爆発
この場にいる誰もが音田と望月の会話を集中して聞いていた。
しかし、今の望月の発言を理解することができたのは、おそらく音田のみだっただろう。望月の話の運び方についてこられず、李でさえ顔をしかめて話を聞き過ごしている。
しばらくしても口を開かない音田に代わり、伊吹が冷めた視線を望月に投げかけた。
「今の話がこの状況と何の関係があると?」
望月は表情を変えることなく、ふるふると首を横に振る。
「詳細は明かせないけど、これはすごく重要なことなの。もうしばらくの間口を挟まずに黙っていてくれないかな」
つれない言葉に肩をすくめてみせると、伊吹はさらに一歩、二人から距離を取った。
「それで、答えらえないっていうのが答えってことでいいのかな。だったらもう一つ聞きたいことが――」
「めんどくさい」
さらなる質問をしようとした望月の言葉を遮り、音田がぼそりと呟く。
そして、口の前で両手をメガホンのようにすると、
「めんどくさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」
と叫びなおした。
あまりの大声に、リビングにいる全員が慌てて耳をふさぐ。殊に、音田の目の前に立っていた望月は耳をふさぐだけでは足らず、その場にしゃがみこんでいた。
一体あの小さな体のどこからあんな大きな声が出せるのか。驚きのあまり一様に体を固くした皆を尻目に、その元凶である彼女はずんずんとテーブルの上を歩きだした。
あまりにも堂々と歩いていく姿に呆気にとられ、誰もその行く手を阻もうとはしない。音田はテーブルの上から降りるとそのままホールに繋がる扉から出ようとする。そんな彼女の前に、流石にこのまま通してはいけないと思い至った速見が、扉を塞ぐような形で立ちはだかった。
「音田さん、どこに行くつもりですか」
警戒した口調で話しかける速見を気にも留めず、「どいて」と言って無理やりその体を押しのける。思っていたよりも強い力だったためか、難なく速見は床に押し倒された。音田はその勢いのまま扉を開け放ち、ホールへと飛び出していく。
事ここに至り、全員が慌てて音田の後を追いかけ始めた。先程まで逃げるつもりはないと言っていた彼女の突然の逃走に、今までずっと俯いていた橘でさえ驚いた様子で追いかけだす。
リビングから走り出ていった一向だが、ホールへ出た途端ある違和感に襲われた。というのも、先程までは閉まっていた館中の扉が、全て開け放たれていたのだ。なぜ扉が開いているのか分からず、数人が立ち止まってあたりを見回す。
「おい、考えるのは後にしろ」
李の声に反応して音田へと視線を戻すと、早くも彼女は階段を駆け上がり二階に向かっていた。
足を止めずに音田を追っていたのは伊吹だけだったらしく、一人音田の数歩後ろを駆けている。
望月らは急いで二人に追いつこうと、扉が開いていたことについて考えるのをやめ再び走り出す。
だが、その間にも音田は二階へとたどり着き――
「おう、お前ら何やってんだ?」
複数ある客室の一部屋からひょっこりと浜田が顔を出した。
怪我を負っている様子は一切ないものの、額からは汗を流し、少し顔が赤らんでいる。肩で息をしていることからも、つい先ほどまで彼が激しく動いていたことが窺われる。
まさかここで浜田が現れると思っていなかったため、驚きにより今度こそ全員の足が止まる。しかしすぐに、浜田の登場を好機と思ったのか、音田は一番近くの部屋ではなく浜田のいる部屋に向かって走り出した。
「浜田君、ちょっとの間匿ってください!」
「浜田、そいつを捕まえろ」
走りながら音田と伊吹が同時に叫ぶ。
一体何が起こっているのか分かっていない様子の浜田は、どちらの言うことを聞けばいいのか分からず目を白黒させて固まっている。
浜田が自分の行く手を邪魔しようとしなかったために、結果として音田に有利な状況が生まれた。浜田のわきを抜け、素早く部屋の中に。だが、ほとんど音田に追いついていた伊吹も、浜田を押しのけてすかさず部屋へと入って行く。
階下にいる李たちの目に、ついに伊吹の手が音田を捉えたのが映る。
慌てて音田が振り返った瞬間――館中を震わせる爆発が起こった。
爆発から生じた衝撃波により、階段を登りかけていた波布が転がり落ちてくる。周りのメンバーも突然の爆発に驚き、悲鳴を上げながら床に伏せた。
しばらくの間次の衝撃に備えて伏せたままにしていた一同だが、いくら待っても何も起こらないため恐る恐る体を起こしていく。
一体何が起こったのか状況を確認しようと、李は爆発の音源へと視線を向けた。一瞬前まで音田と伊吹、そして浜田がいた部屋。そこはもはや部屋と呼べる姿になく、天井が崩れたことで生じた瓦礫に埋まっていた。
李同様、部屋の惨状に気づいた人から声にならない悲鳴が上がっていく。かなり強い衝撃波を生んだ爆発。さらには今の部屋の有様から、中にいた三人が無事ではないだろうことが自然と思い浮かぶ。
そもそもなぜ爆発が起こったのか? 仮にオオカミ使いの仕業だったとしたら、どうして味方であるはずのオオカミまで巻き添えに爆破したのか?
