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ハイゲーマー・ブラックソウル  作者: 火野ねこ
一章
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【001】別世界

 何かをする時、何者である必要はない


 一


『マリー:お疲れ様でしたー』

『カバネ:お疲れ』

『メイプル:ご苦労であった』


 画面に表示されたチャットのメッセージが、速度をもって流れていった。


『メイプル:マリー殿』

『メイプル:太古の時に結びし宿縁の契り、ゆめゆめ忘れるでないぞ』

『カバネ:明日、忘れずに行くから』

『マリー:ありがとう』


 一目で現実ではないと分かる玉座の間には、三つの人影があった。

 幼馴染であり、友人であり、そして“ギルドメンバー”である三人。

 プレイヤーネーム――“カバネ”こと、鹿羽【かばね】や、“メイプル”こと久住楓【くずみ かえで】、そして“マリー”こと伊峡麻理亜【いきょう まりあ】の三人は、オンラインゲームにて貴重な青春時代を謳歌していた。


 しかしながら、貴重な青春時代というからには時間的制約もある訳で。

 三人は放課後から夕食までの僅かな時間を活用して、オンラインゲームに励んでいた。


『メイプル:母なる大地が最後の晩餐に首を差し出せと煩わしい』

『メイプル:故に我、盟約に従い、この場を去るとしよう』

『メイプル:お疲れ様でした』

『カバネ:お疲れ』

『マリー:お疲れ様でしたー』


『メイプルが退出しました』


 頭上に“メイプル”と表示された少女が大袈裟に手を振ると、チャットメッセージの表示と共に消えてしまった。

 残された二人は表情をピクリとも動かさないまま、少女の消失を見送った。


『カバネ:俺もそろそろ落ちる』

『マリー:今日も楽しかったね』

『カバネ:今日も宝玉はドロップしなかったけどな』

『マリー:私は楽しかったよ?』


 流れていたチャットメッセージが止まった。


『カバネ:楽しいことは良いことだ』

『マリー:そうだね』


 再びチャットメッセージは止まった。

 気まずいような、そんな雰囲気が二人を包んだ。


『カバネ:じゃあ、落ちるわ』

『カバネ:お疲れ』

『マリー:お疲れ様でしたー』


『カバネが退出しました』


 微妙な空気を打ち消すように、“カバネ”はチャットメッセージを飛ばした。

 そしてそのまま、チャットメッセージと共に消えた。


「……」


 玉座の間には一人、ドレスを纏った少女だけが残された。


 彼女は動かなかった。

 メッセージチャットも動かなかった。


『マリーが退出しました』


 どれだけの時間が経過したのか。

 少女はひっそりと、誰も見ていないメッセージチャットに居なくなったことを告げて。


 そのまま消えてしまった。


 二


 雲が空を半分ほど覆い、傾き始めた太陽は時間の経過を感じさせた。


 とある病院の、とある病室にて。

 少女――麻理亜はベッドに体重を預けながら、カバーの付いた文庫本の文字を眼で追っていた。


 コンコン、と。

 病室のドアを叩く音が響いた。

 麻理亜はハッとしたような表情を浮かべると、文庫本にしおりを挟み込み、喉の調子を確かめるように咳払いをした。


「はい、どうぞ」


 スライド式のドアが滑るように開いた。


 麻理亜は無表情だった。

 しかしそれは、病室に入ってきた二人を見た瞬間に、親しみが込められたものへと変化した。


「よう。元気か?」

「麻理亜殿! 息災であるか!」

「私は元気だよ、楓ちゃん。鹿羽君もありがとね」


 病室のベッドに体を預けている麻理亜は、ニッコリと笑った。

 それにつられて、二人も微笑みを浮かべた。


「忘れないうちに渡しておかないとな。欠席した分のノートだ」

「そんなことしなくていいのに……。大変だったでしょ?」

