機関車バカ、ふたたび
「よーっす、お久しぶり」
応接室に入るなり、あごひげの男からフランクに挨拶され、アデルは面食らった。
「え、あ、……お、お久しぶり?」
「なんだよ、俺の顔忘れたのか? つれないねぇ」
「えーと……」
アデルは記憶をたどり、そしてようやく、相手の名前を思い出した。
「……あ! そうだ、ロドニー! ロドニー・リーランド! 機関車バ、……機関車ギーク(オタク)の」
「そうそう、俺、俺」
そこでようやく、アデルはロドニーと握手を交わした。
「いや、久しぶり過ぎてマジで忘れてた。悪いな」
「いいってことよ。もうあれから、半年は過ぎてるし」
「いや、もっとだぜ」
「ありゃ、そうだったか? いやぁ、何しろ引きこもってると、新聞もろくに読まなくなっちまうからなぁ」
と、アデルよりも先に応接室に来ていたパディントン局長が、穏やかな口調でロドニーに尋ねる。
「それでリーランドさん、本日はどのようなご用件で、当探偵局にいらっしゃったのでしょうか?」
「ああ、そうだった。
いやさ、おたくら探偵さんだろ? ちょっと依頼したいんだわ」
「依頼? 機関車関係か?」
そう尋ね返したアデルに、ロドニーは首を傾げながら応じる。
「まあ、そっち関係と言えばそう言えるかな」
「何だよ? 機関車を時速88マイルまで加速させたいだとか言うんじゃないだろうな」
「んなことお前さんたちに頼むかよ。そんなノウハウ聞くなら探偵局じゃなく、石炭売りか鍛冶屋にでも相談するっつの。
そうじゃなくて鉄道関係、つーか鉄道会社関係だな」
「鉄道会社?」
おうむ返しに尋ね返し、今度はアデルが首を傾げる。
「アンタ、廃業したって言ってたじゃないか。再開するのか?」
「いや、そう言うつもりじゃない。俺じゃなく、俺の恩師に関わる依頼なんだ。
10年前に失踪した、ボールドロイドって男を探して欲しい」
「ボールドロイド……」
静かに話を聞いていた局長が、口を挟む。
「10年前に失踪した、アーサー・ボールドロイド氏のことでしょうか?」
「え? あ、ああ、そうだ。知ってるのか?」
ぎょっとした顔をしているロドニーに、局長はにっこり笑って答える。
「合衆国有数の実業家でしたからな。今も天才経営者と絶賛する者は、決して少なくはないでしょう」
「そう、その通りだ。そして、だからこそ今、探すべき男なんだ」
「ふむ。……失礼、少々席を外します」
そこで突然、局長は席を立ち、応接室を離れる。
「ん、ん?」
面食らった様子のロドニーに対し、アデルは「ああ」と声を上げる。
「きっと局長、新聞を取りに行ったんだな」
「新聞? ……いや、そうか。まあ、報道もされてるよな、あれだけの騒ぎじゃ」
アデルの予想通り、程無くして局長は、数日前の新聞を手に戻って来た。
「察するにスチュアート・ボールドロイド氏の件ですな?」
「ああ、そうだ。さっき言ったA・ボールドロイド氏の息子で、現W&B鉄道の最高経営責任者だ。
そして俺の、鉄道関係の師匠でもあり、かけがえのない友人でもある」
そう言ったロドニーの顔は、暗く沈んだものとなっていた。
「頼む、ボールドロイド氏を何としてでも見つけ出して、スチュアートさんを救ってくれ。
あの人は今、とんでもなく困ってるんだ」
ロドニーは局長の持っている新聞を指差し、ついには顔を覆ってしまった。
「W&B鉄道 アトランティック海運買収計画を断念 経営破綻のおそれありとの意見も」