策その1
「僕が皆より多く情報を持っていたことは話したね。それに伴い、オオカミ使いが本当にこんな殺戮ゲームをしようとしているのか疑っていたことも分かってもらえたと思う。でも、もちろんこの情報だけからそんな楽観的な考えを信じたりはしなかった。如月さんが、延いてはその一族がこのゲームに関わっていることは想像できたけど、やろうとしていることが本気かどうかの確証はなかったから。だけどオオカミ使いが説明してくれたゲームのルール。この内容をよく考えてみたとき、やっぱりオオカミ使いは殺戮ゲームなんてする気じゃないんだと思った。理由はすでに速見君が話していたことと一緒だ。速見君、悪いけどもう一度説明してくれないかな?」
「分かりました」
橘に話を振られ、速見が背筋を伸ばして答える。
「一つは、無月島に集められたヒツジの数。オオカミを除いて二十三人という多すぎず少なすぎず、中途半端な数だったこと。
一つは、報酬として伝えられた十億円。ルール上には仲間割れを起こすためと思われる『羊の数が減れば減るほど一人当たりの報酬が増える』というものがありました。ですが、十億という額はこのルールを不要とするほどの大金であり、仲間割れを起こさせようとする趣旨に反していたこと。
一つは、殺害を容認する一言がなかったこと。もし仲間割れを起こしたかったのなら、あって当然の一言だったのにそれを言わなかった。
この三つから僕は、オオカミ使いに殺し合いをさせる意図はないのだと考えました」
よくよく考えてみると速見の口から直接聞くのは初めてだと思いつつ、橘は満足げに頷いた。自分の考えとほとんど変わらない答え。もしあと一歩、彼が深く考えてこの次の行動をとれていたのなら、今この場で話しているのは自身ではなく、速見だったかもしれない。
「速見君の考えは僕の考えとほぼ合致する。それにもう一つ付け足すなら、館に隠されていた武器。まあこれは今だから言えることだけど、館に隠されている武器はどれもたいして殺傷能力のある武器じゃなかった。キューとか傘とか彫刻刀とか、はっきり言って厨房にあった包丁の方がましだろうってものばかりだ。ここからも殺し合いをさせるつもりがなかったことが窺えるね。
でだ、僕は今速見君が挙げてくれたルールへの違和感と、元から持っていた情報からオオカミ使いが本気で殺戮ゲームをするつもりはないと考えた。とはいえまだ確信できるレベルではない。だから、僕はある策を実行したんだ。まあ策っていうほど大げさなことではなく、オオカミ使いと直接喋って真意を確かめるってものだけどね」
「お、おいおい、いつそんなことしたんだよ! つうかそれって速見がやろうとして失敗したことじゃ――」
「速見君が失敗した原因は、速見君以外の目もある中で対話に持ち込もうとしたことだ。オオカミ使いは確かにみんなを殺す気はなかったけど、殺すふりはするつもりだった。だから速見君の目論み通りに彼の前に現れて対話をすることはできなかったんだ。それをしてしまえば、速見君の考えを肯定することに繋がって、この舞台を用意した意味がなくなってしまうから」
「でもあなたにいつそんな機会があったのかしら? ああ、もしかしてオオカミ使いに襲われたというのは狂言で、その間にそれらの話をすでに?」
「おしいけどそれは違うよ、天童さん。というか、僕がオオカミ使いと対話したわけじゃないんだよね。オオカミ使いと実際に話を行ったのは、浜田さんだよ」
「浜田が?」
全員の視線が浜田に集中する。この無月島に来て、最も姿を見る機会が少なかったのが浜田だろう。ほとんどの時間部屋に引きこもっており、顔を見せたのは一番最初にリビングに集まった時と、初日の夕食の時だけだ。
まさか今回の件に彼が関わっていると思っていなかった人が多いようで、驚くというよりも困惑した表情を浮かべている。真目などは、浜田の顔をあまり覚えていなかったらしく、首を捻りながら彼の顔を凝視していた。
「ここから先の話は僕より浜田さんの方ができると思うから、一度説明を変わってもらってもいいかな?」
「面倒だが、仕方ねぇな」
両腕を組み、退屈そうに欠伸しながら答える。浜田は橘とはほぼ最初から協力関係になっており、実のところ橘とほぼ同じ手札を持っている。そのため、今の状況は彼にとって暇以外の何物でもないようだ。
浜田は欠伸をかみ殺すと、頭を掻きながら言った。
「ここにいる誰もが知ってるだろうが、俺はオオカミ使いによるゲーム説明後すぐ自室に戻った。あそこでお前らの自己紹介を聞くのが面倒だってのが一番の理由だったが、一応他にも理由はあってな。集団から離れ一人引き籠る奴。そんな馬鹿が現れたとき、ただ放置せずにうまく利用しようとする奴が現れるんじゃないかと思ったんだよ。つうか、ここで何も接触してこないようならマジで俺一人で何とかするしかないと思ってた」
「何だか腹立たしい言い方ね。別にあなたのことを利用しなくても勝てる方法ならいくらでもあったはずよ」
浜田の言葉が癪に障ったのか、天童が嘲笑を含んだ口調で言った。特に反論することなく、浜田は話を続ける。
「で、これも全員知ってるだろうが橘と千夏、それに如月の三人が俺の部屋にやってきた。この時の会話は大したもんじゃなくてすぐに追い返したが、その後すぐに橘だけが戻ってきてある提案をしてきた。その提案ってのは、要約すると『オオカミ使いが現れるまで誰が来ても部屋の扉を開けるな』ってものだった」