「気にするでない! 我と麻理亜殿の仲であろう!」

「楓の字は汚いけど、まあ、頑張れ」

「鹿羽殿!」


 少女――楓に突かれながら、鹿羽は麻理亜にノートを手渡した。


 麻理亜はノートの内容に軽く目を通した。

 そして目を細めると、静かにノートを閉じた。


「二人とも、ありがとね」


 偽りの無い感謝の言葉に、楓と鹿羽の二人は照れくさそうな表情を浮かべた。

 そんな二人を見て、麻理亜もまた照れくさそうな顔をするのだった。


「何かして欲しいことはあるか? 飲み物ぐらいなら買ってくるけど」

「鹿羽君、お母さんじゃないんだから。私は大丈夫だよ。それより帰り、気を付けてね。さっきテレビでやってたけど、物騒なことも起きてるみたいだから」

「連続殺人事件、か。隣町って言うんだから恐ろしいよな。俺と楓は自転車だから、大丈夫だとは思うが……」

「我の邪気眼をもってすれば、人間の暗殺者など恐るるに足らず!」

「真っ直ぐ帰るからな」


 楓と鹿羽のやり取りに、麻理亜は思わず笑ってしまった。


 麻理亜は三人で過ごすこの時間が大好きだった。


「学校では何か面白いこと、あった?」

「ああ。今日、楓がな、四時間目の国語で――」

「ちょ、鹿羽殿!? それは言わない約束であろう!?」


 三人の時間が永遠に続いてしまえばいい、と。

 麻理亜は、そう思った。


 三


 太陽は既に地平線へと沈み、まばらな街灯が薄暗い道路を照らしていた。


(思ったより暗いな……。シャーペンの芯くらい、楓辺りに頼めば良かったか?)


 少年――鹿羽は、ポケットに手を突っ込みながら歩いていた。


 少しばかり時間をさかのぼるが、鹿羽は英語の課題に取り掛かろうとシャーペンを用紙に走らせた瞬間、妙に沈み込む感覚を覚えた。

 それは言うまでもなく、シャーペンの芯が短くなり過ぎて内部で固定出来なくなったが故に起こる、学生に馴染み深い現象だった。

 慣れた手つきで摩耗した芯を取り出し、新しい芯が入ったケースに手を伸ばした鹿羽だったが、これが見事に空だった。

 部屋中をひっくり返し、家中を探し回った鹿羽だったが、残念ながらシャーペンの替え芯は何処にも無かった。

 鉛筆で課題を終わらせることも頭をよぎったものの、結局は買いに行かないといけないので、鹿羽は渋々最寄りの文房具専門店まで歩くことにしたのだった。


 薄暗く、見通しの悪い視界は本能的な不安を感じさせた。

 高校生にもなったのに薄暗い視界に対してある種の恐怖心を抱いている自分に、鹿羽は僅かな嫌気が差した。


(不安は正常な感覚、だっけか? 誰に言われたんだか……)


 ふとした疑問を解決する為に、鹿羽は記憶を掘り起こした。


(――――思い出した。麻理亜だ。中学生の時のアイツは、何て言うか……、尖ってたよな)


 鹿羽の脳裏に一人の少女の姿が浮かんだ。


 頭が良く、笑顔を絶やさない彼女。

 周りを気遣い、行動出来る彼女。


 そして、病気に苦しみ、話題にすることさえ憚られるような、暗い、暗い彼女。


(俺は、少しでも麻理亜の力になれたんだろうか――――)


 幼馴染の少女――麻理亜が生まれながらに背負った宿命は、とても残酷で不平等だと鹿羽は思っていた。

 もし神様というものが実在して、人の運命を決定付けているとすれば、その判断基準には不備がある、と。

 あれほど他人を尊重できる彼女が、どうしてこんな運命を背負わねばならないのか、と。


 鹿羽はせめて、友人として彼女に報いたかった。

 否、今でも報いたいし、これからも報いたいと思っていた。


 果たして彼女は、麻理亜は、報われたいと思っているのだろうか、と。


(――――俺が考えるだけ無駄、か)


 たとえ、自分の気遣いが無用であったとしても。

 彼女の病気が少しでも良くなって、幸せな人生を謳歌できれば良い、と。

 鹿羽は、そんなことを考えていた。


(まあ、楓も意外と気遣いできる方だし。同性は同性で共感出来ることもあるだろ)


