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幸福回路

作者: 東京多摩

 古くからこの世界は不幸がすべてを覆っていた。 

 死ぬ苦しみから始まり、飢餓、病、生きていくこと。

 認められる努力、異性に好かれる方法、負け組との勝利対決。

 まるで緩慢な荒縄で首を絞めるような、じわりとした感触の不幸を誰も彼も感じていた。

 神に縋ろうが、人生を諦めようが、悟りを開こうが、不幸はゆっくりと首にかかった縄を締めて行くのであった。


 ある時、一人の生理学者が考えた。

 不幸は消すことが出来ない。

 だが、不幸を忘れることはできると。

 マラソンを延々と続ける、買ったばかりのゲームで遊ぶ、男女の仲を深くする。

 このような行為をしている際、人は不幸を気にせず生きることが出来る。

 しかし、歳をとったり時間が無い者には到底難しく、忘れることさえできないのが実情である。

 そこで、学者は更に考えた。


 「忘れるための快楽を、ゼロからイチに生み出せば良いのだ。」と。


 最初は薬を使い、実験を行った。

 途中経過までは皆一様に満足をしていたが、ある時を境にそれまでの薬の量では不足するようになり、投薬量が増えて行った。

 最終的には不幸を感じることは無くなったが、ただそれだけの存在となってしまった。

 次に、人間の潜在意識へのアプローチを行った。

 催眠術と呼ばれる深層意識への介入を行い、指を鳴らす音を聞けば快楽を受けられるように施術を施した。

 結果としては、不幸を忘れることには成功した。

 だが街中で不意に音を聞いてしまうと快楽に飲まれ動けなくなってしまう症例がわかり、結果として無かったことにされた。

 最後に、物理的なアプローチを行った。

 脳の中に機械を埋め込み、快楽物質の供給をコントロール出来るように改良を行った。

 しかし、こちらも投薬と同じように、一定の量快楽を受けると、それ以上受付なくなる限界が見えてしまった。

 学者は最も副作用の少ない機械を埋め込む方法を元に、供給のみならず物質受領領域の機械化も行った。

 これにより、一定の数値でそれまで受けた物質を完全消去し、再度初めから快楽を受け直すことが出来ることとなった。

 

 学者はこの成果をまとめ、「幸せ回路」と名付けた機械を埋めるこの手術を人々に受けるよう勧めた。

 最初こそ反対や嫌悪感が強く、批判に晒されることが多かったが、一人また一人と手術を受ける者が増えると、彼らは手を返したように自らの脳に機械を埋め込んでいった。

 そして、最後の一人が機械を埋め込むと、世界中から歓喜の声が上がった。

 もう、我々は不幸を感じることはない、と。


 数年後、世界は幸福であった。

 何せ勝手に不幸なことを忘れられるのだから、幸福としか言いようがなかった。

 しかし、彼らは同時に不幸であった。

 結局、快楽によって不幸を忘れているに過ぎない彼らは、死ぬまで真綿の縄に気が付けなくなっているだけの存在である。

 しかし、彼らは誰も彼もこう答えるだろう。

 「私たちは、今幸福です。」と。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。 彼らにとって不幸を忘れることは果たして良い事なのか悪い事なのか。機械を埋める前と後ではいったいどちらが幸福なのでしょうか。
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