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前編

        プロローグ


 あるところに、パクリをはじめた男がひとり。

 パクリ、パクリ、パクリ。

 みんなから、パクリの王と呼ばれていました。

 王は考えました。ほかの人間も引き入れようと。

 使える仲間ができました。

 王がパクった人物です。

 その仲間は、王のためにパクリを続けました。

 パクリ、パクリ、パクリ。

 そこにひとりの女の子があらわれました。

 パクリはいけないことです、と。

 王と仲間は、あざ笑いました。

 ハハハ、ハハハ。

 女の子は、言いました。

 わたしをパクるのは、やめてください。




         1


 真夏の炎天下で食べる鍋焼きうどんみたいな女だった。

 歳の頃、十五、六の女の子。

 インフルエンザウイルスのように唐突と、すごい剣幕で目の前に現れた。

 オレは、一瞬で胃が縮む思いを味わった。

「これ、あたしの作品ですっ!」

 彼女は一冊の雑誌を左手に取り、右人差し指で、あるページのあるイラストを示していた。ウサギをモチーフにしたキャラクターが描かれたものだ。

「ちょ、ちょっと!?」

 あまりに突然のことなので、オレはたじろぐことしかできなかった。

 場所は、出版社の前。神保町にある大手の『創栄社』、その自社ビルだ。オレのオヤジは、ここで編集の仕事をしている。家に大切な資料を忘れたというので、こうして届けにきたのだ。

「あなた、創栄社の人でしょ!?」

「え、いや……」

 いま出てきたばかりだから、そう判断したのだろうか? 通行人の眼が痛い。

 つーか、オレが社会人に見えるか?

 よく大学生にはまちがわれるが、これでもれっきとした高校三年生だ。

「なんとか言ってください! これ、あたしのデザインですっ!」

 真夏の鍋焼きうどんでなければ、煮えたぎったチゲ鍋だ。どちらにしろ、冷まさなければ食べれない。それぐらいに、彼女の怒りは沸騰していた。

「あたしの作品が盗まれたんです!」

 とにかく状況を整理しなければならないから、オレはその雑誌を手に取った。

 ますます混乱した。彼女が持ってきた雑誌は、『創栄社』刊行のものではなく、他社の出しているものだ。

 まあ、オヤジの会社から出ているものでも、オレではどうすることもできないが……。

「と、とにかく落ち着こう」

 なんとかなだめなくては、と苦慮していた最中に、涼やかな声が吹きつけてきた。

「どうしたんだね?」

 その人物は、タクシーから降りたばかりのようだった。

 年齢は、四十代前半だろうか。オヤジよりは若い。スーツ姿だが、ネクタイは締めていなかった。声同様、涼やかな余裕に満ちた表情だ。

 鋭さが嫌味にならない眼。

 理路整然とした言葉が飛び交いそうな薄い唇。

 歳のわりには長髪の部類に入るだろうが、どこまでも清潔感があり、圧倒的にさわやかだ。

 同級生の女子に「理想の父親は?」というアンケートをとって、全員の答えを総合したら、この人ができあがるだろう。見本のような『おじさま像』だ。

「あ……」

 オレは、声をもらした。その顔には見覚えがある。いま眼にしたばかりだからだ。煮えたぎった彼女が開いていたページに、写真が載っていた。

 有名イラストレーターの森村瑛二。

 たしか、オヤジにつれられて行った出版社のパーティーでも、見かけたことがある。なんにしろ、ベストタイミングだ。

「やあ、佐伯さんのご子息だよね?」

「そ、そうです」

「なにかあったのかね?」

「あなたが、森村ね!?」

 毒々しい赤いチゲ鍋のような少女は、大家であろうとおかまいなしに食ってかかった。

「キミは?」

 それでも森村瑛二は、冷静な態度を崩さない。

「あたしは、この絵の作者です!」

 森村瑛二にも、やはり同じイラストを指し示している。

「くくく……ははははっ」

 彼は笑いだした。

「な、なにがおかしいのよ!?」

「ははは……あ、いや、ごめんごめん。いるんだよ、キミみたいな娘が、年に数人」

「え!?」

「これは、わたしの作品です、ってね」

「ふざけないで! この絵は、あたしがコンテストに応募したものです……あなたが審査員をしていた!」

「たまたま似ていたのかもしれない。が、それは正真正銘、私の作品だよ」

「なんですって!?」

「いいかい? だれかが考えたものは、必ずべつのだれかも考えつく。最低でも五人は、同じようなデザインをひらめくものなんだ」

「ふざけないで!」

「だから、キミのデザインも、たまたま私のものに似ていたのかもしれない。かわいそうだけど、その場合、早い者勝ちなんだよ。でも、悲観することはない。プロのぼくに似ているデザインを考えたのなら、キミにも才能があるということなんだから」

