オオカミ使いによるゲーム説明
テレビに映ったのは、翁の面を被ったがたいの良い一人の男(?)だった。
リビングにいるほぼ全員に緊張が走る中、翁の面をかぶった男が唐突に喋り始めた。
「皆さん、私の『無月館』へようこそ御出で下さいました。各々今の状況に戸惑っておいででしょうが、なに大したことはありません。私は皆さんと楽しいゲームをしようと思いこうしてお呼びした次第です」
リビングに集まったメンバーのうち、顔に刺青のある、いわゆるヤンキー風の伊達男がこの言葉に食って掛かった。
「は、ふざけんな! お呼びしたって、無理やり誘拐しておきながら何身勝手なこと言ってんだよ! 早く俺を家に帰せ!」
その言葉につられ、ほかのメンバーも思い思いに文句を投げかける。しばらく文句が言い続けられ、文句を上げる声が徐々に減ってきた頃合を見計らい、再び翁が語り始める。
「さて、皆さんのご意見は了解しました。しかし、まずは私の提案するゲームの内容を聞いてみてからもう一度考えてみてはどうでしょうか?」
「だから、そんなゲームはどうでもいいから……」
再びヤンキー風の男が文句を言おうとすると、李が口を挟んだ。
「いったん話を聞いたほうがいいだろ。この面の男の話を聞いた後でないとまともに質問に答えてもくれないだろうからな。そもそも、この閉じ込められた状態で、俺たちに面の男の話を聞く以外の選択肢は存在しないんだ」
冷静にそう言ってのけた李に気後れしたのか、ヤンキー風の男は口をつぐみ、不服そうにしながらも話を聞く姿勢になった。
翁の面をした男は、表情こそ見て取れないが、いかにも感心したというように大きく一度うなずくと、少し茶化すように口笛を吹いた。
「いやはや、優秀な若者がいてとても頼もしいことですな。まだまだ日本の将来は安泰だ」
李は翁の面の男が映るテレビを睨みつける。
「そんな言葉が聞きたいわけではない、さっさとそのゲームの内容とやらを教えろ」
「ふふ、まったく、物おじない若者だ。現在君たちの生殺与奪はすべて私が握っているというのに」
この言葉を聞き、再び全員に緊張が走る。
「ああ、そんな緊張する必要はないよ。いくら生殺与奪を握っているからと言ってすぐに殺すのでは、ここに呼び集めた意味がなくなってしまうからね。さて、余計な話はこれぐらいにして、君たちと私たちで行うゲームの内容を説明しようか。おっと、その前にまず、テーブルの下にあるトランクを一人一つずつ取り出してくれないかな。ああ、ひとつ百キロ近くあってすごく重いから、女性陣は男性陣の手を借りて引き出してもらうといい。ただし、私が開けていいというまで絶対にトランクを開けてはいけないよ」
皆戸惑いながらも、翁の面をした男の指示に従う。テーブルの下をのぞきこみ、言われた通りテーブルの下にあった、大型のやけに重いトランクケースを取り出した。
全員がトランクケースを取り出し終わった頃を見計らい、翁の面の男が再び口を開く。
「さて皆さん、一斉にトランクを開けてみてください。大丈夫、爆弾は入っていませんので」
何がおかしいのか、肩を震わせて含み笑いをしながら、トランクケースを開けるように命じてくる。
それぞれが開けていいのか戸惑い、お互いに顔を見合わせた後、意を決してトランクを開け始める。すると、トランクを開けたものから次々に驚きの声が上がった。橘もトランクの中に入っていたものを見て、とても驚いた。諭吉だ。
「そのトランク一つにつき、ちょうど十億円が入っています。ここには、全員合わせて二十四人いますからね。総額は二百四十億円といったところですか。どうです皆さん、それは、私からあなたたちに用意したプレゼントですよ」
「まじか、この金もらえるのか……」
ヤンキー風の男がぼそりと呟いた。その表情には、先程までの苛立ちが消え去り、突然出現した大金への欲が見え隠れしている。
「ええ、私に二言はありませんよ。それでは今度こそゲームの内容を説明させてもらいましょうか。これから私たちと君たちとで行うゲーム、その名も『ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム』」
