質疑応答
「このゲームを辞退することは可能か」
真っ先に、李が質問する。
「おや、君はそのお金が要らないのかね? そんなに裕福な生活ではなかったと思うが?」
「ここに連れてきたということは、それなりに俺たちのことを知っているとは思っていたが……。別に金が欲しくないわけじゃないが、こんなくだらないゲームに参加したくはないし、こんな悪趣味なゲームを開催する奴の金ならなおさら不要だ」
「おやおや、金は金ですから、誰からもらおうともその価値は変わらないと思いますけどね。それに、あなたがそんなことを気にするような人だとは思いませんでしたよ、李千里君」
李は顔をしかめるも、この言葉を黙殺した。
「それに、よく考えてみてください。このゲームは明らかに君たちに有利なんですよ。いくら武装しているとはいえ、私たち襲う側はたったの二人しかいない。それに対して君たちは二十三人もいる。報酬は生き残りの人で等分とは言いましたが、仮に全員生き残っても、一人当たり十億円ももらえるのですよ。皆で一致団結して私たちを捕まえようとするのも容易でしょう。まして、日本一有名なT大学に入っている、あなたのような人ならね」
T大という言葉に、幾人かが驚きの声を上げる。
同じくT大である橘は、目立ちたくないし頼られるのも嫌なので、自分もT大であることは黙っていようと思った。
「それに、このゲームに参加するヒツジ役の皆さんには朗報ですが、そこにいる李千里君だけでなく、そこの全身黒服で統一された、地味な感じの顔立ちの男もまたT大生ですよ」
橘のことだ。先程の決心は早くも無駄になった。
それと、どうでもいいことだが、橘は基本全身黒服で通している。何か信念があるわけはない。ただ、黒服だと汚れが目立たないのだ。しばらく服洗わなくてもばれないのだ。
「君たちヒツジ役には、それだけ頭のいい人材がいる。私を捕まえるのは非常に容易いのではないかな? ああ、それと李君の質問だが、残念ながらこのゲームの拒否権はない。まあ、早く家に帰りたいのなら、すぐに私を捕えられるように知恵を振り絞ることだね」
「このゲームの目的は教えてくれるのかしら」
すぐに、如月が次の質問をする。
「目的か……。単純にスリルを楽しみたいから、では納得してくれないかな」
「納得しがたいわね。できれば、私たちが命を懸けられるだけの理由が欲しいわ。まあ、あるとは思えないけど」
オオカミ使いは、橘の目からすると、少し微笑んだように見えた。
「どうだろうねぇ。もしかしたら至極まっとうな理由があるかもしれないよ。でもそれは、君が生き残った時の楽しみにしておいてもらおうかな。それでは、ほかに質問は?」
実際、李と如月以外はまだこの状況を呑み込みきれていないのだろう。質問はしばらく上がることはなかった。
「一つ、僕からも質問してもいいですか」
そこで橘は、先のオオカミ使いの言葉で引っかかった言葉を思い返し、尋ねてみることにした。
「もちろん構わないが、何かな?」
「さっき、オオカミ使いさん、僕たちに対してこの島、無月島でしたっけ?を、すでに知っている風に話しましたけど、どういうことですか? 僕は少なくともこの島がそんな名前の島であることさえ、っていうか、ここが島の上に立つ館であることも知らなかったんですけど」
ここが、如月さんが昔住んでいた家かどうかはさすがに聞かない。如月さんの立場が悪くなっちゃうかもしれないからね。
「そうか、君はこの無月島に来たことはなかったね。ふふ、これも私が用意した面白要素の一つかな。君たちの中には何人か、ほかのメンバーとは違う要素を持った人がいるのだよ。私としては、君たちの疑心暗鬼を誘うためのサービスであり、また、君たちヒツジがオオカミを炙り出すのに役立つかと思って善意で組み込んだものさ。ああ、ここまで言えば分かっただろうが、要するに、君を除くここにいる多くが、一度はこの無月島に来たことがあったのでね、あえてそう言ったまでだよ」
「なるほど、よくわかりました」
橘の質問のあと、ちらほらと質問する者もいたが、結局大した回答は得られなかった。
質問がほとんどでなくなり、リビングを沈黙が支配し始めたころ、オオカミ使いが一度手を叩き、皆の注目を集めると、
「どうやら質問はなくなったようだね。それでは、『ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム』を始めようじゃないか」
と、高らかに宣言し、それと同時にテレビ画面に映っていたオオカミ使いが消えた。テレビの電源が切れたのだ。
リビングにほっとした空気が流れる。が、唐突にテレビが点き、オオカミ使いが再び現れる。
「おっと、一つ伝え忘れていたことがあった。君たちはこの後お互いに自己紹介の一つでもするだろうが、自分以外の二十三人の名前をすべて覚えるのは、少し無理があるだろう。というわけで、私からのサービスだ。君たちのいるリビングにある箪笥のどこかに、君たち全員の名前が書かれた名札が入っている。ぜひ活用してくれたまえ」
オオカミ使いがそう言い終えると同時に、再びテレビの電源が切れ、二度と点くことはなかった。
(無月島内の機械が多く置かれたある一室)
オオカミ使いが、一度大きくため息をつくと、近くに立っていた白髪の男がしゃべりかけてきた。
「始めるんだな」
「そうだな」
オオカミ使いが白髪の男のほうを向き、その表情を見て一度苦笑する。
「そんなに心配そうな顔で見ないでくれ。無事に終わらせてみせるさ」
「この顔は生まれつきだ」
白髪の男はそう反論するが、明らかに不安な様子で足踏みをしていた。
「なんだか悪い予感がする」
白髪の男がオオカミ使いに語りかけるが、オオカミ使いは笑って受け流す。
「大丈夫だ。大丈夫……」
そうつぶやくオオカミ使いの笑い顔にも、一抹の陰りが見え隠れしていた。