 彼女の顔が、さらに紅潮していくのがわかった。

「いつか、プロになれればいいね」

 そう言い残すと、森村瑛二はビルのなかに入っていった。

「ま、待ちなさいよ!」

 彼女の叫びも届かなかった。

「……言われなくたって、なってやるわよぉ!」

「あ、あの……」

 と、オレは恐る恐る声をかけた。

「なによ!」

 鬼のような形相が返ってきた。

「いや……もう行っていいかなぁ、なんて」

「……どうせ、あたしのこと信じてないんでしょ? おかしなヤツだって思ってるんでしょ!?」

「そ、そんなこと……」

 思っていたが、言えるわけもなかった。

「じゃあ、あたしの話を聞いてよ!」

「え、でも……」

「いいから!」


        * * *


 女の子は、従者をしたがえました。

 パクリ、パクリ、パクリ。

 頼りない男の子です。

 それでも戦わなければなりません。

 パクリの王から世界を守らなければならないのです。




         2


 佐伯進也、十八歳。都内の高校に通う普通の学生だ。オヤジは創栄社発行の『小説宝船』という月刊誌の編集長をしている。

 高校でのあだ名は『ダザイくん』。

 文芸同好会に入っているからだが、べつに太宰治を崇拝しているわけではない。青白い肌をして、いかにも文学青年づらをしているかららしい。

 オヤジの影響をうけて、小説が好きなのはたしかだけど……。

 自分でもプロの小説家になってみようかと考えもしたが、原稿用紙八枚で挫折した。

「うん、そうなんだ、たいへんなんだねぇ」

「そうです! もっと聞いてください!」

 オレは、オヤジがいち編集者だった時代に担当していた作家、綾小路春樹さんの自宅にいた。からんできた彼女もいっしょだ。

 綾小路さんは、オレのアニキみたいな人で、いつも家に押しかけては、いろいろな相談を聞いてもらってる。

 編集長になったオヤジとは、もう仕事で直接会うことはないはずなので、いまではオレとの関係のほうが濃密だ。

「それでね、だからね!」

 彼女の興奮した声で、狭い室内が満杯だ。

 本当なら喫茶店とかファミレスに行けばよかったんだろうけど、そんな金はない。

 電話で綾小路さんに事情を説明したところ、「おもしろそうだから、つれてきなよ」と言ってくれたので、遠慮なくそうすることにした。

 どうやら二人は、すっかり意気投合してしまったようだ。

 綾小路さんは小説家といっても、人気や知名度は低い。

 というより、ない。オヤジいわく、実力も同じようなものらしい。

 どうして、そんな人間が作家として生きていけるのか……。オレは、オヤジに質問してみたことがある。

 答えは、『人柄』。

 編集部でも、やっかい者あつかいらしいのだが、首を切ろうと思っているときに、まるで捨てられた小犬のような眼をするという。おそらく本能のようなものが備わっているにちがいない、とオヤジは分析していた。人脈も広いし、処世術は天才的なようだ。その才能を、小説で表現できればいいのに……。

「苦労してるんだなぁ、感心したよ、まだ若いのに」

 二人は、しみじみとそれぞれの境遇に感情移入しているようだ。

 彼女は、舞阪今日子と名乗った。

 いまは幾分、落ち着きを取り戻しているから、さきほどの怒りに満ちた印象よりは、だいぶまろやかになっている。

 こうしてよく見ると、驚くほど整った顔だちをしていた。アイドルグループのなかにいたとしても、違和感はおぼえない。鍋焼きうどんやチゲ鍋というよりも、もっとシュッとした『かにすき』や『サムゲタン』のようだった。

