かなかったでそれまでだ。先ずは……」
鹿羽は集中した様子で、静かに瞳を閉ざした。
そして自身の身体に流れる魔力を自覚し、囁くような声で呟いた。
「――――<超把握/ウルトラパシーブ>」
瞬間、鹿羽の脳内に大量の情報が流れ込んだ。
“超把握/ウルトラパシーブ”は未知のマップの把握、隠れた敵やアイテムを見つけ出す魔法だった。
しかしながら、“実際”に使用してみると、地形、周りにいる人々、そして扉の向こうがどうなっているのか等、周りにあるリアルな知覚情報を鹿羽は得ることが出来ていた。
「……扉の向こうには誰も居ないようだな。開けた途端、知らない奴らとかち合うことは無さそうだ」
「魔法の信憑性に関しては疑わしいけどねー」
「そんなこと言ったら何も信頼出来ないだろ。まあ、気休めには違いないが」
鹿羽は淡々とそう言った。
麻理亜の言う通り、この魔法が本当に効果があるのかは分からなかった。
そして、そもそもこの魔法が本当に発動しているのかどうかさえも疑わしかった。
しかしながら、鹿羽の心の中には、“効果はあるだろう”という根拠の無い確信があった。
「扉を開けよう。念の為、気を引き締めておいてくれ。――――S・サバイバー」
「御意」
S・サバイバー・シルヴェスターは鹿羽の呼びかけに応じると、巨大な扉に近付き、手を掛けた。
「では」
S・サバイバー・シルヴェスターの最低限の掛け声を合図に、扉は隙間を覗かせた。
「目視、異常無シ。洞窟と繋がっているようデス」
「次元の穴ではないのか? ということは、つまり……」
「ああ、やっぱりゲームとは違うみたいだ」
S・サバイバー・シルヴェスターは、そのまま扉を開け放った。
扉の先は、鹿羽達がかつてプレイしていた広大なマップに移動させる鮮やかな次元の穴ではなく、何処までも続いているように見える暗い洞窟だった。
「先に確認した通り、L・ラバーを先頭に進んでいく。やむを得ない場合を除いて、戦闘、敵対行為は避けてくれ」
「了解」
「了解デス」
「了解しました」
「よし。じゃあ進もう」
鹿羽の言葉を合図に、鹿羽、楓、麻理亜、そしてL・ラバー・ラウラリーネット、S・サバイバー・シルヴェスター、B・ブレイカー・ブラックバレットの六人は、未知の世界に足を踏み入れた。
三
薄暗い洞窟を鹿羽達は進んでいた。
詳しい原理は不明だったが、半透明の鉱石が淡い光を放出しており、洞窟の中は真っ暗という訳ではなかった。
「報告。小動物を感知。逃げていきましタ」
「そうか」
「報告。ごく低位の魔物を感知。逃げていきましタ」
「そうか」
「報告。先と同様、ごく低位の魔物を感知。逃げていきましタ」
「……そうか」
淡々とした口調で、L・ラバー・ラウラリーネットは次々と報告を行っていた。
どんな些細なことでも良いから伝えて欲しいと言った手前、鹿羽は制止する言葉が中々見つからなかった。
(――――しかし、誰も居ないな……。人間らしい声も気配も感じない)
鹿羽達は、まだ知的生命体とは遭遇していなかった。
無論、今までに遭遇した動植物が意思疎通能力を有している可能性は十分にあったが、少なくとも鹿羽から見て、知的生命体と断ずることが出来る存在には出会っていなかった。
「おっきなカマキリさんはもう居ないのかなー? 私達の身長ぐらいあったしー、襲い掛かって来るかなーって思ったけど、一目散に逃げていったねー」
「ふ……。深淵に眠る、我の本当の力に怖気づいたのであろうな……」
「楓ちゃんがビックリしなかったのは意外だったなー。サソリにはあんなに驚いていたのにね?」
「よくよく見れば愛らしい姿をしていたぞ。確かに魔蟲の類は苦手だった筈なのだが……、我の心眼が本質を捉えられるようになったのかもしれぬな。これならば“名前持ち/ユニーク”にも後れは取らぬであろう」
「楓。分かってるとは思うが、勝手に飛び出すなよ」
「心得ておる。戦乙女の戯言よ」
楓は吐き捨てるように言った。
(楓のキザな態度は置いといて、巨大カマキリに驚かなかったのは意外だな……。かなりの虫嫌いだった筈だが……)
ふと、鹿羽の脳裏に嫌な考えがよぎった。
それは、今ここにいる楓が、別の人間と入れ替わっている可能性だった。
勿論、荒唐無稽な考えではあったが、どうにも虫に耐性のある楓に違和感があった。
(サソリの件から楓とは一度も別れていないし、ありえないか……。もしかしたら別の要因があるのかもしれない)
鹿羽達の置かれた状況がどう考えても常軌を逸している以上、何が起きても不思議ではなかった。
たとえば、ゲーム上のスキルである“精神耐性”が楓に作用しているのかもしれないし、本当に別人と入れ替わっている可能性だってあった。
とはいえ、今考えても無駄だ、と。
鹿羽はそう結論付けた。
「報告。洞窟内の鉱物以外の光源を探知。外かもしれませン」
「洞窟の外はどうなっているんだろうねー。楽しみー」
「……念の為もう一度試しておくか。――――<超把握/ウルトラパシーブ>」
再び、鮮明な情報が鹿羽の脳内に流れ込んだ。
しかしながら、特に有用な情報は得られなかった。
「鹿羽殿。何か見つけたであるか?」
「いや、誰も何もいない。進もう」
鹿羽は首を左右に振りながら、淡々とそう言った。
L・ラバーを先頭に鹿羽達は進んでいくと、洞窟の中は徐々に明るくなり、どこからか風が吹くようになった。
やがて薄暗い洞窟を抜けて、鹿羽達は外に辿り着いた。
「わー、緑がいっぱい。清々しいレベルで原生林だねー」
洞窟の外は、鬱蒼とした森だった。
「知的生命体は居ない、か」
鹿羽は静かにそう呟いた。
森に人の手が入ってる様子はなかった。
木々は空を覆うほどに背を伸ばし、植物のツタはあらゆる場所に絡みついていた。
感じられるのは自然の逞しさや偉大さだけで、文化的な形跡は全く無かった。
「いかが致しますカ?」
「……戻ろう。周辺に脅威となる存在がいないことを確認出来ただけでも収穫だ。楓も麻理亜もそれで良いか?」
「私は大丈夫だよー」
「“グランフィリオルアは一日にしてならず”。焦っても仕方あるまい。賢明な判断であろう」
「B・ブレイカー、S・サバイバー。L・ラバーも問題は無いか?」
「問題ありません」
「無いでござる」
「問題ありませン」
「――――決まりだ。L・ラバー。戻る時に定点カメラの設置を頼む。出来れば、目立たない場所にな」
「了解致しましタ。お任せ下サイ」
鹿羽の指示に、L・ラバー・ラウラリーネットは淡々とそう言った。
初めての調査は、これで終わった。




