昼食づくり
「グツグツぐつー。早く茹で上がりませんかね~。お腹ペコペコでそろそろ充電が切れそうです」
「お、音田さんてやっぱりロボットだったんだね。だから、あんな狂ったような動きばかりしてたんだ」
「充電が切れるっていうのはあくまで比喩だよ空条君。まさか本気で言ってるわけじゃないよね? それに、確かに森の中で音田さん、かなり変な動きしてたけど狂ったとまで言うのはさすがにひどいんじゃないかな」
「フフフ、そんな気遣いなど無用ですよ千谷さん。実際あの時の私は『バッテリーがショートして狂い始めた近未来型ロボットの動き』の物まねをしていたのです。ここはむしろ空条君の慧眼を褒めるべき場面です」
「……いいから黙って料理を作れ」
内心では森林部隊(?)に入っていなくてよかったと安堵の息をつきながら、李が言った。
厨房に集まり料理をしている四人――実質音田は見ているだけで何もしていないから三人だが――は、音田の希望からナポリタンを作ることになり、今は鍋でパスタを茹でている最中。
李はパスタを時折かき混ぜながら、脳内で音田たちが話していた内容をまとめていた。
――あいつら、主に千谷と小林の話によると、黒子たちが現れてから森に逃げ込むまでは全員バラバラだったらしい。当然誰がどこにいるかもわからないで森の中を彷徨っていた、と。それで、森を彷徨って一時間くらいしたころに音田が叫んでいるのが聞こえて、千谷と空条がこれに合流。その時点ですでに音田のそばには伊吹が。千谷と空条が合流後も、まだだれか森の中で迷子になっている奴がいるかもしれないからと、音田がちょくちょく休憩しながら奇声を上げ続ける。それにつられて、小林も合流。小林に関してはそれまで真目を探して地下迷宮をウロウロしていた、か。そうして五人がそろった時点で急に音田がぶっ倒れる。別にオオカミ使いの攻撃を受けたとかいうわけではなく、純粋に眠りに入っただけだとか。森の中はあいつらが昼に言っていた通り深い霧に包まれていたそうだから、音田が静かにさえすればオオカミ使いも襲ってこれないだろうと考え、残りの四人で見張りを交代しながらそれぞれ眠りにつく。そして、時計はないから何時だか不明だが、日が昇ってくるのと同時に音田が復活。音田の騒音により全員起こされた後、再び音田が奇声&奇怪なダンス(?)をしながら残っている人がいないか森の中を一周。誰にも遭遇できなかったため、若干道に迷いながらも館に戻り今に至る、と。
パスタを軽く掬い上げ固さを確認する。もうしばらくは茹でた方がいいなと思い再びお湯の中に。そして、再度思考に没頭する。
――それにしても、こいつらのこの警戒心の低さはいったい何なのか。森の中でオオカミ使いに襲われなかったから危機感が薄れたのか? あの空条でさえ落ち着いているように見える。考えたくはないが、これも全部音田の影響と見るべきか。オオカミ使いがいつ襲ってくるか分からないことに変わりはない以上、危機感の欠如は致命的なミスにつながりかねない。どこかで一度くぎを刺しておくべきか。いや、下手に恐怖を煽る方が危険……。まあ先にオオカミ使いを捕まえてしまえばいいだけの話だが。さて――
「おい、そろそろこっちは茹で上が……音田、何してるんだ?」
「ほへ? リンゴをかひってるだけでふが。むグむグ……ゴクン。もしかして何かまずかったでしょうか?」
「……リンゴを一つつまみ食いする程度ならいいが、その周りにある物も全部食べたのだとすれば問題だろ」
音田の周りには芯と種だけが残されたリンゴや、バナナの皮、サラミが入っていたと思わしき空のフィルム、中途半端に食べ残したチーズなどが多数。今はリンゴを右手に持ちつつ、左手にはキュウリを持っていることから、残骸がないだけで他にもいろいろと食べていた可能性がある。
これから昼食だというのに、すでに十分すぎる量の食材を食べている音田を見て、李は……何も言わずに無視することにした。
同様に音田を空気のように扱っている――というより何かを悟ったように受け入れている千谷と空条に近づき、料理を次の段階へ。人数が合計で十人と、それなりの数がいるために使う食材の量もかなり多くなり、混ぜ合わせるの一つとってもそれなりに時間がかかる。
炒める作業に関しては千谷と空条がやってくれるため、少しばかり手持ち無沙汰になった李は、皿を用意する傍ら空条に尋ねた。
「さっきの話し合いではほとんど喋ってなかったが、お前はどうして森に逃げ込んだんだ。霧のせいでほとんど視界ゼロになるような森の中に、わざわざ逃げ込んだ理由を知りたいんだが」
視線は手元に向けたまま、少し硬い声で空条が答える。
「黒子たちが襲ってくる直前、浜田さんが言ってましたよね。オオカミ使いだったら、やろうと思えば誰かをオオカミだと皆に思い込ませることも可能だって。それで僕、このまま皆と一緒に行動してていいのか不安に……。隣にいる奴が実はオオカミで、僕のことをスケープゴートにしようと企んでたらって……、そう考えたら皆と一緒にいるより森で一人、救助が来るのを待ってた方がいいように思えて……」
「成る程な。だが、だったらどうして音田の呼びかけに応じたんだ。あいつがオオカミである可能性だってあっただろ」
「それは……」
一度言い難そうに音田の方を見る。音田が食べるのに夢中になっているのを確認すると、空条はぼそぼそと言った。
「なんていうか、警戒心が全くないから……音田さんは。どう言っていいのか分からないけど、彼女のそばにいれば無事にいられるんじゃないかって。なんとなくだけどそう思えたから……。その、ごめん。あんまり理由っていうほどの理由はないと思う。単純に一人でいるのが怖くなったから、音田さんの呼びかけに応じて出て行っただけっていうのもあるから」
やはり、こいつらが異様なまでに落ち着いていられるのは音田が原因で間違いなさそうだ。
もう一つ聞いてもいいか。そう前置きして、李は小声で空条に尋ねた。
「千谷の話では音田の奇声を聞きつけて二人同時に音田のもとに着いた、というように聞こえたが、実際どっちが先に音田と合流したんだ」
李が声を潜めた理由が分からず困惑した様子になるも、同じように小声で空条も答え返す。
「確か、僕の方が少し早かったかな。僕が来てから数十秒後に千谷さんもやってきたんだ。……ほとんど同時だったことは間違いないよ」
「そうか。なら、最後に一つだけ聞きたい。お前が音田と合流したとき伊吹は何をやっていた。ただ音田の周りで突っ立ていただけか」
「う、うん。ただ黙ってじっと森を眺めてたと思うよ。……伊吹さん、何を考えてるのか分かりにくくて少し怖いから、あんまり見ないようにしてたんだけど。……この質問ってどういう意味があるの?」
「気にするな。ただ少し確認したかっただけの話だ」
サラッと話を切り上げると、李はそのまま口を閉ざした。
疑問を残したまま放置された空条が、そわそわと物言いたげに見つめてくる。
だが、すでに李の視界の中に空条は映っていなかった。