 瞳は大きくて、冬の満月のように澄んでいる。

 鼻の高さは日本人ぽく低いのだが、それがマイナスになっていない。

 やわらかそうな唇は、むしろ厚く、わずかな艶っぽさを演出している。

 メイクは薄めだが、パッチリとした印象をあたえていた。

 絵を描ける人間は、化粧もうまいという話を聞いたことがある。しかし、ネイルだけはどういうわけか、無頓着のようだ。

 創作活動に、長い爪は邪魔になるのだろうか。インクの色が爪の間に入り込んでしまっているところが、逆にほほえましかった。

 どこかが病んでいるお兄さんたちにアンケートをとったら、理想の妹像はこうなるんだろう。

 ただし、年齢を聞いて絶句してしまった。

 二三。

 オレよりも年上だった。高一か中三だと思っていたから、驚きもひとしおだ。

「ねえ、進ちゃん、この娘の力になってあげたら?」

 綾小路さんが、ふいに話をこちらに振ってきた。

「森村瑛二って、かなり悪い噂があるんだよね」

「そうなんですか?」

「《パクリの王》……そういう呼ばれ方をされてるんだって」

「やっぱり!」

 彼女……、舞阪今日子が強く声をあげた。小さなボロアパートだから、となりの部屋にも響いたかもしれない。

 森村瑛二は、イラストレーター界ではビッグネームの数人に入るという。ほかにも、イベントスペースに置かれるモニュメントや、商品などのデザインも手掛けているそうだ。マスコットキャラクターの創造でも実績をあげている。副業も多彩で、どこかの美術大学では講師の仕事もしている……と、綾小路さんがいろいろと説明してくれた。

「たしか、進ちゃんパパの会社でやってるデザイン賞の審査員もやってるはず」

『月刊ペンシル&パレット』という雑誌が、年に一度開催している新人賞。イラストレーターやデザイナーになるための登竜門。

 その審査委員長が、森村だという。

「まえに、知り合いの作家が森村にイラストを描いてもらってたんだけど、この人、本当に自分で描いているんだろうか、って疑問に思ったって。作品ごとに、作風がとにかく変わっちゃうんだって」

「ほら、あたしの言ったとおりでしょ!?」

 舞阪今日子はそう言うと、大きめの黒い鞄のなかをゴソゴソと物色しはじめた。若い女性が持つようなデザイン性豊かなものではない。実用性を重視した鞄だ。

「これを盗作したのよ!」

 取り出したのは、創栄社の前で見せられた雑誌だった。

『ペンシル&パレット』ではない。ほかの出版社が発行している総合情報誌だ。

 彼女が盗作だというページには、森村が特集されていた。

『人気イラストレーターの素顔』と題されていた。ウサギをかわいくデフォルメしたキャラクターが載っていた。

 有名スイーツ店『月とクレーター』のイメージキャラクターとして描かれたもののようだ。

「ちなみに、こっちがあたしのです!」

 彼女は鞄から、さらに一枚のデッサンを取り出して、オレと綾小路さんに見せた。

「なるほどねぇ」

 綾小路さんが、そんな声をもらした。

 たしかに似ていた。森村のものよりもリアルに表現されているが、彼女の主張も理解できた。デッサンなので色づけがされていないぶん、大人びた表現になっているだけなのかもしれない。

 色をつければ、うり二つなのかも……。

「これを、賞に応募したわけなの?」

 綾小路さんの問いかけに、舞阪今日子は首を縦に振った。

「色をつけたやつを出しました。キャラクターデザイン部門です」

 だから彼女は、他社の雑誌を持って創栄社の前にいたのだ。創栄社の新人賞に応募したはずの作品が、森村のものになって他社の雑誌に掲載されていた。

 その事実に憤ったのだ。

「どうにかしてあげれば、進ちゃん?」

「ただの高校生に、なにができるんですか? 綾小路さんが、どうにかしてあげればいいじゃないですか」

「そりゃムリだ。森村瑛二にケンカなんか売ったら、今度こそ出版業界から干されちゃうよ」

「オレだって」

「ただの高校生なんだったら、森村瑛二の圧力なんか怖くないでしょ?」

「オヤジに迷惑がかかりますよ」

「泣く子も黙る『小説宝船』の編集長なんだから、森村でも簡単にはいかないよ。それに子供のすることなんだから、森村だってそう本気で怒れないはずだよ」

「お、お願いします!」

 舞阪今日子が、深々と頭をさげた。

「え、いや……」

「ほら、こんなにカワイイ子が頭を下げてるんだから」

 オレは戸惑いながらも、拒絶の言葉を飲み込んでしまった。


        * * *


 女の子は、もうひとり従えました。

 パクリ、パクリ、パクリ。

 男の子よりも頼りのないお兄さんです。

 それでも戦わなければ。

 王をとめなければ……。




         3


 結局、彼女の熱意に押し切られるかたちになった。

 それとも、アイドル並みにカワイイからか……。

(いや、ちがうな)