「……それって、どういうことだ?」
「……なるほど、随分と思い切った手だな」
橘が取った策について、理解できた人とできてない人から全く別の言葉が漏れる。理解できていない人たちに面倒そうな視線を向けつつ、浜田はすぐに説明を始めた。
「今までの話の流れから分かって然るべきだと思うんだがな。オオカミ使いが現れるまで扉を開けないってことは、このゲームを早々に下りるってことと同義なんだよ。もしオオカミ使いが本気で殺戮ゲームをするつもりだったなら、部屋から出ずに一人でいる俺を殺さない理由がない。橘の考えている通り殺戮などではなく別の目的があるとしたら、部屋から出ずに誰とも関わらない俺を放置しておく必要はない。ゲームを降りるようにさっさと告げに来るだろう。つまり、真実がどちらにしろ橘の提案を呑むことでオオカミ使いを誘い出し、一対一の対話に持ち込めるってわけだ。当然この提案を断る理由なんてなかったから、すぐに了承した」
「すぐに了承したって……もしオオカミ使いが本気で俺たちのことを皆殺しにするつもりだったらとか考えなかったのか? 普通そんな提案怖くて受けられないと思うんだが」
信じられないと言った表情で四宮が聞く。
確かに、普通ならこんな提案を受けたりはしないだろう。もちろん橘はこの提案をするにあたって、先と同様の説明を行いオオカミ使いが本気で殺戮ゲームをするつもりはないだろうということを説明した。しかし、そもそもこの時点で橘がオオカミでない保証はなかったわけで、提案を呑むのは無謀だと言っても過言ではなかったはずだ。仮に信じたとしても、「だったらお前がやればいいだろ」と言われてしかるべきこと。だが浜田は、一切躊躇うことなく了承してくれた。橘からすると嬉しい誤算ではあったが、危険な役回りを任せてしまったことについては申し訳なさを感じている。
当の浜田は全くそのことを気にかけていないらしく、淡々と答えた。
「怖いなんて全く思わなかったよ。そもそも俺は橘から提案されなくとも、部屋に引きこもってオオカミ使いが殺しに来るのを待つつもりだったからな。毒ガスでも使われたらアウトだったかもしれないが、部屋の中っていう狭いステージだったら銃を使われようが勝つ自信はあった。万が一勝てずに殺されたなら、そん時はそん時だしな。あんな意味不明な島に強制的に連れ去られた時点で、半分以上死ぬ覚悟はしてたしよ」
潔い、というよりも、もはや投げやりに聞こえるセリフを堂々と吐く。
呆れを通り越して、何人かの人は尊敬(?)のまなざしを浜田に向けていた。
何だか「浜田さん凄いっすね!」という話で完結しそうになっているが、まさかここで話が終わるわけもない。眉間にしわを寄せた李が、「それで」と続きを促してきた。
「礼人の行った策というのは分かった。だが、大事なのはそこからだろ。結果的にオオカミ使いは殺人鬼でなかったわけだから、その後無事に話し合が行われたはずだ。そこでお前はどんな話をした――いや、どんな話をするよう礼人から伝えられたんだ」
横目で橘を睨みながら李が言う。
「そいつからは、もしオオカミ使いが対話に応じてくれた場合、ゲームへの協力を申し込むよう伝えられてたよ。お前の想像通りオオカミ使いは対話に応じてくれたからな。できるだけ早く、それも安全にゲームを終えられるようお前の手伝いをさせろ――そうオオカミ使いに提案した」
「その場でオオカミ使いを説得して、ゲームを終わらせようとは思わなかったのか」
「そんな不可能なことをしようとは思わなかったよ。俺の部屋にオオカミ使いが現れたのは、橘を襲って俺たち全員から追いかけられたすぐ後のこと。まだ白石も死んでないし、裏切者がいると分かってさえいない時だったんだ。ただ、橘からはもう一つ話すように頼まれていたことがあったからな。そっちはちゃんとオオカミ使いに提案したぜ」
「もう一つ? 礼人だってその時点では情報はほぼゼロだったはずだ。一体何を頼んだっていうんだ」
全員の視線が浜田ではなく橘に突き刺さる。
今話してるのは浜田さんなんだから僕を見ないでほしいなー、という思いは誰にも届かず、肩をすくめて席に縮こまる橘。別にその姿が哀れだったからではないだろうが、浜田はすぐさま答えを言った。
「地下迷宮を動き回る権利と、それに伴いオオカミ使い自身にも暇な時間を使って島中に仕掛けられた爆弾を探す手伝いをしてもらうことだ」
「爆弾を探す手伝い……だと?」
「そうだ。これを聞かされたときは俺も驚いたが、橘はすでに館及び島中のいたるところに爆弾が仕掛けられている可能性を考えていた。裏切者がいるかどうかどころか、オオカミ使いの真意すら分かっていない段階でだ」
「………………」
無言。誰も言葉を発そうとはせず、畏怖の視線を橘に向けて黙り込んでしまう。
この雰囲気では喋らないでいる方がきついと思い始めた橘は、手で浜田を制してから口を開いた――諦観の微笑を浮かべながら。
「浜田さん、そこからはまた僕が話すよ。この後も少し話してもらう機会があると思うけど、とりあえずは交代ということで。さて、僕の思考が分からずに戸惑っている人が多いと思うけど、ちゃんと説明するから一旦落ち着いてね。今からする話を聞けばすぐに理解できると思うし、そんなに驚くようなことでもないから」
大きく一度深呼吸。再び話す姿勢にチェンジ。
「まず爆弾が仕掛けられていると思った理由だけど――」