この言葉を聞き、再びざわめき始めた場を制するように、翁の面の男はくぎを刺した。
「悪いがこれから先、ゲームの内容を語り終えるまで、質問は禁止とする。何か意見や疑問があったとしても後にしてもらうし、いちいち君たちのリアクションに構いはしない。静かに聞いていたまえ」
突然のどすを利かせた声に、全員が黙り込む。
「まずは大雑把に内容を説明させてもらうと、オオカミ使いである私が君たちを一人ずつ殺していくから、君たちは私に殺されないように逃げ回るというゲームだ」
「な、なんだよそのゲーム! ふざけ」
「口をはさむなと言ったはずだ」
批判の声は、オオカミ使いの一言で消滅する。
「言っておくが、決して君たちに不利なゲームではないのだよ。まずオオカミ使いは私一人だけだ。たいして君たちヒツジは二十三匹いる。数では明らかに君たちが有利だ。ただし私は少しばかり高性能な武器や秘密の通路などを使わせてもらうがね」
「二十三……」
ついオオカミ使いの言葉が引っ掛かり、橘がぼそりと口走る。と、オオカミ使いはそれに答えるように話を続けた。
「今私の話をよく聞いていたものならばわかっただろうが、ヒツジの数は二十三匹だ。そう、君たちの中に一匹だけオオカミがいる。オオカミはヒツジのふりをしながら君たちの中に紛れているが、陰では私の手伝いをし、チャンスとあらば君たちに牙をむけるだろう。故に君たちヒツジは、ヒツジのふりをしたオオカミと、オオカミ使いである私から殺されないようにしながら、逆に私たちを捕まえることが目的だ。まあこれが大まかなゲームの内容といったところかな。では、次に、この単純でつまらないゲームを面白くするためのいくつかの要素を説明しよう。
・面白要素その①:この館の中のありとあらゆるところに設置された、殺傷能力のある武器。
簡単に見つかっては面白くないから、見つからないように工夫しておいてある。見つけたその武器は、当然私との遭遇に備えて護身用として持っていてもよいし、ほかの仲間に相談して、オオカミに凶器が渡らないように捨ててもよい。もしくは、仲間であるほかのヒツジを殺す道具として用いてもよい。おっと、そんなことに用いるわけがないだろうと思うだろうが、次の面白要素を聞けば納得してもらえるだろう。
・面白要素その②:ヒツジ側、つまり君たちがこのゲームに勝利した際、君たちがもらえる報酬は、そこにある二百四十億を生き残りの人数で等分した額となる。
どうだい、武器の用途に幅が増えたとは思わないかな?
・面白要素その③:安全な食事
これは、君たちへの特別サービスだよ。厨房にある大きな冷蔵庫の中身は見たかね? 大量の食糧が入れられていたと思うが、すべて安心安全の品質を保証しよう。こんな孤島で食糧難にあっては、ゲームを楽しむこともできないだろうからね。
・面白要素その④:このゲームは、ヒツジの全滅、または、オオカミとオオカミ使いの捕獲による、ヒツジたちの勝利が決まるまで、永久に行われる。
もちろん、警察や家族が助けに来てくれることを期待してもいいが、残念ながらその期待が当たる確率はゼロだと言っておこう。
・面白要素その⑤:オオカミと、オオカミ使いを殺してはならない。
ふふふ、私も殺されたくないのでね、こんな要素をつけさせてもらった。君たちが私を殺してはいけないというのは、別に私が殺されたくないからというだけでは、もちろんない。いいかな、このゲームが行われる舞台は、この『無月館』含め、『無月島』全体だ。君たちはもう知っているだろうが、この無月島では、ある時期だけ月が見えなくなるのだよ。君たちは一度この島に来ているのだからわかっていることではあるだろうがね。まあ、それは置いといて、ここが無月島であるということは、君たちを連れてきたこの私でしか、この島から脱出する方法を持っていないということだ。
さて、このゲームの内容は一通り伝え終わった。それでは、質問タイムとしようではないか。ちなみに、質問は今この場でしか聞かないので、思いつく限りの質問をするのがよいぞ」