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無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~  作者: 天草一樹
第二章:視点はおそらく李千里

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駆け引き

「いやいやお前、突然何意味わかんねぇこと言ってんだよ。そんなお前らに圧倒的有利なゲーム受けるわけないだろ!」


 さっそく波布が否定の声を上げる。

 その言葉の意味が分からないのか、音田は首をかしげて聞いてくる。


「どうして私たちに有利なんですか? さっきよりもはるかに皆さんに有利だと思うんですけど?」

「はぁ? この島のことはお前らの方がはるかに詳しいし、地下や森まで入れたら探すのにどんだけ時間かかると思ってんだよ。それにお前らは隠し扉を自由に開閉できる立場にもあるし、そもそも俺たちの動きを監視カメラで察知できるんだ。明らかに俺たちの方が不利じゃねぇか」

「安心してください。さすがに私だってその条件で探せなんて言いませんとも。それではフェアな勝負にはなりませんからね。追加の説明として、

・行う範囲はこの館と地下のみである

・隠し扉は一切操作しない

・皆さんが入れないような場所には隠れない

・監視カメラは使用しない

 ことを宣言しておきます」

「で、でも、お前らがその約束を守るかどうかは俺たちには――」

「これは周知のことだと思いますが、私達は嘘はつきません。これがゲームである以上、そのルールを破ってしまい楽しくなくなるのは私達主催者側なのです。ただ単に皆さんを殺したいだけなら、いくらでも殺す方法はあるのです。それは常に念頭に入れておいてください」


 反論する言葉を失い、渋々と黙り込む波布。

 もはや恒例のことなので誰も波布を気にかける者はいない。それよりも、この提案が自分たちにとって本当に有利なのか。皆の注目事はただそれのみであった。

 李も時折周りに目をやりながら、音田の話を咀嚼していた。

 ――こちらが圧倒的に有利な話、ではない。地下を少し歩いただけだが、かなり複雑に入り組んでいることは確か。もしあそこを全力で逃げ回られたら、いくら数で有利でも捕まえるのは一筋縄ではいかないだろう。さらに気がかりなのは、相手が襲ってこないと宣言していること。本来なら喜ぶべき事態に思えるが、こちらの危機感と焦燥感を下げるという意味でとかく都合が悪い。まだ自分以外にも残っている人がいるから大丈夫だろう。そんな雰囲気が形成され、仲間同士での連携もうまくいかなくなる恐れがある。

 それからもう一つ。念のためにこれも交渉しておいた方がいいだろう。

 李は音田に目を向けて言った。


「どうせその案を俺たちが退けることはできないだろうが、それを受け入れる代わりに二つ条件を足してくれ」

「いいでしょう。して、その条件とは?」

「一つは、この先誰かが死のうとも報酬の額を増やさないこと。もう一つは、もし羊側の中で傷害・殺人を行ったやつがいたら、そいつを率先して犠牲者に選んでほしいこと」

「ぬふふふ。李君は優しいですねぇ。いえいえ、用意周到というべきなのでしょうが。もちろんいいですよ。その条件、付けたさせてもらいます」

「裏切り防止のためか」


 伊吹がぼそりと呟く。

 これから始まる『追いかけっこ』。先のゲームよりも人数の多さが重要になる。というのも、主催者側から攻撃されることがなくなるため、今までのようにグループにまとまらず個々人で動くことができるからだ。当然探すメンバーが多ければ多いほど、オオカミらを捕まえられる可能性は上がってくる。

 だが、各自で動くということは裏切者を作りやすいということでもある。すでにオオカミとオオカミ使いを見つけていても、あえて捕まえずに泳がせ、人数が減るのを待とうとする者がいるかもしれない。さすがにないとは思うが、欲に眩んで誰かを殺す人も現れるかもしれない。

 それら余計な不安事を、李の案が封殺してくれたわけだ。

 他に何か質問する人がいないか音田がじっと待っていると、望月がすっと手を上げた。

 全員の視線が望月に集まる。


「音田さん。今から本当にそのルールでゲームを再開するつもりなの?」

「はい、そうですよ。双方どちらも不利にしないためには、こうするしかありませんから」


 望月の質問に、音田は躊躇いなく首肯する。

 その言葉を聞いた望月は、ふっと覚悟を決めたような表情に切り替わった。


「悪いけど、私はその提案を受け入れられない」

「申し訳ないですが、あなたに断る権利はありませんよ?」


 目をぱちくりさせながら音田が言う。

 他のメンバーもどうして望月が突然こんなことを言い出したのか分からず、驚いた表情を向ける。

 望月はそれらの視線を意に介すことなく、少しばかり髪をかきあげた。


「断る権利がない? それはおかしいでしょ。オオカミ使いが負傷したのは私たち羊側が――主には李君が――うまく策を仕掛けた成果。だから、もしあなた達が本当にフェアな勝負をしたいのなら、その怪我を認めたうえで今まで通りゲームを続行するべきでしょ。不利になったらゲームのルールを変えられる。そんな状況下でこんなゲームは続けてられない」

「ふむ、望月さんの言いたいことは分かりますとも。しかし、今のオオカミ使いさんの力では一方的に皆さんを殺すか、一方的に皆さんに捕まるかの二択しか存在しないのです。それに私が提案した今のルールなら、今度こそ私達に言い訳の余地はありません。見つかって、捕まえられたら負けなのですから」


 フルフルと首を横に振りながら望月が言う。


「論点がずれてるよ、音田さん。今の音田さんの提案自体が、私達と主催者側の間に存在するギリギリの信頼関係――つまり、ルールは破られないという保証――を崩していることが問題なの。どんな状況であるにしろ、あなた達が不利になったらルールは変更される可能性がある。それはつまり、このゲームに私たちが勝っても生きて帰れる保証はないということに繋がるのだから」


 望月の言葉に、リビングにいる他のメンバーもざわつき始める。

 今まではどんなに不利なことを言われようとも、羊である自分たちには拒否する権利などないと思っていた。しかし、彼女の発言を聞き、その感情が揺れ始める。

 馬鹿正直に主催者側の指示に従ったとしても殺される可能性。今まで考えないようにしていたが、それを考えないといけない事態が迫っているのかもしれない。

 この場にいる全員の視線が、自ずと音田へと向かっていった。


「では、望月さんはどうしたいと?」


 音田の声から感情が抜け落ちていく。今まで無邪気な行動をとっていた人物とは思えない、冷めきった声。望月はそれにひるむことなく、はっきりと答えた。


「もちろん、ルールの変更なしにゲームを続行することを望むわ。万が一それを拒否するというのなら、音田さんにはここで人質になってもらう」

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