 オレは、心のなかで否定した。

 彼女を駅まで送っている途中だった。

「ホントにホントに、お願いよ!」

「わかったよ……どこまでできるかわからないけど、やってみる」

 三人(もう一人は綾小路さん)が考え出した作戦は、こうだ。

 コンテストに応募した作品が出版社のほうに残されている、もしくは記録されているかもしれないから、それをどうにかして手に入れる。

 受賞した作品を盗作することはできないだろうから、落選したもののなかから、過去に森村が盗作した可能性のあるものをさがしだす。

 幸いなことに『月刊ペンシル&パレット』の主催する賞では、作品の返却をおこなっていないそうだ。デザイン系の賞では、返却を受け付けるのが普通だという。つまり、出版社のほうで廃棄をしていなければ、まだ社内にある確率が高い。

 オヤジをどうにか使って、手に入れられればいいのだが……。

「ホントにホントにホントに、ホントに頼んだよ!」

「わかったって」

 その熱心な姿に、ついさきほど聞いたばかりの話が脳裏をよぎった。綾小路さんの部屋で彼女自身が語った、自らの経歴。

 一浪したが、美大には入れず、アート系の専門学校に二年通ったという。卒業後も就職をせず、というよりこの不況下ではできず、コンテストや新人賞に応募する日々が続いているそうだ。

 賞に落選するということは、自分のすべてを否定されたような気持ちになる。

 彼女は、そう話した。

 絶望と希望を繰り返す日々。

 夢をもちつづけて、それだけにかけるということは、99%不安で満たされている深海のなかで、たった1%の光を求め、さまようようなものだ──以前、オヤジもそう言っていた。

 オレが小説家になりたいと打ち明けたときだ。それが本質をついているとして、その1%の尊いものを、森村が踏みにじっているのだとしたら、許せることではなかった。

 彼女がまだ抱き続けている情熱を、応援している自分がいる。

 オレも、そういう夢をもてるだろうか?

 少しでも、力になってあげたかった。



 目的のものを手に入れるのは、意外なほど容易だった。

 オヤジの同期が『ペンシル&パレット』の編集にいるそうで、オヤジが頼んだら、あっさり提供してくれたのだ。

 一応持ち出し禁止になっているそうだが、落選したものなので、うるさく言う人間はいないという。

 保存されるのは五年分で、それ以前のものは廃棄されるそうだ。

 応募作のなかでも、イラスト部門とキャラクターデザイン部門にしぼって持ち出してもらった。それでも段ボール五箱になった。

 前回から五日。オレは、再び綾小路さんの部屋で、舞阪今日子と顔を合わせた。

 何度見ても、アイドル級のルックスを誇っていた。

 冴えないイラストレーターの卵というのが、どうもしっくりこない。

「なに見てるの?」

「あ、いや……」

 オレは視線を段ボールに無理やり向けた。

 自力で重たい段ボール箱を運んだから、明日は刺されたような筋肉痛に襲われることが決定した。といっても、アパートの前までオヤジに車を出してもらったのだが……、それでも日頃から運動などしないオレにとっては、港で働くような肉体労働に匹敵する。

「ここから、さがそう」

 そんなつらさを振り払うように、オレは声を出した。

 だが一つの危惧として、もし森村が盗作をしていたのだとしても、その元となる応募作品を残しておくだろうか、ということがあげられた。

 その危惧も、いいほうに裏切られた。

 何気なく段ボール箱のなかから一枚取ったそれが、彼女の送った作品だったからだ。

「あ、それ、あたしの!」

 裏面には応募規定なのだろうか、氏名と住所と電話番号が記されていた。

 そこには、たしかに『舞阪今日子』と書かれている。

「あった……」

 ということは、それ以外に盗作した作品があった場合でも、このなかに入っている可能性がある。もちろん、彼女の作品を盗作したと仮定したら、であるが。

 オレは、彼女の作品を表に返した。

「きれいな色……」

 綾小路さんが、つぶやいた。

 彼女の描いたウサギキャラのイラストに眼を奪われたのだ。

 森村の作品は、くっきりとした色づけがされていたが、こちらは淡い。幻想的なウサギとして心に残りそうだ。

 事前に見せられたものには色がなかったので、そのときとは印象がちがう。正直、森村のものよりも、うまいと思った。デッサン画では、なんの感情も動かされなかったが、これを眼にしたら、彼女の才能を認めざるをえない。

