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無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~  作者: 天草一樹
第二章:視点はおそらく李千里
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浅田がオオカミ?

 脱衣所を出て、慎重な足取りでリビングへと向かう。

 相変わらず館の中は静けさに包まれており、他のメンバーはおろか、オオカミ使いの気配も全く感じられない。あり得ない想像だが、もしかしたらここにいるメンバー以外は全員この島からいなくなってしまっているのではないかと勘ぐってしまいそうになる。

 周囲を見渡しながら、ホールを横断する。ホールの中央を歩いているときが最も無防備となるため、できるだけ急ぎ足で駆け抜けた。

 無事にリビングの前までたどり着くと、少しの緊張を胸に秘めつつ一気に扉を開け放つ。

 中には誰の姿も見当たらなかったが、奥の厨房から何やらあわただしい声が聞こえてくる。

 もしやオオカミ使いに襲われている最中かと思い、急いで厨房へと走っていくと、ある意味予想していた通り、別の惨状が待ち受けていた。


「お前ら、ここで一体何をやっているんだ」


 ついさっきも似たようなセリフを吐いたなと思いつつも、李は冷え切った視線を彼女たちに向ける。

 李の視線にさらされた三人――望月・如月・星野――は、肩を縮こまらせながら小さな声で答えた。


「……料理」

「ほう、これがお前らの言う料理か。一体どんな料理をしたのか具体的に教えてもらいたいな」


 ただただ肩を縮こまらせてうつむいている三人の周りには、焼け焦げて真っ黒になった何かや、割れて床に散らばっている卵。何をもってこんなに集められたのか、十種類を超えるたくさんの調味料が並べられるなど、いろいろと大変な状態になっている。

 返す言葉もないのか、沈黙を続ける三人を見て大きくため息をつくと、李は諦めた様子で命令した。


「とりあえず床を掃除しろ。それからその料理の残骸を全部捨てろ。こんな状況で腹を下してまともに身動きできなくなるなんて最低の状況に陥りたくはないからな。後は俺が適当に何か作るから、おとなしくリビングで待ってろ。いいな」

「あなた、料理はできるの?」


 疑わしそうな目で如月が見てくる。

 李はあえて言葉では何も言わず、調理台の上に無造作に転がっていた卵を手に取った。そして、軽く台に打ち付けヒビを入れると、ヒビを広げるように割り、殻の一切入っていない卵を皿の上に載せてみせる。

 その手際を見て、女子三人は驚いたように目を見開いた後、無言で床の掃除をやり始めた。

 黙々と掃除を続ける彼女たちを横目に、波布が小声で李に聞いてくる。


「なあ、今のであいつら納得したのか? ただ単に卵を割ってみせただけだよな?」

「それすらもまともにできないから今こんな惨状になっているんだろう。さて、朝食を作るとするか」




 レタスとベーコン、それに目玉焼きを食パンで挟んだ即席のベーコンエッグバーガーを食べた後、さっそく今後の動きに関する話し合いが始まった。


「どうだ、この中にオオカミ使いを捕まえる方法を思いついたやつはいるか」


 全員の顔を見渡しながら李が尋ねる。

 だが、相変わらず何か策を思いついた人はいないらしく、誰もが困った表情で見返してくるばかりだった。

 と、きょろきょろとせわしなくリビングを見回していた波布が、不意に口を開いた。


「さっきからこの部屋、なんか違和感があると思ったら浅田の奴がいないんだな。通りでなんかすっきりとしてる気がしたぜ」

「そういえば、今まで忘れてたけど浅田君も黒子たちにやられちゃったんだよね。確か黒子たちがリビングに入ってきたときもまだぐっすりと眠ってたし、あのまま連れ去られちゃったのかな」


 残念そうな声を出しながら、望月が嘆息する。あまり悲しそうに見えないのは、結局一度も会話することがなかったからだろう。

 望月の言葉を聞き、李は星野へと視線を向けた。


「星野、お前は確かこのテーブルの下にずっと隠れて黒子たちをやり過ごしたんだったな。何かやつらの話を聞いたりはしてないのか」


 突然話の矛先を向けられ、星野は長い髪で目を隠すようにして下を向いてしまう。それでもみんなの視線が自分に向いていることに堪え兼ねたのか、ゴモゴモと小さな声だが答えてくれた。


「ご、ごめんなさい。わたし、あの時は怖くて目も耳も塞いでたから……。波布さんが私に声をかけてくれるまで、何が起こってたのか全然よく分かってないんです」


 怒られると考えているのか、肩をビクビクさせながらみんなの反応を窺う星野。そんな彼女を落ち着けようと、望月が陽気に笑いかける。


「全然謝る必要なんてないよ。私や如月さんなんてただ逃げただけなんだし、星野ちゃんよりよっぽど役に立ってないんだから。そんなことより星野ちゃんがこうして無事にいてくれたことの方がはるかに大事だよ」


