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咲けない花  作者: ニコ
6/9

5片目

ハイテンションガールとの出会いから翌日。

この日は大学の講義が3限まであったが、朝から俺の頭は講師の言葉なんぞそっちのけで、ハイテンションガールのことばかりで溢れていた。

今日もいるだろうか。今日も同じ筐体に挑戦しているのだろうか。名前は何と言うのか。

―――早く講義終わってくれないものか。

 実に学生らしい態度だ。ただ座って、講師の口から飛び出す催眠術を受け続けるだけの時間。いつもなら抗うこともなく、優しい微笑みで手を引く睡魔にほいほい着いて行くところだが、本日の俺には睡魔の付け入る隙は無い。そもそも講師の言葉を聞いていないのだから当然と言えば当然なのだが。それはさておき、今はただ妄想に耽るだけだ。

 そんな無駄な時間を過ごして約7時間、長い講義と電車移動を終え、自宅に荷を下ろし終えた。

 さて。

 時計を見ると長短の針は16時前を指し示していた。昨日と比べると大分時間に差がある。さすがにいない可能性が、浮かれた俺の脳裏を過った。

 今日は止めようか。また時間のある日にでも。

 知らず知らず、そんなことを考えた。

 でも、もしかしたら……。

俺はまだ自分以外の家族が帰ってきていない自宅のリビング中に目を泳がせ、気づけば玄関を飛び出していた。

 鍵、良し。

 原付きのカバーを外し、鍵を躊躇い無く差し込んだ。

 あとは走り出すだけ。ここまで準備したんだから、行っちまえ。

 ヤケクソ感を何故か出しつつ、俺は浮かれた頭でアクセルを回した。




 アミューズメント施設の入り口、クソガキがいないことを横目で確認しつつ、俺は電子的騒音の渦中へと足を踏み入れた。

 昨日の今日だが、多少この環境にも慣れただろうか。

 そんなことを思いつつ、足早にクレーンゲームコーナーへと進んでいく。

 妙に、道中が長く感じてしまう。

 幾つかの筐体の横を通り抜け、焦っているかのような足取りで目的地に向かう。

 この奧に、この奧に。

 高鳴る胸を意識しないように、遥かな道を進み、そして俺は、ようやくといった思いで、昨日ハイテンションガールと別れたポイントに辿り着いた。

 いつの間にかニヤけかけている自分に胸中でツッコミを入れ、視線を真っ直ぐに向ける。


 果たして、そこには誰もいなかった。


 自分の口から、少なくとも日本語ではない特殊な言語が漏れた。同時に消えていく胸の高鳴り、湧き出ていたニヤけ。冷めていく心情の中、俺はどんな表情をしていただろうか。

 ちらりと、左手首に通した銀色の腕時計を見た。昨日とは大違いの方向を指し示した針が、リズミカルに心音を刻んでいる。

 そりゃそうだ。想像はできていただろう。

 呆れ半分、落胆半分な気持ちで、しかし俺は、なお諦め悪く周囲を見渡した。夕方故か、高校生と思わしき、制服を着た小団体がちらほら散見される。

 しかし、俺が求めていた人物の姿はどこにも見られなかった。

 やれやれ、と。口の中で溢しながら、何をするでもなく踵を返した。ハイテンションガールがいなければゲームをやる気にもならないと、若干失礼なことを思いながらゲームセンターの出入り口を抜ける。

 そのとき。



「すみません」



 女性の声だった。

 一瞬他人に向けられた言葉だと思い無反応で歩を進めていたが、再度同じ声が聞こえたとき、漸くその言葉が俺に向けられたものであると気が付いた。

 振り返ると、そこには独特な色彩の服を纏った女性が立っていた。というよりか、このアミューズメント施設の制服を着たスタッフだった。



「昨日女の子と……あ~、スッゴい元気な女の子と話してた方、ですよね?」

「え?…………あぁ、多分、そうです」



 想像もしていなかった展開にろくな返答もできなかった。しかしそんな俺の態度から溢れたように出された肯定の言葉を聞くと、スタッフの女性は安堵した様な溜め息を小さく吐いた。