 深い溜め息をついて、鹿羽は思考を打ち切った。

 そして、気を取り直し、薄暗い歩道を見据えた。


 その時だった。


 目の前に、誰かが立っていた。

 街灯がその誰かを照らしていたが、その表情は窺い知れなかった。


 急に現れた人影に、鹿羽は驚いて、思わず一歩下がった。


 そして鹿羽の眼には、一つの鈍い煌めきが見えた。


 寒気がした。

 ゾクゾクした感覚が、鹿羽の全身の血管を駆け巡った。


(マジかよ……)


 目の前の誰かが握り締める鈍い煌めきは、刃物が持つ特有のものだった。

 心なしか、人の役に立つ為のその道具は、それ以外の醜悪な目的を達する為にあるように思えた。


「――――」


 その誰かは、静かに踏み出した。

 その瞬間に、鹿羽が抱いていた懸念は確信へと変わった。


 鹿羽は、ある限りの力を脚に込めて、全力で走り出した。


(落ち着け。腐っても高校生の男子だぞ……。全力で逃げれば振り切れ――)


「――――、――?」


 やけに耳障りな台詞だと、鹿羽は思った。


 滲むような、背中にぽっかりと穴が開いたような、不思議な感覚が鹿羽を襲った。


 視界が揺れた。

 誰のものかも分からない息遣いが響いた。


「?」


 刺さっていた。

 鋭利な刃物が、確かに鹿羽の背中を貫いていた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 焼けるような痛みだった。

 耐え難い激痛が広がり、その中心は粘ついて、もはや痛みではない“寒気”へと変化してしまっていた。


「――、――――」

「ふざけんなよ糞野郎がっ!!」


 こんな声を出せるのかと、鹿羽は自分のことながら感心した。

 命の危険に晒されていながら、全身が熱を帯びて破裂しそうな圧迫感を感じながら、何処か冷静な自分がいることが不思議だった。


 脳味噌が急速に冷えていくのを実感していた。

 何となく、思考が放棄されているのを感じていた。


「――」

「ああ、そうかよ」


 気が付けば、鹿羽はその誰かを殴り飛ばしていた。

 妙な爽快感が、振り抜いた拳にこびり付くのが感じられた。


 しかしながら鹿羽自身の感覚とは裏腹に、その誰かはふらつく程度に留まり、逆に鹿羽自身は殴った衝撃で倒れこんでしまった。


 何となく、立つのが億劫だと鹿羽は思った。


「――――」


 その誰かは血が滴る真っ赤な刃物を握り締めたまま、静かに歩き出した。

 そしてそのまま、フラフラと何処かへ消えていった。


(あー、痛い。やべえ。助け、呼ばないと。救急車? 警察? 番号、どっちがどっちだったっけ)


 思考がグルグルと回り、イマイチ整理が上手くいかなかった。

 鹿羽は、自分が今何をしなくちゃいけないのか、それが分からなくなりつつあった。


(痛い。死ぬほど痛いのに眠い、ていうかダルい……。救急車呼ぶには……、スマホか。ポケットにあったっけ)


 鹿羽は自身のポケットに手を伸ばした。

 慣れた手つきでスマートフォンを取り出して、何とか顔の前に画面を向けた。


『もう一度試して下さい』


(こんな時に指紋認証なんて要らないだろ……)


 結局、スマホが鹿羽の指紋を認識することは無かった。

 仕方なく、鹿羽はゆっくりとした手つきで暗証番号を入力した。


 緊急事態であれば、ロックを解除しなくても連絡することができるという機能も忘れて、鹿羽は懸命に暗証番号を入力した。


(あとは、どうする? どうすればいいんだ?)


 鹿羽の手には、ロックが解除された状態のスマホが握られていた。

 アプリが羅列されている中で、どれをどうすれば良いのかすら、もう鹿羽には分からなくなっていた。


(寝ちゃ駄目、なんだけどな――)


 まぶたが酷く重かった。


 鹿羽は静かに目を閉じると、スマホがコンクリートに落下する音が虚しく響いた。


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