 望月に慰められ、星野がおずおずとだが顔を上げる。他のメンバーも特に気にしていないといった言葉を投げかけると、彼女はほっとした様子で息を吐いた。


「でもよぉ、そうなるとやっぱり振出しに戻るよな。黒子たちが何だったのかもよく分かんねぇし、オオカミ使いの動向もさっぱりだ。つうかなんでオオカミ使いは俺たちのことを襲ってこないんだろうな。まあ今襲ってこられても困るけど、あっちが仕掛けてこねぇとこっちも動きようがねぇのによ」

「オオカミ使いさんはこれをゲームとしてやっているようですし、今は僕たちの動きを見極める時間にしているのではないでしょうか」


 波布のぼやきに対し、すぐさま速見が考えを話す。


「僕たちが黒子の登場をどう理解するのか。そして、それを基にして僕たちがどんな作戦を立てるのか。それらを見てから、次にどんなことを仕掛けるのか考えるつもりなのではないでしょうか」

「まぁそれが本当ならそれでいいんだけどよ。今は安全ってことになるわけだしな」


 二人の会話が終わると、薄い沈黙がリビングを覆った。

 何を話したらいいのか分からないが、何も話していないと不安になる。ある意味これ自体がオオカミ使いの狙いではないかと思えるほど、居心地の悪い微妙な空気。

 それに堪え兼ねたのか、再び口を開いたのは波布だった。


「つうかよ、あれだ。もしかして、オオカミは浅田だったんじゃねぇか」

「またどうしてそう思ったんですか?」


 律儀にも、速見が聞き返す。皆があまり期待のこもっていない目で自分を見てくることに不満を覚えたのか、波布はやや語気を荒げながら言った。


「そりゃあ考えるまでもなくあいつが怪しいからだよ。常識的に考えてみようぜ? どんな人間がこの状況で一度も起きることなくぐっすりと寝続けられるんだよ。まずあり得ねぇって。それにだ、俺思い出しちまったんだが、浅田の知り合いって藤里なんだよ。元からあの二人が知り合いだっていうんなら、藤里がオオカミに味方するような行動をしたことも納得できるだろ」


 な。と言って同意を求めるように全員を見回す。望月や星野などはその考えに少し心動かされたらしく、「うーん」と何やら唸り始める。

 だが、彼女たちが自分で考えをまとめる前に、如月が呆れたような声で否定した。


「夕食の席でも思ったけれど、あなたって何やら結論を急ぐ癖があるみたいね。そこでいったん立ち止まって、もう少し考えを巡らせてみればもっとましなことを言えるでしょうに」

「何だよ、俺の考えが間違ってるっていうのかよ」

「そうね、間違ってると思うわよ。理由は単純なものだけど、どうして浅田君が寝る演技をし続ける必要があったのかということ。結果としてこうしてあなたに疑われているわけだし、何一つとしてメリットがないわよね」

「そ、それはそうだけどよ……」


 波布が何やら言い訳を考える前に、如月が続けて言う。


「藤里さんとの関係に関しても短絡的すぎね。むしろ私なんかは、彼女が白石さんを殺したからこそ、彼女と関係の深い人物はオオカミじゃないと考えたわ。藤里さんが裏切ったと分かった後、オオカミが誰かという話し合いになった時のスケープゴートとして、浅田君は眠らされ続けていたんじゃないかとね。なんにしろ、彼がオオカミである決定的な証拠がない以上、話し合うだけ無駄だと思うわよ」


 再び論破された波布は、ぐうの音を漏らして黙り込むと、悔しそうにそっぽを向いた。


「はぁ、結局全然解決策が出てこないね。もう救助が来るまで医務室にこもってるのが一番いいんじゃないかと思えてきたよ。警察の人たちが本当にオオカミ使いの言いなりになってるのかなんて分かんないし、しばらくしたら助けが来たりするんじゃないかな」


 今の状況に絶望してか、そんな希望的観測を望月が吐く。

 他の人も望月同様半ば諦めているのか、それに反論することもなく沈黙を守る。

 リビング中がまるでお通夜のような雰囲気になってきたその時、突然、李が口を開いた。


「オオカミ使いを捕まえる策なら、さっき思いついた。それから黒子の正体もな」

「「「「「へ!?」」」」」


 李以外の五人が、一斉に同じ声を上げて彼に視線を送る。爆弾発言をした本人は、それ自体にはたいした意味もないといった様子で無表情にお茶をすすっている。

 まさかこの状況で冗談を言うとも思えないが、本当のことを言っているとも到底思えない。完全に困惑状態に陥っている五人に対し、李は自分のもとに来るようにと、ちょいちょいと指を動かした。


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