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無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~  作者: 天草一樹
第二章:視点はおそらく李千里
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オオカミ使い確保

「ふー。何とかオオカミ使いが襲ってくる前にこれも回収できたな」


 無月館の二階。大木と書かれたプレートの部屋の中で、シミ一つない真っ白なカーテンを片手に波布はホッと息を漏らした。

 波布がカーテンを外している間、オオカミ使いがどこかから襲ってこないかと廊下や隠し通路に目をやっていた望月は、労わるような口調で言った。


「お疲れ様。これで四枚目のカーテンゲットだね。とりあえずこのカーテン、いったん医務室に置いてこよっか」


 きょろきょろと廊下を見渡してから、安全だという意味を込めて小さく頷く。

 左腕に四枚のカーテンを抱えた波布は、望月の言葉に従いいそいそと廊下へと出て医務室に向かう。道中、右手に握りしめた厚手のフライパンにちらちらと視線を送りながら、波布が口を開いた。


「なぁ、こんな作戦が本当に成功すると思うか? はっきり言ってかなり分の悪い賭けだと思うんだけどよ」

「また波布君そうやって文句言う。他にオオカミ使いを捕まえる方法をだれも思いつかなかったんだし、この作戦を信じてやるしかないでしょ。それからあんまり口に出して作戦の話しちゃだめだよ。オオカミ使いが私たちの話を聞いてるだろうし、些細なことからこっちの策に気づかれるかもしれないから」

「つってもなぁ、今ん所ばれたってしょうがないことしかしてねぇだろ。俺たちがカーテンを集めて医務室に行ってりゃ、嫌でも俺たちが何をしようとしてるのかは分かるんだ」

「それはそうだけど、余計なことは言わないほうがいいに決まってるし。波布君かなり油断が多いから心配なんだよ」

「くっ……。分かったよ、何も喋んなきゃいいんだろ」


 すねたようにそっぽを向き、話を切り上げる。今までに二度も早とちりし、残念な発言をしているためにあまり強気に出られないようだ。

 周囲への警戒を怠らないようにしながらも、「ごめんごめん」と謝り波布の機嫌を取りなす望月。そうこうしているうちに二人は医務室へとたどり着いた。

 望月は扉の正面に立つと、自分の顔よりやや高い所を三回叩く。それからポケットへと手を突っ込み、中から一枚の紙を取り出すとそれを扉の隙間から医務室へと入れ込んだ。

 さほど時間を経てずに扉が開き、片手にフライパンを装備した速見が笑顔で迎え入れる。


「お疲れさまです。先程李さんたちも四枚持ってきてくれたので、残りは十六枚ですね。少々危険かもしれませんが残りも宜しくお願いします」


 純白のカーテンを手渡しつつ、波布は扉の奥に設置されたあるものを見てびくりと身を振るわせた。


「……あると分かってても少しビビるな、こういうのはよ」

「そうですね。勝手に発射されることはないはずですが、これの前に立ち続けるのは勇気がいりますよね」


 二人の視線の先にあるのは、弦を引き矢が既にセットされ発射準備のできたボウガンだ。トリガー部分に紐が結び付けられ、それを引っ張ればすぐにでも発射されるように仕掛けが施されている。因みに、その紐を持ち発射の優先権を握っているのは、せっせとカーテンを医務室の壁に貼り付けている星野である。

 食堂に置いてあったガムテープを使い、先程李から渡されたカーテンを隙間ができないように医務室の壁に貼っている星野を見て、望月が心配そうに声をかけた。


「星野ちゃん大丈夫? 一人でカーテン貼ってくのって大変じゃない?」

「いえ、大丈夫です……。どちらかというと、こういう単純作業に従事していたほうが気が紛れて少し楽ですから」


 小さな声ながらも、星野が答え返す。

 そんな二人を見ていた波布が、先の望月との会話を忘れたようにぺらぺらと話し始めた。


「にしてもよぉ、今までこんな簡単なことに気づかなかった俺らって馬鹿だよな。一見して分からねぇようになってるがこの壁や天井のどこかに監視カメラが埋め込まれてるなんざ、少し考えればわかってもいいことだったのによ。オオカミ使いが俺たちの動向を把握してるっぽいのは理解していたが、あの野郎だってまさか超能力者じゃないんだ。何の機具も使わずに俺たちの姿や居場所を把握できるわけねぇ。ま、こうして種が割れれば対処法なんて簡単に思いつくけどよ」