「本日も来ていただき、ありがとうございます。とは言え、目的は達成できなかった様子ですが」



 悪戯っぽく笑うスタッフの女性。そこで漸く俺は目の前の女性が、昨日クレーンゲーム1回無料券を手渡したお姉さんであることを思い出した。



「目的の人は、もう帰られましたよ」



 何も言っていないのに、お姉さんはそう言った。一方的な言葉であったが、俺の心がささくれることはなかった。

 そうですか、と、隠しもせずに俺は応えた。

 不思議と穏やかな気持ちだった。フラストレーションが溜まるわけでもなく、むしろ現実を素直に受け入れる俺がいた。



「今日も、あの子のプライズをトりにきたの?」



 不意に、お姉さんの雰囲気が変わったような気がした。そして何より、その言葉の真意が分からなかった。

 トる?取る?……盗る?そんなばかな。



「あの子ね、ここ数日間、毎日来ては同じ筐体に向かってる。何回も挑戦して、何回も失敗して。こんなケチ臭い仕掛けだらけの機械にだよ」



 ケチ臭い……それを店員さんが言ってしまいますか。



「それに、あの子いつも笑顔でしょ。

 ……1度だけね、取りやすいようにプライズの位置を動かしましょうかって、言ったことがあるの。そしたらさ、怒られちゃった。『今良いところだから』ってさ」



 まぁ、それ言うときも楽しそうだったんだけどね、と。

 何故俺にそんな話をするのか。

 というか口調も大分ラフになってきましたね。

 しかし、サボってないで仕事したらどうですか?などと言えるような様子ではなかった。

 お姉さんは、ハイテンションガールのことを「あの子」と呼んだ。まるで、姉が妹を心配するかの様な、そんな優しさが含まれているような気がした。



「ハイテ……彼女は、今日も昨日と同じ時間に来ていましたか?」



 そう聞くとお姉さんは、毎日だよ、と答えた。

 毎日。少なくともここ数日間、毎日。

 ……一体どれだけの諭吉さんを硬貨化させているのだろう。

 そこかよ、と、どこからともなく静かなツッコミが入った気がした。



「今日話し掛けたのはね、あの子にプライズを取ってあげてほしい、ということをお願いしにきたの」

「え、俺が?」

「少なくともここにはあなたしかお客様がいないわけだけど」



 何を突拍子もないことを言い出すのか、思わず間の抜けた返答をしてしまった。

 そもそも何故店員が客にそんなことを頼む?いや、先程のお姉さんの様子から、あまりにプライズが取れないハイテンションガールのことを哀れに思ったが故と考えるなら、まだ納得できよう。

 だからとは言え、それでも俺に頼む理由には弱い。



「何で自分なのか、って顔ね。当たり前だけど」



 そう言いつつ、お姉さんはどこか言いづらそうに視線を泳がせだす。いや、どう説明するべきか迷っていると言った方が正しいだろうか。



「……こんなこと言うと、あの子にもあなたにも失礼なのかもしれないけど。

あなたが初めてだったんだよね。あの子とあんなに話す人」



 俺の脳裏に、昨日のハイテンションガールの笑顔がちらついた。

 向けられた笑顔と明るい声、楽しそうな雰囲気。

 不意に、それがとても寂しいものの表れの様に感じた。

 しかしそれを否定しようとする自分もいた。その理由は分からないが。



「あんなに気軽に話し掛けてくる相手と、話せない人なんているんですか?」

「だからこそ、話せないんだと思うけど。あからさまに煙たがる人も多いし。あと、あの圧迫感に負けたりね。あなただって、最初のうちは気圧されてたでしょ」



 この人、一体いつから覗き見していたんだ。



「でもね、あなたはあの子と普通に話した。冗談言い合えるくらいに打ち解けて。

それがね、私は凄く嬉しかったの。全然私とは関係無い子なのにね」

「……それで、打ち解けていた様に見えた俺にお願いを?」

「うん」



 真っ直ぐに、お姉さんは俺を見据えてくる。他意は無い、と瞳は訴えていた様に見えた。

 俺としては別に構わない提案だ。ハイテンションガールに会えるならこちらからウェルカムであるし、強いて言うなら俺の所持金が大丈夫かという点だけが気掛かりか。

 しかしそれらを加味しても、俺には不安が残っていた。所持金ではなく。



「手伝うのは一向に構いませんけど……彼女が手伝うことを良しとするかどうか」



 あれだけ全力で楽しんでいたのだ。プライズを手に入れたいという気持ちは勿論あるだろうが、何よりゲームを楽しむ姿に、余所者が介入していいものか。



「そこは頑張り所ね」



 このお姉さんはそれなりに頼りにしても大丈夫そうか。



「あなたならいけるわ」

「……ん?それはプライズを取れるという話、ですよね?」

「全部よ、全部」



 決定、このお姉さんは頼りにしてはいけないようで。

 成功したら好きなプライズご褒美するから、と、軽快な笑顔を贈られたがあまり嬉しくない。女性から笑顔を向けられる回数は人生の中でもそうそうなかったが、これが向けられて嬉しくない笑顔というものか。



「私もできるだけ支援はするから。冗談でもなく、わりかし本気だって思ってくれると嬉しい」



 言われずとも、本気だということくらいは察することができる。

 任され、引き受けたのだ。

 少し頑張ろうと、俺は静かに覚悟を決めたのだった。


 その後、決行は明日と告げられたことには度肝を抜いたが。

大学があることを伝えたが―――



「そんなに大事な講義なの?」



 その返答に言葉を詰まらせた時点で、俺の負けは確定していたのだろう。

 良いサボりの口実ができたと一瞬考えたが、女の子と一緒にクレーンゲームをやるため講義をサボる、などとぬかすことのどこが良い口実なのかとすぐさま気付いたとき、俺の密かに続いていた皆勤賞劇は静かに幕を閉じたのだった。

 別に悲しくはない。

 ……別に悲しくはない。

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