「あんまりお金がかけられないから、水彩色鉛筆を使ったの」

「へえ……、こんなになるんだぁ」

 水彩色鉛筆というものが、どういうものなのかよくわからないが、彼女はどこか照れぎみに、そしてどこか誇らしげに微笑んだ。なぜだか、オレも嬉しかった。

「ところで、これ全部、調べるわけ?」

 綾小路さんが現実に引き戻してくれた。

「そうです。綾小路さんも手伝ってくださいね。森村瑛二の最近の作品が載っているイラスト集がこれです。そのほかにも、雑誌で特集されたものが二冊。とにかく、これのなかから似ているものをさがし出してください」

 それらも、オヤジの同期の人から借りたものだ。

 オレたちは、それぞれイラスト集と雑誌を手に取り、一枚一枚、落選した応募作と見比べていく。

 こうして、一日がかりで調べていった。



 結果は、五作品。

 少なくとも、彼女のものを加えて六作品に盗作の疑いがあった。

 想像よりも多かった。

 ショックだった。森村のことを疑いながらも、まさかプロとして一線で活躍しているほどの人物が、そんなことを本当にやっているなんて……。

 しかも、これは過去五年間だけであり、イラスト部門とキャラクターデザイン部門に限られたことだ。

 森村がこの賞の審査員になってから、もう八年経っているそうだ。部門も二つだけではない。ロゴやシンボルマークなど六部門もある。

 デザイン全般に作品を発表している森村だから、実数はもっともっと多いはずだ。

「どうするの、進ちゃん?」

 ……綾小路さんの声も、どこか呆然としていた。

 オレは、答えるための言葉が出なかった。

 かわりに、彼女の口が威勢よく開いた。

「許せないわ! この事実を、森村にぶつけるのよ!」

「でも、どうやって?」

「直接よ、直接!」

 綾小路さんの問いに、彼女は息巻いた。

「また待ち伏せしてやるわ!」

「このあいだは、待ち伏せだったの?」

 オレは、思い出しながらたずねた。

 出版社から出てきたオレが、偶然にも被害に遭ったのだと考えていた。そして、森村瑛二がやって来たことも。

 だが、それが本当なら、最初から彼女は森村が来ることを知っていたことになる。

「どうやって、森村が来るってわかったの? スケジュールとかを手に入れたとか?」

「勘よ、勘でわかったの」

 オレは、あきれた。予想よりも、ずっとアバウトな回答だった。

「森村の家に行っちゃえば?」

 綾小路さんが、無邪気な提案をした。

 もう二十代後半でいい歳なんだから、もっと大人の意見を言ってもらいたいものだ。

「どこに住んでるのかなんて、わからないですよ」

「調べようと思えば、調べられるんじゃない? あ、それよりも、進ちゃんパパの会社に来たときがいいか。また来ることもあるだろうから」

「そんなこといったって、いつ来るかわからないですよ」

「でも、それも調べようと思えば、調べられるんじゃない?」

「う~ん……」

「あ! そういえば来週、栗栖先生の出版記念パーティーがある。栗栖先生と森村瑛二は仲がよかったはず」

 栗栖先生とは、綾小路さんを『1』とすれば、『100』ぐらいランクが上の一流小説家のことだ。オレでも読んだことがある。

 彼女の顔が、途端に明るくなった。

「じゃあ、それに乗り込みましょう!」

「乗り込む……って」

「対決よ、対決!」

「それじゃあ、この綾小路春樹がついてってあげるよ。栗栖先生には顔がきくから」

 さすが、人脈だけはある。

「進ちゃんも、来るでしょ?」

「ただの高校生が入れますか?」

「大丈夫だって、この綾小路春樹の弟子なんだから」

 いつ弟子になったんだ?

 すでに戦闘モードに入っている彼女。

 いつにもなく自信ありげな綾小路さん。

 ダメだ……なにかがおこる。

 オレは、強い不安を胸に抱いた。


        * * *


 女の子は、決心したのです。

 パクリ、パクリ、パクリ。

 従者とともに、王の居城へ攻め込むときがきたのです。

 勝たなければなりません。


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