非難
「おいマジでふざけてんじゃねぇぞ! オオカミ使いに逃げられた上に如月まで攫われただと! 信じて任せてくれって言ったのは何だったんだよ!」
ついさっきまで意識を失っていた橘。
倒れていた橘の首には細い針が突き刺さっており、どうやら、その針に毒が塗ってあったようだ。オオカミ使いの身体検査をした際には見当たらなかったが、どこかに隠し持っていたらしい。
どんな経緯で首に針を刺される事態になったのかは分からないが、とにかくそうした理由から意識を失わされていた橘。
今も意識がぼんやりしているのか、頭を痛そうに抱えながら暗い表情で下を向いている。
だが、波布はそんな橘の様子をまるで気にせずに掴みかかり、一方的に怒鳴りたてていた。
「結局オオカミを捕まえるってのがどういう意味なのかも分からずじまいだし、完全に振出しに戻っちまっただろ! いや、あの女まで攫われたんだから状況はより悪化してやがる。どう落とし前つけてくれんだよ!」
「……ごめん」
焦点の合っていない目で、ぽつりとそう答える。
これ以上責めても無駄だと見限ったのか、波布は橘を突き飛ばすと、今度は沈鬱な表情でそれを眺めていた速見たちに食って掛かった。
「お前らもこいつの案が裏目に出たら責任取るって言ったよな。どうすんだよ! どうやってもう一度オオカミ使いを捕まえんだ! 何か考えがあるなら言ってみろよ!」
動揺を抑えきれないのか、真っ赤な顔でただただ責め立てる。
しかし、こと今回に関しては波布の言い分が正しいため、誰も反論することができない。
信じてくれと言った橘を、信じた結果がこの状況。「こうするしか、なさそうですね」と小さく呟いたかと思うと、速見が憐れんだ目で橘を見ながら言った。
「確かに、オオカミ使いには逃げられました。でも、これでオオカミが誰か、はっきりしたと言っても過言ではないでしょうか」
恐る恐る、前髪の隙間から星野も橘へと視線を送る。
「橘さんの提案通りにして……オオカミ使いが逃げた。つまり、橘さんがオオカミ……」
二人の言葉を聞き、ピクリと望月が体を震わせる。
対して波布は、当然だろと言った様子で大きく頷いた。
「まあ、それは間違いねぇよな。あのままじゃあ結局オオカミ使いの負けで終わるのは目に見えてたからな、仮に自分が捕まることになってもオオカミ使いを逃がしてやろうとしたんだろ。な、李も俺らと同じ意見だよな」
「……そうだな」
どこか苦しそうな顔をしながらも、否定することなくそう答える。
「んじゃ、何かで適当に縛って転がしておくか」
波布は医務室の中をぐるりと見まわした後、縛るのに適したものが見当たらなかったのか、部屋を出て地下へと向かい始めた。
勝手に一人で動き始めた波布を制止しようと、速見が慌てて声をかける。
「波布さん、あまり一人で動くのは危険ですから皆で行動しましょう」
「大丈夫だろ。オオカミ使いの野郎だって今さっき逃げたばっかだしすぐには襲ってこれねぇよ。お前らはそいつ――オオカミの野郎を見張っててくれ。今となっては俺たちの最後の切り札だからな」
手をプラプラと振りながら、波布は振り返ることなく答える。
全く警戒していない足取りで医務室から波布が出て行こうとした瞬間、突然望月が大声で叫んだ。
「礼人君はオオカミじゃない!」
急に望月が叫んだことで、全員が驚いて彼女に視線を向ける。
皆の注目を浴びる中、望月は言い難そうに何度か橘を見た後、意を決したように再び口を開いた。
「わ、私、礼人君と如月さんが話をしてるのを聞いちゃったんだけど……如月さん、オオカミ使いの孫、なんだって」
「ま、マジでか!」
医務室から体半分飛び出していた波布が、目を真ん丸に見開いて叫ぶ。他のメンバーも叫びこそしなかったものの、かなり驚いたのか口を半開きにして固まっている。
衝撃が抜けきらない中、猜疑心に満ちた目で李が望月を睨んだ。
「その話、本当か? そもそもどこでお前はその話を聞いたんだ?」
少し視線をそらしながら、望月はバツが悪そうに答える。
「その、白石さんが殺されたすぐ後のことなんだけど……。みんな知ってるか分からないけど、あの時、礼人君と如月さんの二人が最後まであの部屋に残って、白石さんの死体を調べてたんだ。それで私、二人が心配であの部屋の前で待ってたんだけど、そしたらたまたま二人の会話が聞こえちゃって……」
「その話の内容というのが、如月がオオカミ使いの孫であることを仄めかすものだったと?」
「う、うん。如月さんがオオカミ使いのことを『お爺様』って呼んでたんだ。それで、自分がお爺様――オオカミ使いと直接話した方がいいか礼人君に相談してたの。でも、礼人君がそれは危険だからやめた方がいいって説得してて」
「……礼人、今のは事実なのか」
全員の視線が橘に殺到する。橘は相変わらずだるそうな表情のまま、ゆっくりとした動作で首を縦に振った。
今のが事実だとすると、橘ではなく如月こそがオオカミだったということになるのだろうか? だがそうなると、そもそもオオカミ使いが自分の祖父であることを橘に話した理由が不明だ。かといって、もし橘がオオカミだったのなら、この話を誰にもしなかったのがいささか矛盾しているように思える。
どちらが本当のオオカミなのか。それとも二人ともオオカミではないのか。
困惑した思いがそれぞれの心の中に立ち込める。
全く考えがまとまっていないながらも、沈黙に耐えられず波布が口を開いた。
「もしそれが本当だってんなら、やっぱり如月がオオカミってことか? いくらなんでもたまたま選出した羊の中にオオカミ使いの孫が入るなんて思えねぇし、自分の孫を殺害の対象にするってのも想像しづらい……よな」
「じゃ、じゃあ……如月さんが橘君に罪を擦り付けて、オオカミ使いと一緒に逃げた……の? でも、そうするとさっき橘君が言ってたゲームを終わらせられる方法っていうのは……」
星野が悩ましげな声で言う。
橘が頭に手を当てながらも、なにか答えようとしたとき
――バン
と、勢い良く扉が開く音が聞こえてきた。
驚いて皆が口をふさぐと同時に、どこからその音がしたのかと医務室を出て音源を探す。
部屋を出てすぐに、どこの扉が開いたのかは分かった。
無月館の出入り口となる玄関扉。そこから五人の人が意気揚々と――意気揚々としているのはその中の一人だけだが――入ってくる。
李たちが口を開く前に、無月館に入ってきた五人のうちの一人――音田千夏がまるでピクニックにでも来たような気軽な声で、一日ぶりの挨拶を投げかけてきた。
「やあやあ皆さん、おはようございます。不肖私音田率いる森林部隊、恥ずかしながら帰還いたしました!」