 一見して監視カメラが見当たらない以上、館中の壁や天井に埋め込まれているはずだという李の考え。それを基に彼が提案したのは、壁と天井、それに床を遮蔽物で覆ってしまうというものだった。勿論館中の壁を何らかの遮蔽物で覆うことは不可能だが、例えば医務室だけであるのならやろうと思えば決して不可能ではない。幸いにも、客室にはそれなりの大きさのカーテンが存在していたため、それを使って部屋を覆ってしまおうと考えたのだ。

 そんなわけで、現在李と如月・波布と望月はそれぞれ各部屋からカーテンを回収する役割を。速見と星野は彼らが持ってきたカーテンを部屋中に貼っていく役割を担って動いている。


「でもこの対処法はすごいよね。大胆というか斬新というか、普通はこんなこと突飛すぎて想像すらできないよ」


 この会話中もせっせとカーテンを壁に貼り付けていく星野を見ながら、感心した様子で望月が言う。


「もしこの作戦がうまくいったのなら、この部屋はオオカミ使いさんの管理下から外れた安全地帯になりますから、気持ち的にもかなり楽になりますね。オオカミ使いさんに察知されることなくトラップを作ることもできますし、取れる行動の幅も増えてきます。とはいえ音に関してはカーテンで遮断できませんから、あまり大きな声で話し合いをしたりはできませんけど」

「あとはまだ生き残ってる人をここに集めないとね。オオカミ使いがこっちよりもはるかに強い武装をしていることに変わりはないから、人数が少ない状態じゃやっぱり心もとないし。……他の人も無事でいてくれるといいんだけど」


 望月の言葉を聞き、一転して場が暗い雰囲気に包まれる。

 今この場に姿がないからと言って死んでいると決まったわけではない。だが、この場にいないということは、館の外、もしくは地下通路で一晩を過ごしたことになる。そんな場所で体力の回復が十分にとれるとは思えないし、人によっては一人きりで彷徨っているかもしれない。そもそも今朝自分たちが襲われなかったのだって、他にもっと狙いやすい標的がいて、そちらを先に襲っていただけかもしれない。

 誰かを犠牲にして今のチャンスをつかんでいると考えると、どうしても気持ちは重くなってしまう。


「く、暗くなってる暇があったらさっさとカーテン回収しに行こうぜ。他人の心配なんてしてられるほど、今の俺たちだって余裕じゃねぇんだ」


 重苦しい雰囲気に耐え兼ねたのか、波布が声を震わせながら言う。

 その声に触発され、望月もぱっと顔を上げてこぶしを握り締めた。


「そうだよね。今はとりあえず私たちにできることをやらないと。よーし、ちゃっちゃとカーテン集めて作戦を次のステップに進めちゃおう! じゃあ速見君、星野ちゃん。私達がいない間留守番頼んだよ!」

「はい。頼まれました」


 ぐっと拳を上に振り上げてから元気を出す望月に、優しく速見が頷き返す。

 行ってらっしゃい、という速見の言葉に後押しされ医務室を出ると、二人は警戒しながらも次の部屋へと向かって歩き出した。

 ホールはいまだに静かなままで、オオカミ使いがいそうな気配はない。だが、二人は武器として持っているフライパンを握り締め、あたりに気を配りながら進んでいく。

 二階へと上がり、今度は黒崎と書かれたプレートの部屋に入って行く。

 客室の内装はどれも違いがなく、どの客室も全く同じ光景が見受けられる。

 波布がカーテンを外す作業をしている間、望月はせわしなく部屋の中と外に目をやり、オオカミ使いが迫っていないかを確認する。

 しばらくして、無事に波布がカーテンを回収できたので、それをもって隣の部屋に移動。移動中はもちろん、部屋の扉を開けるときも細心の注意を払って行動する。

 扉をゆっくりと開け中へ。そして前の部屋と同じように、波布がカーテンを外し、望月が見張りを行う。と、波布がカーテンを半分ほど外した時点で、唐突に大きな悲鳴が聞こえてきた。

 声の高さからして、おそらく星野の叫び声。

 叫び声を聞いた二人は、作業を中止し急いで医務室へと走り出す。

 途中、同じく叫び声を聞きつけて医務室へと走っている李と如月に合流しつつ、階段を駆け下りて一階へ。

 そして四人同時に医務室へとなだれ込むと、


「作戦通り、オオカミ使いを捕まえましたよ」


 少し息を乱しながらも笑顔で立っている速見が迎え入れた。

 速見の足元には、いつもつけていた翁の面が外れ、倒れ伏しているオオカミ使いが。その腕には深々と矢が突き刺さり、真っ赤な血が流れ出ている。

 李は自分の作戦がうまくいったことに安堵の息をついてから、冷めた視線をオオカミ使いに向けた。


「このくだらないゲーム、終わりにさせてもらうぞ」

 

 

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