疑問がぐるぐると彼らの頭を飛び交うが、パニック状態に陥っていることもあり全く答えが浮かばない。
ふと、このままではいけないと思い、李は全員に声をかけた。
「……とりあえず、俺はあの部屋を見てくる。お前らは動かずにここで待機していろ」
李の呼びかけは聞こえているだろうが、誰からも返事は返ってこない。突然起こった衝撃の事態に、頭がまだ追い付いていないのだ。
李自身も混乱していて正常に思考できていないため、彼らを責めるようなことはせず、淡々と一人階段を上って二階へと向かう。
爆発した部屋の前に立ち、その周囲を観察する。一階から見えた惨状とそれほどまで変わらず、三人の入っていた部屋のみが瓦礫に埋もれている。不思議と周りの部屋には被害がないことから、思っていたほどの威力ではなかったのかもしれないと考える。それとも、天井に比べて周りの壁はかなり頑丈に作られていたということなのか。
ただ、どちらにしろ、中にいた三人が無事であるようには思えなかった。
試しに声をかけてみたほうがいいだろうかと思うも、そもそも無事であれば助けを呼ぶ声が聞こえるはずだと考えなおす。
三人の救助を諦め、一階に降りようとする李。しかし、彼の足はすぐに立ち止まることになった。彼が一階に視線を向けると、そこには皆の輪を外れ駆けだしている星野と速見の姿が映ったからだ。
一体何が起こっているのか分からず、呆然と彼らの動きを目で追う。どうやら周りのメンバーは二人が走り出したことに気づいていないらしく、今も魂が抜けたように立ち尽くしている。
なんだか嫌な予感がして、すぐにそのことを知らせようと口を開く――が、それより早く目の前の階段が唐突に爆発した。
先の爆発よりも遥かに強い衝撃が走る。爆風に押され、李は目を閉じて体をよろめかせた。
――爆風が収まるのを待ち、ゆっくりと目を開ける。目の前で爆発が起こったことから予想はしていたが、階段の中央部分が完全に崩れ落ち、通行が不可能になっていた。
「千里、大丈夫かい!」
下から橘が声をかけてくる。
真っ先にこちらの心配をしたということは、一階にいるやつらは無事ということだろうか。しかし声の主が礼人である以上、単に俺のことを気にかけて突発的に言っただけかもしれない。まだどこかぼやけた思考の中で、李はそんなことを考えた。
「俺は大丈夫だ。お前らこそ無事なのか」
下を覗き見るようにしながら聞く。
「うん、こっちは……あれ! 星野さんと速――」
星野と速見がいなくなっていることに気づいた橘が驚きの声を漏らすと同時に、再び爆発音が響き渡った。それも一か所ではなく、複数の場所から同時に。
一体何が起こっているのかはさっぱりわからないが、とにかくこのままここにいることが危険なのは間違いなさそうだ。もしかしたらゲームに勝てないと悟ったオオカミ使いが、館ごと殺しにかかっているのかもしれない。
李は階下にいる橘らに向けて叫んだ。
「この館の中にいるのはヤバそうだ! 俺は隠し通路を使って外に向かうから、お前らも今すぐこの館から脱出しろ!」
「分かった! 千里も焦らずに急いで脱出してね!」
李の呼びかけに比較的冷静に応じる橘。だがその周りは続けざまに起こった爆発でパニック状態に陥ったらしく、焦った声が飛び交っている。
すぐに地下通路から逃げようと考えていた李だが、その声に不安を覚え、一階をのぞき込んだ。
どっちに逃げていいか分からず中央に固まっている面々。そんな中、顔を真っ青にした波布が早く館から出ようと、外へと通じる扉に向かって走り出した。だが、出口まであと数歩のところで出口周辺が一斉に爆発。腰を抜かせて座り込んでしまった波布を小林が引きずって回収する。その後、望月がリビングを指さして何か言い、そのまま全員でリビングへ向かって走っていった。
それら一連の動きを見届けてから、李は急いで近くの部屋に飛び込み、開いたままの隠し通路の中に入って行った。




